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連行されるじいちゃん

 

「どこの国の回し者だ、怪しい爺め!」


「じゃからのう、ワシは怪しい爺ではないんじゃがのう」


 お前さんがたのほうが余程怪しいわい、外国人みたいな顔をして日本語を喋りおってからに、という言葉は言わなかった。






 重光は、まるで数年前に訪れたヨーロッパの町並みをさらに古くしたような場所で途方に暮れていた。

 妻が定年退職をしたときに、ヨーロッパ旅行を息子二人がプレゼントしてくれたのだ。立派に育ててくれた彼女に頭が上がることはないだろう。


 そして、先ほどの妻とのやりとりを思い出して落ち込む重光。

 天国で二人で過ごせると喜んだのに、あのように素気無くされるとは思いもよらなかった。ぬか喜びもいいところだ。

 次に死んだらまた、妻に素気無くされるのだろうか。


 それにしても、全く分からない場所に押し出されたらしい。

 煉瓦作りの建物や石畳の路面、そして通りを歩く人々が外国人なことに戸惑いを隠しきれなかった。

 困った。どうすればよいのだろう。

 

「Excuse me sir,but where is here」


 とりあえず重光は通り掛かりの外国人に、現在地を尋ねた。尋ねた内容はかなりアレだが、かなり良い発音だ。

 男は怪訝な顔をすると、近くを通りかかった別の男に慌てて小声で何かを言った。すると男は頷いて走り去った。

 そして、重光に話しかけられた男は笑顔で尋ねた。


「お爺さん、どこから来たんですか?」


「おお、こりゃ、ありがたい! お前さん日本語が喋れるんじゃのう」


 ほくほく顔で答える重光に男は人の良さそうな笑みを浮かべた。

 だが、その瞳の奥に剣呑な光が宿ったことに重光は気付かずに呑気に笑う。


「いやあ、助かりましたぞ。すっかり道に迷ってしまいましてなあ……。日本にこのような場所があったとは、いやはや」


 重光が呑気に笑っていると、石畳をかつかつ鳴らしながら走ってくる足音がいくつか聞こえた。物々しい音に重光が振り返るとなんともけったいな格好の男たちが数人走ってくる。


 なにやら、ハリウッドの映画に出てくるような騎士や兵士のようなけったいな格好をしている男たちだ。しかし、こんなに大勢の人間が、しかも走って助けに来てくれるとはなんと素晴らしい町だ、と重光は感動を覚えた。


 どことなく荒んだ雰囲気の男たちだが重光はそれに気付かないほど、気が緩んでしまっている。

 そして男たちはそんな重光をじろじろと無遠慮に眺め回してから頷いた。


「こいつが怪しい爺か……ふむ、確かに。けったいな格好をしているな」


 助かったと思ったのもつかの間、男たちの間で不穏な会話が始まった。


「しかも、異国の言葉を喋っておりました」


「とりあえず、屯所に来てもらおうか」


 こうして重光は訳の分からぬうちに、訳の分からぬ連中に連行された。


 石造りの頑強な建物の奥の一室。明り取りの窓が高い場所にあるだけで、後は変わった形の電球で照らされているだけの薄暗い場所。

 そこで、重光と男が三人。

 誰も喋らずにただ不穏な空気が流れている。

 重光は気が気ではなかった。なにせ男たちは重光の大切な楽器を調べると言って、どこかへ持ち去ってしまったのだ。


 そこへ、一人の男が片手にトランペット、片手にケースを持って駆け込んできた。

 ケースの中はグラスファイバーが貼られているとはいえ、あんなに乱暴に揺すられたら中身がどうなることか。しかも、楽器のベルの部分を持って振り回しながら走ってきたのを見て堪らず叫んだ。


「止めんか、これ! 楽器は大切に扱わんか!」


「見たところ怪しいところはありません、魔術の気配もありません。ただのラッパのような楽器です」


「それにしても変な形のラッパだな」


「そうじゃ、だから、ああ、そんな金属の手袋を着けたまま無神経にあちこち触っちゃならんて! ……ああ! 吹くんじゃない!」


 重光は卒倒しそうになった。


 自分の楽器、大事。

 他人の楽器、もっと大事。


 そう叩き込まれて、当然そうあるべきの重光にとっては悪夢のような光景だ。


「なあ、ご老人素直に白状しちまいな……どこの国の回し者なんだい?」


 だが、男はそんな重光を意に介さず、良い刑事のごとく犯人の心に寄り添うように聴いてくる。


「何の目的でここまで来たんだい?」


「目的も何も知らぬ間にいたからのう。……そもそもここはどこなんじゃい?」


「よくもまあ抜け抜けと!」


 今度は悪い刑事の出番らしい。声を張り上げテーブルをバンと派手な音を立てて叩く。


「まあ、落ち着け中佐」


「ですが……。分かりましたヨシュア大佐」


 チュウさんにヨシ坊か。


 重光は緊迫した空気の中、年々ギターの音がメロウになっているチュウさんこと大崎忠治と、衰えはあるもののドラムを叩き続ける飯岡芳一を思い浮かべた。

 結局、重光を含め三人とも死ぬまで音楽は止められないのだろう。


「ご老人。その見慣れぬ格好に、異国の言葉を喋り、見たことのないラッパを持ち歩いてなあ。これだけで十分あんたを処分できるんだぜ。俺らも老い先短い年寄りを苛めるのは好きじゃないしな。素直に喋ってくれんかねぇ」 


 それが遣り口なのかもしれないが、ヨシ坊の真剣な眼差しに重光は頷いた。まあ、隠すようなことなどないのだから。 


「……聞いてくれるかのヨシ坊」


「……ヨシ坊?」


 そう言って重光は今朝からの出来事を語り始めた。


 朝起きて、花束を買って墓参りに行き、人生が走馬灯のように巡り、妻に素気無くされたこと。

 とつとつとあったことを順に語る。

 こと細かに話すその口調は至って静かだった。


「う、うう……」


 話が終わると、悪い刑事役のチュウさんが何故か涙を流していた。彼は花束を買って、という辺りですでに鼻を啜っていたのだが話しが終わるとこの有様だ。

 その後ろではトランペットを持ったまま鼻水を垂らす若いのの姿が。

 そして、目頭を押さえ何かを堪えるようなヨシ坊。

 重光に同情でもしたのだろうか。随分と情に脆い奴らだのう、と思うも問題はそこではない。


「ううむ、とにかくワシは家に帰りたいのじゃがのう……」


 そんな男たちに重光が言うと、ヨシ坊は何かから立ち直り腕を組んで考えることしばし。何かを思いついたように頷いた。


「ご老人。ちっと悪いんだが、他の荷物を検めさせてもらって良いかい?」


「その前に……楽器をしまってくれんかの?」


 鼻水が、と呟く重光。ヨシ坊が頷くと、トランペットを持っていた若いのは幾分か丁寧な手つきでケースにしまった。

 それを確認した重光はポケットから老眼鏡、ポーチから携帯電話、ハンカチ、ティッシュ、財布、家の鍵を出してテーブルに載せた。


 ヨシ坊とチュウさんは老眼鏡と携帯電話に大いに興味を示し、二人で調べながらああでもない、こうでもないと話し合った。


 そしてその結果。


「おそらく、ご老人は異世界より来たのかもしれんなぁ? 帰り道は分からないが、探してみるよ」


 というなんとも頼りない結論に達した。




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