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ある魔法使いの軌跡  作者: 近江上総
1/2

旅は道連れ世は情け

少年の目の前には、魔獣がいる。

魔獣は牙を剥き出しながらも、警戒しているのか、後ろ足に力を込めたまま動かずにいる。

少年の目の前には、神官姿の女性---ベルネが少年をかばうように立っていた。

その右腕はだらんと垂れ下がり、口の端からは血が流れている。

ベルネは、少年を助けに来た冒険者達の、最後の一人だった。

周囲にはベルネの仲間だった者達が無惨な姿で転がっている。

……簡単な依頼の筈だった、とベルネは歯噛みする。

行方不明者の捜索依頼。

山に薬草を取りに行った村の少年が、帰って来ないというもの。

こういった依頼の場合、多くは道に迷ってしまっているか、途中で怪我をして動けなくなっているものだ。

山の中を歩き、人を一人回収して帰る。

一般人ならばともかく、装備を整えた旅慣れた冒険者ならば半日もかからずに終わる仕事だ。

その筈だった。

要救助者の少年が、魔獣に襲われてさえいなければ。


魔獣なんて、そうそう現れるものではない。

しかも目の前に居るのは、今までに見たことのない魔獣だ。

でも、自分達ならば、少年を守りながらでも倒すことは出来る。

そう読んだリーダーが散開の合図を出して、戦いが始まったのだが。

(正直、読みが甘かったと言わざるを得ない……。)

ベルネの胸に後悔の念が去来する。

魔獣の毛は硬くて剣では上手く斬れないし、魔法もブレスで威力を削がれてしまった。

加えて、高い攻撃力の爪や牙と、獣独特の敏捷性。

勝てない、要救助者は確保したのだし撤退を、と考えたときには既に手遅れだった。

前衛に立つ重戦士が魔獣の爪に倒れ、その後はジリジリとこちらの戦力が削られていった。

ベルネは、戦闘が始まった直後から、少年を後ろにかばいながら回復魔法や支援魔法を撃っていた。

少年を連れて先に逃げる選択肢も無いではなかったが、ベルネは冒険者パーティーの中では体力が少ない方だ。少年を担いで逃げるのは不可能だった。

それに回復役の彼女が抜けると、一気に戦線が瓦解する可能性が高い。

そうなった場合、例え一足先に逃げていたとしても、簡単に魔獣に追い付かれるだろう。

そんな風に判断をずるずると引き延ばした結果が、これだ。

(……ごめんね。)

自分の背後で不安そうにしている少年に向けて、心の中で謝る。

ベルネは攻撃魔法を習得していない。

だから、魔獣に直接攻撃をすることは出来ない。

だが、走る速度を速める支援魔法は掛けられる。

それを少年に掛けて、魔獣が自分に警戒している間に村まで逃げてもらうのだ。

もう、それくらいしか打てる手立てがない。

そうベルネが覚悟をしたとき、風もないのに後ろの茂みがガサガサと音を立てた。

(新手!?)

ここで別の魔獣に来られたりしたら、少年を逃がすことすら出来ない。

ごくりと生唾を飲み込むベルネ。

「ああ、微妙に間に合った……のかな?」

ベルネの耳に入ったのは、場の緊張感にはそぐわない、間が抜けたとも思えるそんな声だった。

目の前の魔獣が、突然の闖入者に警戒を強める。

「……こんな人里に近いところにアグーテが出るなんて、珍しいね。」

声が段々と近付いてきて、ベルネの視界の端に人影が入った。

黒いローブを纏った、黒髪で長身の男。

魔法使いらしい服装だが、魔法使いならば必ず持っている杖を持っていない。

その事にベルネが首を傾げようとしたとき。

「あまり余裕もないみたいだから、ちゃちゃっとやろうか。」

男がローブから左手を出して、一度強く拳を握りこみ、その後掌を上に向けながら軽く手を開いた。

「っ!?」

直後、ベルネの身体を、強烈な脱力感が襲う。

この感覚には覚えがある。小さい頃に何度か経験した、魔力切れの症状だ。

男が自分に何かをしたのか?

だが、魔力を奪う魔法など聞いたことがない。

いや、それよりも、人間だからといって安心すべきでは無かった。

味方とは限らないじゃないか----。

一瞬で色んな事を考えながら、ベルネは自分の体重を支えきれずにへたりこむ。

最後の力を振り絞って、要救助者の少年を突き飛ばし、逃げてと声を掛けた。

少年は突き飛ばされた体勢のまま、魔獣を呆然と眺めている。

恐くて腰が抜けてしまっているのかもしれない。

まだ幼い子供が目の前で人の死に直面すれば、無理もないことか。

「ん……ちょっと足りないか。」

頭上から降ってきた言葉に顔を上げると、男が自分の左手を見ながら顔をしかめていた。

魔獣はというと、へたりこんだベルネではなく、突然現れた男の方を完全にターゲットにしたようだ。

先程までよりも牙を剥き出し、今にも襲いかかろうとしている。

「ごめんね、ボク。ちょっと借りるよ。」

男が言い、もう一度左手で先程と同じ仕草をする。

「よし、これでまあ、いけるでしょ。」

その言葉が合図だったわけでもないだろうが、魔獣が後ろ足で地面を蹴って、男に向かって駆け出した。

「ピアトラ。」

男は猛然と突進してくる魔獣に右手を向けて、一言呟く。

直後、男の右手から無数の石が魔獣に向けて放たれた。

先の尖った石礫の飛来に、咄嗟に左へと回避をした魔獣だったが、男が右手を小さく振ると、その動きに呼応するかのように石礫が角度を変え、魔獣に直撃した。

(あれが……ピアトラ!?)

ベルネのパーティーメンバーだった魔法使いは、ピアトラは初級魔法だと言っていた。

砂を飛ばす魔法で、直線的な動きだし攻撃力もそこまで高くないので、実戦には向かないと。

だが、男が放ったピアトラは、とても初級魔法とは思えない威力だった。

砂と石礫では大きさが違いすぎるし、放った後で軌道を変えられる魔法というのは、聞いたことがない。


石礫の直撃で起きた土煙が晴れたとき、そこには身体に大穴の空いた魔獣が横たわっていた。

「……。」

ベルネは無言で目の前の男を睨み付ける。

初級魔法でここまでの威力を出す魔法使い。

魔獣を倒した以上、明確な敵というわけではないのかもしれないが、得体の知れない人物を少年に接触させるわけにはいかない。

そう思いながらふと少年に目をやると、少年は倒れていた。

「! ちょっ、と……!」

目を見開いたベルネの視界の端で、男が頭に手をやって言う。

「ありゃ……。やっぱ無理させちゃったか。」

仕方ないと呟いて、男は歩き出した。

ベルネに近づいてくる方向に、だ。

「よいしょっと。」

少年に近付くついでとばかりに、男はベルネを肩に担いだ。

担がれた衝撃が、骨折している右手に響く。

「……痛、い。」

何とか声を絞り出すと、男はああ、と声を上げた。

「そういえば腕、折れてるっぽかったね。僕が治せりゃいいんだけど、今魔力残ってる人が居ないからなぁ……ごめんね。」

男の言い方に疑問を覚える。

「今魔力の残りが少ないから」ではなく、「今魔力残ってる人が居ないから」?

だが、ベルネがその疑問を口にする前に、男は反対側の肩に気を失っている少年を担ぎ上げて、村に向かって歩き出した。


ベルネが目を覚ますと、寝床にしていた宿屋の天井が目に入った。

「あ、れ……?」

だるさを訴える身体に鞭打って、ベッドの上で上半身を起こす。

折れていた右腕は誰かが回復魔法をかけてくれたらしく、元通りになっている。

額に乗っていたらしいタオルがぱさりと掛け布団の上に落ちた。

そのままベッドから立ち上がり、ふらふらとした足どりで階段を降りていく。

「おお、起きたのか。」

宿屋の親父さんが、ベルネに気付いて声を掛けてきた。

「身体は大丈夫か?」

「はい……。あの、私……村に帰ってきた記憶がないのですが……。」

「ああ。村に帰ってきたときにはお前さん、気を失ってたからな。」

親父さんの話によると、昨日あの黒ローブの男がベルネと少年を担いで、村にやってきたのだという。

男は二人を宿屋の親父さんに預けると、ベルネと共に居た冒険者達から形見を、魔獣の死体から素材を回収する為に、その場所に案内をするので何人かついてきてくれと告げ、有志と共に再び山に入っていったそうだ。

「あの人……一体何者なんですか?」

「さぁな。だが、お前さん達を連れ帰ってきてくれたんだ。悪い人じゃあねーんだろうよ。」

普段どこの馬の骨とも知れない冒険者達を相手にしている親父さんの言葉は、不思議な説得力があった。


その日の夕方になって、黒ローブの男と村の有志が山から降りてきた。

ベルネと共に居た冒険者達の死体は、形見を確保した後にその場で焼き、魔獣の死体は毛と皮と肉を回収して内蔵を焼いてきたらしい。

死体を焼かずに放置すれば虫がわくし、ときには流行り病を引き起こすこともあるのだから、当然の処置といったところだろう。

今までに見たことのない魔獣の素材が手に入ったということで、恐れ半分興味半分といった風の村人達は、ちょっとした祭りのような状態だ。

黒ローブの男は、その祭りの立役者ということで、村人達に囲まれている。

「いやー、しかしアンタ、変わってるよなぁ!」

「魔力を借してって言われたときにゃ、何のことかと思ったが……。」

「あはは。特異体質なんだよねー。」

歓談しながら酒を呑む男に、ベルネは近づいて声を掛けた。

「あの、すいません!」

「ん? ああ、山に居た神官さんか。あの時はごめんねー?」

軽い調子で謝られ、戸惑う。

いや、別に重い調子で謝られればよかったわけではないのだが。

「え、えと……。」

「僕、魔法は使えるんだけど、魔力を持ってなくてさー。魔法を使うときには、周りの人から借りなきゃいけないんだよねー。」

「魔力がない……? それなのに魔法を使えるって----それ、本当ですか?」

ベルネが魔法を初めて習ったとき、自分の中に流れる魔力を感じるところが始まりだった。

その事を思い出し、思わず半眼になって聞く。

「ほんとほんと。僕がピアトラ撃つ前、すっごい脱力感しなかった? あれ、僕のせいなんだよー。」

言われて思い出す。

確かに魔力切れのような症状は起きたが、本当にこの男が何かをしたというのか……?

「生きてるアグーテは、毛が固くてこれじゃあ上手く斬れないし……。」

と、男は腰に下げた大振りの剣を示して見せた。

魔法使いにしては杖を持っていないと思ったが、重戦士なのだろうか?

初級魔法をあんな威力で撃てる戦士など、あり得ないと思うが……。

ベルネが不思議そうな顔をしているのを知ってか知らずか、男は続ける。

「あいつら、下手に攻撃すると仲間呼ぶからさー。一発で倒したかったんだ。

だからキミから魔力もらったんだけど……僕の読みよりも、キミの残りの魔力量が少なかったみたいで、全部もらうことになっちゃった。」

悪びれる風もなく言う男。

自分の魔力量が少なかったのが悪いと言われているような気がして、苛立つ。

「……それでも足りなかったんでしょう?」

不貞腐れたような声を出すベルネに対し、男の調子は変わらない。

「あ、あのとき聞こえてたの? うん。足りなかったね。だから必要な残りもうちょっとは、少年くんからもらったんだー。」

軽い調子で返しつつ、コップの酒をちびりと呑む男。

「な……! い、一般人から魔力を!?」

魔法を使えない人は、自身の魔力を認識することすら出来ない筈なのに、その人間から魔力を引き出したというのか。

それとも、あの少年は魔法を使えたのか……?

「いや。少年くんは魔法、使えないよ。でも普通、人は誰しも魔力を備えてるからねー。それをもらったの。」

笑顔の男。

男にとっては当たり前のことなのだろうか。

「まあ、やっぱり無理はさせちゃったみたいだから、申し訳なかったけどね。」

困ったような笑みを浮かべながら、男は言う。

と、そこでベルネは、まだ助けてもらったお礼をしていなかったことを思い出した。

「あ! あの……えっと、今更なんですけど……。昨日は、ありがとうございました。」

「ああ、いえいえ。どういたしまして。でも、お仲間さんは間に合わなかったね。」

「間に合う……って、そういえばあの時もそんなこと言ってましたけど、私達があそこに居ること、知ってたんですか?」

「魔力の流れでね、誰かが戦ってるのは分かったんだ。でも、その時僕、山の麓に居たから、駆けつけるのがあのタイミングになっちゃったんだよねー。」

もっと早く着けたら良かったんだけどと言う男の雰囲気は、あくまでも軽い。

「あ、そうだ。お仲間さんの遺品、宿屋の親父さんに渡しといたから。」

「……分かりました、ありがとうございます。----そうだ、お名前を教えてもらえますか?」

皆の遺品を受け取った後どうするかはまだ決めていないが、事の顛末を語るときに、助けてくれた人の名前も分からないでは締まらないだろうと思い、尋ねる。

「レンツだよ。」

「レンツさん……ですか。この村の方、ではないですよね?」

「ないねー。僕は各地を旅してるんだ。」

「お一人で……?」

「うん。……僕がパーティーに入ると、解散しちゃう率が高いみたいでね。あんまりパーティーを潰しちゃうのも悪いし。」

レンツは頭をかきながら言った。


その夜、ベルネは皆の遺品を前に考えた。

ベルネが所属していた冒険者パーティーに居たのは、ベルネを除いて7人。

リーダーともう一人は幼馴染ということだったが、他の皆はそれぞれ別の地域出身だ。

そこでは、帰りを待っている人がいるかもしれない。

せめてその人達に、経緯を説明して、遺品だけでも返してあげたい。

……パーティーメンバーが自分一人になった今、この意見に反対する人も居ない。

ならば……。


翌朝。

「そいじゃ、僕はこれでー。昨日は結構なお酒を、ありがとうございました。」

「もう行くのかい? ちょっとゆっくりしていってもいいんじゃ……?」

「いえいえ。ここには死体の後処理を手伝ってもらう関係上、偶々立ち寄っただけですので。」

「そ、そうかい……。」

笑顔ではあるが、明確に譲らない意志を見せるレンツに、彼には急ぎの目的があるのだろうと、村人達は引き留めることを諦める。

「では、ご縁がありましたら、またお会いしましょう。」

最後に深くお辞儀をして、レンツは村を後にした。

「----さて、と。どっちに向かおうかなー?」

村から大分離れた三叉路で立ち止まり、レンツは独りごちる。

なに、気ままな一人旅だ。

指運で決めてもいいだろう。

その時、三叉路の中央に立つ木の陰から、大きな荷物を持った人影が現れた。

何やら見覚えがあるような----。

「……ああ、神官さんか。どうしたの? 遺品の数、足りなかったりした?」

「ベルネです。----あの、レンツさん。」

「ん?」

「私も一緒に行かせてください。」

頭を下げるベルネ。

「ごめんね、無理。」

「---っ、何でですかっ!?」

あっさり断るレンツに、ベルネは焦った様子で頭を上げた。

「昨日言ったでしょ? 僕が入ると、パーティーが解散しちゃうんだってば。」

「私の居たパーティーは、事実上解散しました。私は今、誰ともパーティーを組んではいません。」

「だとしても----。」

「それに、貴方が使っていた『他人の魔力を奪う』という魔法は、禁術の可能性があります。」

「あれは魔法とか禁術じゃなくって----。」

「私には、パーティー最後の生き残りとして、皆の形見をそれぞれの故郷に届ける義務もあります。」

「……どれにしたって、僕が君と旅しなきゃならない理由はないでしょ?」

「じゃあ、私が勝手に着いていきます! ですが、私には攻撃能力がありませんからね! 貴方のすぐ後ろで魔獣にやられてしまうかもしれません! それは寝覚めが悪くはないですか!?」

我ながら、どんな脅しだと言いたくなる内容だったが、彼について行けるのならば何でも良かった。

何故、こうまで頑なに着いていこうとしたのかは、ベルネにも説明ができない。

「…………。」

「…………。」

長い静寂の後、レンツは一つ嘆息して言った。

「じゃあ、勝手について来ればいいんじゃない? ……言っとくけど、追いつけなかったら、置いていくからね?」

そう言うと、先程までよりも少し速度を緩めて歩き出す。

「----はい!」

振り返らずに歩くレンツの後ろに、ベルネが続いて歩く。

「あーあ。……なんでこんなことになったんだろ?」

レンツの情けない声が、高い青空へと吸い込まれていった。

基本的に一話完結でいきたいと思っております。


不定期更新になります。すみません。

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