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選んだ生き方 4


 六番目でゴールをすると、見物しているダチョウ達から、割れんばかりの歓声が巻き起こりました。


 彼等は口々に賞賛の声をあげています。誰もカモメであるルーがこんな成績を残すことになるとは、予想していなかったのです。


 ギョルゴが駆け寄って、ルーに頭をすり寄せました。「やったな! ルー! お前はついにやったんだ!」

「ありがとう。ギョルゴの御蔭さ」ルーは言います。弟子のことで心から喜んでくれているギョルゴに嬉しさと寂しさとを一緒に感じながら。


 ふたりが連れ立って歩きだすと、周りのダチョウ達が口々にお祝いの言葉をかけてくれます。ルーにはそれがとても遠いものに聞こえました。自分が入賞したことが、自分でもまだ信じられないでいるのです。


 ルーはそのレースの結果で、すっかり有名になったようでした。夜、ギョルゴと共に帰ってからも、一言おめでとうと伝えるために、ひっきりなしにお客さんがやってきます。


 ギョルゴがその様子に苦笑しながら、言いました。「お前も、もう立派なダチョウだな」

「そうみたいだね」

「なんだか、あまり、喜んでいないようだが?」ギョルゴが怪訝そうな顔でルーを見ます。

「そんなことないさ」とルーは答えると、立ち上がりました。昼のレースの疲れは残っていましたが、歩けないほどではありません。

「どこへいく?」

「ちょっとだけ散歩してくる」

「俺も一緒に行こうか?」ギョルゴはルーの顔から何かを読み取ったのか、心配そうに言いました。そのあいかわらずの鋭さに、ルーは心強さを感じながらも、首を横に振って、断ります。

「ちょっと風に当たってくるだけだから」




 ◇◇◇




 ルーは夜の草原をひとり歩きました。できれば、海が見えるところまで行くつもりでした。ここから海岸線まではそれなりの距離がありましたが、どうしても、ひとりになりたかったのです。


 海に着いたときには、もう真夜中を過ぎていました。満天の星が出ています。辺りは冷たいほど静かで、聞こえるのは波と風の音だけです。


 自分以外に誰もいないことを確かめると、ルーは泣きました。涙があとからあとから、止まることなく流れ続けます。嬉しいのか、悲しいのか、自分でも分かりません。ただ、熱い何かが、自分の心の奥から湧き出て、目から流れていくのです。


 ああ、とルーは心の中で呟きました。


 僕は間違ってなかった……。


 それはルーがずっと誰かに言って欲しいと願い続け、そして、結局、誰からも言ってもらえなかった言葉でした。


 泣くな! 涙を振り払いながら、ルーは自分を叱ります。


 まだ一番になったわけじゃない。泣くな! 泣くな!


 ルーは走り出しました。力一杯、足で地を蹴り、駆けていきます。涙が星屑のように、後ろへ流れます。


 僕は間違ってない。ルーはもう一度、心で呟きました。誰にも言ってもらえはしなかったけど、今の僕は、自分で自分にそう言ってやれる。だから、僕は大丈夫だ。


 流れる雫は、いつしか笑みに変わり、ルーの顔は晴れやかに輝き始めました。

 最初に走ることを見出したときと同じ、あの笑顔です。


 それからルーは何も考えず、走りました。ただ自由に、心の赴くままに。練習で鍛えた今の体は、彼のどんな望みにも応えることができました。


 もっと速く走りたい。

 このまま、ずっと走っていたい――。


 ルーが満足して足を止めたとき、ちょうど海から朝日が昇ってくるのが見えました。心地よく疲労した体に光が染み込んで、心には清々しい風が吹き抜けます。


「さあ、戻ろう」ルーは自分に言いました。


 そうして、歩き出したところで、ふと、近くの高台の方から声が聞こえました。若いダチョウ達の話声のようです。こんな早くにどうしたのでしょう? ルーは興味を引かれて、そちらへと足をむけました。


「あっ、カモメのルー!」ルーが姿を見せるなり、小さなダチョウのヒナが走り寄ってきました。


 そこには、そのヒナの他にも、十数羽のダチョウ達が集まっていました。幼いものから、若いもの、成鳥、老いたもの、一緒にいるのが不思議なほど、取りとめのない集まりです。こんな時間に、こんな場所で、みんな何をしているのでしょう?


 彼等は一見、奇妙な踊りをしているようでした。ばさばさと羽根を振ったり、足でぴょんぴょんと飛び跳ねたりしています。なかには幅跳びでもするみたいに、走っては跳んでを繰り返しているものもいました。なんだか、どこかで見たことのある光景のような気もします。けれど、それらが何を意味するのかは分かりません。


「君達は何をしているの?」ルーは駆け寄ってきたヒナに訊ねました。

 するとヒナは満面の笑みを浮かべて、言いました。

「私達、ギッギャ飛行クラブなの!」

「ギッギャ飛行クラブ?」ルーは訊き返しました。ギッギャ? それは、このカラカラ草原へ自分を導いてくれた恩人の名前です。

 なぜこんなところで彼女の名前が出てくるのでしょう? それに飛行クラブとは何のことでしょう? ルーは疑問の答えを求めるように、他の者達に近付いていきました。


「ジィズ、こっちにおいで」そのヒナの母親らしきダチョウが言います。ジィズと呼ばれたヒナは、母親の元に戻ると、その足の間で遊ぶように駆け回り始めました。母親はその仕草に微笑をうかべてから、ルーを見ました。


「ルー、見たわよ、昨日のレース、すごかったわね。あなたもこのクラブへの参加を希望するの?」

「いえ……、僕はただ通りかかっただけなので。そもそも、これは一体、何なんです?」

「なにって」彼女は呆れたような表情で言います。「カモメのあんたなら見てすぐに分かるだろう? 飛ぶ練習をしているんだよ」

「飛ぶ練習?」ルーはびっくりして、もう一度ダチョウ達を見回しました。その羽根を動かしている仕草は、言われてみれば、飛ぶ練習をしているように見えなくもありません。

「どうして、わざわざそんなことを?」呆気に取らながらルーは言いました。ダチョウである彼等が、なぜ飛ぼうとするのでしょう?

「どうして、どうしてって訊くのかな?」別の若いダチョウが会話に入ってきて、言いました。「飛んでみたら、どんな気持ちがするんだろうって、ただ知りたいだけだよ」そうして、彼はルーの反応を見ると、さらに言い足しました。「ダチョウが飛ぼうとしたらおかしいかい?」

「そんなことはない、ですけど」

「このクラブはね、ギッギャお姉ちゃんがつくったんだよ」ジィズが言いました。その言葉を引き継ぐように、母親が言います。

「知り合いなんだろう? あんたが初めてこの群にやってきたとき、あの子と会ったことがあるって聞いたけど」

「ええ、大切な友達です」

「そうだろうね。ちょっと怒りっぽいところもあったけど、誰とでもすぐ友達になれる子だったよ……。ああ、今頃、どうしているかねえ。きっとあの子のことだから、夢をかなえて、どこかの空で羽ばたいているのだろうけど」


 彼等の様子からルーはふと、ギッギャがどのようにして、ダチョウの群れから出ていったのかを知らなかったことに気が付きました。この様子だと、自分のように黙って逃げだした、というわけではなさそうです。

 ルーが訊ねるまでもなく、母親のダチョウは勝手に思い出語りを始めていました。


「あの子が突然、空を飛びたいって言いだしたときのことは、よく憶えてるよ。最初は群のみんなで、無理だって教えようとしたんだ。でも、ちっとも自分を曲げなくてね。それどころか、一人で練習を始めて、自分の力で飛んでみせて、最後には、逆に私達の方に空を飛ぶ練習を始めさせたんだから、大したもんさ」

「そりゃあ、本当にいい笑顔で言ってたからね。飛ぶことがどんなに素晴らしいかって」もう一羽のダチョウが何度も頷きながら言いました。「あの顔を見たら、自分でもやってみたいと誰でも思うんじゃないかな」

 それから、彼はその場にいるダチョウ達の方を指しました。

「とは言っても、僕達の練習はあまり上手くいっていないんだけど。……そうだ! よかったら、カモメの君が教えてくれないかな」

「僕が教えるんですか?」ルーはびっくりして、思わず笑ってしまいました。飛べないカモメである自分が飛び方を教えるだなんて。そんなルーを見て、相手は怪訝そうな顔をします。

「どうして笑うんだい?」

「だって、僕、飛べないんです」ルーは言いました。

「飛べない?」

「そう。僕は飛べないカモメなんです」


 そのダチョウの反応は、ルーがそれまで出会ってきた他の鳥達とは違っていました。もちろん、最初は同じように驚いていました。でもその驚きが引いたあと、顔に残っていたのはさわやかな笑みでした。「べつにかまわないよ。そんな君だからこそ、分かることもあるだろう?」そう言って、彼はルーが止める間もなく、仲間達を呼び集めました。


 あれよあれよという間に、ルーはその場にいるダチョウ達に、飛び方を教えることになってしまいました。やってみせることはできないので、ルーは必死に頭を絞って、先生やクーク、ララ、ポッツが言ったことを思い出しながら、ダチョウ達の練習を見て、一羽ずつ、もっとこうした方がいいのではないか、といった助言をしていきます。


 ダチョウ達の中で、実際に飛ぶことができる鳥はいませんでした。せいぜいが、助走をつけて跳び上がり、落ちるまでの間で羽ばたくくらいのものです。しかし、ルーの助言を受けて、空に浮いていられる時間がのびたものも何羽かいました。


「ありがとう!」そんなダチョウの一羽がとても嬉しそうに言ったので、ルーは困ってしまいました。

「べつに、僕は何もしてないよ」

「なにいってるの。これ、私の最高記録なの! あなたのおかげよ」

 そう言って、彼女はまた練習へと戻っていきました。


 その姿の眩しさに、ルーは考えさせられました。ギッギャのこと、このクラブのこと、そして、自分の過去のことを。


 太陽はすでに黄色く変わり、空には雲一つなく、朝特有の涼しげな薄い青です。ルーはそこに一瞬、カモメの白い点を一つ見た気がしました。が、すぐに目の錯覚だとかたづけました。カモメがこんなところに来るはずがありませんし、群から一羽だけ離れることもないはずです。


 そう、ここにいるカモメは自分だけです。

 そのとき、ルーは突然悟りました。


 カモメのように飛ぶだけが、飛ぶことではないのだ、と。


 空は広くて、高いところも、低いところも空であることに変わりはなくて、あらゆる翼に羽ばたく場所があるのです。


 ルーは試しに自分も羽ばたいてみました。相変わらず飛べはしません。でも、不思議と悪い気はしませんでした。今度は鍛えた足でぴょんと跳ねてから羽ばたいてみます。着地するのが少し遅れたような気がします。勘違いでしょうか? 分かりません。でも、きっと、飛ぶことは走るのと同じくらい自由なのだな、そう思えました。


 もしかしたら、クーク、ララ、ポッツ、先生、それにお父さん、お母さんも、みんな、この自由を教えてくれようとしていたのかもしれません。それなのに、ルーは耳を貸そうとしませんでした。そして、走りたいという自分の本当の思いを誰にも告げぬまま、ひとりで黙って出てきてしまったのです。


 ギッギャはダチョウの中に産まれても、飛びたいという思いを隠したりはしませんでした。そればかりか、飛ぶことの素晴らしさをダチョウ達の中に広めてさえいたのです。


 なぜ自分はギッギャのように出来なかったのでしょう? なぜ自分は走りたいという思いを秘密にしたのでしょう?

 それは、走ることを否定されると恐れたからです。

 でも、本当にそうする必要があったのでしょうか? 友達に、お父さんに、お母さんに、言ってみても良かったのではないでしょうか?


 ルーは故郷がある方へと、目をやりました。

 残してきてしまったひとたちは、今、自分をどう思っているのでしょう? いいえ、もうこれだけの時間が過ぎたら、自分のことなど忘れてしまったに違いありません。


 僕は寂しいカモメなんだな。ルーは楽しそうに練習を続けるクラブのダチョウ達を見ながら、そう思いました。




 ◇◇◇




 練習を終えたクラブのダチョウ達から、また明日も来てくれという誘いを熱心に受けながら、ルーは帰途につきました。草原のいつも自分が練習をしている場所に着いたのは、真昼を過ぎたころでした。


 レースを終えた後で、夜を徹して走り、早朝にダチョウ達の練習を見て、ルーはくたくたにくたびれていました。そのまま、帰って眠りにつこう。頭にあるのはそれだけだったので、自分の名前が呼ばれていることに、気付くのが遅れてしまいました。


「おい! ルー!」

 声が聞こえて、慌てて振り返ります。呼んでいたのはゲーンでした。

「何度も呼んだんだぞ」いつもどおり不機嫌さで、彼は言います。

「ごめん。ちょっと、ぼうっとしてて」

「レースで入賞して浮かれたか?」

「そんなことはないけど」

「そうか。まあ、とりかく、おめでとう」

「えっ?」ルーは思わず聞き返しました。ゲーンが自分を祝福するようなことを言うなんて、意外でした。

 そんなルーの態度に、ゲーンはばつが悪そうに顔をしかめます。

「なんだよ。俺だってこれくらいのことは言うさ」


 ルーは首を捻りました。思い返してみれば、お互い近くで練習をしていたのでゲーンのことは知っていますが、こうしてちゃんと話すのは初めてのことでした。なんだか様子がいつもとは違うように感じられます。どことなく、雰囲気が和らいでいるようです。


「どうしたの?」ルーは訊ねました。

 訊かれたゲーンはさらに意外なことに、ルーに笑いかけて言いました。

「俺もやったぜ。ついにゴシュカに勝ったんだ」

「えっ? じゃあ、昨日のレースで優勝したのはゲーンだったの?」誰からもそんな話は聞いていません。そのためルーはこれまでの全てのレースと同じく、ゴシュカが勝ったものだと思っていたのです。

「そうさ。どこかのカモメが入賞したせいで、まったく話題にならなかったけどな」

「そうだったんだ。ごめん」

 ルーが謝ると、ゲーンは笑いながら、首を振りました。「いいさ。他の連中が何を言おうが言うまいが。それであいつに勝てた喜びが霞んだりはしないから」

 ルーは少し考えてから頷きました。「そうかもしれないね。おめでとう」

「ああ、ありがとう」ゲーンはそう言ったあと、迷うような素振りをしてから、口を開きました。「実はな、ゴシュカに勝てたのは、お前の御蔭なんだよ」

「僕の?」全く身におぼえがなかったので、ルーは訊き返しました。

「ああ。俺はずっと、隣で練習しているお前の走りを見ていた。いろいろなことを試していたよな。俺もお前に倣って、自分の走りを一から見直してみたんだ。それに、独特なお前の走りの中で、自分にも活かせるところをいくつか取り入れもした。それが俺がゴシュカに勝てた理由なんだ」


 ルーには相手の言葉が意外でした。ゲーンは自分のことなど、気にもとめていないと思っていたからです。しかし、ゲーンはそこから、さらに意外なことを言いました。

「ルー、お前、俺のコーチにならないか?」

「コーチ? 僕が? どうして?」なんだか、今日はおかしな日です。二回もひとから教えてくれ、と言われるなんて。

 ゲーンの顔つきから、彼が真剣であることが見て取れました。彼は言います。

「一回負かしてやれば、ゴシュカのやつでも焦ると思ったんだけどな。聞いて驚け、あいつ、喜んでたよ。またやろうって、楽しそうに言いやがった。それがまた心の底から笑ってるような良い笑顔でな。ひと月後のレース、あいつはまた一段と速くなって出てくるはずだ。俺はそれに勝ちたい」

「だから、なんで僕がコーチなのさ」

「カモメのお前だからこそ、速く走るために考えつくことがあると思う。それを俺に教えて欲しいんだ。お前の教えを受けて、俺が走り、ゴシュカに勝つ。どうだ?」


 昨日までのルーだったら、この申し出をすぐに断っていたでしょう。ルーは自分で走りたいのであって、誰かに走ってもらいたいわけではありませんでした。

 けれど、今朝のギッギャ飛行クラブとの出会いによって、ルーは教える、ということを知りました。そして、そのことがまだ、自分の中ではっきりと整理がつかずにいます。

 ルーは悩みましたが、答えを出すことはできませんでした。


「少し、考えさせてくれないかな?」

「ああ。わかった」ゲーンは頷きました。「次のレース、お前も出るんだろう? なら、その後にまた答えを聞かせてくれないか?」

「うん。それまでに心を決めておく」

「よろしく頼むよ。じゃあ、またな」

 用がすんで、歩き去っていくゲーンの背中に、ルーは後ろから問いかけました。

「ねえ、僕の足が遅いままだったら、こんな風に話してくれた?」

 ゲーンは振り返り、少し考えてから、答えました。

「お前の足が遅いままだったら、そもそもこんな話題で話さないだろう?」

 ルーは笑いました。「それもそうだね」

 ゲーンも微笑むと、そのまま立ち去っていきました。

「教える、か」ひとりになって、ルーは呟きます。まさか自分にそんな価値があったなんて、考えもしませんでした。ずっと走ることだけを考え続けて、ずっと、自分の価値は自分だけが分かっていると思い続けて、ここまで来たのです。


 教える、そう、そんなこと本当に考えもしなかったのです――。




 ◇◇◇




 ひと月が経ち、次のレースの日がやってきました。前回で入賞を果たしたルーは、このレースでは優勝を目標に掲げて、ギョルゴと一緒に練習に励んできました。ゲーンもゴシュカも同じくです。


 そんな彼等が、他のダチョウ達と一緒にスタートの列に着いたとき、何だか、いつもと雰囲気が違うことに気が付きました。なんでしょう? 原因はレースを見物する側にありました。


 いつもなら、そこにはダチョウしかいないはずですが、今日は何故か、他の鳥が混じっています。ほとんどが走ることなく、空を飛ぶ鳥達です。


「あの鳥達は何をしているんだろう?」ルーは隣のゲーンに訊ねました。

「お前のことを見に来たんだろう」とゲーンは言います。「ダチョウのレースで活躍するカモメ。前回のレースから一カ月、随分と噂が広がってたからな」

「そうなんだ。知らなかった」自分の走りを見に来る鳥がいる。そう言われても、ルー自身は中々信じられません。

 そのとき、見物しているダチョウ達の首が一斉に上に伸びました。空になにか気になるものを見つけたようです。

「おいっ! あの鳥は何だ?」ひとりが言います。

「ギッギャじゃないか?」もうひとりが言いました。

「ああ、そうだ。ギッギャだ。ギッギャに間違いない!」


 ルー達も彼等が見ている方を振り向きました。その方向の空から、編隊を組んで飛ぶ鳥がこちらに近付いてきます。驚くべきことに、その先頭にいるのはダチョウでした。翼で羽ばたき、空を飛ぶダチョウです。


「ギッギャ……」ルーの口から、思わず声が漏れます。「それに、あれは――」


 ギッギャは軽やかな動きで、ルーの前に降り立ちました。彼女もいまやヒナではなく、すっかり大人のダチョウです。


「久しぶりね。ルー」彼女はルーがレースに出るダチョウ達と一緒に並んでいるのを見て、言いました。「やっぱり、あなたには、ここがぴったりだったわね」

「うん。まあ、いろいろあったんだけど。ここに来られて、本当に良かったって思ってる。ギッギャが教えてくれたからだ。礼を言うよ」

 ギッギャはかすかに笑うと、言いました。「あなたが教えてくれたゴツゴツ海岸も、私にぴったりだった。で、そのことで、あなたに謝らないといけないことがあるんだけど」

「謝ること?」ルーは訊ねました。

「ええ。私、約束を破っちゃったの。あなたと会ったこと、あなたの群のカモメ達に話したわ」

「うん。そうみたいだね」ルーは頭上を見上げました。そこには、白い点となった何羽ものカモメ達が、地面に降りる機会を待ちながら、羽ばたいています。クーク、ララ、ポッツ、懐かしい姿もその中にありました。

「ダチョウのレースで走るカモメの噂は、ゴツゴツ海岸まで届いてきたの。私はすぐにそれがあなただって分かった。だから、みんなを連れて、慌てて、ここまで飛んできたのよ。ほら、あなたのお父さんとお母さんも」


 ルーの目の前に、二羽のカモメが降りてきました。ルーの両親です。


「ルー……」ふたりは何かを言おうとして、くちばしを動かしていましたが、言葉が上手く出てこないようでした。そして、集まっているダチョウ達に目をやると、一度、深呼吸をしてからお母さんが言いました。「これがあなたのやりたいことなのね?」

「うん」ルーは頷きました。

 お父さんは静かな声で一言、「そうか」と言いました。


 それから、三羽はどちらともなく歩み寄り、羽根を伸ばして、互いに抱き合いました。ルーの両肩に、ふたりの羽根が乗っかります。ルーの羽根は産まれながらに少しだけ短かったものの、ふたりを抱きしめるには、十分な大きさがありました。


 抱擁を終えて、離れると、ルーはふたりに言いました。


「これからレースなんだ。見ててね」


 ふたりは微笑むと、さっと飛び立ち、他のカモメ達と一緒に見物する鳥達の仲間に入りました。ギッギャも飛び立つと、ギョルゴの隣に降りて、再会を喜び合うように話し始めました。


 ルーはまたスタートの位置に戻ります。


「よう、俺の誘いの答えは決まったか?」ゲーンが言います。

「うん。教えるのもいいと思う」ルーは答えます。「でも、今、このレースの間だけは、全力で走ること以外考えられない」

「そうだな」ゲーンが不敵な笑みを浮かべます。「じゃあ、競争だ」


 スタートの合図をするダチョウが前に進み出てきます。見物の鳥達の方が、わっと沸き立ちます。


「さーん、にー、いーち……、スタートっ!」


 合図とともに、今日、この瞬間、自分がもっとも速く走れるという確信を心に秘めて、ルーは走り出しました。


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