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エピソードⅢ ドレイクの討伐

 エピソードⅢ ドレイクの討伐


 三日後、ラウルはいつものように食堂で朝食を食べていた。フィリアのことは心配だったが、王族のやることに口を挟める身分ではない。

 ただ、ギルドの掲示板に貼られていたオールド・ドラゴンを倒すパーティーのメンバーを募集している紙は剥がされていた。

 フィリアも色々な人間から、きつくお灸を据えられただろうし、王宮で大人しくしているのだろうか。

 だが、そうなるとフィーネリア女王を助けようとする人間がいなくなってしまう。

 ラウルはもどかしくなった。

 この国を大きく、そして、豊かに発展させてくれたフィーネリア女王のためにできることは、自分にはないのか。

 そう思ったラウルは流行病で死んだ両親のことを思い出す。

 あの時、ラウルの心は絶望に包まれてしまった。が、そんなラウルに光りを与えたのはフィーネリア女王なのだ。

 なぜなら、流行病を静めたのもフィーネリア女王だし、親を失った子供を手厚く保護したのもフィーネリア女王だからだ。

 フィーネリア女王が慈善活動に力を入れてくれなかったら、ラウルがリリシャに引き取られることはなかったかもしれない。

 だからこそ、ラウルと同じようにフィーネリア女王に感謝している人はたくさんいるはずだった。

 その感謝を行動に移せないだろうか。

 そんなことを考えながら、ラウルはパンに齧り付いた。

「そんなに浮かない顔をしてどうしたの、ラウル兄さん。まだフィリア様のことを気にしてるんじゃ」

 リーネがラウルの前にコーンスープを運んでくる。

「ああ。ま、俺が気にしたって、どうなることでもないけどな。でも、俺たちがフィーネリア女王に色々な面で助けられてきたことは実感することができた」

 ラウルはしみじみと言った。

 もし、フィリアが現れなかったら、フィーネリア女王に助けられてきたことを意識することはできなかっただろう。

 そのことにラウルは一つの運命を感じていた。

「そうだね。私がいた孤児院にもフィーネリア様は来てくれたし」

 リーネは記憶を手繰り寄せるように言葉を続ける。

「あの時はこんな優しそうな人が国を支えてくれるなら、自分の未来も明るいものになるかもしれないって思えたよ」

 リーネにとってその時のフィーネリアの顔は本当に眩しく見えた。

「そっか」

 フィーネリア女王は孤児院に積極的な寄付をしていたと言う。助けられた子供たちも少なくないだろう。

 もちろん助けられたのは子供だけではない。

 そういう人たちが力を合わせれば、フィーネリア女王のためにできることもあるのではないか。

 ラウルは何に気を遣っているのかは知らないが、フィーネリア女王の詳しい病状を国民に伝えようとしない王宮の態度が腹立たしくなった。

「うん。何もしないで贅沢な暮らしをしている嫌な王族は多いけど、フィーネリア様だけは違ったし、そんな人が死ぬのは何か許せないよ」

 リーネは唇の裏を噛んだ。

 フィーネリア女王は本当に国民を愛していた。その愛が口だけでなく、行動を通して良く現れていた。

「だからこそ、俺もフィーネリア女王の病気を本気で治そうとしているフィリアの力になりたいんだ」

 ラウルはフィリアの名前を呼び捨てにしていた。

 そうしないと、フィリアとの距離が離れてしまいそうだったから。そして、離れてしまえば何の行動も移れずにただ神に祈ることしかできなくなる。

 それはラウルの正義感のようなものが許さなかった。

「ラウル兄さんは真面目だね。でも、私たちにできることなんて、やっぱり何もないんじゃないかな。薄情に思えるかもしれないけど、それが現実だよ」

 ラウルとしてはリーネの言い分も分かるのだ。

 フィリアの周りには力を持った人たちがたくさんいるし、彼らにできないことがラウルにできるわけがない。

 それが現実だし、ラウルの持っている力など本当にちっぽけなものなのだ。

「でも、できることを見つけようとするのは大切なことよ。最初から諦めてちゃ、本当に何もできないもの」

 厨房から顔を出したリリシャはそう言って笑った。どうやら、ラウルたちの話を聞いていたようだ。

「相変わらず、お母さんは良いことを言うよね」

 リーネが持ち上げる。

「それだけ長く生きてきたってことよ。私と違って、あなたたちは若い時間が短いんだから、やりたいことがあるなら、どんどんやるべきよ」

 そういうリリシャは、人間の女性が見たら羨ましくなるくらいの若々しい外見を保っている。

「そう言われてもなぁ」

 ラウルは天井を仰いだ。

「例え、何があっても、この子鹿亭はあなたたちの家よ。でも、子鹿亭に縛られて欲しくはないの」

 リリシャの声が少し重たくなる。

「できれば、若いあなたたちには色々なことに挑戦して貰いたいわね。それがお母さんの心からの願いよ」

 そう言われると返す言葉がないなとラウルとリーネの二人は思った。

「なら、私も服作りを頑張ろうかな。私、裁縫の勉強も始めたし、自分でも良いセンスを持ってるなって思ってたんだ」

 リーネは得意げに言った。

 リーネは手先が器用なので、料理以外の物もできないということはなさそうだった。

「なら、俺は世界中を旅したいな。そんでもって、この王都に戻ってきた時は迷宮を制覇できるような冒険者になっていたい」

 いささか、大きすぎる夢かもしれないが。

「良いんじゃない、二人とも。でも、思い描いた人間になるためには努力が必要よ。くれぐれも若い時間を無駄にしないようにね」

 リリシャが微笑みながら言うと、食堂に綺麗な金髪を靡かせた女の子が入ってきた。

「あのー」

 女の子は数日前とは違う服を着ていたフィリアだった。その顔色が悪く見えるのは、ラウルの気のせいではなかった。

「フィリア!」

 ラウルは電流でも流れたような声を発する。

「先日はお世話になりました。そのお礼を兼ねて、ここに足を運ばせて貰ったのですが、迷惑でしたか?」

 フィリアの言葉は少しぎこちない。

「そんなことはないよ、フィリア」

 ラウルは馴れ馴れしいと思ったが、丁寧な言葉遣いを止めた。フィリアとは対等な関係になりたいと思っていたからだ。

「そうですよ、フィリア様。私たちもフィリア様の命を助けられたことは本当に光栄だと思っているんですから」

 リーネは笑顔で応える。

「そう言って貰えると助かります。それと、これはお礼のお金です。五百万シュケムあるので、何かの役に立ててください」

 フィリアは腰に下げていた大きな革袋をラウルに渡した。ずっしりとした重みが腕に伝わって来る。

 ジャラっと金貨が擦れ合う音も聞こえてきた。

「五百万シュケム!」

 ラウルは目を白黒させた。それは危険を冒して迷宮に潜るのが馬鹿らしくなるくらいの大金だった。

「少なかったでしょうか。でも、私が自由に動かせるお金は、この五百万シュケムだけになってしまったんです」

 フィリアは目を伏せた。

「そうなのか?」

 ラウルの問い掛けにフィリアは目を伏せたまま応える。

「ええ。私が巻き込んでしまった冒険者たちの家族にも、相当な慰謝料を払わなければなりませんでしたし、お父様も激怒させてしまいました」

 フィリアは本当に暗い顔をしていた。

「へー」

 ラウルも今のフィリアは気の毒に思えた。

「私、お父様から嫌われているんです。お父様はまだ五歳の弟のエリオルばかりを溺愛していますから」

 フィリアは唇を噛みながら言葉を続ける。

「きっとお父様は、女性であるお母様と比べられるのが嫌だったんでしょうね。だから、同じ女性である私にも冷たく当たるのでしょう」

「なるほど」

 その気持ちは同じ男として良く分かるとラウルは思った。

「でも、私はお母様の病気を治すのを諦めません。地道に力を付けて、きっとオールド・ドラゴンを倒して見せます」

 フィリアは奮起するように言った。

 フィーネリア女王が亡くなるまで、あと半年とフィリアは言っていた。それまでにどれだけ力を付けられるか。

 とにかく、遊んでいる暇がないのは確かだった。

「なら、俺もそれに付き合って良いかな」

 ラウルは気負うことなくそう言っていた。

「えっ」

 フィリアが目を点にする。

「さっきまで、フィーネリア女王のために何かできることはないか、妹と話し合っていたところなんだよ。だから…」

 ラウルが最後まで言い終える前にフィリアが目を輝かせて口を開いた。

「ありがとうございます。私、本当は一人で心細かったんです。お父様も、臣下の人たちも誰も私のすることに理解を示してくれませんでしたから」

 フィリアの目には涙すら浮かんでいた。

「本当に嬉しいです。本当に…」

 フィリアは目からボロボロと涙を零しながら、ラウルの手を握った。

 フィリアも相当、精神的に無理をしていたようだった。

 なので、誰かに縋り付きたくなるような気持ちがラウルの言葉によって堰を切ったように溢れ出てしまったのだ。

「仕方がないわね。あなたたちがそこまで本気なら、私もオールド・ドラゴンを倒すために力を貸してあげるわ」

 階段を下りてきたルーシェはやれやれといった顔をしている。

「ルーシェさん」

 ルーシェが協力してくれるなら、こんなに心強いことはない。

「大珠の瞳にどんな病も治す力もあるのは本当よ。ジャハナッグがわざわざ魔界に行って調べてくれたから」

 ルーシェは肩にいるジャハナッグの頭を撫でる。ジャハナッグは緊張感のない顔で大きな欠伸をしていた。

「魔界になんて行けるんですか?」

 そんなことが可能なのかとラウルは疑問に思った。

「ジャハナッグは悪魔だって言ったでしょ。魔界に繋がるゲートくらい、いつでも開けるわ。ただ、魔界の空気は人間には毒なのよ。私ですらしんどいくらいだし」

 であれば、普通の人間が魔界の空気に耐えられる道理はなかった。

「そうなんですか?」

「ええ。とにかく、私もこの宿にはずっとお世話になってきたし、まだ死ぬには早いラウル君の力にはなりたいの」

 ルーシェは少し可愛らしく笑った。

「ありがとうございます。でも、そこまで言うからには、不老不死の体を持つルーシェさんならオールド・ドラゴンにも勝てるんですよね?」

 ラウルは期待を込めて尋ねる。

「正直、微妙よ。幾ら不老不死の体だって、首を切られたり、内臓を抉り出されたりしたら、さすがに死んでしまうもの」

 ルーシェはおどけたように言った。

「ですよね」

「とにかく、私はエンチャントの魔法を得意としてるし、それを最大限に生かせる武器の使い手が必要だわ」

「その使い手は俺では駄目なんですか」

 ドラゴンと戦えるとは思えないが、剣の腕にはそれなりの自信がある。

「別に構わないわよ。でも、サンクナートの加護を受けているフィリアちゃんには私の魔法はかけられないし、あともう一人くらい腕の立つ使い手が必要ね」

 ルーシェがそう言った瞬間、エレナが食堂の入り口から現れる。

「なら、その役目はアタシが買ってあげるわよ。はっきり言って、剣の腕だけなら、アタシはラウルよりも上よ」

 エレナは不敵に笑った。

「いたのか、エレナ」

 ラウルは少し狼狽した。

「ちょっと立ち聞きさせて貰ったの。ま、あんなでかい声で話してたら、嫌でも聞こえちゃうけどね」

 エレナは芝居かがったように肩を竦める。

 この王都には情報屋をやっている人間がたくさんいるし、どこで聞き耳を立てられているか分かったものではない。

 エレナはそういうところに頭が回らないラウルを放って置けなくなったのだ。

「なら、近い内に四人でオールド・ドラゴンと戦おう。たった半年じゃ、人間なんて強くなれないし、それよりも工夫して戦うことを考えた方が良い」

 その工夫はルーシェに任せるしかないのだが。

「もう私には止められそうにないわね。でも、やると決めたなら、とことんやりなさい、ラウル。自分の命をどう使うかは、結局、自分で決めるしかないんだから」

 リリシャは微苦笑しながら言った。

「私はドラゴンと戦うことなんてできないけど、ラウル兄さんたちを応援してるからね。絶対にフィーネリア様を助けてあげてよ」

 フィリアのためのコーヒーを運んできたリーネもラウルたちの心を鼓舞する。

 ラウルはこれからの人生を心置きなく前向きに生きていくためにも、オールド・ドラゴンには負けられないなと奮起した。

 

 次の日の朝、ラウルたちは各々の装備を身につけて子鹿亭に集まる。

 今日はお互いの力を確認するために、ギルドでモンスターを討伐する仕事を請け負うことになっていたのだ。

 ラウルはブロードソードを腰に下げながら、心地よい高揚感に浸る。と、同時にドラゴンを倒した自分が得られる名誉を空想したりもした。

 ラウルも男なので英雄になりたいという気持ちがないわけではないのだ。

 一方、男勝りのエレナは、騎士のように大剣と大楯を持っていた。本当にこんな重装備を使いこなせるのかと見る者を不安にさせる。

 だが、エレナは気にしない。

 そういった常識を打ち破るのも自分の仕事だと思っているのだ。

 一方、ルーシェは滅多に見せない体の大部分を覆い隠すようなローブを着ていたし、先端に水晶が付いている杖も手にしている。

 どこから見ても魔法使い。

 それも暗黒の力を持つことを想起させる格好だ。

 それに対し、フィリアは白を基調とした身軽そうな服を着ていて、腰には神聖なオーラを発する伝説の聖剣、サンクカリバーを下げていた。

 ルーシェとは正反対の要素がフィリアの格好に散りばめられている。

 何にせよ、戦う準備は万全に整っていた。

 問題なのはラウルたち四人が息を合わせて戦うことができるかどうかだ。それには連携を意識しなければならない。

 てんでバラバラに戦っていては、本当の強敵は倒せないのだ。

「さてと、フィーネリア様はいつ亡くなられてもおかしくないみたいだし、のんびりしているわけにはいかなそうね」

 ルーシェは紺のローブの裾を整えると、そう言ってラウルたちの顔を見回す。

 半年という期間は長ければの話だ。そんな不確定要素の強い時間を宛てにしてたら手遅れになりかねない。

「はい」

 フィリアはキリッとした顔で頷いた。

「なら、とりあえず、ギルドに行って冒険者を何人も殺しているっていうドレイクを退治する仕事を請け負うわよ」

 ルーシェはハキハキと言葉を続ける。

「ドレイクはドラゴンの亜種とも言われているモンスターだし、戦い方を確かめるためには絶好の相手だわ」

 ルーシェは愉快そうに笑った。

 ちなみに、ドレイクを退治する仕事の依頼は、昨日、ラウルが確認した時はまだ達成されていなかった。

 なので、余程、運が悪くなければラウルたちが請け負うこともできるはずだった。

「でも、ドレイクはかなり手強いと思いますよ、ルーシェさん」

 ラウルも緊張を隠せない。

「でしょうね」

 ルーシェの笑みは崩れなかった。

「なら、甘く見ているとこっちが痛い目に合います。腕の立つギルドの強者も殺されているんですから」

 ラウルは慎重さを滲ませながら言った。

「そうは言っても、オールド・ドラゴンはその何倍も強いのよ。ドレイクを余裕を持って倒せるくらいじゃなきゃ、とても立ち向かえないわ」

 ルーシェの言葉は手厳しい。

 だが、ルーシェはリアリストだし、変な希望を抱かせるようなことは言わない。駄目なことに対しては、しっかりと駄目だと言う。

 そのルーシェがオールド・ドラゴンと戦うというのなら、必ず勝算はあるはずなのだ。

「アタシもモンスターと戦うのは久しぶりだし、腕が鳴るわね。ドレイクは父さんに無理を言って借りてきたバスター・ソードの錆にしてやるわ」

 エレナは腕を撓らせた。

「そのバスター・ソードはちゃんと扱えるのか?」

 ラウルは揶揄するように言った。

「任せなさいって。このバスター・ソードに負けないくらいの大剣は父さんとの稽古でいつも振り回しているから」

 エレナは軽々とバスター・ソードを持ち上げた。

 片手でバスター・ソードを持てるエレナの腕力はラウル以上なのだ。

 それを見て、ラウルも筋力を付けるトレーニングはした方が良いかもしれないなと思う。力でも技でもエレナに負けたら、ちょっと立ち直れない。

「私のサンクカリバーはどんな物でも易々と切り裂けます。しかも、魔界からやって来たモンスターにも絶大な効果を発揮しますから」

 フィリアの言葉は自信に溢れていた。

「それは頼もしいな。まあ、俺はいつものように戦うだけだ。おかしな蛮勇に取り憑かれたりはしない」

 ラウルはみんなのように際だった力は持っていない。なので、無理をせずに自分の体に染みついている戦い方をするだけだった。

 それがドレイク相手に通じないようなら、例え情けなくてもオールド・ドラゴンと戦うのは止めた方が良いだろう。

 でなければ、失うのは自分の命だけではすまなくなる。

「そうね。私たち四人なら、相手が神や悪魔でもない限り、きっと打ち勝てるわ」

 ルーシェは肩にいるジャハナッグの頭を触る。

「言っておくが、おいらは手を貸せないからな。今のおいらにはたいした力はないし、できることと言ったらモンスターの匂いを嗅ぐことだけだ」

 ジャハナッグは鼻を鳴らした。

「それでも十分、役に立つわよ、ジャハナッグ。迷宮に入ったらドレイクのいる場所を正確に嗅ぎ取るのよ」

 まるで犬だなとラウルはからかいたくなった。

「分かったよ。ったく、ドラゴン使いの荒い相棒だぜ」

 ジャハナッグは欠伸を一つして口を開く。

「こんなことなら、おいらもエリュミナスみたいな王宮、お抱えのドラゴンになれば良かったよ」

 ジャハナッグは辟易したように言った。

 とはいえ、いつも憎まれ口を叩いているものの、ジャハナッグもルーシェのことは嫌いではないのだ。

 そうでなければ、とっくに魔界に帰っていた。

「不思議なものですね。あなたたちが傍にいてくれると、私も大勢の騎士たちに守られているような安心感を覚えます」

 フィリアは桃色の唇の端を緩めた。

「実際、大勢の騎士たちより、俺たちの方が強いくらいじゃないと駄目だからな。一騎当千の活躍はして見せるよ」

 ラウルは冗談っぽく言った。

 ドラゴンは騎士五十人に相当する力があると言われている。中には千人の騎士たちも殲滅できる力を持つドラゴンもいるのだ。

 ジャハナッグなどは本当かどうかは分からないが、たった一人で大国の王都を攻め滅ぼしたこともあると言っていた。

 ラウルとしても今はオールド・ドラゴンがそこまで強くないことを祈るばかりだ。

「そうですね。私たちが力を合わせて戦えば、きっと、どんな強敵にも打ち勝てます。その確信が今の私にはありますから」

 そう口にするフィリアの顔には僅かな曇りもなかった。

「だから頼りにしていますよ、ラウル」

 今までのような弱々しさではなく、王女としての確かな貫禄を感じさせるこの言葉にはラウルも心を打たれた。

 ラウルもフィリアの力になりたいという思いが、どれだけ本気なのかはまだ実感できていなかったのだ。

 昨日は半ば勢いで言ってしまった感もあるし。

 が、今は本気でフィリアのために戦いたいと思える。とはいえ、心だけでは、どうにもならないこともあるのだ。

 特に戦いにおいては。

 その現実からは目を背けないようにしなければとラウルは自戒した。

「分かってるって」

 ラウルは胸を張った。

「青春してるわねぇ」

 ルーシェがニタッと笑う。

「ホント、ラウルもアタシの時とは態度が違うんだから。まっ、アタシも逆に怖くなるくらい負ける気がしないのよね。今のアタシたちは、とっても良いパーティーだと思うわ」

 エレナが胸が透くような笑みを浮かべた。

「よし、そろそろギルドに行こう。俺たちなら絶対にドレイクには勝てる。自分の力を信じて思いっきり戦おう」

 ラウルの気合いの入った言葉に、みんなは揃って頷いた。


 ギルドでドレイク討伐の仕事を請け負ったラウルたちは、どこから襲いかかられても良いように陣形を組んで迷宮の中を歩いていた。

 ちなみにドレイクは地下八階に出没しているらしい。しかも、ドレイクに殺された冒険者は十五人を超えるという。

 ラウルも同じ冒険者として彼らのカタキは取ってあげたいと思った。

 とはいえ、地下八階までは歩いて一時間半はかかる。なので、ドレイクのいるところに辿り着くのは一苦労だ。

 ただ、ジャハナッグがモンスターの匂いを嗅ぎ取れるので、四階まで下りてもモンスターと出会うことはなかった。

 が、五階に到着すると、嫌な敵と遭遇した。

 それは四匹の筋骨隆々とした体を誇るオーガと、それを束ねるオーガ・ロードだった。

 オーガ・ロードの背丈は二メートルを優に超えている。破壊力のありそうな金棒を持つ腕などは丸太のようだ。

 ラルフも戦ったことはなかったが、オーガ・ロードは間違いなく強敵だと判断する。

「やっと出て来たわね。正直、あんまりにもモンスターが出て来ないから、退屈で仕方がなかったところよ」

 エレナは肉厚な刃を見せるバスター・ソードを構える。

「オールド・ドラゴンを倒すためにも、この程度の敵には負けられませんね。聖剣サンクカリバーの力、見せてあげましょう」

 フィリアも怖じ気づく様子はない。

「血気が盛んなのは良いことだが、冷静に戦わないと足を掬われるぞ、二人とも」

 ラウルはエレナとフィリアを嗜める。

「分かってるわよ。アタシだって、実戦はたくさん積んできたし、敵を前にして浮き足立つことなんてないわ」

 エレナの実力はラウルも知っているので、不安はない。

「私も王宮の騎士たちに鍛え上げられた剣の腕には自信がありますから、心配はしないでください」

 フィリアも屈強な冒険者たちと共にオールド・ドラゴンと戦ったくらいなので、それなりの力は持っていた。

「私はあなたたちの武器にエンチャントの魔法をかけるわ。だから、思う存分、剣を振るってちょうだい」

 ルーシェが杖の水晶を輝かせる。

 すると、ラウルのブロードソードが赤い光りに包まれた。エレナのバスター・ソードからもバチバチと静電気のような光りが迸る。

 ルーシェはラウルたちの剣に炎や雷の属性を付与させたのだ。

 オーガの強靱な体にどこまで効果を発揮できるかは、ルーシェとしても試してみなければ分からなかった。

 ラウルたちが戦う姿勢を見せると、オーガたちも力強く床を蹴って襲いかかってきた。その手には無骨な棍棒が握られている。

 あんなもので殴られたら、肉は潰され骨は砕けるだろう。

 ラウルは一気に間合いを詰めてきたオーガの振り下ろした棍棒を受けとめる。腕の筋肉が軋むような衝撃が伝わってきた。

 オーガと力勝負をするのは避けた方が懸命だった。

 ラウルがそう思った瞬間、オーガの木製の棍棒が炎に包まれて燃え上がった。それはルーシェのかけてくれた魔法の効果だった。

 ラウルはオーガが怯んだ隙に剣を一閃させる。

 その一撃はオーガの腕を切り裂いた。だが、逞しい筋肉に覆われた腕を切り落とすことはできなかった。

 が、その傷口からいきなり炎が吹き上がる。オーガの腕がまるで油の染みこんだ松明のように燃え上がった。

 ラウルはオーガが慌てふためいている内に再び強烈な斬撃を叩き込んだ。

 それはオーガの体の肉を深々と切り裂くのと同時に、またもや傷口から大量の炎が踊り狂うように溢れ出す。

 ラウルと戦っていたオーガは生き物のような炎に飲み込まれた。火だるまになったオーガは床を激しく転げ回ったが、すぐに動かなくなる。

 強靱な体を持つオーガをこんなに簡単に倒せてしまうとは、エンチャントの魔法も馬鹿にできたものではなかった。

「この剣に宿った力は凄いですよ、ルーシェさん。まるで物語に出で来る魔法剣士になったみたいだ」

 ラウルは思わずはしゃいでしまった。

「凄いのは当たり前でしょ。私がかけた魔法なんだから、効果が発揮できない相手なんているはずがないわ」

 ルーシェは涼しい顔で言った。

 もっとも、内心では少しだけ冷や冷やしていた。ルーシェ自身、ここ何年かは戦いに身を投じたことがなかったからだ。

 だから、自分の魔法を扱う腕が鈍ってやしないか、さすがのルーシェも不安を感じていたのである。

 一方、エレナは自分の方に向かってきたオーガに全てを叩き割るようなバスター・ソードを振り下ろした。

 その一撃は棍棒を切断し、そのまま勢いを削がれることなくオーガの体に食らいつく。すると、オーガの体から目も眩むような光りが迸った。

 結果、そのオーガはプスプスと体から白煙を漂わせて後ろへと大の字になって倒れる。倒れたオーガは白目を剥いていた。

 雷の属性も凄い威力だった。

「確かに、エンチャントの魔法も馬鹿にできないものがあるよね。もっとも、こんな魔法がなくてもオーガなんてアタシの敵じゃないけど」

 エレナはベッタリと血が付いたバスター・ソードを軽々と振り上げた。

 それを見ていたフィリアも霞むような早さで三匹目のオーガと間合いを詰めると、閃光のような突きを繰り出す。

 それはオーガの心臓を正確に貫いたらしく、オーガは口から血の塊を吐き出して倒れる。しかも、胸の傷口はじわじわと崩れ落ちるようにして広がっていく。

 聖なる力がオーガの体を浸食しているようだった。

「私も負けてはいられませんね。聖剣サンクカリバーの力をその身に受けなさい、邪悪なモンスターたちよ!」

 フィリアは猛るように言った。

 そして、残った一匹のオーガはオーガ・ロードを守るように棍棒を構えている。その目には動揺の色がありありと浮かんでいた。

 そして、いきなり巨大な炎の玉が猛スピードで飛来したかと思うと、それはオーガの体にぶつかり大爆発した。

 荒れ狂うような風が押し寄せてくる。

 ラウルも火傷しそうな熱さの爆煙から顔を守る。

 そして、煙が流れるようにして消えると、そこにはバラバラの肉の塊となったオーガと、右腕をもぎ取られているオーガ・ロードがいた。

 さすがルーシェだとラウルは感心する。攻撃の魔法もちゃんと使えるではないか。

「ラウル君、手負いのオーガ・ロードはあなたが倒すのよ。見た感じ、あなたが一番、頼りないから、ここで経験を積んでおきなさい」

 ルーシェの言葉にラウルもムッとする。ラウルはフィリアよりも力がないと見られているのだろうかと腹が立った。

「分かっていますよ」

 ラウルは拗ねたように言うと、隙のない構えを取る。

 それを見たオーガ・ロードは片手で金棒を持ち上げると、獰猛な唸り声を上げて襲い掛かってきた。

 ラウルは逃げることなくオーガ・ロードと向い合う。オーガ・ロードの全てを破壊するような金棒が振り下ろされた。

 これは受けとめられない。

 咄嗟にそう判断し、ラウルは横に飛んで避けた。

 轟音と共に金棒が叩きつけられた床は大きく砕け散った。もし、受けとめていたら、ラウルのブロードソードはへし折られていただろう。

 ラウルは次々と迫り来る金棒を紙一重のところで避ける。もし、片腕の攻撃でなければ、避けきれなかったかもしれない。

 ラウルは俊敏な動きを見せて、オーガ・ロードに斬りかかった。だが、オーガ・ロードはその斬撃を金棒で受けとめる。

 金棒が炎に包まれたが、オーガ・ロードは金棒を振り回して炎を掻き消す。生半可な攻撃が通じる相手ではなかった。

「ラウル、随分と苦戦しているようだけど、何ならアタシが代わってあげようか」

 そうせせら笑うように言ったのはエレナだ。エレナのバスター・ソードなら金棒の一撃も真っ向から受けとめられるだろう。

「馬鹿を言うな。この程度のモンスターを倒せなくて、オールド・ドラゴンと戦えるわけがないだろう。ここは俺に任せてくれ」

 ラウルは意地を見せるように言った。

「なら頑張ってよね」

 エレナはクスリと笑う。

 ラウルは負けられないと思うと、再び剣を構える。それを見たオーガ・ロードは頭に血が上ったかのように猛進してきた。

 そして、全てを叩き潰すように金棒を振り上げる。対するラウルは振り下ろされた金棒をかいくぐって、オーガ・ロードの懐に入り込む。

 そして、凄烈な斬撃を繰り出した。

 オーガ・ロードの胸が横一文字に切り裂かれる。その傷口から炎が膨れ上がると、オーガ・ロードはグワアァと叫ぶ。

 オーガ・ロードは再び体に纏わり付く炎を必死の形相で掻き消すと、闇雲な動きで、ラウルに突進してきた。

 ラウルは研ぎ澄まされた動きで、金棒を避けると、雷神が繰り出すような斬撃を放つ。

 その斬撃は野太いオーガ・ロードの首を見事、切り落とす。頭部を失ったオーガ・ロードの体はドサッと前のめりに倒れた。

 それから、貪るように炎がオーガ・ロードの体を包み込んだ。それはまるで死体に群がる鷲のような炎だった。

「やった」

 ラウルは溌剌とした笑みを浮かべる。

「及第点と言ったところね。ま、あと三年も剣の腕を磨けば、ラウル君も一流の剣士と呼ばれるようになれると思うわ」

 ルーシェはさばさばと言った。

 それを受け、互いに視線を交わしたラウルとエレナも自信を付けたような顔をする。フィリアはただ透き通るような瞳を光らせていたが。

 それから、オーガ・ロードを倒したラウルたちは更に迷宮を進んでいく。ジャハナッグは鼻をヒクヒクさせて、ドレイクの匂いを嗅ぎ取る。

 それも他のモンスターと鉢合わせしないように気を付けながら。ただ、今日に限って迷宮にいるはずの他の冒険者たちとも出会わなかった。

 嵐の前の静けさというやつだろうかとラウルも思った。それともみんなドレイクを恐れて、地下八階には近づかないようにしているのか。

 そして、ラウルたちは地下八階まで来ると、大きな部屋に足を踏み入れる。すると、そこには八メートルを超えるような巨体を誇るトカゲがいた。

 圧倒されるようなプレッシャーが押し寄せてくる。

 こいつが冒険者を殺し回っているドレイクかとラウルは気圧された。そんじょそこらのモンスターとは格が違うみたいだ。

「さてと、お目当てのドレイクは見つけられたことだし、気を引き締めて戦いなさいよ、みんな」

 ルーシェの言葉を受け、ラウルたちはいつでも攻撃を仕掛けられる体制を取りながら、慎重にドレイクに近づく。

 ドレイクの方もゆったりとした動きで、足を踏み出した。

 そして、ラウルが斬りかかろうとした瞬間、ドレイクは後ろ足をバネのように撓らせて一気にジャンプした。

 ラウルは恐ろしい早さで迫り来る爪を、横に飛び退くことで何とか避ける。もし、反応が遅れていたらラウルの体は曲刀のような爪でバラバラにされていた。

 十メートルはあった間合いを一瞬にして消失させるなんて。何て動きをするんだとラウルの背中を冷たい汗が流れ落ちた。

「強い、これがドレイクか」

 そう言うと、ラウルはぞっとするものを感じながら、剣を構え直した。

 すると、ドレイクはラウルに狙いを定めて、空間ごと切り裂かれそうな爪を何度も振り下ろしてくる。

 ラウルは受けとめることもできずに、ひたすら爪を避けることに専念する。あまりの苛烈な攻撃に反撃をする暇もない。

 空を薙ぐような爪が掠れば骨まで断ち切られるだろう。

 僅かな動き間違いも許されない。

 そんな中、防戦一方のラウルを見かねたのか、エレナがドレイクの側面から力強い踏み込みと共に斬りかかった。

「アタシの存在を無視するなんて、良い度胸じゃないの。アタシはあんたが殺してきたような柔な冒険者たちとは違うんだから」

 エレナのその言葉と共に、バスター・ソードの肉厚な刃がドレイクに迫る。

 すると、ドレイクは竜巻のようにブォーンと体を回転させて、エレナに尻尾の一撃を繰り出した。

 エレナはそれを盾で受けとめたが、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされる。ゴロゴロと床を転がったエレナはすぐには動けないようだった。

「イタタ…。よくもやってくれたわね、このトカゲ。この痛みは絶対に忘れないし、覚悟しなさい!」

 上半身を持ち上げたエレナは悔しそうに呻いた。

「善神サンクナート様、今こそ私にお力を貸しください。もし、お母様を助けられた暁には自分の命すらも、あなたに捧げます」

 そう祈るように言うと、フィリアの手にしているサンクカリバーの刀身が黄金色の輝きに包まれる。

 それから、フィリアは一陣の風になったように剣でドレイクに斬りかかった。それに対し、ドレイクは尻尾を振り回して、フィリアを近づけさせないようにする。

 フィリアは掠ることすら許されない尻尾を舞い踊るように避ける。もし、あんな大きな尻尾に薙ぎ払われたら、骨が砕けかねない。

 そう思ったフィリアはドレイクの尻尾を巧みな動きで避け続けた。そして、ドレイクの体を目にも止まらぬ早さで繰り出した剣で突き刺そうとする。

 それを受け、ドレイクはまた足を撓らせて、今度は後ろへと跳躍した。ラウルたちとの距離が一気に開く。

 これには戦いに加わろうとしないルーシェも舌打ちした。

「やるわね。ラウル君たちの攻撃を防ぎ切るなんて。ま、私の攻撃魔法をぶつければ一発で倒せるんだけど、それにはまだ早いわね」

 ルーシェは悠然と立っているだけで、攻撃には移らなかった。あくまで、自分は支援に徹し、ラウルたちの戦いぶりを観察するつもりなのだろう。

 そもそも、今回のドレイク討伐はラウルたちの力を確認するためのものだ。なら、ラウルたちも自分の力を存分に見せる必要がある。

 でなければ、ルーシェもオールド・ドラゴンとの戦いを取りやめるだろう。ルーシェはそういう判断が迷いなくできる人間だった。

 ラウルはこんなところで挫けてはいられないと発奮して、ドレイクに向かって疾走する。

 ドレイクはまたジャンプしてくると、今度はあんぐりと開けた口で豪快にラウルにかぶりつこうとした。

 ラウルは酷い匂いの唾液が顔にかかりながらも、その口を避ける。が、ラウルはバランスを崩し、足を縺れさせて転んでしまった。

 殺される。

 そう思った瞬間、ドレイクの体から稲妻のような光りが迸った。エレナがドレイクの足に雷の属性が付与された剣を突き刺していたのだ。

「だから、アタシの存在を無視するなって言ってるでしょ。まさか、女だからって理由でアタシを甘く見てるの?だとしたら、ちょっと許せないな」

 エレナが笑いながら言うと、ドレイクはグラッと蹌踉めく。だが、気を失うことなく体を大きく動かして、エレナを吹き飛ばした。

 が、今度はエレナもちゃんと受け身を取る。

 ドレイクはそのまま体を回転させると、近くにいたラウルを尻尾で薙ぎ払おうとした。が、その尻尾が宙を舞う。

 フィリアがドレイクの尻尾を目にも映らないような早さで切断していたのだ。

「私たちはこんなところで負けるわけにはいきません。あなたに恨みはありませんが、その命は刈り取らせて貰いますよ」

 フィリアが頑とした声で言った。

 これにはドレイクも尻尾を失った痛みに絶叫する。

 ラウルはドレイクの動きが鈍ったのを見ると、迫り来る大きな口を避けて、ドレイクの胸板を切り裂いた。

 すると、傷口から炎が吹き上がり、それはドレイクの巨体をも包み込む。

 ドレイクはもがき苦しむように体を動かして炎を何とか消すと、血走った目でラウルにかぶりつこうとする。

 何度も何度も全てを噛み砕く口がラウルに迫る。が、ラウルはそれを、余裕を持って避けた。

 戦いは冷静さを失った方が負け。

 ラウルはそんな言葉を思い出しながらドレイクと交錯するように動き、渾身の力を込めた斬撃を繰り出した。

 それはドレイクの首を固い手応えと共に切断すると、その頭部をまるでボールのように宙に舞わせる。

 ドレイクの頭部がゴロゴロと床を転がると、残った体はドスンと横倒れになった。

 その瞬間、広い部屋が水を打ったように静まり返る。

「終わった」

 ラウルはドレイクの屍を見て全身から力が抜けるのを感じた。かなりの強敵だったが、特に傷を負わされることもなく勝てて良かった。

 この戦いで得たものは大きいと思う。

「良くやったわね。まさか、こんなに戦えるなんて思わなかったわよ、みんな。これなら、オールド・ドラゴンも倒せるかもしれないわ」

 戦いを傍観していただけのルーシェはそう言って、満足そうな笑みを浮かべた。

 

「お帰りー、ラウル兄さん」

 リーネが明るい声を出して、食堂に足を踏み入れたラウルを出迎えてくれた。

 これにはラウルも胸を撫で下ろす。こうして生きて子鹿亭に戻って来れたことが、本当に嬉しかったからだ。

 それだけ、迷宮での戦いが危険に満ちていたということでもある。

 だが、リーネもリリシャも、ラウルが死ぬかもしれない危険を冒していると分かっていて、それでも反対せずに送り出した。

 それにはラウルも感謝している。

 なので、ラウルはこの家族を守りたいと、切に思った。

「腹が減ったから、何か作ってくれないか」

 こんなに空腹感を感じたことは今までにない。

「分かったよ。でも、思ったより帰りが早かったけど、ドレイクはちゃんと倒すことができたんだよね?」

 リーネは期待するような目でラウルを見る。

「まあな。ドレイクを倒した功績で、ギルドの冒険者ランクも二つ上がったよ。これで、請け負える仕事もグッと増えた」

 ドレイクを倒した報酬は八十万シュケムだ。でも、それを四人で分けたから、二十万シュケムしか手に入れられなかった。

 とはいえ、ドレイクを倒せたことで、ギルド内でのラウルの知名度も上がったはずだ。もう、子供だからといって軽く見られることはないだろう。

 もっとも、一人前の冒険者と言われるようになるには、もう少し時間が掛かりそうだが。

「それは良かったね。ま、フィリア様から五百万シュケムも貰っちゃったから、当分はお金には困りそうにないけど」

 リーネの言う通り、五百万シュケムあれば、半年は遊んで暮らせる。もちろん、ラウルは遊んで暮らすつもりなど、毛頭ない。

 五百万シュケムはリーネやリリシャの将来のために使いたい。ラウルは自分の将来くらい自分の力で切り開いて見せると意気込んでいた。

「そうだな。でも、俺にはオールド・ドラゴンを倒すっていう使命があるから、楽はできないさ」

 本当の戦いはこれからなのだ。安心感に浸るには早すぎる。

「だよね。でも、今のラウル兄さんならオールド・ドラゴンにも勝てるって思えるよ。何か、急に成長したみたいだし」

 リーネの瞳が爛々と輝く。

「ああ。ドレイクとの命懸けの戦いは無駄じゃなかったよ」

 ドレイクに勝ったからといって、すぐに強くなれるわけではないことはラウルも分かっていた。

 だが、精神的な面はだいぶ進歩したように思える。

 特に生きるか死ぬかの戦いにおいては、技術面よりも精神面の方が重要になることは多々ある。

 だからこそ、命をかけた戦いから得られる経験値は大きい。

「みたいだね。とにかく、今日はご馳走を作ってあげるから楽しみにしてて。それで、ルーシェさんは?」

「借りたい本を思い出したとか言って、王立図書館に行ったよ」

 フィリアは王宮に戻ったし、見回りの仕事を休んでくれたエレナも自分の家に帰っているはずだ。

「そっか。ま、ラウル兄さんの面倒を見てくれたルーシェさんにも、美味しい料理を作ってあげないと」

 そう息を巻くように言うと、リーネは厨房の奥に消える。

 代わりにやって来たのは何ともほのぼのとした笑みを浮かべているリリシャだ。

 その顔を見るに、リリシャはラウルが絶対に生きて帰ってくることを信じて疑っていなかったようだ。

「あらあら、急に大人びた顔をするようになったわね、ラウル。一皮、剥けたってところかしら」

 リリシャは頬に手を当てて微笑する。

「母さんまで、恥ずかしくなるようなことは言わないでくれよ」

 あんまり持ち上げられても困る。

「でも、本当のことよ。今のあなたを見たら、亡くなったご両親もきっと喜んでくれたでしょうに」

 その言葉にはラウルも胸がチクッとした。

「死んだ両親のことはあまり言わないでよ。俺が親だと思っているのは母さん一人だけなんだから」

 本当のことだ。

 もちろん、ラウルも自分を置いて死んでしまった両親を恨んでいるわけではなかった。ただ、リリシャの存在はラウルにとって何よりも大きいのだ。

 それはこれからも変わることはないと思う。

「そっか。でも、自分を生んでくれた親がどれだけ大切かは、あなたも親になってみれば必ず分かるわ」

 ラウルもいつかは好きな女性とかできるんだろうか。その相手がどんな女性なのかは想像も付かないが。

「先の長い話だね。でも、母さんは俺のことより自分のことを心配してくれよ。俺は母さんがどんな男を好きになっても反対はしないから」

 ラウルもリリシャには自分の血の繋がった子供を育てて欲しかったのだ。

 自分やリーネはあと数年で大人になってしまう。

 そうなったら、リリシャのラウルたちを立派に育てるという生き甲斐もなくなってしまうことになる。

 だからこそ、リリシャには早く自分の幸せを見つけて欲しかった。

「私が好きな男性はラウルだけよ。もちろん、変な意味じゃないけど」

 リリシャは悪戯っぽく笑った。

「分かってる。ま、とにかく、俺は自分のやるべきことをしっかりとやるよ。後になって後悔しないために」

 そのためにもオールド・ドラゴンを倒し、生きてリーネとリリシャの待っている子鹿亭に戻ってこなければならない。

「良い心がけね。でも、自分の命を捨てるようなことだけはしないでね。あなたの命を大切に思ってくれる人はたくさんいるんだから」

 自分の命は自分だけのものではないリリシャは言いたかったのだ。

 もちろん、そんなことはラウルも百も分かっているつもりだ。だが、時々忘れそうになることがあるので、気を付けなければと思った。

「うん」

 そう頷くと、ラウルはカウンターの椅子に座って、リーネの作ってくれる料理が運ばれてくるのを待った。


エピソードⅣに続く。




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