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「綺麗さっぱりお断りだっての!!」

 時間は遡り、昨日の夜。


 世界の実権を握っている巨大組織ギルドの上層部は、それぞれの種族の代表によって成り立っている。


 大陸南西にあるレス王国。その王都中心に聳え立つ円錐形の塔こそがギルドの本部であり、最上階には上層部メンバーが会議を開くための部屋があった。


 天井が高く、中心には七人が座れる円卓が設置されている。紺色に輝く希少鉱石の一つ『ウィルキナント』で作られているので、かなり高級なものだ。


 その部屋では今、緊急会議が開かれていた。


「ネルヴィア王都近くにある森林型迷宮『穏健の森』にて、『超級』指定の魔物ブラヴァ―ドを確認。対象は既に、A級冒険者ルピナス=ヘンゼリッタによって討伐されました」


 淡々とした口調で報告を済ませると、アイ=ニルヴァーナは静かに腰を下ろした。


 茶色の髪を肩口で切り揃え、身に纏うのは漆黒のコート。


 彼女は十七という若さにして、ギルドの人間族代表を務めている。冒険者の八割が人間族なので、上層部の中では最も負担が多い。


「なあ。これっておかしくねぇか?」


 アイのした報告に、獣人族代表の青年ガイタスが疑問を口にした。


 全身を灰色の毛で覆っていて、鼻や口の構造は限りなく猫に近い。人間と同じ位置に耳が無い代わりに、頭に猫の耳を生やしていた。尻尾もちゃんと付いている。


 彼ら獣人は霊長類以外の動物が進化し、人の姿を得た種族だとされている。平均寿命は人間よりも少ないが、身体能力や魔法の適正は人よりも優れている。


「オレはあんまり魔物には詳しくないが、超級以上の魔物は常に大量の魔力を補充しないと死んじまうんだろ? どう考えたっておかしい」


「なーるほど。確かにこれは緊急会議案件だわ。ところでそーいった事例は、今回以外にも起きてたりするの? アイちん」


 アイに向けて尋ねたのは、魔族代表の少女サタナキア。ツインテールに纏めた金色の髪が、何かしらの動作をする度に揺れる。


 露出度の高い服に丈の短いスカートを履いていて、頭からは内側に曲がった二本の角を生やしている。


 魔族は元々、地上界よりも下にある冥界に生息していた種族だ。だが五百年前に起きた『世界統合現象』によって冥界は消滅してしまった。


 それから長い間、人間と領土をかけて争っていたが、現在は協定を結び、互いに友好的な関係を築いている。特に魔族の王である魔王は、大の人間愛好家だ。


「私のアイを変な渾名で呼ばないで、サタナキア」


 アイの右隣に座る天使族代表のラミエルが、サタナキアの事を睨んだ。


 髪は水色のショートボブ。鼠色のパーカーを身に付けていて、スカートの丈は短め。頭上には光り輝く輪──『エンジェリック・ハイロゥ』が浮かんでいて、背中からは純白の翼が生えている。


 天使族もまた、元々地上界よりも上にある天界に住んでいた。『世界統合現象』後はフェンリライトの上空一万メティアに浮かぶ庭園で暮らしている。


「お、嫉妬かなラミラミ」


 サタナキアは頬杖をつき、悪戯に笑みを浮かべる。


「嫉妬だよ。悪い?」


「別に。ただ可愛いなーって思っただけだよ。嫉妬するラミラミがね」


「……あの、話を戻しても良いですか?」


「ぜーんぜん大丈夫だよ」


「えっと……ここ一週間で同じような報告は、全部で十六件ありました」


 手元にある書類に目を通しながら、アイが答える。


 彼女以外の全員が、ざわめき始めた。


「ニルヴァーナ、一応聞いておきたい。どうして報告が遅れたんだ?」


 苛立ちを孕んだ声音で、アイを問い質すガイタス。


「申し訳ありません。ある事件を調べていて、手が回りませんでした……」


「ある事件?」


「はい。各国で起きている連続殺人事件です。犯行場所はバラバラですが、殺害方法や現場に残されていた犯行文の筆跡から、同一犯と見て捜査しています」


「そうか……それなら、あんまり強くは責められないな」


「もし責めたら、私が許してないけど」


 ガイタスが肩を竦めると、ラミエルが彼を強く睨んだ。


「……それで、これからどうするつもりなんじゃ?」


 そう口にしたのは、妖精族代表の女性イルナーティア。ツインテールに纏めた黄緑色の髪。 へそを露出させたノースリーブの服に、紺色のホットパンツを履いている。背中から生える七色に輝く巨大な蝶の羽は、彼女が妖精族の長である事を言わずとも語っていた。容姿は非常に幼いが、年齢は三桁を超えている。


「各地に居る魔物学者に、原因究明を依頼します」


「では儂らに望む事はなんなのだ? その為にこの会議を開いたのだろう?」


「仰る通りです。……皆様には、各種族の方々にこの件の事を伝えてもらいたいのです。目は、多いに越した事はありませんから」


 ギルド上層部の面々は、実質的にその種族の頂点に立っている。アイは国王などの権力者を顎で使えるし、サタナキアがゴーサインを出しただけで、魔族は友好的な人間に戦争を仕掛ける。


「承知した。お主の頼みを聞き入れよう。元より暇だったのでな」


「オレも賛成だ」


「アイの言う事ならなんでも賛成」


「私もさんせーい」


 イルナーティア、ガイタス、ラミエル、サタナキアが手を挙げる。残りは龍族、神霊族代表の二人だけだ。


「……あの、お二人は」


「私も勿論賛成だよ。問題は早めに解決するに越した事は無いからね」


 笑顔で答えたのは龍族代表の男ティアマト。赤い髪を腰まで伸ばし、その身に纏うのは赤を基調としたチェック柄のスーツ。端正な顔立ちをしていて、イケメンと呼ぶに相応しい。


 彼の様な上位龍族は人間とほぼ同じ姿に擬態する事が出来るのだ。なので彼の事を知らない人は、彼を龍族だと気付けない。


 因みにティアマトは、この上層部メンバーのまとめ役でもある。


「私は反対です」


 初めて否定の意を口にしたのは、神霊族代表の女性アルンクレス。滅多に見られない金色の髪をリボンでポニーテールに纏め、ワインレッドのドレスを着ている。背丈は人間の女性と比べるとやや高い。


 神霊族は、魔法とは違う神の力を身に宿した特殊な人間の事を指す。二十四年前までは人間族の一部だったが、アルンクレスがデモを起こした事で新たな種族として認められた。


 当然ながら、全種族の中で最も数が少ない。


「どうしてですか?」


「我々は暇では無いのです。それに、他族の特になる事をする意味が理解出来ません」


 悪びれる様子も無く、アルンクレスは腕を組みながら言い切る。


 神霊族は人の身に余る強大な力を持っているせいか、自分勝手で傲慢だ。皆が賛成しても、彼女だけは絶対に反対に手を挙げる場面は数え切れないくらいにあった。


「この女……またふざけた事抜かしやがって!!」


 ガイタスが握り締めた拳を円卓に叩きつける。かなりの威力だったが流石はウィルキナント製。影響は少しもない。


「会議はこれで終わりですか? なら、私はこれで失礼するとします。これ以上無駄な時間を過ごすのは嫌ですから」


 アルンクレスは立ち上がり指を鳴らすと、彼女の姿が一瞬で消えた。今のは転移魔法では無い。彼女の持っている能力だ。


「……チッ、クソが」


「あの女……本当に感じ悪い」


「でもあーいう子ほど、堕としたくなるんだよねー。少なくとも私はー」


「強大な力は人格を捻じ曲げる。あやつらは、その典型的な例じゃな」


「……とりあえず、今回の会議はこれでお開きにしましょうか」


 アイがティアマトの方を見やると、彼は軽く首肯してから口を開いた。


「そうですね」顔の前で手を叩く。「では皆さん、お疲れ様でした。アイ君の要望通り、今回の件を各々で大きく発表してくださいね」


 全員が席を立ち、それぞれ別の扉に向けて歩き出した。


「ねぇ、待って」


 その途中。ラミエルがアイを呼び止めた。


「なに?」


 振り返ってすぐ、ラミエルが腕に抱きついてきた。


「今夜は一緒に居てもいい?」


「……わかった。じゃあ行こっか」


 二人は互いに身体を密着させながらアイ専用の扉を開ける。その先にあったのは小部屋で、中心の床には巨大な魔法陣が描かれている。


 第七階級の転移魔法だ。これを使えば、大陸の何処へでも一瞬で行ける。ただ発動にはかなりの魔力を食うことになるが。


「今日は私がやる」


 ラミエルが魔法陣の上に乗ると、アイの代わりに魔力を流し込んだ。陣は輝きを増し、時計回りに回転を始める。


 やがて光は部屋全体を包み込み、二人をレス王国の王都への転移させた。





 フォールンという名前に、ルピナスは聞き覚えがあった。


「……フォールン=ゼニファス。スライム系統の魔物をこよなく愛し、スライムの研究に生涯を捧げた通称スライム博士。確か二年前に研究所で起きた大規模な爆発事故に巻き込まれ、死亡した筈です」


 そう、その人物は既に死んでいるのだ。故郷に墓だって立っている。


「確かにボクは二年前に死んだよ。でも死んだのは、あくまで人間としてのボクさ。ボクはあの日、実験に成功したんだよ。全身を、スライムの持つ如何なる物理攻撃や魔法攻撃を吸収する性質に変化させるようになったのさ」


「スライム愛が強過ぎたあまりに、自分自身がスライムになったんですか。その気味の悪い執着心。ハッキリ言って感服しますね」


「今はもう最っ高な気分さ。痛みを感じる事は殆ど怖くないし、寿命によって死ぬ事は絶対に無い! ボクは、永遠の幸せを手に入れたのさ!」


「……じゃあどうして、こんな所に居るんですか?」


 永遠の幸せを手に入れたなら、何処かでひっそりと暮らせばいいのだ。それこそ本物のスライムと一緒に、森にでも住めばいい。


 するとフォールンが、人差し指をルピナスに向けた。


「キミの事を探していたのさ、ルピナス=ヘンゼリッタ」


「私? どうして……」


「この身体になってから、ボクは少し心変わりしたんだよ。ボクはこのままでも間違いなく強い。けれど真の安寧を手に入れるには、誰よりも強くなくちゃいけない。そう思ったのさ。だからこれまでに優秀な人間を何人も食らい、力を身に付けてきた」


「なるほど。つまり私は優秀って事ですね?」


「そうだね、そういう事になる」


「ありがとうございます」


 ルピナスはフォールンに向けて、深々と頭を下げる。自分が優秀だという自覚はあるが、他人からそれを言われると心底嬉しくなった。


「……そういえば、レベッカさんは。ここに住んでいた人はどうしたんですか?」


「ああ、彼女からもう食ったよ。食ったって言っても魔力だけどね。……でもまあ、結構食べたから魔力枯渇で今頃死んでるんじゃないかな?」


 ここに来てルピナスは、ようやく心の中のスイッチを切り替える。まだレベッカが死んだかどうかはわからないが、容赦する必要のない敵だと判断した。


「魔力解放」


 指輪の赤い宝石が光り輝いて、二人の間に魔法陣が展開された。ルピナスの身体を通り過ぎ、後方で消滅。髪と瞳の色が、燃えたぎる炎の様に真っ赤に変貌した。


「ねぇ、キミを食べちゃってもいいかな?」


 魔法陣から取り出したルピナスソードを手に持ったところで、フォールンが質問してくる。


「綺麗さっぱりお断りだっての!!」


 否定の台詞を叫びながら、彼女は地面を蹴った。

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