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再動 2

救援を依頼した結果は『ノー』だった。浮島以外で横浜港から東京湾にかけて存在する避難キャンプのどれ1つとして、達彦等11人に救いの手を差し延べようとはしなかったのだ。燃料を無駄に消費するわけにはいかず、また人員にも余裕がないというのが理由だそうだ。

ならば自力で向かうしかない。いいだろう、そこまでは決まった。


「京浜島のキャンプはどうだ?道の状態次第だが、羽田空港付近さえ通過すれば高速湾岸線1本で行ける」


まだ怒りも覚めやらぬといった様子で緒方が提案した。


「皆はそれでいいと思う。でも俺と柚木さんは品川埠頭に向かいます。どうしても行きたいんです」


移動の足として一同が選んだ73式装甲車(もちろん新品だ、汚れ過ぎていないという意味で)の後部兵員室に荷物を積み込みながら、達彦は言った。

移動の足はもう1台ある。緒方がCCVと呼んだ82式指揮通信車だ。通信機能は万が一に備え必要だし、6輪駆動でパワフル、おまけに上面には73式装甲車と同じ12.7mm重機関銃M2が装備されている。このCCVと73式装甲車の組み合わせは、ちゃちな泥棒(略奪者)集団から悪戯心を削ぎ落とすのに最適だと思われた。

73式装甲車には緒方、達彦、柚木、堤が乗り、運転は緒方が担当する。後部兵員室はかき集めた食料や水用の搭載スペースだ。量は決して多くはないが、11人なら2週間は持つ。もちろん、他キャンプへの手土産にもなるだろう。弾薬も積めるだけ積めてある。

CCVは阿部が運転する事になった。緒方から一通りの指導を受け(苛立ちも手伝い、さぞ熱血な指導だっただろう)、いま阿部はまるで初めて自動車で公道を走ろうとする初心者ドライバーのような雰囲気で操縦手席に収まっている。

同乗するのは池内、和久井とそれぞれの子供、そして斎藤だ。阿部の子供は斎藤が世話をするらしい。


「とにかくまずは京浜島へ向かおう、時間がもったいない」


緒方がパンと手を打ち言った。


「それがいいな、そろそろ本格的にこの光景には耐えられなくなってたとこだ」


助かったとばかりにそそくさと、池内がCCVへと小走りに去っていく。他のメンバーも後に続いた。自分も乗り込もうと、達彦が73式装甲車のハッチに手をかけた時、緒方の声がした。


「香川、お前はガンポート担当だ。2度目だし慣れたろ?上から見張れ」


思わずうんざりしたような表情になってしまう。再びアレを撃つ機会がそうそうあるとは思えないが、何事にも万が一という時がある。緒方からすれば、経験者に任せたいところなのだろう。全く光栄な立場だ…。

CCVと73式装甲車がエンジンの唸りを上げ、それぞれゆっくりと前進を始めた。キャタピラの下ではまだ乾ききっていない血溜まりが湿った音を立てる。

こんな形でここを出るとは夢にも思っていなかった…達彦はガンポートから血と肉片が作る真っ赤な景色を見渡し、最後に本部建物を振り返った。見送りのつもりか窓からは感染者達が相変わらずこちらを見つめていた。



高速湾岸線を進み京浜島を目指すという計画は、移動を開始して間もなく頓挫する結果になった。羽田空港へと入る直前、多摩川河口をくぐるように湾岸線がトンネルに入っていたからだ。『湾岸線1本で辿り着ける』その言葉に慢心し、地図で詳細を確認する事を怠ってしまった結果だった。

トンネルは黒々とした口を開け一同の前に立ちはだかっている。これが少なくとも出口が見える程度の距離のトンネルならば、一気に走り抜けようという気になれたかもしれない。だがこちらから見えるのはただの闇、無限に続くかと思わせる漆黒の闇だけだった。そして、中には間違いなく感染者の群れがいる。それもかなり大規模な群れが。いまでは当たり前のように空気中に彼等の放つ悪臭を嗅ぐ事が出来るが、それを上から塗り変えるくらい濃密な悪臭が冷たい風に乗りトンネルから吹き抜けてくる。

結局、大師ランプから高速横羽線に乗り羽田ランプまで、そののち131号線と第一京浜を使い再び横羽線平和島ランプから京浜島を目指すという極端な迂回コースを進む事となった。このままトンネルへ進入しようなどとは誰も口にしなかった。選択肢の1つにもならなかった。



いま、一同は大師ランプを過ぎ横羽線に乗ったところだ。大師橋からは陽光を乱反射しキラキラと輝き揺れる多摩川の穏やかな流れが見える。不法投棄されたマネキンよろしく複数の死体が浮かんでいるのを別にすれば、その景色はとても綺麗で達彦の心を落ち着かせてくれた。

昨夜の出来事で溜まった疲労に加え、遠回りを余儀なくされた一同は件のトンネルを離れてからすっかり口数が減っていた。誰も言葉を発する事なくここまで来た。CCVの方もおそらく似たようなものだろう。


「ねぇ香川君、煙草まだ残ってる?切らしちゃった」


車内の重苦しい雰囲気を破ったのは堤だった。寄り添うように隣に座り寝息を立てる柚木を起こさないように、声を抑えて堤が言った。路上に放置された車輌(大半が事故車だ)の間を縫うように進むため、装甲車はだいぶスピードを落として走っている。堤の声は充分聞き取れた。達彦はパンツのサイドポケットをまさぐり煙草の箱を取り出し中身を見た…あと3本。


「緒方さん煙草は?」


達彦の問いかけに、緒方は前を見たまま肩越しにピースサインを出した。達彦は火を点けた煙草をその指に挟んでやり、待ちきれないといった様子の堤にも1本差し出した。

これで会話が出来る雰囲気になればいいのだが…達彦は先ほどから気にかかっている事を伝えようと車内を覗き込む。


「死体が1つもない。409号線を通った時もそうだった。路上に死体がない」


ここまで進んで来る途中、多摩川に浮いていた死体を除き死体を1つも見かけていないのだ。アスファルトにこびり付いた血痕や血にまみれた衣服の残骸はあちこちにあるが、死体はない。


「食料難…ってやつかもな」


緒方が答えた。


「奴等は仕留めた直後の獲物を好むのかもしれん。新鮮な獲物を、だ。だから死んで時間の経った肉は喰わなかった。生意気な話だと思わないか?」


煙を深々と吸い、吐き出す。


「だが生き残った人間も馬鹿じゃない。奴等が夜間に行動する事は早い内に知れたし、自衛の方法も立ててきた。キャンプがそうであるようにな。だから奴等は狩りが出来なくなってきたんだろう。奴等好みの、新鮮な肉が喰えなくなってきた。だから、次は残り物さ。すっかり固くなり、腐りかけた肉でも、喰わざるを得なくなった。死体が転がってないのはそのせいだろう…まぁ、推測だが」


達彦は無言で堤を見た。堤も達彦を見返し微かに頷く。筋は通る推測だった。

爆発的にその数を増やした感染者達が、自らの空腹を満たすのは確かに容易ではないだろう。食事の好みが変わるのも有り得る話だ。


「奴等に餓死なんて終わり方があるかは知らないが、期待したいね」


緒方がまとめた。そうだ、感染者の身体は人間のままのはずだ。だとすれば、餓死の可能性だって低くはない。


「ねぇ、連中が1人残らず餓死する…それにはどれだけの日数が必要か、考えてみない?」


堤が薄笑いを浮かべ言った。そういう事は、思っても口にしてもらいたくないものだ…達彦は咎めるような苦笑を向ける。堤は肩をすくめやり過ごした。


「でも…餓えているとしたら、その分凶暴性もいままで以上に増してるかも…」


意識せず漏らした一言だったが、この一言は思いの外達彦の心にズシリと響いた。


「何となく、そう思う」


緒方が装甲車の速度を少し上げた。避けきれず、放置されていたワンボックスの後部バンパーに接触した装甲車が僅かに揺れた。


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