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「そうでなきゃ、不可能を可能には出来ませんから」

 昼食を摂った後は街の外に出て、修行するのがルピナスの日課だった。


「今日は、ここら辺にしましょうか」


 辺りを見回しながら、周囲に建造物が無い草原に立った。一緒に来たレディは、数十メティア離れた場所にある一際大きな石の上にちょこんと座っている。


 ルピナスの服装は、激しい運動に適した動きやすい真っ赤なジャージに変わっていた。この服は、別世界からやって来た人が広めたものらしい。


 髪をポニーテールに纏め、持参した髪留めで束ねる。


 呼吸を整え、頭に浮かんでいた今日の夕飯はどうしようか、などの雑念を消す。


「…………魔力解放」


 静かにそう唱える。


 彼女を中心に衝撃波が発生。円形に広がったそれは、轟音と共に周囲の草木を大きく揺らした。


 ルピナスの髪と瞳が、目に見えて赤くなる。


「(マギアリング無しだと、まだ少しクラっと来るなァ……!!)」


 僅かに頬を緩めながら、彼女は心中で呟いた。


 彼女の発明したマギアリングは、確かに魔力の性質を変化させる為の魔道具だ。


 しかしルピナスは、魔道具に頼らなくとも性質変化させる事が出来た。幼い頃より魔力をコントロールする才能に恵まれていたのだ。努力したお陰で、魔力の性質そのものを変化する事くらい出来る。


 ならば何故、彼女はわざわざマギアリングを開発したのか。その理由は簡単だ。


 自力で性質変化をするには、かなり大きな負担がかかる。そして常に魔力を体外に放出、消費する事で一時的に魔法を詠唱と魔階を無視して使える『魔力解放状態』になる必要があるからだ。


 魔力解放による負担と性質変化による負担。二つの重みを肩に乗せながら戦うのは、ルピナスでさえ十分も保たない。


 だから彼女は作ったのだ。魔力解放による魔力消費と、性質変化による負担を最小限に減らしてくれる魔道具を。


 この修行は、マギアリングが使えない状況下でも性質変化状態になって、それを少しでも長く保てるようになる為に行っている。見た目はかなり地味だが、その疲労は想像以上のものだ。


 再び、ルピナスを中心に衝撃波が走る。赤が、少し濃い青へと変化した。弓や魔力銃を始めとした遠距離武器の扱いに特化した状態。名付けて──

無勢に(マス・)多勢(サイコロジー)』である。


 変化を終えたところで、ルピナスはその場で膝をついた。呼吸も少し荒くなっている。


 彼女がこうなるのも当然と言えた。魔力を一度変化させた状態でもう一度別の状態に変化させた時、その負担は格段に増えるのだ。


「(非常に辛い……でもそれと同時に……非常に楽しい……!!)」


 思わず笑っていた。こうやって苦しみを味わう事で、自分はまだ強くなれると思い知る事が出来たからだ。


 そうだ。そうでないと面白くないり。


「(こんなところで、止まってられない……!!)」


 立ち上がり、三度目の魔力変化を行う。ゆっくりと色が変わっていき、髪は濃い後から白に。目の色だけは通常の金色へと戻った。


 身体強化などを始めとした無属性魔法や、武器を使わない素手による戦いに長けた状態──

やがて星を砕く(アウトブレイク)』だ。


「うぐっ……!!」


 苦虫を噛んだように、彼女の表情が歪む。髪が緑色に戻り、膝を崩して両手を地面につけた。


 全速力で走った後の様に額からは冷や汗が溢れ、呼吸も荒い。心臓の脈打つ音がいつもと比べて格段に早く、視界がぐわんぐわんと揺れ動き、強い吐き気が常に殴りかかってきている。ほんの少しでも気を抜けば、胃袋から上がってきている物を吐き出してしまいそうだ。


 比べようと思った事は無いが、恐らく酒を飲んだ時よりもこの吐き気は酷い。


 今の彼女では、マギアリングを使わずに性質変化が出来るのは三回が限度といったところだ。これ以上やれば体内にある魔力が全て消え、魔力枯渇によるショックで死に至るだろう。


 うつ伏せに倒れ、地面の熱さを頬で直に感じた。


 失った魔力は、時間の経過と共に少しずつ回復する。空気中にある魔力を、身体が取り込んでいるのだ。だが自然回復だけに頼っていたら、いつまで経っても動けるようにはならない。


「ご主人……!!」


 急いで駆け寄って来たレディが、ルピナスの背中に触れる。


「《我が親愛なる神よ・この勇ましき者に・安らぎの祝福を》‼︎」


 第三階級の回復魔法『アベレージヒール』を、通常の三節詠唱で発動させる。


 レディの足下に、時計回りしている緑色の魔法陣が現れた。


 背中に触れている彼女の手が、魔法陣と同じ色の光に包まれる。


 気分が楽になれるぐらいの量の魔力を集め、ルピナスの身体へと流し込む。回復魔法は傷を癒し痛みを消すだけで無く、周囲の魔力を掻き集めて一気に流し込む事も出来た。


 荒かった呼吸も少しずつ落ち着いてきた。それまでに辛そうだった表情も、大分楽そうになった。


「大丈夫? ご主人……」


 不安の篭った声音で尋ねるレディ。


「はい、大丈夫ですよ……。ありがとうございます、レディ」


 身体を起こしてから、レディの頭を撫でる。


「倒れるの、これで何回目? もっと自分を大事にしてほしい」


 ルピナスは修行をする度に必ず倒れ、死亡一歩手前の状態に陥る。レディはその度に、主人を。母代わりとなってくれている人を失うのでは無いのかという恐怖心に駆られる。それが、どうしても嫌だった。


「ごめんなさい……。ですが、これをやめる訳にはいきません。死に物狂いで努力しないと、人間という脆弱な種族の手は、最強の称号には決して届きませんから」


「……どうしてご主人は、そんなにも最強に固執してるの」


「さあ、なんででしょうね。でも物心ついた時から、私は最強に憧れ、それを目指す為に頑張っていました」


「……」


「さて。レディのお陰で元気になった事ですし、次のメニューに移るとしましょうか」


 ゆっくりと立ち上がり、衣服に付着した砂埃などを払う。


「まだ続けるの……」


「当たり前ですよ。時間は有限です。一分一秒を有意義に使わないと」


「ご主人は、馬鹿なんだね」


「ええ、馬鹿ですよ。そうでなきゃ、不可能を可能には出来ませんから。《我に風の如き速さを》」


 その場で何回か屈伸運動を済ませてから、彼女は自分の脚に『走力強化』を発動。地面を軽く蹴り、駆け出した。


 彼女は今、『走力強化』を維持した状態で、高さ四十メティアの壁に囲まれた王都を、全力疾走で一周しようとしていた。


 当然ながら、王都の面積はかなりのものだ。馬車を使ったとしても、一周するのに最低でも丸三日はかかる。


 しかし彼女はそれを、自分の足で。それも僅か数時間でやり遂げている。それもほぼ毎日。


「(本当に、ご主人は加減を知らない馬鹿だ……)」


「でも……」


 風に揺れる髪を手で押さえながら、レディは笑みを浮かべた。


「そこが好き」


 数時間後。王都周辺を走り終えたルピナスは、滝の様に汗を流しながら、地面の上に仰向けで倒れた。


「やっぱり、頑張るのって楽しいですね……‼︎」


 オレンジ色の空を爛々と煌く瞳で見上げながら、歓喜の声を上げる。


 誰にでも出来るが、誰もが出来る訳ではない努力。彼女はそれを、普通の人が異常だと思えるくらいにする事が出来た。


 人々は、彼女の様な人間の事をこう呼ぶのだ。


 努力の天才、と。


「ご主人、お疲れ様」


 顔を覗かせてレディが、労いの言葉を投げかける。


「レディ、膝枕してください」


「わかった」


 レディが腰を下ろすと、伸ばした彼女の太ももの上に、頭を乗せた。


「……どう?」


「家にあった高級枕よりも遥かに心地良いです」


「それは良かった。でも、汗でベタベタする」


「あ、ごめんなさい。すぐに乾かします!」


 ルピナスは慌てて身体を起こし、立ち上がる。


「《吹き飛ばせ》」


 第二階級の風属性魔法『ウィンド』を、詠唱を短縮に加えて文章に自分なりのアレンジを加えた詠唱整理を使って発動させる。


 彼女を包むように強い風が吹き、汗を飛ばし、ジャージを乾かす。


 風が止むと彼女は息を吐き、レディの脚の上に寝転んだ。


「大丈夫? 風邪とか引かない?」


「心配する必要はありませんよ。風邪を引くほど、私の身体は弱くありませんから……このまま寝ても良いですか?」


「それは困る。ご主人は一度寝ると中々起きないから」


「わかりました。では寝るのは我慢します」


 レディが空を見上げた。薄っすらとだが、星が見える。


「綺麗だね、ご主人」


「当然です。何せ私は、千年に一人の美少女と言われていますから!」


「そっちじゃなくて空」


 自慢げに自惚れるルピナスに、レディは淡々と返す。


「あ、そっちですか……。確かに綺麗ですね。流石の私でも、自然の美しさには敵いませんよ」


 それからしばらくの間、二人は何かが起きる訳でもない空をじっと見つめていた。



**



「話があります」


 翌日。いつも通り何らかの依頼をこなしに来たルピナスに、受付嬢のアリシアが真剣な顔つきで告げた。


「話? なんでしょうか」


「昨日の件です。ギルドの上層部に報告したところ、他の迷宮でも同じような異常が起きている事が判明しました」


「同じような異常……」


 それはつまり、穏健の森のブラヴァードの様に、本来生息できない場所に超級の魔物の存在が確認されたという事だ。


 もしこれが本当に何かの予兆なのだとしたら、これから何が起ころうというのだろうか。ルピナスはそれに恐怖すると同時に、興奮を覚えていた。


「既に数人の魔物学者が、調査を始めています」


「レベッカさんには?」


「既にこちらから伝えておきました」


「そうですか。ありがとうございます」


「あり得ない事が世界規模で起きてるなんて、怖いですよね……」


 俯きながら、アリシアは苦笑を零す。


「わかりますよ、その気持ち。誰だって、得体の知れないものには恐怖するものですから」


 そうは言うが、彼女は正直わからなかった。得体の知れないものを前にしたら、普通は喜んでしまうというのに。


「ルピナス様……」


「ごめんなさい。私少し用事を思い出しましたので、これで失礼します」


 軽く頭を下げてから、彼女は足早にギルドを後にする。


 向かう場所は、レベッカの居る魔導研究所。


す彼女だって、知的好奇心に溢れた一研究者だ。あの報告を受けて、居ても立っても居られなくなっている筈だ。


 ならば今すぐにでも彼女と話をし、一刻も早く王都を出る日を決める必要がある。


 人の多い街道から、陽の当たらない薄暗い小道に入る。そこを少し歩いたところに、研究所への入り口はあった。


 観音開きになっているドアをノックする。しかし、いつまで経っても反応が帰ってこない、


 ルピナスは不審に思った。いつもなら、ノックして五秒も経たずに扉を開けてくれるというのに。


 ドアノブを捻り、軽く引っ張った。さも当然の様に開いた。


「(おかしいですね。いつもは戸締りを徹底している筈ですが……)」


 募っていた不安が、心の中で少しずつ膨らんでいく。


 思い浮かぶ最低最悪の状況を想定しながら、扉をゆっくりと開けた。


「……あれ?」


 扉の向こうは真っ暗だった。数メートル先に何があるのかさえ確認出来ない。それくらいに、暗闇で満たされていた。


 やっぱりおかしい。この時間にはもう起床していてもおかしく無い筈だ。仮に今日だけ寝坊していたとしても、鍵が開いているのはおかしい。


 息を呑んだ。右手に赤い宝石が使われた指輪を転送させ、左手に嵌め込む。これで、いつでも戦闘に入れる。


「《輝け》」


 第二階級の光属性魔法『ライトアップ』を詠唱短縮、詠唱整理を使って発動。右手の上に白い光を全方位に放つ球体を生み出した。これで少しは視界も楽になれる。


 周囲に気を配りながら、暗闇の中を進む。流石のルピナスでも、この中を一気に進むのは気が引けた。


 数メートル歩いたところで、目の前に扉が見えた。この先は、確かレベッカの寝室だ。


 恐る恐るドアを叩く。


『どうぞー』


 扉の向こうから、確かに声が聞こえた。やけに元気な女性の声だ。


 ただ、違った。レベッカの声とは、まるで声音が違っていたのだ。


 この研究所に、レベッカは一人で暮らしている。彼女の以外の人間が寝室に居る可能性は、限りなく低い。


「(なら、今私に返事をした声の主は誰なんです……?)」


 緊張感が高まる。彼女の脳が、この場から離れろと警告している。


 彼女は頬を引きつらせた。怖いからではない。思いもよらない展開に、興奮を覚えたのだ。


 扉を思いきり開ける。寝室も、同様に真っ暗だった。


 誰か居る。薄ぼんやりとだが、その姿を捉える事が出来た。


「……!!」


 思わず、彼女は絶句した。


 それは、見るからに人では無かった。小さな人間の輪郭を持った、やや青がかった半透明の液体の塊だ。胸元が少し膨らんでいるので、恐らくは女性なのだろう。目や鼻、口がしっかりとあり、普通の人間ならば美少女と呼べる程に整っていた。


 そのよく分からない存在は、白衣を羽織っていた。レベッカの着ていた白衣に似ているのは、果たして気のせいだろうか。


 対峙している液体状の存在を見て、ルピナスはまずスライム系統の魔物を思い浮かべた。


 スライムは弾力もある液体の様な身体をしており、物理攻撃の殆どを無効化する。最も弱く物理攻撃さえ無効化出来ないブルースライムは下級の魔物の中でも特に弱いとされているが、その他のスライムはどれも上級以上。一部は超級に指定される程の危険が魔物だ。


 しかしそのスライムの中に、人の姿をした種は居ない。だからこそルピナスは、思わず心が躍った。


「貴女は誰ですか?」


 ルピナスが尋ねると、女性型のスライムは、笑顔で答えた。


「ボクはフォールン。スライムを誰よりも愛した、元魔物学者さ」

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