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凶報 2

敷地面積242.068平方メートルの広大な土地を有し、今回の災害が発生するまでは日に3.500台以上ものトラックが荷の積み降ろしを行っていた京浜トラックターミナル。隣接する社屋には仮眠室や宿泊室、コンビニ、入浴施設、果ては郵便局や診療所まで用意されている至れり尽くせりぶりだ。まさに長距離トラッカーのための場所だろう。

感染者の寝ぐらとなっている今では社屋内に入る事は出来ないが、ターミナル部分へ乗り込むぶんには問題はない。敷地入口に用意された守衛所をパスすれば良いだけの話だから。


「掴まってろよ!!」


緒方が入口に向け装甲車の進路を変えた。そのまま減速する事なく突っ込んで行く。電話ボックス2つ分ほどのサイズしかない簡素な作りの守衛所が、いとも簡単にキャタピラの下へと飲み込まれていった。


「もうちょっと穏便にさ…」


舞い散る破片に身を屈めながら、達彦は思わず一人ごちる。


「香川!ヘリは見えるか!?探してくれ!」


装甲車と、追従するCCVがターミナルのメイン積載場に侵入した。この場所は、いわば駅のホームが何本も並んでいるような場所だ。トラックのコンテナの高さに合わせて作られたコンクリート製のプラットフォーム、お情け程度の屋根の下には作業途中で放置された木箱や段ボール箱が山積みになっている。乗り捨てられたトラックも多い。それらが視界を遮り思うように捜索が出来なかった。装甲車は速度を落とし、プラットフォームの作る川の間をゆっくりと進んで行く。

1台のトラックが達彦の目に留まった。そのアルミウィングは汚れも外傷も無く、後方から見るだけならいかにも路肩に寄せ休憩中といった整然とした雰囲気だった。後はハザードランプさえ点灯していれば完璧だろう。だが通り過ぎざまにうかがえた運転席回りは血にまみれ、エナメル調の白いハンドルカバーを斑模様に変えていた。フロントガラスにも赤い手形がいくつも残っている。おそらく押し入られたのだろう、助手席ドアは開いたままになっており、そちらのドアガラスにも手形が残されていた。

この場所でも、やはり死体は見当たらない。作業靴や軍手が大量に散らばる地面には血痕が残るのみだ。


「どうだ!?見えたか!?」


緒方の声が届いた直後、連なり並ぶ木箱の山の切れ目からそれらしい物がちらりと見えた。斜め左前方、200mほど先、ターミナルの最奥のようだ。間違いない。濃緑の機体と、自重により湾曲に垂れ下がった回転翼の先端部分が確かに見える。


「見えた!このままプラットフォームに沿って直進して下さい!突き当たりを左へ曲がればヘリの元に行ける!」


その言葉を合図に、緒方がまた装甲車の速度を上げる。達彦は追従するCCVへと振り返った。距離を開けられてはたまらないと、阿部もCCVに鞭を入れたところのようだ。エンジンが一回り大きな唸りを上げる。フロントガラスを守る開閉式の装甲板は今は跳ね上げられており、ガラスの向こうには唇を真一文字に結びがっしりとハンドルを握る阿部の姿が見えた。その隣では池内が何やら喚いている。阿部の着るベージュのブルゾンの襟を掴み、前方を指差しながら。

これは本当に『尻を叩かれていた』のかもしれないな…特に面白いわけではなかったが、間もなくヘリの元へ辿り着ける安堵感も手伝い、達彦はこちらを見つめる阿部へと微笑み頷いてみせた。



「話が違うだろう!!?」


緒方が隊員の胸倉を荒々しく掴み、引き寄せながら叫ぶ。


「俺達全員を回収する手筈じゃなかったのか!?」


胸倉を掴まれた隊員は、この場にいる輸送部隊の指揮を取る男なのだろう。僅かに白髪の混じる短髪と、経験を感じさせる彫りの深い顔立ち。緒方に激しく詰め寄られているにも関わらず、狼狽する様子も見せずただ冷静に処理をする姿勢。なるほど…安全なキャンプを出て物資を漁る部隊の長としては、この男以上の適任者はいないだろうと達彦は思った。男のその雰囲気が、余計に苛立ちを煽る。


「緒方陸曹長と言ったな…君も分かっているだろう?感染者が例え一部とはいえ日のある内に外へと出て来た今、物資の回収は可能な限りまとめて行わなくてはならないんだ」


男がいまだ自身の胸倉を掴む緒方の手を握り、静かに解く。


「チヌークはすでに限界まで物資を積み込んである。その上で君達が乗って来たシキツウまで運ばなければならない。これ以上は無理だ…5名追加する事ですら断りたいのが本音なんだぞ。品川埠頭には隊員と避難者を合わせて1000名近い人間がいる。物資を削るわけにはいかない」


それでも何とか積載量を調節したのだろう、チヌークの後部にはガソリンが入っていると思われるドラム缶が4本と、10ケースほどの段ボール箱が置いてある。記載された社名を見る限り、内容は缶詰のようだ。

達彦はもう1機のヘリを見た。ずんぐりとした小型機で、4人の隊員がすでに搭乗している。明らかに定員ぴったりだ。それでも隊員達は、各々の膝に段ボール箱を1つ2つ抱えていた。


「もう1度言う。緒方陸曹長を除く人数から、5名を搬送する。残った者は73式を用い収容施設まで自立で向かう事。もちろん、率いるのは緒方陸曹長、君だ。任務を果たせ…これは品川埠頭本部の命だ」


きっぱりと言い、男が緒方を見つめる。表情は依然変わらず、落ち着いたものだ。


「阿部さん、池内さん、和久井さん…乗って下さい。お子さんと一緒に」


達彦が言った。5人の内3人は、話し合う必要もなく決まりだろう。まさかこの場でクジ引きをしようなど言えるはずがない。

嘘だ。本当は我先にヘリに乗り込みたい。あれに乗れば加奈子に近付ける、加奈子の消息を探れるのだ…。達彦は言葉に苛立ちが滲み出ないよう必死に堪えた。


「あと1人…いけますか?」


子供3人分なんて、たいした事はないはずだ。達彦の問いに、男はしばし思案し、ゆっくり頷いた。


「香川さん、行って下さい」


柚木が達彦の背に手を回し、そっと抱きしめた。


「行って下さい…見つかるかもしれないんですよ?無駄にしちゃ駄目です」


服越しに伝わる柚木の体温を感じる。達彦は決意した。不思議だった。あれほど心を掻き乱した苛立ちが、すうっと引いていく。


「斎藤さん、行って下さい。俺達なら大丈夫。必ず…必ず品川埠頭に行くから。それまで子供達の世話を手伝ってあげて下さい」


達彦は堤を見つめ、精一杯の謝罪を込めて頷いた。柚木も、堤も、この狂った世界ではすでに腐れ縁と言っていい付き合いだ。必ず辿り着いてみせる…全員で。堤はしばらく達彦を見つめ返した後、すでにお馴染みの仕草…肩をすくめるあの仕草をした。苦笑と共に。

達彦はぎこちなく見える(間違いない)かもしれない笑顔を斎藤に向け、次いで阿部へと言葉を続ける。


「阿部さん。みんなの事、頼みます。向こうで会いましょう。さぁ、行って!」


2機のヘリのローターが回転を始めた。発泡スチロールの箱や紙切れが、徐々に強くなる風を受け舞い上がる。風はまたたく間に激しくなり、一同の身体を叩き始めた。


「香川君!!」


身体を屈めチヌークへと向かいかけた足を止め、阿部が声を張り上げる。


「彼女の名前は!!?」


もうまともに会話も出来ないくらいの駆動音と強風の中、達彦も叫び返した。砂埃で目が痛むが、逸らす事はしなかった。


「加奈子!!杉原加奈子!!」


阿部は1度だけ大きく頷き、チヌークの機内へと消えて行った。

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