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微かな望み 2

翌朝、感染者達が姿を消してから30分ほど待ち、達彦等3人はアパートを出た。いまは午前6時36分。昨日集団で移動していた彼等と比べ、こちらは身軽だ。途中で夜を明かす必要は生じないだろう…。予定では日没までには浮島へと到着出来るはずだ。


「大丈夫か?柚木さん」


達彦は振り返り、すぐ後ろを歩いている柚木へ声を掛けた。


「苦しくなったら遠慮なく言ってくれよ?我慢は無しだ」


綱島街道をひたすら進み、ようやく武蔵小杉まで来たところだ。移動距離は大した事はないかもしれないが、柚木は病み上がりだ。それが気掛かりだった。


「はい、大丈夫。まだまだ行けますよ」


心配そうな達彦へ向け、柚木が笑顔で返す。


「ほら、早く行きましょう」


今朝から、柚木は昨夜のやり取りをまるで覚えていないかのように明るい。あんな気まずい雰囲気の後だ、ぎくしゃくした関係を覚悟していたのだが…。


「そうか…なら良いんだ…先を急ごう。多摩川沿いに入ったら、少し休憩しような」


あの後、達彦は考えた。柚木の気持ち、自分の気持ち。だが何度考えても自分には加奈子を捜し出す以外の道も、希望もない。柚木の気持ちには応えられないのだ。柚木もそれを認めてくれたのだろうか…?だから何も言わず明るく振る舞ってくれるのだろうか…?


「ねぇ!ちょっと地図を見せてくれる?」


しばらく思案を続けていた達彦の耳に、堤の声が届いた。


「先に行ったあの集団は、途中で1泊するって言ってた。多摩川沿いなんて何も無い所を通るなんてやっぱり考えられないわ」


達彦は周囲をぐるりと見渡した。日の光りを受けキラキラと揺れる川面と、開けた視界。川と平行して延びる土手の周りには住宅と小規模の工場…確かに、身を隠すにはあまり適した環境ではなさそうだ。そうなると彼等は多摩川に入る少し手前で曲がり、JR南武線に沿って行ったのかもしれない。国道1号線との交差点まで行き着けば、東京湾アクアラインに繋がる409号線まですぐだ。こちらのルートの方が、夜を明かす場所は多いだろう…。


だが達彦は彼等と同じルートを辿るつもりはなかった。こっちは今日の内に浮島に到着しようと考えているのだ。建物の多いルートをわざわざ選び、危険を冒す必要はない。達彦は思った事を堤に伝えた。


「彼等が無事に浮島まで辿り着いていれば良いんだけど、途中もし何かトラブルに遭った場合は怪我をして動けない人も出るはずよ。きっと置き去りにされてるわ」


堤は達彦と柚木を交互に見ながら熱心に続ける。


「彼等の痕跡を見つけながら進みましょう?もし置き去りにされてる人がいるなら、見殺しにはできないわ。違う?」


柚木は達彦の顔を見つめ判断を仰いでいる。だがその表情は明らかに堤の意見に対し賛成票を投じているようだ。

達彦は手にしていた地図へ視線を落とし、決断した。


「分かった。もし置いていかれた人がいたら、一緒に連れていこう」


地図で見る限り、南武線沿線は住宅地が延々と続く。正直、そのルートを選ぶのは気乗りしない…感染者達が表に出てくることが無いとは言え、だ。


『面倒はごめんだ…か』


医師を捜す達彦へ向けられたあの視線。自分も彼等と同じだったことに、達彦は恥ずかしさを覚えた。


「あなたは私に言ったでしょ?諦めたような言い方をするなって。そして出て行こうとした私を引き止めたし、最善だと思える提案までしてくれた」


おそらく悶々とした達彦の表情を見て取ったのだろう、堤が綺麗な歯をニッと見せながら(さすが歯科医だと思わせるくらい見事な歯並びと白さだ)笑った。


「私達は大丈夫、まだ人の心は無くしてないわ」



人の心をすっかり無くしてしまわないと、この光景はとても直視出来そうもない…。南武線沿いに歩き続け、鹿島田駅周辺で達彦等3人の目に入ってきたのは、喰い荒らされた『元』人間の残骸が折り重なるようにいくつも横たわる惨たらしい光景だった。それら残骸に混じるように、悪臭を撒き散らす肉体的にはほとんど損傷を受けていない死体も少なからず見受けられる。こちらはおそらく感染者の死体だろう。

血で染まった迷彩柄の服の切れ端が、風にひらひらと揺れており、辺りには薬莢が散らばっていた。


「ずいぶんと派手に撃ったみたいだね…」


達彦は薬莢を1つ手に取り、言った。


「日没に間に合わなかったんだ…多分」


「一緒に連れていけそうな人は…いそうにないわね」


堤が呟く。いくつもの肉塊が散乱するこの場所を中心に、おそらく感染者が死体を引きずったことで出来た赤い血の線が八方に延び、周囲の建物へと続いていた。


「そうですね…みんな死んだ、全滅だ…」



そう言って、達彦は歩き始めた。彼等は気の毒だった、だが次は自分達の番だ。ここで時間をかけてしまったら新たに3人の死体が追加されることになってしまう。


「さぁ、もう行こう」


「ちょっと待って!」


柚木が達彦の声を遮り屈み込む。


「これ、まだ使えるかもしれませんよ」


そう言って再び立ち上がった柚木の手には、鈍く光る小銃が握られていた。

89式小銃、陸上自衛隊普通科連隊等で装備されている物だ。達彦は柚木から小銃を受け取り、弾倉を抜いて残弾を確認した。弾倉は空だった。念のためレシーバーを引き薬室も見たがこちらも無駄だった。これでは何の役にも立たない…せいぜい鈍器替わりが関の山だ。


それに、そもそも達彦は銃に頼ろうとは考えていない。前に柚木に言った通り、あの数で襲われたら銃なんて意味がないだろう。持ち主を失い転がっていたこの小銃が良い例だ。違うか?


「ん…せっかく見つけてもらってこんな事言いたくないけど、銃は意味がないよ」


達彦は小銃を振りながら言った。


「でも包丁よりは良いでしょ?追い詰められて、どうしようもなくなった時には銃の方が良いですよ。頭に1発、それで済むもの」


柚木はさらりと言ってのける。それに対し達彦が口を開く前に、堤が歩きだし路上に放置されているトラックへと近寄って行った。幌を捲り上げ、荷台に満載されている荷物を指差しながら振り返る。



「これってその銃の弾?けっこうあるわよ。香織ちゃんの言う通り、死ぬなら私も銃が良いわ。連中になぶり殺されるのは御免よ」


達彦は堤の後を追い、荷台を覗きこんだ。かなり大きい発電機が荷台の大半を占め、あとは医療器具やライト、食料、加えて手付かずの89式小銃が数挺とそれに使用する5.56mm×45弾(新NATOの標準弾薬)があった。弾薬は弾倉に詰めこまれており、小銃本体に装填すればいつでも使える状態にあった。弾倉1つにつき30発。達彦は弾倉の山から1つを手に取り、小銃に装填した。レシーバーを引き、初弾を薬室に送りこむ。


「驚いた。あなたオタク?」


堤が苦笑しながら呟く。


「好きに呼んで下さいよ…取り敢えず使い方を説明します、ちゃんと聞いて下さいね。柚木さん、君も」


感染者に対しては効果が薄いだろうが、人としての尊厳を保ったまま死にたいと望むのならば使い方はしっかり覚えてほしい…。


『自殺のために使い方を教える?まったく馬鹿げてる…』


達彦は苛立ちを感じながら柚木と堤にレクチャーを施した。


「オーケイ、分かったわ」


堤が小銃を構え頷く。隣に立つ柚木も理解はしたようで、両手で小銃を抱き抱え頷いている。


「これだけは言っておきたいんだけど…銃が手に入ったからって安心しないでくれ。それと…安易に死なんて選ばないでくれよ…?」

こんな状況だ、銃を持っていることで気が大きくなることも考えられる。それは生存者達との不要なトラブルを招くし、警察や自衛隊に見咎められたらそれこそ問答無用で射殺されかねない。そして、感染者に襲われたら諦めも早くなる。手持ちの弾薬で対処しきれない場合は、潔く自殺した方が楽だと思いこんでしまうだろう。


「もし…もしどうしても自分を撃つなら、噛まれてからにしてくれ。それまでは何が何でも生き抜くことを考えるんだ。その結果1人になってしまっても。良いね?」


こうして3人は、浮島への移動を再開した。

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