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「うわっ」

バタン…

その音で目が覚めた、のだと思う。

―――――いっけない。

眠っていたのは一瞬のような気がするが、それは本当なのだろうか。

こんなところで長時間眠ったら風邪をひいてしまう。

デイジーにとって風邪は致命的な影響を及ぼすこともある。

だから習慣的に時計を見た。

十五分しか経っていないのでほっとした。

が、先ほどの音が現実だったのか夢だったのかわからないモヤモヤ感。

ほっとするのもつかの間、である。気にし出すと気になって仕方がない。

そこでデイジーはいいほうに考えることにした。

というか、それが一番妥当だった。

―――――ここに人がいるわけないじゃん。夢に決まってるじゃん。

そして切り替える。

十五分経っているのなら、そろそろここから出てもいいだろう。

前の家庭教師はだいたい三十分は探していたけれど、今の人は諦めが早いし気も短いから、もう帰っているころだ。

にしても、あんなにたっぷり昼寝をしたのになぜ寝てしまったのか。

デイジーはほとほと自分の体力のなさに嫌気がさした。

箒を立てかけ、元来た道をたどっていく。

ゆっくり、そおっと、足音を消して。

かさこそっ

背後の音でデイジーは振り返った。

もちろん、何もない。

―――――ねずみでも通ったのかな?

さっきまでいた部屋に戻って中を見回したが、何も変わったところはなかった。

まあいいかと気楽に考えたデイジーは、自分の部屋に向かった。

デイジーの部屋の隠し扉は、一見壁のように見えるが回転式扉になっている。

手元の違い棚の一方に体重をかけながら押すと、くるっとまわって中に入れる仕掛け。

出るときも同様だ。

いつものように軽い足取りでくるっとまわって出た先にデイジーが見たのが、目が真っ赤にはれ上がって、ついでに鬼のような形相で睨む家庭教師だったことが、今回の大きな誤算だった。

―――――甘かったか…。

「○▲★…──%&■!」

彼女のあまりの興奮振りに、その説教はまともな言葉にはなっていない。

彼女の気迫に押されはしたが、デイジーはいつものごとく右から左に聞き流す。

向こうのドアから召使数人がこそっと覗いているのが見えて少し笑ってしまった。

それがまずかった。

「何を笑っているんですか!!」

ようやく言葉になり始めたそれは当然屋敷中に響き渡った。

「原因はわかったんです。解決するのが筋というもの。

そこ! 何があるのか見せてもらいます!」

―――――もはやこれまでか…。

家庭教師のこの表情。

降参するのが得策だ。

デイジーはゆっくりと違い棚を押さえた。

「ふうん、そおいうこと」

家庭教師はぷりぷりしながらデイジーの後をついてくる。

メイドも一人いた。

当然だろう。またいつデイジーが逃げ出すか知れないから。

左、まっすぐ、右と、先ほどの道筋をたどる。家庭教師は怒りで何も見えていないようだったが、ついてきたメイドはきょろきょろと辺りを見回し、おどおどしていた。

秘密の部屋のドアを開けたとき、デイジーの中の大きなものが、すっと温度を下げた感じがした。

部屋の中央まで進み出る。

振り返って、家庭教師に言い放った。

「ここまでよ」

「で、扉は何なんです?」

「これが、衣裳部屋、これが、暖炉の中、こっちのは開かないわ」

これでもう逃げられないのだろうか。

いや、諦めるのはまだ早い。

こんなことに労力を使うぐらいなら勉強したほうがよほど有益だ、などと思うようなデイジーではなかった。

そして、だからこそ、気付いたのかもしれない。

入ってすぐの左の隅。

いつもの箒がないことに。

つい慌てて見回したくなるのを、いつもの機転で押さえ、ゆっくりと家庭教師のほうに近寄って振り返る。

家庭教師のほうはといえば、ドアに手をかけ開けてみている。

かちゃっ…ぎいい

かちゃっ…ぎいい

かちゃっ…ぎいい

デイジーは自分の顔が今どんな風になっているのか想像できなかった。

開かないはずのドアは開いたのだ。

「なんだ、開くじゃありませんか」

そんなはずはない。

この屋敷の見取り図を父親の部屋から持ち出し、写し、よく照らし合わせた結果、この先に部屋はないことを、八年前――つまりここに引っ越してきて一年後には――知っていた。

メイドはさっきから微動だにしない。

下手に動くと何か仕掛けがあるかもしれないとでも思っているのだろう。

デイジーは言葉を発することも出来ず、呆然と家庭教師に近寄り、向こうの部屋に入った。

特に変わったところはない。

部屋中歩き回ったが何の事はない物置で、ドアや扉らしきものもなくそれに代わるような仕掛けも一見したところない。

デイジーはそういう仕掛けを見破るのには慣れているので、これはただの物置だと確信した。

何もおいていないその灰色の壁の部屋は寒々としていて、家の中なのに外にいるような感覚を覚える。

「あなた、すぐに大工を呼んで頂戴。

こことこことここ! それにここの入り口その他!

ふさがせていただきます」

メイドは返事をして、さーっと走っていなくなった。

歩いて秘密の部屋から出る間も家庭教師はまたデイジーを攻め立てる。

目を泳がせるふりをして辺りを見回すデイジー。

部屋にたどり着き、また家庭教師と大工を連れて行き、そして戻り。

とうとう箒を見つけることは出来なかった。

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