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「間違いなくお腹が破裂するぞ」

 ユーリアとの勝負を早々に終わらせたルピナスはギルドを出ると、王都で特に多くの人で賑わう街道を歩いていた。


 王都に来てまだ一年しか経っていないが、この町の事を新たな故郷だと彼女は思っている。町の雰囲気は良いし料理は美味い。街の人も優しい人ばかりだ。冒険者が多いので、自分の腕を高める事も出来る。


 ほんの一瞬だけ、ずっとこの地で住もうかと考えた。しかしそれを、彼女はすぐに否定する。


 彼女の夢は、この世界で最強の存在になる事だ。その夢を成し遂げるには、同じ場所に留まる訳にはいかなかった。


「(名残惜しいけど、そろそろ引っ越しを考えないといけませんね……)」


 考え事をしていたからか、いつの間にか目的の場所に到着した。二階建ての小さな宿だ。『弦月(げんげつ)』と書かれた看板が掲げられている。


 ネルヴィア王都は他国から沢山の冒険者と観光客が訪れるため、宿泊施設は数え切れないくらいあった。実際弦月の隣も、別の宿泊施設になっている。


 弦月の中へ入ると、そのまま二階に続く階段を登った。廊下を進み、左手の一番奥にある扉の前で止まる。


 一回ドアを叩き、少し間を空けてから今度は二回連続で叩いた。これが、部屋の中に居る人物と取り決めた合図だ。


 向こうから足音が聞こえ、鍵を開ける音がした。


 扉が開く。中から出てきた小柄な少女が、ルピナスの胸へと飛び込んだ。


 腰まで伸びた艶のある黒髪。髪と同じ色のワンピースを身に付けている。


 頭に猫の耳。臀部に猫の尻尾を生やしていて、首には鉄製の首輪を嵌めていた。


 シュレディンガーという名前を持つ彼女は、訳あってルピナスが保護している『奴隷』だ。


「おかえり……ご主人」


 顔を埋めながら、シュレディンガーが零す。


「ただいま。レディ」


 彼女の頭を撫でながら、ルピナスは彼女の事を愛称で呼んだ。


「良い子にしてましたか?」


「うん。ご主人に言われた通り、部屋で良い子にしてた。褒めて」


「レディは本当に偉いですね。良い子良い子」


「えへへ……」


 褒められたのが余程嬉しかったのか、レディの表情は蕩けていた。


 部屋の戸締りをしっかりと済ませる。手を繋ぎながら廊下を進み、一階へと降りる。


「ごめんなさい。少し遅れてしまって」


「別に気にしてない。ご主人が気にする必要は無い」


「今日の昼は、何が食べたいですか?」


「魚」


「またですか……。幾ら大好物とはいえ、毎日食べてたらいずれ飽きますよ?」


「大丈夫」レディはルピナスと繋いでいない方の手を握り締め、顔の近くまで持ってきた。「私が魚に飽きるなんて事は絶対にない」


「……貴女がそれでいいなら、私は何も言いませんけどね。魚は身体に良いですし」


 弦月を出てしばらく街中を歩き、ある建物の中へと入る。


 そこは肉料理や魚料理など、多種多様な料理を取り扱っている飲食店『トゥレイス』。ルピナスとレディは、ほぼ毎日ここを訪れていた。


「いらっしゃいませ! ルピナスさんにレディちゃん!」


 若い女性店員が、笑顔で出迎えた。二人は常連なので、この店の店員全員が名前を覚えている。まあルピナスは、たとえ常連で無くとも名前を知っているだろうが。


 今日は少し空いていたので、奥にある四人席に座らせてもらった。いつもと同じ料理を注文してから、水の入ったグラスを手に取り、喉を潤す。


 しばらくして、料理が運ばれてきた。


 ルピナスの頼んだ料理は、家畜として飼われる事の多い牛が魔物化した下級魔物ペッパーカウのステーキだ。八百グルームあるそれは、直径五十セティア程の大皿の殆どを占めていて、隅にはブロッコリーや人参が添えられていた。


 レディが頼んだのは、中級魔物レーティングフィッシュの煮付けだ。骨が小さくそのまま食べる事が出来るので、彼女はこれをえらく気に入っている。


「いただきます」「いただきます……!!」


 ルピナスが顔の前で手を合わせると、レディがそれに続いた。


 ナイフとフォークを手に取る。器用にステーキを切り取って、口にした。


「(ああ、やっぱりここのお肉は美味しいです……!)」


 噛む度に肉汁が溢れだし、肉質が非常に柔らかいので、いつの間にか口の中から消えている。幼い頃から高級料理を飽きるくらいに食べてきたが、これほど美味しい肉を食べた記憶は、幼い頃の記憶にはきっと無かった。


 一方でレディは煮付けの尻尾の部分を右手で摘み、頭から一気に平らげる。表情こそ変わっていないが、尻尾が際限なく動いているので、凄く喜んでいる様だ。


 二人はその華奢な見た目に反してかなりの大食いだ。僅か数分で、テーブルの上に十皿以上積み上げられた塔を作り上げてしまう程に。


 その食いっぷりに、最初は店員も客も困惑していた。だが今となっては恒例行事なので、特に誰も驚かない。慣れというのは恐ろしいものである。


「同席してもいいかな」


 聞き慣れた声を耳にして、ルピナスの手が止まった。


 二人が座っている席の近くに、一人の少女が立っていた。


 白い長髪をツインテールに纏め、背はレディと同じくらい低く、容姿は年齢が一桁と間違えるくらいに幼い。羽織っているサイズの合っていない白衣が、彼女のトレードマークと言える。


 レベッカ=カノンバースト。ギルドでルピナスが話していた、ネルヴィアで有名な魔物学者だ。


「レベッカさんじゃないですか。どうぞ」


「ありがとう」


 彼女はレディの隣に座ると、丁度こちらに来た店員に、酒を注文した。


「昼からお酒ですか」


「そうだ。悪いか?」


「いえ別に。ただ、あまり飲み過ぎないでくださいね。私、アル中なレベッカさんなんて見たくありませんから」


「言われなくてもわかっているさ。お前たちだって、あまり食べ過ぎるなよ?」


「わかってますよ。だからこうして量を減らしてるんじゃないですか」


「これで減らしてるのか……」


 呆れ気味に呟くレベッカの視線の先には、山積みにされている皿があった。


 店員が運んできた酒入りのジョッキを持つと、レベッカはそれを一気に呷った。


 それなりにあった量をあっという間に飲み干し、ジョッキを置く。


「……しかしよくそんなに食えるな。私がそんなに食べたら、間違いなくお腹が破裂するぞ」


「小さい頃からよく食べてましたからね、身体が大食いに慣れちゃってるんだと思います。……レディはわかりませんが」


「この子を保護して、もう三ヶ月か。時間の流れとはあっという間だな」


「そうですね……。あ、そういえば貴女に伝えたい事があるんでした」


「伝えたい事?」


 首を傾げるレベッカに頷くと、ルピナスは口元をハンカチで拭いた。それから小型の魔法陣を展開させ、中からブラヴァ―ドの薄紫色の羽根を取り出した。レベッカに見せる為に、少しだけ残しておいたのだ。


「これは……ブラヴァードの羽根か」


「羽根を見ただけで何の魔物かわかるなんて、流石はレベッカさんですね」


「世辞はよせ。それにしても、本当に居たんだな。あの穏健の森に」


 この王都で暮らしている以上、レベッカも噂を度々耳にしていた。魔物に詳しい彼女も、そんな事はあり得ないと思っていた。


 腕を組み、表情を張り詰めさせる。


「……端的に言って、これは異常事態だな。

 超級以上の魔物は、常に大量の魔力を浴びていなければその姿を保てない。だから大気中の魔力濃度の高い魔族領周辺に多く生息している。しかし穏健の森の魔力濃度では、超級以上の魔物は生きていけない」


「人間が、海の中でも普通に呼吸出来てる……みたいな感じ?」


 食べ過ぎて大きくなったお腹を摩りながら、レディが言う。


「魔力の濃度を酸素に置き換えれば、大体そんな感じだな」


「む。それは確かに異常事態」


「これから何かが起ころうとしていて、これはその予兆……って事でしょうか」


「可能性はあるな……。ただ、これだけの情報量で原因に辿り着くのは難しい。他の場所でも同じような事が起きていないか調べないといけないし、現地へと調査に赴く必要もあるな」


 二十五皿目のステーキを食べ終えたところで、ルピナスは一気に水を飲んだ。まだ食べられるが、腹八分目という言葉がある。ここら辺で止めておこう。


「……ルピナス。お前に、頼みたい事がある」


「なんでしょうか? レベッカさんにはかなりお世話になってますから、どんな頼みでも引き受けますよ」


「その……私の調査に、護衛として同行してはくれないだろうか?」


「良いですよ」


「返答早いな!!」


 あまりにも即答だったので、レベッカは思わず突っ込んでしまった。


「頼んだ私が言うのもなんだが、別に嫌なら断っても良いんだぞ? 調査は世界中を回る事になるから、いつ王都ここに戻ってこられるかわからないんだから」


「わかってます。承知の上で、私は了承したんです」


「ほ、本当に良いのか? お前、この王都を凄く気に入っているって言ってたじゃないか」


「少ししつこいですよ。私が良いって言ったら良いんです。……それにそろそろ、ここを離れようと思っていた所でしたから」


「……理由を聞いてもいいか?」


「夢の為です。同じ場所に留まっていたら、いつまで経っても叶えられませんから」


「お前の夢は『最強』……だったな。まあ確かに、この街に居るだけじゃその夢は叶えられそうにないかもな」


 元々ルピナスがネルヴィア王都に来た理由は、故郷の村から一番近い都市だからという一点だけだ。冒険者としての生活が安定したら、すぐにでも出ようと考えていた。


 しかしこの街は、彼女が想像よりも遥かに過ごしやすい良い街だった。だから彼女は離れるのを躊躇い、知らない間に一年も経っていたのだ。


「とにかく。私は貴女の頼みを引き受けます!」


「私も、ご主人についてく」


 ルピナスは元気良く答え、レディは相変わらずの無表情で言った。


「ありがとう……二人とも。感謝するよ」


 二人の顔を見やりながら、レベッカは感謝の言葉を口にした。

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