interlude
コジモ・タフィ大佐はいまだに大笑いをしているヨシュアを見ながらため息を吐いた。
オルド国の情報を持っている人物を連れてきた、とヨシュア・ピノッティ大佐が自ら出向いて来た。執務室に現れたのはヨシュア、フリオ。プッチ大尉とご老人。
とても情報を持っているようには見えない。
聞けば、全く想像もしていない話をされた。ヨシュアが連れてきていなければ、問答無用で牢に放り込むところだ。
警戒心を全く抱かせない人の良さそうなご老人。すっとぼけるにしても程があるし、実際にそういう人柄なのだろうと思う。
だからと言ってコジモは、重光が別世界から来たことを信じたわけではない。
重光に言ったように、分からない、というのはコジモの本音だ。
そもそも別世界の存在などいままで語られたことなどなく、想像だにしていなかった。
神話における神々の世界や、御伽噺の妖精の国のほうがまだ信じられる。
魔術など使ったことなどない、と言いながら炎や水を操っている。あれらはコジモの魔力で出現させたものではない。
全くもって疑わしいのだが、疑いきれないところがあるご老人だ。
いまだに笑いの収まらないヨシュアは放っておき、何気なく目に入った魔力測定器に両手を載せた。
特に深い意味はない。
魔力値は一般人で30前後。その数値だと、蝋燭に火を点ける、両手の平分の水を出す、蝋燭の火を消す程度の風を起こせる程度だ。
魔力値というのは、魔力の量ではなく魔術を使う際の威力だと考えれば良い。
さきほどのコジモように、出した炎や水を操るほどになると桁が二つ違ってくる。コジモの魔術部隊やヨシュアの筋肉部隊で四桁はある。
その日の体調や気分で数値は変わるが、コジモは3800から4000少し。
だから、重光がこともなげにああやって炎や水を操ったのなら、それくらいの数値はあるはずだ。
「しまった、退室する前にもう一度シゲさんの魔力値を計るべきだったな……明日でもいいか」
そう呟きながら計測器の数値を見て、コジモは首を傾げた。
「……なんだ、これは」
ところが、見たことのない数値がガラス板に浮かんでいる。いつもの倍の数字が浮かんでいるのだ。手を載せている今もその数値は上昇している。
慌てて手を離し思わず両手の平をじっと見て首を傾げた。いつもと変わらない手の平だ。なら計測器が壊れたのだろうか。
それから、苦しそうに引き攣ったような笑いをするヨシュアの頭を拳骨で殴った。
「痛ぇなぁ……なぁにそんなに怒ってる」
「いつまでも笑ってないで、魔力値を計ってみろ」
「昨日……。へいへい」
ヨシュアは何かを言いかけたが、いつでも無表情のコジモが怖い顔をしているので、黙って両手を計測器に載せた。
「いつもと変わらな……お? おお!?」
驚きに目を見開いて数値を見ていたヨシュアは、数値が7000を超えたところで手を離した。そして、両手のひらをじっと見て、首を傾げてコジモを見て言った。
「お前さんもかい?」
コジモは何も言わずに頷くと、ヨシュアは顎に手を当てて何かを考え込むような姿勢になった。
「もしかして……」
少し考えてからヨシュアが重々しく口を開いた。
重光の演奏がなんらかの影響を及ぼしたのでは、とコジモは推測しているのだが、ヨシュアはどうだろう。
「計測器……ぶっ壊れてんじゃねぇの?」
「……あり得るな」
一番最初にコジモの頭に浮かんだのもそれだ。
「どちらにしても、明日シゲさんが来たらもう一度計測しようとは思う」
「ああ、それが良い。なあ……あの火鳥と水魚はお前さんのじゃないんだろう?」
「当たり前だ。あんなふざけた真似するか」
「いやぁ、あのご老人はふざけてたわけじゃあねえだろぉ」
ただの頭のおかしな老人なら屯所に引き止めておくことなどない。戯言に付き合ってやるほど暇ではないのだから。放り出してどこかで野垂れ死のうと、知ったことではない。
だが、ヨシュアは身元を引き受ける、と言った。
彼がそう言うのであれば、善しにしろ悪しにしろあの老人には何かがあるのだろう。
他国では筋肉部隊、と馬鹿にされている部隊だが実情は違う。
いや、身体能力や筋力を鍛えているというのは間違いないし、彼らも好きでやっていることは否定しない。
しかし、彼らが鍛えているのは身体だけではない。動体視力や聴力など肉弾戦に必要と思われるもの全てを鍛えているのだ。
そうして五感までも鍛え上げた結果、魔術とは別の能力を身につけた恐るべし部隊だ。
一般人より勘が鋭かったり、少し先のことが突然閃いたり、など魔術師たちが定まった手順を踏まないとできないことをあっさりやってのけたりする。
そのある意味人間離れしている部隊を纏めているヨシュアが言うのだから、何かがあることには違いないのだろう。
頼むから面倒ごとは勘弁してくれ、とコジモは内心一人ごちた。