それが俺らしい性転魔法使いのオブリージュだ!
俺こと蓮野 春は、久しぶりに暖かさを感じていた。
それは、やっと過去を吹っ切れたことを表していた。
あの日から今日まで、冷たい真っ暗なような世界で生きていた。
そんな俺に、この暖かさをくれる人がまた現れたのだ。
「もし春さんが今や未来、全てを拒絶しても私が!私の色を届けますわ!」
「春さんも大切な人を失って助ける為に、そのような魔法使いになったのですね。そうですね。少しだけ認めてあげます。だから私も、私の色を届けてあげますね」
真っ暗な世界に暖かさを感じる声。
始めは茜の元気ある声、次に美雪の真面目そうで優しそうな声が、その世界に響いた。
そして真っ暗だった世界は、赤い光、青い光が生まれて、それは徐々に大きくなり、真っ暗な世界を飲み込んだ。
やがて二つは組み合わさって明るい紫色となった。
そうだな。
ここから、もう一度やり直してみようか。
さあ、今ここに新たに詠唱しよう。
今の俺らしい詠唱を。
今度こそ、この暖かさをくれる人を守れるように。この人達と明るい思い出を描く為に!
【俺は願う、過去、未来、そして今を築く。大切な人との思い出を描く為に!】
そして、世界は開けた。
目の前の見える世界が闘技場に戻り、そこには満身創痍の美雪と茜がいた。
雨は止んでおり、周りにあるはずの水たまりなども無い。
どうやら、フィールドにある全ての水や、美雪の魔力、茜の魔力の全てを使って『フェニックス』を維持したみたいだな。
全く、バカな奴らだな。
でも、それがお前ららしくて良いか。
全ての魔力を使ってまで、俺に届けようとしたその想いを確かに受け取ったよ。
俺の今の状況は、男の状態で基本的には黒く見え、見方や時間により赤や青く見えたり紫色に見えたりする魔法服を纏っていた。
これは、今までは黒くのみ見えていた。そこに美雪の色と茜の色が届いたから、このようなことになっているのだと思う。
「悪かったな」
俺は始めに二人に謝っておく。
信一とか言うクソな勇者の魔法にかかって、さっきまで二人の事を忘れていた。
それは、二人に対して悪いことした。
俺だって、大切な人に忘れられたら嫌だから。
だから、頭を下げて謝った。
最悪、殴られる覚悟もしていた。
「もう、いいんです。全部出し尽くしましたから」
しかし、美雪はそう言って微笑んだ。
「そして、私たちの事を思いだしてくれましたから」
続けて茜もそう答えた。
確かに美雪と茜の全力を受け取り、過去を吹っ切るキッカケとなり、その影響により『チャーム』が解けて、二人のことや男だった事の全てを思い出した。
とはいえ、それでも今まで美雪達にした事が悪かったことに変わりない。
だから言葉を重ねようとした時に、
「そんなことよりも、次の試合がありますけれど大丈夫ですか?」
先に真白がそう重ねてきた。
そんなことよりもって、真白達は俺の『チャーム』が解けた事を大したことの無いように思ってるのか。
それとも次の試合の為の通過点としか思ってないのか。
なるほど、つまり、そう言うことか。
「ああ、大丈夫だ。この落とし前をつけてもらわないといけないしな」
俺は笑顔でそう返した。
すると、二人は驚いていた。
「「春さんが笑った・・・」」
そして、二人してそう呟いた。
「おい、今まででも俺は笑ったことはあると思うぞ」
全く失礼な奴らだ。俺が一回も笑わない冷徹なやつとでも思っているのだろうか。
でも、まあ、言いたいこともわかる。
「まあ、でも、お前らのおかげだよ。ありがとな」
二人のお陰で、胸のつっかえが取れたのだ。
だからこそ今までにないスッキリとした気持ちがある。
それにしても、また二人が驚いているが、まあいいか。
「それにしても、どうして春さんは男になったのですか?」
少し時間を置いて、茜がそんな事を聞いてきた。
女だった俺は、先程の詠唱により男になり戻っている。
今までは魔法を発動して女になってからは、数日魔法を使用しなければ男に戻れるというものだった。
魔法を使用しているのにも関わらず男に戻っているのだ。
「ん?ああ、これは詠唱によって好きな時にどちらにでもなれるようになったんだ」
「「え!」」
「今まではこの魔法の詠唱名を忘れていたから出来なかっただけだ。前に一度、秋姉に発動して貰った状態のまま解くことをしなかったから、中途半端な状態になっていたんだろうな。それがこれからはしっかりと発動したおかげで、これからは男の状態でも、どれだけ魔力を使っても女にはならないようになったんだ」
男の状態でいるときは、おそらく不安定に発動し続けていた性転換の魔法に、魔力をかなり持っていかれていたんだ。
だから男の時の俺は魔力が少ないものだと勘違いしていた。
それが俺の中にある消費するだけの魔力がなくなると、逆に出力の安定した魔法となり、その時点で『性転換』が正常に発動した。
ちなみに性転換した時に、周囲にある魔力を吸い取り自身の魔力にしてしまう事は今でも変わりない。
だから周囲の魔力がなくならない限り、俺の魔力は消えることは無いのだ。
秋姉が命までを賭して遺してくれたもの。
そして秋姉はこの世界を守ると俺に言っていた。
だからこそ、この魔法を最大限に使ってこの世界を守る。それが秋姉がくれたこの魔法に対する義務。
全人類の為ではない、あくまでも秋姉の為に、そして、これからは俺自身が守りたいものを守る為に俺はこの力を使う。
そうだ、茜に言っていたお前はお前らしくと。
なら、俺は俺らしい理由でこの世界を守るんだ。
それが俺らしい性転魔法使いの義務だ!
その為に、これから勇者と戦い勝ってやる。
俺の所為でもあるとはいえ、こんなふざけた事をして俺の守るべき者を傷つけ、さらに守るべき記憶を忘れさせようとしたアイツに勝たなければならない。
「さて、出てこい!勇者!見ているんだろう!」
だから、俺は勇者が居るであろう観客席に向けて叫んだ。
勇者はそれが聞こえたのか席から立ち上がりこちらに向けて飛んだ。観客席からこちらにくるには、いくつもの魔力無効化のある透明な壁が、何事もなくすり抜け、そして、こちらに降り立つ。
飛び出した時も着地した時も完璧といえる美しさで、何となく腹が立った。
「やあ、久しぶりだね。春くん」
そして勇者の一言目はそれだった。
昨日も一昨日も、共に魔物討伐に出ていたが、それは俺は俺でも『チャーム』されて大事な記憶を失っていた春香だった。
だからこそ、勇者は俺に久しぶりと言ったのだろう。
それにしても、
「春くんと呼ぶな!馴れ馴れしい!」
何でこんな奴に下の名前の君付けで呼ばれなければならない。
そこに、また腹が立った。
「昨日まで春くんは僕の事を信一さん♪と呼んでくれていたのに、馴れ馴れしいだなんて酷いな〜」
勇者は笑顔でそう答えてきた。
こいつ自身が俺の事を久しぶりと言ってきたのに、昨日までの話を持ってくるとは・・
「それは!お前が俺に『チャーム』していたからだろ!」
「うん。そうなんだよね。よく『チャーム』が解けたね。ハッキリ言って驚いたよ」
俺の言葉に、今まで笑顔だったのが嘘のように、いきなり真顔になり、そう返してきた。
「それは、仲間がいたからだ!」
そう、俺には俺の事を本気で思ってくれる仲間がいた。だからこそ、俺は戻ってこれたのだ。
「うん。本当に良かったよ。ここまで春くんがあの二人に良く思われていて」
俺の言葉に、勇者は驚きもせず、バカにした様子もせず、真顔でそう答えた。
それにしても、『チャーム』が解けて良かったとはどう言う事なのだろうか。
俺が言う事を聞かなくなったのに何故だ?
「僕はね。勇者なんだよ。勇者とは皆に希望や勇気を与える者だ。そして皆の中には春くんも含まれている」
勇者は右手を挙げて回転しながら観客全体を、そして最後に手の平をむけるようにして、笑顔でそんな事を言ってきた。
そして次に真面目な顔つきになり、
「春くんはあの催眠男が寝ぐらにしていた廃墟でこう学園長先生に言ったよね。この茶番はなんだと。ねえ、一体、どこまでが茶番だと思う?」
そう聞いてきた。
その声は大きいものではなかったが、それでもハッキリと聞こえた。
それを聞いた俺は驚いていた。
先程からの勇者の発言を考えると・・
「まさか、ここまでが茶番だったと言うのか?」
最近の出来事を振り返った。
大会の優勝者と準優勝者を、あの男が催眠して廃墟に連れ去る。
俺はその男を追って廃墟に向かう。
そして、廃墟に来た俺を勇者が『チャーム』し、都合の良いように記憶の一部失わせる。
そんな俺を見た真白や茜が何とかして、俺の『チャーム』を解く。
おそらく、『チャーム』を解く鍵は、俺が過去を振り返る事。
そして、今でも思ってくれる人がいると言う事を考えさせ、過去の記憶を克服させる。
となると、美雪が俺の指導を受けるようになった時点でこの茶番は考えられていたと言うことになる。
しかし、これには穴がある。
もしも、俺が学園の事を気にせずに大会に出場しようとしなかったら、美雪に指導する事はなかっただろう。
もしも、俺が廃墟に行かなければ勇者に会わずに『チャーム』をかけられる事はなかっただろう。
そんな事を考えていると、学園長が放送魔器を使い、話し始めた。
「私は今まで蓮野 春さんを見てきました。だから、春さんがこう動くと予想ができたのです。いえ、こう動くと信じていたのです」
俺の考えを読んでいるかのように、そう言う学園長。
信じていた。それだけで済ませられる話なのか?
もし、そうだとしても、
美雪達が俺に簡単に負けてしまっていたら、俺の記憶を取り戻すことはなかっただろう。
美雪達が強くなったからこそなし得た事だった。
もし俺が茜を仲間にしていなかったら、茜に会わなければ・・・
そして、なによりも二人が俺の事を思ってくれてなかければ・・・
「全て信じていたのですよ。いくつかは、そうなる様に仕組んでましたが」
また学園長は俺の心を読んだかのように答えた。
「春さんも知っているでしょう?想いの力を」
ああ、知っている。
想いの力により、魔法は数倍にも強くなる事がある。
とは言え、想いだけでこの状況になるのは必然だったとは思えない。
恐らく、俺が過去を克服するいくつかの道があったのだと思う。
それを、状況に合わせて、いろいろと誘導していたのだろう。
学園長が信じていたと言ったのは、どんな道を辿っても、いつかは過去を克服する強さを持っているという事などなのだろう。
いつでも俺の事を想って行動してくれた学園長。
そうか、学園長も俺の事を想ってくれている一人なのか。
でも、それでも、たとえその為の過程だとしても、美雪達を傷つけてしまったことには変わりない。
だから、
「ああ、春くんの全てを僕にぶつけてくれ。僕も全力を持って相手をしよう」
勇者は、そう言った。
おそらく、今の俺は心を読まれなくても、表情で察しやすいのだろう。
それ程までに、心が動いているのだ。
そして勇者は、いい事を思いついたとばかりに、
「そうだ。春くんはおそらく喧嘩をした事がないよね。それは普通なら小さい時に、お互いの想いをぶつけるために起こるものなんだ。どうだい?今の状況にピッタリだと思わないかい?」
そんな事を言ってきた。
俺は、小さい頃から多大な魔力を持ち、それがいつ暴発するかわからず恐れられていた。
だから、喧嘩をした事がなかった。
ただ化け物と言われ、逃げられるだけだった。
今のこの状況は、理由はあったけれど納得の行かない俺と、その状況を手助けして何よりも俺の心を弄んだ勇者。
そうだな、喧嘩する相手には丁度いいな。
おそらく、こいつは俺の全力を受け止められる数少ない人だろうしな。
今回は俺が勇者に一方的に想いをぶつけるだけかもしれない。
それでも、それを受け止めてくれると言ったのだ。
だから、俺は魔力を手に込めて、勇者の顔に向かって思いっきり拳を振るった。
それには魔法も何も無かった。
ただ、がむしゃらに勇者に向けて想いをぶつけただけ。
勇者はそれを避けずあえてぶつかってくれた。
勇者は少し後退り、そして今度は勇者が手に魔力を込めて俺を殴ってきた。
それは、何というか娘さんを僕にくださいとよく分からないような想いが篭っているような・・
いや、気のせいに決まっている・・
そんな魔法戦とも言えない、そう、これこそ俺にとって初めての喧嘩というものが続いた。
美雪と茜はいつの間にか、遠くに離れていてこちらを暖かい目で見守っている。
それは、男ってバカだなーとか、ハルさんにも熱いところはあったんですのねとかそんな想いがあるように思える。
周囲の観客も静かにこちらを見ていた。
そんな中で何度か殴り合いを繰り返して、俺と勇者は同時に背中から倒れて仰向けになる。
これが喧嘩か・・
想いを全て出し尽くして、先程の怒りはもう無くなった。
勇者も俺の事を想ってくれているというのも、勇者の拳から感じ取れた。
「春くん。改めて言おう。僕と共に戦おう。世界を守る為に、僕らの守りたいものの為に戦おう」
勇者は仰向けに倒れたまま俺にそういった。
それは、勇者が俺を『チャーム』した時に言った言葉。
今は、俺も仰向けに倒れている為勇者の事を見ることは出来ていないけれど、それでも、前みたいな不快感は感じず、本気さを感じた。
「ああ、いいだろう。共に戦おうじゃないか」
俺はそう言った。
そうして、俺は本当の意味の勇者パーティの一員となったのであった。
これで話が終わったと思い、目を瞑り眠ろうとしたところで、
「良かった。あと、僕の一生のパートナーにならないかな?」
と勇者が言ってきた。
照れてるような声で、その言葉を聞いた俺は眠気が一気に冷めて、
「俺は男だ!」
と叫んだ。
やはり、あの殴りにはそんな想いもこもっていたのか・・
「あはは、残念だよ」
勇者はそう返し、そして気絶した。
「まったく、なんなんだよ・・」
俺もそう返して、また眠気が襲って来て、そのまま眠るのであった。
そうして、高校全体を騒動させたこの事件は本当の意味で終わるのであった。
第1章完結となります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第2章の更新に関しましては、未定となっております。
いずれは更新すると思いますので、よろしくお願いします。




