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動物使いのじいちゃん

 

 演奏が終わると重光は満足そうに頷いた。

 あ然とした顔の三人に、演奏が終わった後に大きく口を開けて、目を丸くして固まる子供たちを思い出す。


 興味のなさそうだったコジモまで、書類を持ったまま口を開いて固まっている。

 重光はそんな彼らを見て、頬を緩ませた。こういうときは我に返るまで放っておくのが一番だ。


 それにしても、ここまであ然とされると重光も落ち着かない気分になってくる。


 なんでもそうなのだが、世の中には絶対というものはない。音楽に限った話しではないがどれだけ良い物であろうと、中には気に入らない人もいる。また、一般的には首を傾げるような代物でも、良い、という人もいる。

 流行廃りもあるし、国や宗教、政治によって大いに変わるものだ。


 特に趣味や嗜好に関わるものなどは、個人の好むを選択すれば良いのだし。あえて好まない、理解できない物を受け容れる必要などないだろう。

 良かれと思っても、受け取る側が不快に感じてしまっては最早どうしようもない。


 いつも喜ばれたり感動されるわけではない。拍手をされたくて演奏しているわけではない。重光はそれで良いし、そういう物だと思っている。

 それでも、いくつになっても寂しいなあ、と思う。


 ――ヒュウー!


 重光は眉を下げて、すまんなあ、と言おうとした時に甲高い音が聞こえた。なんとも表現し難い音だ。

 その音にいち早く我に返ったフリオがぽつりと呟いた。


「……なんだか、良いですね」


「あ、おう。よく分からねぇが、なんか良いなぁ」


「ああ……よく分からなかったが、良いな」


 フリオに続いて、ヨシュア、コジモが重光にとって一番嬉しい感想を口にした。その三人の視線はなぜか重光、ではなく重光の頭に釘付けになっている。


「ありがとうのう」


「……それにしてもよぉ、シゲさん……」


「なんじゃい、ヨシ坊」


「あんた、魔術使えるんじゃねぇか……」


 ヨシュアは半眼で口を尖らせて言った。三十も(なか)ばの男がする表情ではないだろうに、だがヨシュアがすると違和感はない。


「いや、そんな不思議なものは使えんぞい」


 ヨシュアは拗ねた子供のような表情のまま重光の頭を指差した。


「……頭に火の鳥が載ってるぜぃ」


 重光の頭の上では、さきほどコジモが出した火の鳥が羽を休めている。


「……なんと! 燃えてるのか、ワシの頭は!?」


「いや、燃えちゃあいないぜ」


「それに、水の魚もいますよ」


 火の鳥の周りを水のイルカがふよふよと、気持ち良さそうに漂っている。


「それにしても、タフィ……お前さんのアレは懐くもんだったんだなぁ」


「そんなわけあるか」


 ヨシュアがしみじみ言うとコジモはこめかみを押さえながらため息を吐いて、重光の頭の上を半眼で見た。


「そもそも、炎や水で形を作っただけのものが人に懐くなどあるはずなどあるまい」


 重光は重光で暖かい気はするが、熱くはないし重さも感じられないので気にしないことにした。まあ良いか、と重光が頷いても鳥は動こうとしない。

 それに堪らずヨシュアが笑い始めると、今度はコジモが拗ねたような顔になってしまった。


「それより、シゲさん。何かおかしなところはないか?」


 ヨシュアの笑いが収まると、コジモが重光に尋ねた。

 すると、ヨシュアが重光の頭を指して再び笑い出した。


「話にならんな。あいつは放っておこう……。シゲさん、体調に変化はないか?」


 放っておこう、と言いつつもコジモは慎重に聞き直した。


「うむ、ありませんぞ。今日はいつもより調子が良いくらいじゃよ」


 膝の痛みも腰の痛みも目の霞もいつものことで慣れっこになっていたが、今日はいつになく痛みが少ない気がする。薬を飲み忘れていたのに、めまいや倦怠感も今のところない。

 そこで、はたと気付いた。


「困ったのう……」


「何がだ? できることであれば対応するが」


 重光は飲んでいる薬の話をした。ここでも薬が手に入るのかどうか、今日はたまたま調子が良いが、明日は分からない。せっかく永らえた命を大事に過ごしたい物だ。


「ならぁ、軍付属の医療棟へ行ったらどうかねぇ」


「いや、シゲさんの身元がはっきりしない上に、一般人を入れるわけには行かないだろう」


「俺が身元を保証するからよぉ、良いだろぉ?」


「それだけで済む話ではないだろうが」


 コジモはそう言いながら意味ありげな視線を重光の頭上にずらした。ヨシュアは笑いながら、面白いから良いじゃねぇの、と言わんばかりだか軍の他の人間はどう思うか。

 長年立てに生きていない重光は、その視線の遣り取りに気付いたが、なるようにしかならんじゃろうのう、と呑気に構えている。


「とりあえず、シゲさんの気脈は私が整えよう。他には何かあるか?」


 今のところ差し歯も問題はなく楽器の演奏に支障はないし重光はそれで十分だ、と礼を言った。


「では、明日の午後もう一度こちらへ来てくれ。ピノッティ大佐は残ってくれ」


「ああ。フリオ、とりあえずシゲさんのこと頼むわ。支障のない範囲ならここの中の見学させてやっても構わねぇ……よな、タフィ大佐」


「ああ、そうだな……だが、今日はうろうろしないでくれ」


 コジモは重光の頭上を注視しながらそう言った。

 いつの間にか、イルカが重光の頭にぺったりと載りそれを鳥が突いている。それを見て大笑いするヨシュアとコジモに礼を言い、頭にイルカと鳥を載せたままの重光とフリオは執務室から退室した。



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