3.代用プリンセス
新井 愛美、十五歳。
来月の地区予選が中学最後の大会になる。
だから愛美は、最近は部活動にばかり力を注いでいた。とはいえ、そろそろ進路についても真剣に考える必要がある。
帰路につきながら、悠にそろそろ具体的な話をするべきだろうと思案していた。
愛美は県外にあるテニスの強豪校に、推薦で進みたいと考えているのだった。
定期的に、そして最近になって徐々に会う回数も増えてきている裕実には、一緒に暮らさないか。と提案されていて、それには正直に嬉しく思っていた愛美だったが、どうしても今は、悠からできるだけ離れることを優先させるべきだと決めていた。
帰宅すると、玄関には悠の革靴の他に、パンプスがあった。それを見るなり愛美は安堵のため息をついた。
玄関で靴を脱ぐと愛美は一直線に自分の部屋まで行き、ドアを閉めた。
部活帰りだったため、汗だくですぐにシャワーを浴びたかったのだが、マナミが帰るまでだと辛抱することにして、肩まで伸びた黒く艶やかな髪をもう一度、後ろで一つに括った。
かすかに悠とマナミの話す声が聞こえてきている。
しばらくするとそれは二人の愛し合う声に変わり、マナミの粘り気のある鳴き声が壁を伝い響いてくる。
裕実と別居してからというもの、悠はよくマナミを家に連れ込んでいた。
以前に同窓会で久しぶりに再会した悠とマナミはそれから頻繁に会い、学生の頃に戻ったように再び互いを求めだしたのだった。
部活の練習に精を出した今日も、汗だくの愛美は帰宅してすぐに風呂場へ向かった。
今日はまだ自宅には誰も帰ってきていなかった。
シャワーを止め風呂場から出ると、キッチンの方から冷蔵庫を閉める音が聞こえた。
悠が帰ってきたのだろう。
脱衣所代わりの洗面所で、体を拭きながらドライヤーに手をかけようとした時、勢いよく扉は開けられた。
悠は愛美の裸体を、愛しい恋人を見るような目つきで舐めるようにして眺める。
いくら抵抗しても、悠は強引に愛美の腕を掴み、愛美をベッドに押し倒した。
風呂上がりで既に火照って、露わになっている愛美の未発達な体の至る箇所にキスをしながら悠は、マナ。と何度も昔の恋人で、今は欲望の捌け口の女の名前を囁いた。
綺麗だよ、あの頃のまんまだ。
荒げる息遣いの合間にそう呟きながら、愛美の長く艶やかな黒髪を撫で続ける。
愛美にはもう抵抗する気力が失われてされるがままに身代わりとして抱かれていた。
無抵抗なままに必死で感情を殺しながら、愛美は考えていた。
私が白雪姫なら早く眠りたい。起きた時には、王子様がそこにはいるのだから。
私がシンデレラなら舞踏会はいつ開かれるの。ガラスの靴を落とさなきゃ、王子様も探しに来ないじゃない。
しかし裕実は、愛美のことを憎んでなどいなかった。我が娘自身を可愛く思い、愛していたのだった。
だから愛美は自分は白雪姫などではなく、自分の母を厭らしい義母だなんて思わない。
裕実の気持ちを知った愛美は、裕実の気を引く目的だった優等生でいることをやめた。
成績は平均あたりにまで落ち込んだが、中学に上がる頃には、学校でも京香たちからの嫌がらせはなくなっていた。
灰をかぶっていた制服も汚れることはなくなり、フェアリーゴッドマザーを待つ必要もなく、そもそもがシンデレラでないことを納得していた。
それならば、王子様が現れないことは愛美にとって、なんら不思議なことではない。