長い夜 5
こちらに背を向け停まっているフォークリフトと、コンテナの壁から4mほどの隙間を作るように斜めに引き抜かれた『ゲート』用コンテナが見える。いまその隙間からは、キャンプ内の新たな騒ぎを聞きつけた感染者達が再びなだれ込み始めていた。
「穴を塞ぐって!?どうやって!?」
フォークリフトのエンジンがまだ生きているという保証はない、例えエンジンが生きていたとしても、乗り込み操作するまでに感染者に囲まれ死ぬ。装甲車からある程度の援護は可能だろうが、身体を晒しての射撃になるため危険度は同じだ。停車した車体が感染者に覆い尽くされるまで10秒もかからないだろう。失敗…3人とも命を落とすのが目に見えている。
「何か勘違いしてねぇか!?」
達彦に説明をする時間を作るため、装甲車は直進を止め再び旋回を始めた。大量の感染者達を轢死させてきた結果キャタピラには細かな肉片とおびただしい量の血液が付着しており、それらが車輌を横滑りさせる。
「この73式をコンテナにブチ当てて隙間を戻す!!それだけのことさ!!それまでお前はあの隙間から侵入してくる連中を撃ち続けろ!!ただし!装填されてるのは110発だけだ!!弾はその1帯しかない!!ちゃんと狙えよ!?分かったか!?」
男は横滑りを抑えようと車輌のバランスを取りながら声を張り上げた。周囲に群れる感染者達の咆哮とエンジン音でまともに聞き取れる状態ではなかったが、自分が何をすれば良いかは理解した。達彦はガンポートから車内に手を伸ばし、親指を突き立てて見せる。これで通じるだろう。
「もう1つ!!ぶつかる前に中に戻れよ!?ふっ飛ぶぞ!!」
男が叫び、今度こそ装甲車は『ゲート』へと進路を向けた。
「帰りの足を失くすような真似はしないで下さいよ!?」
達彦は機銃を構え、『ゲート』の隙間に狙いをつける。運よく(まったくだ、こんな最高の運はない。この調子で加奈子も見つかると良いが)堤を見つけるという目的は果たせた。このまま柚木の元に戻れば万事解決だと思っていたが…こうなってしまってはやるしかない。
『駆除する…か』
あのときの言葉を思い出し、達彦は撃ち始めた。
・
突然鳴り響いた重い銃声に、室内の全員が凍りつく。眠っていた子供達も目を覚まし、くずり始めた。
「ちょ、ちょっと…静かにさせてくれよ」
ドアに目を向け、石原が怯えた声を上げた。
「外の連中に聞かれちまう」
斎藤が小さく舌打ちし石原を睨みつける。この男は本当にデリカシーがない…柚木はこの部屋に入ってからの石原の言動を思い出し、軽い苛立ちを感じた。この部屋のバリケードは少し前に組み終えている。重い段ボール箱が詰め込まれたスチール製の棚を2本繋げ、ドアに対し直角に置いた。骨組みだけの作りであるため棚本体の強度は未知数だが、段ボール箱を含めた自重は相当だ(運んだメンバーが言うには、『引越しでこれを運ぶくらいなら捨てる事を勧める』だそうだ)。それに加え、棚の後ろには閲覧用の机がすっかりはまっている。ドアから窓のある壁まで、1本の突っかえ棒が噛ませてあるようなものだ。そう簡単には破られない安心感はある。
「申し訳ない…ほら、大丈夫だ、何も怖くないよ?パパも一緒だからね、良い子だから泣きやん…」
そのとき、子供をあやす阿部の言葉を遮るように、ドアの向こうで猛々しい咆哮が上がった。通路にいた感染者が自分達の存在に気付いたのだと誰もが理解した。ドアに身体を打ち付ける鈍く重い音が響き、そのたびにドアがみしみしと軋む。
「ほら!だから言ったろ!こんなところに逃げ込むなんて馬鹿だったんだよ!」
泣きだしそうな顔で石原が叫ぶ。どすんという激しい音と共に、棚が揺れた。柚木は思わず棚に駆け寄り、支えるように身体を押し付けた。震える右手で、腰に差した拳銃の感触を確かめる。
『達彦さん…達彦さん!』
柚木の穿いているデニム、その腰からのぞく拳銃のグリップを石原は見逃さなかった。一気に距離を詰め、柚木の身体を羽交い締めにする。突然棚から引き離された柚木は、何が起こったのか一瞬分からなかった。
「石原!やめろ!」
阿部の制止が飛んだ。
「うるせぇ!!」
窓辺へ後ずさりながら、石原が柚木の腰から拳銃を引き抜く。
「お、俺はもうこんな場所にいたくない…死ぬならお前等だけ死ねよ」
ドアの向こうでは、感染者が激しく身体を打ち付け続けている。棚の揺れは、確実に強くなっていた。
「銃は貰ってく。この女もだ…へへ…いろいろ使い道があるだろうしな」
震える声でそう言うと、石原は柚木を拘束している左腕に一層力を込めた。そのまま手の平で柚木の胸を乱暴にまさぐる。
「…っ、いやぁ…」
柚木は激しく身体をよじり抗うが、逃れることは叶わない。
「石原…やめろ。いまは皆であのドアを守るべきだ。君だって分かってるだろう?外に出ることがどれだけ危険か」
「あいつには出来て俺には無理だってのか!?馬鹿にすんじゃねぇぞ!」
メンバー全員に向け小刻みに動かしていた銃口が、阿部に固定される。その瞬間、資料室のドア窓が破れる鋭い音が響いた。石原の意識が一瞬逸れたのを感じた柚木は、石原の爪先を思いきり踏みつけた。苦痛の声を上げ銃口が下がる。その隙を狙い、阿部と池内も動いた。阿部が持っていた懐中電灯で拳銃を叩き落とし、池内は石原と柚木の間に割り込むように2人を引き離す。
形勢は逆転した。柚木は床に落ちた拳銃を拾い上げ、その銃口を真っ直ぐ石原に向けた。
「阿部さん!池内さん!棚を押さえて下さい!」
棚は相変わらず激しく揺れている。あのドアを破られるわけにはいかない。夜明けまで…達彦と堤が戻るまでは。そのためなら何でもする。そう…例えば目の前にいる男に向け引き金を引くことだって。
柚木の一声で、2人は棚へと走り、身体を押し付けた。斎藤も後に続き、和久井は部屋の隅で3人の子供を自身で覆い隠すように守っている。
「もう…もう無理だ…皆死ぬ…誰も助からない…」
「動かないで!お願いですから協力して下さい!」
柚木の制止も届かない。石原は天井の配管から伸びるロープを掴み、窓から身体を乗り出す。
「石原さん!お願い!」
「石原!頼む!手を貸してくれ!」
柚木や阿部の懇願に石原が振り返った。涙に歪んだ顔、口元には薄い笑みを浮かべ、ゆっくりとかぶりを振る。柚木には、恐怖に心を占拠された石原の目が薄暗闇の中はっきりと見えた。石原が窓枠から足を離す。その姿は、たちまち視界から消えていった。
「馬鹿野郎が…っ」
阿部が顔を伏せ、搾り出すように言った。そのとき、窓の外、あまり離れていない場所から悲鳴が聞こえた。細く、短い悲鳴…。
部屋の隅で縮こまっていた子供達が再び泣き始める。その声と、いまだ響く銃声を聞きながら、柚木は溢れてくる涙を必死で堪えていた。
・
装填されていた弾丸を、すでに半分は消費したはずだ。達彦は『ゲート』に開いた隙間に向け慎重に狙いを定め撃ち続けた。といっても、とても簡単に撃てる代物ではない。撃つたびに激しく銃身が跳ね上がり、狙いが逸れるのだ。数発撃っては止め、また数発…達彦は小刻みに、所謂バースト射撃を行いながら感染者達を撃ち倒していく。
少しづつスピードを上げる車輌と、そのキャタピラが巻き起こす大量の血しぶき。銃口のはるか先では、頭部や腕を弾き飛ばされながら感染者達の身体がギグを踊る。あれだけ脅威を感じていた連中が、なす術なく倒れていく…もっと、もっとだ…。達彦の理性は、弾丸の消費と共に擦り減っていった。
「もういいわ!!充分よ!!早く中に戻って!!」
堤が達彦のカーゴパンツの裾を引いた。しかし達彦はそれに気付くことなく撃ち続けている。不思議な感じだ…ふわふわして、銃声も咆哮も聞こえない。恐怖もない。あるのはただ1つ、もっと奴等を駆逐したいという欲求。死ね。死ね。死ね…。
機銃がかちりと音を立て沈黙した。同時に、堤が達彦の股間を思いきり殴りつける。突然襲った激しい痛みに、達彦は我に返り呻く。
「早く入りなさい!!」
装甲車は、もうコンテナの目の前まで接近していた。達彦は慌てて車内に戻り、ハッチを閉める。すぐ隣に座っている堤へと視線で礼を言い、衝撃に備えた。
「いくぞ!!しっかり掴まっとけよ!!」
男が吠える。次の瞬間、とてつもない衝撃が車内を襲った。ただでさえ安定していない達彦の身体は座席から浮き上がり、天板に頭をしたたかに打ち付けた。痛みを越え、何も感じない。身体から一瞬にして力が抜けていく…。
『加奈子…柚木…さ…』
霧に包まれるように薄れていく意識の中、感染者達が装甲車の外装を激しく叩く音が微かに聞こえていた。
書いていて、『これ面白いか…?』と本気で悩んだ。
笑いも無いしエロも無い…またそれらを加える技術も無い。
どう考えても、需要のあるゾンビ物作品からは遠い。
駄目だろこのままじゃ…。自分の目指すスタイルに自信が無くなってきた…。
(´・ω・`)ナンダカナァ…