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生存者たち 2

 時刻は午後16時過ぎ。達彦をはじめ3人は喫煙室の窓の前に立ち、通りを見つめていた。傍らには荷物が詰まったビニール袋や紙袋が置かれている。もし、達彦の話した仮説が正しければ、もう間もなく変化が始まるはずだ。3人は無言で、じっと待ち続けた。


  ・


 遡ること約6時間前、達彦は2人にこう言った。

「連中は夜に動くんだと思う。夜行性って言えばいいのかな・・・」

柚木は無表情のまま、そして森屋は何かピンとくるものがあったのか微かに眉を動かした。

「昨夜、間違いなく連中は外にいた。俺達3人もそれはちゃんと見てる。そうだよね?」

達彦は2人の目を交互に見つめ、同意を促す。

「でも今朝、日が昇ると連中の姿は消えてた。おかしいと思わない?あれだけ凶暴で、生きている人間を見つけたら無条件に襲うような奴らが姿を隠すなんて」

胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。興奮しているのが自分でも分かる。やっとここから出て加奈子を探しにいけるチャンス、そのきっかけが掴めるかもしれないのだ。自然と言葉にも熱が篭る。

「もし連中が・・・おかしい話だけど・・・ゾンビみたいな奴らなら、それこそ1日24時間ずっと動き続けてもいいはずだよ。でも連中はそうじゃない。なぜか?それは奴らがゾンビじゃないから。死体が動いてるんじゃなくて、生き物だからだよ。頭の中身はともかく、体内の各器官を含め身体はいまだに人間のままなんだ。俺達が疲れたら眠るように、連中も体力を消費したら休まなきゃならないはずだ。死体を食べるっていうのも、生き物なら当然のことだよ。さっきも言ったけど、身体はいまだに人間だ、食べないと死ぬ」

ここまで一気に話して、達彦はひと息ついた。煙草の煙を吸い込み、ゆっくりと吐く。

「俺がさっき自分で言ったことだが、『別の生き物』か・・・」

森屋がつぶやいた。その隣で柚木は静かに考え込んでいる。

「じゃあ・・・じゃあ一体どこに隠れたんでしょう?」

「実際に見た方がいいかもしれない。もっとも、あれだけの数の連中が隠れる場所なんて、限られてるからね。多分皆が考えている通りの場所から出てくると思う。


  ・


 それからの数時間を、3人は諸々の準備に費やした。まず、これからの行動方針を話し合うことだ。すでに3人には、しばらくはこの状況が続くだろうという統一された見解があった(最初に言い切ったのが柚木だったのが、達彦には意外だった)。しかし、達彦には加奈子を探しに行くという目的があるのと同様に、森屋にも家族を探すという目的があったのだ。お互いのことをこれから行動を共にする仲間だと思い込んでいた各々は、かなりのショックを受けたし、なぜもっと早くこの件について話しておかなかったのか腹立たしくもあった。だが結局、達彦も森屋も、自分の目的を変えなかった。そんな2人に挟まれ、柚木はもっと苦しい選択を迫られた。どちらと行くか、はたまた、1人で行くかの選択。1人で行くというのは論外だ。すぐにでも選択肢から除外したい。そうなると、達彦か森屋かのどちらかに付いて行くことになる。ただ、自分が付いて行くとゆくゆくは足手まといになるのが分かり切っている。彼らを危険に巻き込む可能性だって大きい。

柚木は悩んだ。柚木にはいま付き合っている相手がいない。2人のように、どうしても探したいという人は居ないのだ。両親は大分に住んでおり、親しい友人達も同様に大分にいる。柚木はとてつもない孤独感を感じながら、両親を思った。出来ることなら帰りたい。それもいますぐ。ただ、あまりにも遠すぎる・・・。

結局、結論が出ないまま、出発のときまでこの問題は保留にしてほしいと願い出た。そんな柚木に、達彦は言った。

「一緒に行こう。加奈子を探すのも大事だけど、君を安全な場所まで連れて行くことも同じように大事なことなんだ。もちろん、守ってばかりもいられない。君にも協力してもらわなきゃならないときがあると思う。でも、1人よりは心強いだろ?俺も1人で行くよりはいい」

もしかしたら、達彦は最初から一緒に行くつもりだったのかもしれない。それでなくても、答えを保留にすればきっと達彦は声をかけてくれるはずだと柚木は心のどこかで期待していた。そんな弱くて汚い自分が嫌だった。協力したい、役に立ちたい。共に行動することを決めてくれた達彦に対し、少しでも何かを返そうと柚木は決めて、しっかりと頷いて見せた。

「決まりか?」

森屋が明るく言い、2人へと近づいてくる。

「時間がないぞ、ちゃちゃっと準備を済ませちまおう」

 そのあとは、出発のための荷物をまとめた。もし可能なら明日の朝すぐにでも移動を開始するつもりだ、早いうちに準備をした方がいい。達彦と柚木が見つけた食料は3人で分けあった。心もとない量だが、それでも無いよりはましだろう。それに、行く先で調達することも出来るかもしれない。

続いて水。オフィスにはウォーターサーバーがあり、予備のボトルも3本ある。しかしボトルのままではかなりの重さで、運ぶには骨が折れる。そこで3人はゴミ箱から空のペットボトルを掘り出し、軽く洗ってから水を移しかえた。衛生的とはとても言いづらいが、他にいい方法もない。500mlのボトルが9本、1人につき3本の割り当てだ。

同時に達彦は、武器になりそうな物を探した。唯一見つけたのは小ぶりのカッターだが、これはあまり使えそうにない。

『連中に近づくなんて冗談じゃない』

達彦はカッターを放り投げた。武器については、また改めて考えてみよう。

 集めた荷物をビニール袋と紙袋に詰め、準備を終えた。それからは何をするでもなく、いまではお決まりの寝泊りの場所となった喫煙室の中で過ごした。日没時に何が起こるか予想はしていたし、おそらくはその予想が当たるだろうと思っていたにも関わらず、達彦は落ち着かなかった。せわしなく室内を歩き回り、そのたびに革靴がこつこつという音を響かせる。窓の前を通れば足を止め、外の様子を見た。少数の生存者達が動いている以外は変化がない。

「少しは落ち着けよ、気持ちは分かるけどさ」

見かねたのか、森屋が苦笑しながら声をかける。

「俺もさっきから落ち着かないよ。煙草を切らしちまった。済まないが1本もらえるかい?」

達彦が差し出した煙草に火を点け、心底嬉しそうに煙を吐いた。

「こんな目にあっても止められないとはね・・・いやいや、参るよな」

そんな森屋の表情を見て、柚木が呆れたような顔をする。そんな柚木に少々ばつの悪さを感じつつも、達彦も煙草を咥え火を点けた。

「身体は大事にしてくださいね?特にこれからは。診てもらいたくても、もう医者はいないかもしれませんよ?」

全くいないわけではないだろうが、こんな状況で病院が経営されているとは思えない。怪我や病気は命取りだ。

「こんなときに例のインフエンザなんかにかかったら最悪だな。俺は予防接種を受けていないもんでね。同僚には接種を勧められたが」

森屋が名残惜しそうに煙草をもみ消しながら言った。

「私も受けてないですよ。だって新型なのにいままでのワクチンが効くのかなって思ってましたから」

柚木も会話に参加する。

「淳子には心配しすぎだって笑われましたけど」

そう言って寂しそうに微笑んだ。

このまま話を続けたらまた柚木が暗く沈み込みそうな気がして、達彦はその話題から遠ざけようと考えをめぐらせた。反面、いま2人が行った会話に何か大事な意味がありそうな気もした。

『新型・・・ワクチン・・・か』

自分も予防接種を受けていないだけに、この共通点には見過ごせない何かがありそうだ。

達彦が黙り込んでしまったため、残る2人も徐々に静かになり、それぞれ窓の向こうに目をやったり携帯電話をいじったりと思い思いの時間を過ごし始めた。

「相変わらず携帯は通じないが、なかなか面白いものが見れるぞ」

携帯をいじっていた森屋が沈黙を破り口を開いた。

「テレビだ。まぁ見てみろ」

達彦と柚木は差し出された画面を覗き込んだ。そこには黒一色の画面をバックに、放送局のロゴと、非常事態を呼びかける白抜きの文字の羅列が映っている。

「細かい字で読みづらいが、自宅を動かず政府による事態収拾を待てと、そんなことが書かれてる」

チャンネルを次々に切り替えるが、映る内容はどこも同じだった。

「政府が何をしてくれるってんだろうな。いまごろお偉いさんは海の上さ、それ以外の役人は死んでるか連中の仲間入りをしてるだろう。だから、生き残ってる人間は皆、自分の身は自分で守ってかなきゃならん。ここを捨てて出て行く俺達は特にな。だろ?」

携帯を閉じ、ポケットへとしまう森屋に、達彦と柚木は頷く。達彦はそっと、柚木の横顔を見た。そして立ち上がり、窓へと近寄る。この騒ぎの原因が何であれ、生き残らなければならない。柚木を守り、加奈子を探し出すために。

「さて、じゃあそのための第一歩ってことで、確認しよう。そろそろ日没だ」



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