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長い夜 1

自衛隊員の男が1人、キャンプ入口であるコンテナの前を歩いていた。キャンプ内では『ゲート』と呼ばれている唯一固定されていないコンテナ。その前をゆっくりと歩く。もう何往復しただろう…。ドラム缶の中で煌々と燃える焚火が、コンテナの壁に揺らいだ男の影を映している。男は足を止め、目の前に広がるキャンプの様子を眺めた。ここでは夜間の行動に規制がない。静かにする必要はないし、消灯時間もない。食事をし、談笑し、好きに過ごせる。男が見ている先には、焚火を囲み思い思いに夜を過ごす人々がいた。男は満足だった。彼等を守っているのは自分達だ。いつくるか分からない有事を待ち続け、訓練に明け暮れる日々…男はこんな活躍の場を待っていた。だから、男は満足だった。

続けて男は振り返り、背後に立つコンテナの壁を見上げた。入口として上昇、下降する1列を除き、全てのコンテナは隣り合う同士溶接されている。すぐ外には感染者の群れがひしめいているのだろうが、この壁が崩れる気配は微塵もない。まったく素晴らしい…ここにいれば安全だ。あの狂った連中を生み出した原因なんて知ったことか。我々はここで避難者達を守っていれば良いのだ。

ただ…と、男は考える。酒がないのは気に入らない。ヘリで街に飛んで行く回収部隊の連中は、いつも肝心な物を拾ってこない。煙草と酒だ。この2つの配給がないことに愚痴を漏らす隊員や避難者が少なからずいることを、本部は知っているはずなのだ。今度上官に頼んでみようか…いや、あいつは無理だろう。飲み二ケーションなんてものとは無縁だった奴だ、期待出来ない。男は溜息を吐いた。次回の回収部隊に参加させてもらうか…いや待て、感染者と鉢合わせなんて御免だ。ここにいる方がずっと良い。

胸ポケットから煙草を取り出し火を点ける。そのとき、背後から自分を呼ぶ声がした。振り返り、思わず舌打ちしそうになる。上官が長々と何か言ってるが、たいしたことじゃない。コンテナ脇に積んである資材運搬用のパレットをどかせという簡単な話だ。男は去っていく上官の背中に向かい、親指と人差し指でできた銃を構え、撃った。ざまぁみろだ。

男は入口開閉用に使われているフォークリフトによじ登り、運転席に座った。エンジンをかけ、ギアをバックに入れる。コンテナ下に刺さったままのフォークリフトのツメが擦れ、耳障りな音を立てた。ツメが半分ほど抜けたとき、コンテナに引っかかり動かなくなった。その直後、ゆっくりと後退を続けるフォークリフトの動きに合わせ、引きずられる恰好でコンテナが動き始めた。隙間はあっという間に拡がり、外で群れていた感染者達がその隙間からなだれ込んできた。

男の唇から煙草が垂れ、落ちる。落ちた煙草は太ももを焦がしたが、痛みは感じなかった。もっと強烈な、想像を絶する痛みが男を襲った。



午前2時14分。焚火の爆ぜる音で、達彦は軽く身じろぎした。達彦は少し前から眠っている。柚木はそんな達彦の頭を軽く撫で、昨夜達彦が言った言葉を思い出した。


『いままで加奈子が、俺のことを諦めずにいてくれたからだよ』


達彦が加奈子に初めて出会ったのは、達彦が23歳のときだ。加奈子は3つ下、20歳。当時アルバイトをしていた店に加奈子が入店し、教育担当として達彦が仕事を教えることになった。そのことがきっかけで、休みの日には何度か遊びに行く仲になり、付き合うことになった。ここまではよくある話だ。

中学、高校を目的もなく怠惰に過ごし、浪人してまで入学した大学も3年目に中退。将来への明確なビジョンもなくアルバイト生活を続けている…そんな達彦と違い、加奈子はしっかり者だった。同居している家族のために給料のほとんどを入れ、なおかつ貯金と資格取得の勉強。それでも楽しむことを常に忘れず、いつも笑っていた。

どちらかと言えば排他的で、他者を傷つける方が得意になるような生活をしてきた達彦にとっては、加奈子の真面目さが重荷に感じたものだ。もっと気楽に付き合える相手もいただろうにと思うこともあった。そんな2人だから、衝突も多かった。

そんな達彦の気持ちは、加奈子には分かっていたはずだ。それでも加奈子は達彦に向き合おうと我慢し続けた…。結局、達彦が未熟過ぎた。達彦は加奈子とぶつかり合うことで、加奈子のことが本気で好きになった。

そして3年前、達彦は就職し、きちんと働き始めた。1人よがりな考えを捨て、何でも相談し2人で解決してきた。まとまった貯金も出来、結婚と、それに伴う同棲の準備もした。

ここまでくるのに6年かかってしまった。その間も、加奈子は変わらず支えてくれたし、応援してくれた。もっと早く向き合っていれば、女性としての喜びを味あわせてあげれたはず…それが達彦にとって最大の後悔だ。安否も分からず離れ離れになっているいまは、余計に心を締め付けた。


『加奈子がそうしてくれたように、俺も加奈子を諦めない…必ず見つける』



また焚火が爆ぜた。柚木は繰り返し達彦の頭を撫で続ける。


『私も一緒に行きます。絶対、行きますから』


眠る前、明朝見張りに出る隊員と共にキャンプから出ると言った達彦へと、柚木が返した言葉だ。これに対し、達彦は猛反対した。分かっていた反応だった。それでも、柚木は引かなかった。

言い合いは平行線で、結論は出なかった。達彦は1人で行くと譲らなかったし、柚木もまた一緒に行くと譲らなかった。いまは眠っているが、朝になればこっそりと起きだし、1人出て行くつもりなのは分かっている。それを黙って見送るつもりはない… 柚木は一晩中でも達彦を見ていることに決めていた。

堤は自分と同じ境遇、つまり予防接種を受け生き延びている人間を捜そうと夕食後からキャンプ内を歩き回っている。同行しようかという達彦と柚木を拒絶し、1人で行ってしまった。あれからずいぶんと時間が経っているが、まだ戻ってこない。2時間ほど前、さすがに心配になり捜しに行こうと言った柚木を止めたのは達彦だ。娘や夫のこともあり、気持ちを落ち着ける時間が必要なんだ、と。

柚木や堤に対し気を配り、周りを見て相手を見て行動しようとする。余裕があるわけではないのだろうが、それでも冷静に判断しようとしている。そんな達彦が、柚木は好きだった。

吹き抜けた冷たい風に、達彦が身じろぐ。柚木は達彦の身体にかぶせられた毛布の乱れを整えた。その直後、金属の擦れる音がした。続けて沸き起こったのは、悲鳴…。柚木は慌てて達彦の顔を見た。達彦の目は、すでに開いていた。



「皆を集めろ!!早く!!」


大声を上げ、達彦は柚木へと指示を出した。唐突に響いた悲鳴…それだけで、達彦にはこのキャンプに何が起こったのか理解していた。


「子供を連れた人が大勢いる。彼等を集めて!早く!」


その言葉を聞き終える前に、柚木は周囲で休んでいた人々の元へ駆け出して行く。キャンプの敷地内、そのどこかでけたたましい銃声が鳴り始めた。達彦はいまいるプラットフォームから建物の表側へと向かい走った。建物の横、膝丈ほどの長さまで伸びた草むらの中を、いくつもの段ボール箱や放置自転車に躓きながら進む。いまや達彦の心臓は、重なり入り乱れて飛び交う悲鳴や銃声と同調するように激しく脈打っていた。


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