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―――――あれは何だったんだろ。

思い出しながら、私は昼寝から目覚めた。

原因は家の前で喋っている学生さんの大きな笑い声。

「ひっさびさに晴れたよねー」

「ほーんと。いい天気。私こういう雲ひとつない感じ、すごい好き」

「ねー、ねー、折角テスト終ったんだから、この後さー」

テストが終ったら繁華街へ。

学校に通える同い年の子たちは、この家の前の通りを通って繁華街へと向かう。

いつものことだ。

だから、いつも通りの対応をした。

私はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと二階にあるこの部屋の窓を開けた。

すると女の子たちはちらりとこちらを見て、急ぎ足でいなくなった。

以前は『何で!?』と思っていたが、今はさほど疑問でもない。

多分あの子たちは、私のことが少々薄気味悪いのだろう。

何しろずうっとここに住んでいるのにどんな奴だか全く分からないのだから。

地元の貿易成金、それが私の父親だ。

しかし長女の私はこんな感じで小さいころから病気ばかりしていた。

今でもそれは全くもって改善されず、つまり私は籠の鳥状態。

一応弟が家を継ぐのだろう。

今は寄宿学校に行っている。

…私から逃れて。

今さっき逃げていったあの子たちは私のことを、小さいころから甘やかされた、病弱で、おしとやかで、ちょっと走るとすぐこけるような、いや、走ることなど出来ませんという、はかない感じの少女だと思っていることだろう。

しかーーーし!

それは大きな、大きな、お・お・き・な! 間違い。

「お嬢様」

「あら、おはよう」

「…じゃなくって」

家庭教師の声は怒気を孕んでいた。

「昨日、逃げましたね」

「うん。だってお裁縫つまんない」

世の中の人はみんな、病弱な女の子はおしとやかなどというバカな空想を未だに持っているのだ。

多くの家庭教師がそれに騙されてここへやってきた。

「つまらなくてもやるんです!」

「や」

私は昨日夜な夜な作成した卵爆弾を家庭教師の顔面にぶつけた。

作り方は簡単。

卵の殻の中に小麦粉を入れ、これまたくすねてきた洗濯のりでくっつければ出来上がり。

家庭教師が咳き込んでいる間に、私は隠し扉から逃げ出した。

父親の趣味がこういう仕掛けの多い屋敷を買いあさることで、本当に良かったと思っている。

商人なのでほとんど家にはいない。

顔をあわせないし話もしないが、私にとってはとても有益な趣味をもつ人物なので日々感謝していた。

そしてもっといいことは、父はそういう仕掛けを壊すことも探ることもできないということだった。

なぜならば繰り返しになるが、彼は忙しくほとんど家にいない。

教師の泣き声が聞こえてきた。

実は昨日はついでに唐辛子の粉もくすねて小麦粉に混ぜ込んだからいつもより効果的。

―――――ひとつ目は左、次はまっすぐ、その次を右。

いくつもある隠し扉の迷路を突き進む。

召使たちは皆それぞれの仕事があるため、探索することは出来ない。

つまり、道筋が分かるのは私だけだ。

壁越しに召使たちの声がする。

ここは廊下に接しているところだ。

「デイジーお嬢がまたやらかしたって」

「またぁ~!? 家庭教師、これで何人目?」

「もう数えてないな、私」

病弱だから外に出てはいけない。

だったら家の中でやりたい放題やればよいではないか、と思い立ったのはもうずいぶん昔のこと。

二つ年下の弟が家にいたころは、弟”で”色々遊べたのだけど、弟が寄宿学校に上がったからにはそういうわけにもいかない。

だから一番手近な家庭教師”で”遊び出した。一年前だ。

でもちょっとつまらない。

あまりにもあっさり引っかかるからだ。

対抗策も考えてこないなんて面白くないにもほどがある。

弟のほうが骨があったのに。

そうこうしているうちに二つ隣の隠し部屋にたどり着いた。

広さ三平方メートルほどで、もちろん窓はない。

ドアは別に三つあり、一つは衣裳部屋、一つはなんと一階にある居間の暖炉の中に出る。

が、残り一つは空かない。

開けられたことも一度もなかった。

私がこの部屋を見つけたとき、ここにあったのは小汚い箒とちりとりと埃だけだったけれど、今では私の秘密基地。

本当の自分の部屋よりも居心地がいい。

今日もまたそこで箒を持つ手を動かしながら、あの家庭教師はあと一週間が限界かなぁなどと考えていた。

集まったごみの中に箒の抜けた毛先が何本か混ざっている。

もうこの箒は寿命が近いのだろう。そろそろ換えたい。

が、この箒をごみに出したらここの存在がばれるかも。

「…もうちょっと頑張ってね」

箒の柄にチュッとキスをしてみる。

やってみてから少し空しくなった。

相手は箒だ。若い男ならいざ知らず…。

あーあ、とため息をついたらなんだかほっとした。

後はほとぼりが冷めてからここを抜け出すだけ。

そうしたらまた少し眠くなって、あっという間に夢の世界に吸い込まれていった。

箒が少し震えたことにも気付かずに。

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