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長い夜 4

屋根の上を歩いていく達彦の姿が、暗闇に紛れ見えなくなるまで見送った。あれから銃声が聞こえるたびに達彦が撃ったのではないかとドキリとする。感染者に見つかって追われているのではないか…囲まれ、身動きが取れずにいるのでは…。


『どうしようもなくなったときには、頭に1発…それで済むもの』


あんなこと、言わなければよかった。生きていて欲しい。無事に戻って来て欲しい。達彦も、堤も…。

資料室のドアが、がたんと大きな音を立てた。先ほどからずっとそうだ。曇りガラスのドア窓の向こうを影が横切るたびにドアが揺れる。まともな人間が歩き回れる状況ではないのだから、影の正体は間違いなく感染者だ。身体がぶつかっているだけなのか、はたまたドアを開けようとしているのか…いずれにせよ心臓に良くない。

柚木にとってこれで3回目となる立て篭もりだが、今回が最も危険だ。ドアのすぐ向こうには確実に感染者がいるし、何より達彦が不在なのだから。部屋の隅で座り込むメンバーは皆同じく不安そうにドアを見つめている。何かしなければ…何か…。柚木は室内を見渡した。


「あの…」


柚木が口を開いた瞬間、またドアが揺れた。そのドアを一瞬見やり、言葉を続ける。


「棚に入っている段ボール箱を、ドアの前に置きませんか?かなり重そうだし、窓も塞げそうですよ?」


怖がってばかりはいられない。達彦は戻って来るこの場所があるから出ていったのだ。そして、自分はここを任された。出来ることをしよう…生き残る努力をしよう。柚木は後ろ腰、ベルトに差した拳銃のグリップをそっと撫でた。


「動かせるようでしたら、棚ごと移動させても良いですし。とにかく補強しましょう」


「参ったな…何でいままで思い付かなかったんだろう。よし、やってみるか」


眠っている子供を床に横たわらせ、男が立ち上がる。


「君と…そこの君、すまないが手を貸してくれ」


子供を抱き抱えている別の男と、1人で気だるそうに座り込んでいる男(先ほど出ていく達彦に愛情たっぷりの言葉をかけた男だ)へ声をかけた。


「こんなことしても無駄だと思うけどね…」


気だるそうな男は、これまた気だるそうに呟きのろのろと腰を上げた。


「さっきから一言余計なヤツだね。だったら座ってなよ、私がやるから」


同じく1人でいた女が、男を押し退けるように棚へ向かう。


「無駄かどうか分からないよ?まずはやってみよう。俺は阿部だ、君は?」


バリケードを築くことに最初に賛同した阿部が、呆然とした表情を浮かべて立ち尽くす男へと問いかけた。


「…石原」


「石原君だね、よろしく頼むよ。それで…君は?」


「斎藤です。もちろん私も手伝いますよ」


名乗ったあと、いまだ呆然としている石原へ冷ややかな一瞥を送る。可愛らしい顔をしているが、気は強そうだ。堤とは仲良くなるにせよ、反発し合うにせよ、極端なものになりそうだと柚木は思った。


「私は池内です」


男性陣の最後の1人が名乗る。


「やるなら早くやろう。息子の傍を一瞬でも離れたくない」


そう言って、棚に手をかけた。


「私は柚木です。やりましょう、よろしくお願いします」


阿部、斎藤、石原、池内の4人が棚を動かそうと力を込めた。しかし、重過ぎて持ち上げての移動は無理なようだ。微かな軋みを立て、棚がドア前へとずるずる動き始める。柚木は2人の子供を抱き、その様子を見つめていた。参加するつもりだったが、残る女1人(和久井と名乗った)と子供達を見てやっていて欲しいと阿部に頼まれたのだ。眠る子供達に囲まれ、柚木と和久井は言葉を交わすこともなくただ黙って作業を見ていた。



これが普通の車ではないことは、乗り込む前から充分承知していたが…こんなに狭いとは。おまけに酷い音だ。達彦は身体を思い切り丸めた姿勢のまま車内に収まり、いまだ荒い呼吸をなんとか整えた。


「おい!お前!お前銃は撃てるか!?」


達彦の真横、自衛隊の戦闘服に身を包んだ男が操縦手窓から前方を睨んだまま怒鳴る。


「撃てるよな!?さっき撃ってたもんな!?入ってきたばっかりで悪いがガンポートに出ろ!M2…とにかくデカい機銃が付いてる!そいつを前方の群れに撃ちまくれ!!」


「だけど!!奴等が上に乗り上げてきたら!?危険じゃないですか!?」


こんな狭くてうるさい中にいるよりは居心地は良いだろうが、死ぬのは御免だ。達彦は騒音に負けじと怒鳴り返す。


「この73式は2.2mの高さがある!おまけに走ってる!大丈夫だよ!」


今度は達彦の方に顔を向けて、男が再び怒鳴る。ぐだぐだ言うな…そんな雰囲気だ。


「とっとと行け!!」


達彦はハッチを開け、顔だけ出した。そこには男の言う通り、ものものしく光る機銃が台座に据え付けられている。これを撃てと言うのか…。

しかしそれよりも達彦の肝を抜いたのは周囲の光景だった。旋回しながら疾走する73式装甲車の左右、後ろを、おびただしい数の感染者達が追走しているのだ。達彦は前方を見た。彼等は前からも押し寄せている。装甲車は立ち塞がる者全てをなぎ倒し、轢き潰す不気味な振動と共に走り続けた。


「用意しろ!!いくぞ!!」


車内から男の声が飛ぶ。同時にいままで旋回を続けていた装甲車の車体が、真っ直ぐキャンプ入口、『ゲート』に向いた。達彦は慌てて頭を引っ込め、男に向けて怒鳴る。


「何をする!?どうするつもりなんだ!?」


「決まってる!あの穴を塞ぐのさ!」


相変わらず前方を睨んだまま、男が叫んだ。

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