リーノの報告
生還してから一週間後、リーノはようやくサンドヴァル王国軍へ赴いた。生還したのだから、軍にも報告しなければならないだろう。
軍へ向かう道すがら、リーノはふと首を傾げて立ち止まった。
そういえば、助けてくれた河岸の町の住人は、助けた生存兵の報告を軍へしていたはずだった。
左腕にはサンドヴァル王国の紋章と個人識別番号が彫られている。それさえ連絡すれば、どこの部隊所属の誰が生存している、ということは分かるはずだ。
なのに、妻には連絡が行ってなかったのだろうか。
今の今までそのことに気付かなかった。
討伐後のどさくさで情報に行き違いがあるのかもしれない。
リーノは所属している斥候部隊へ急いだ。
「リーノ! お前も生きていたのか……」
案の定、入り口の門衛に驚かれ、そのまま斥候部隊の上司アマディ大佐の執務室へと連れて行かれたが、やはり大佐にも驚かれた。
「他にも、生存兵は大勢いますが……」
「ああ。喜ばしいことに、我が部隊でも死亡が確認されていたが生還した者が何名かいる」
「そうでしたか。情報に行き違いでもあったのでしょうか」
「……あいつらだ」
リーノが何気なく尋ねると、中佐は苦虫を噛み潰したような顔になった。
少佐が言う「あいつら」に心当たりのあるリーノも同じような表情になった。
貴族で占められる将官クラスの者たちのことだ。
サンドヴァル軍では、慣例として将官以上は貴族でなければなれない。そして、彼らは戦場に赴くことはしない。
討伐や戦争があれば、将官クラスも出陣したという実績を作るために、野戦任官で左官を将官昇進させて出兵していた。もちろん終われば左官クラスに戻すのだが。
ただ、今回の大規模な討伐で功績を上げた者達を将官へ昇進させるべきでは、という話も上がっているがどうにも話は進んでいない。
選民意識が根付いているせいで、同じ敷地にいることすら忌避するような者たちばかりだ。
「……まあ、怪我もなくて何よりだ。よく帰ってきてくれた」
首を傾げながらもアマディ大佐はリーノの肩を叩いて労った。
「褒賞金は貰ったんだろうが、もっとせしめてやる」
と、少し悪巧みをするような顔で付け加えるのも忘れていない。
「それにしても、本当に怪我がないんだな……。お前の部隊の人間から酷い有様だったと聞いていたんだが」
リーノは、死者の海イルテリを渡ったが何かによって引き戻されたことを話した。
河岸の小さな町で保護され看護されたことを話し、国へ帰り異国の異色の魔術を使う老魔術師――重光の魔術により全快したことを話をした。
恐らく――否、確実に息子ジーノの奏でる音で引き戻されたのだろうが、それは言わなかった。
重光のことは話すべきか迷ったが、彼が貴族連中に目を付けられた場合、リーノだけでは助けになれない可能性がある。ジーノのことはリーノが口を噤んでさえいれば誰にも分からずに済む話だが、重光の話はそうはいかないだろう。
重光を守るなら、リーノよりも力のある人間に話を通しておくほうが賢明であろう。
「うん? 聞いたことのある名前だな……?」
アマディ大佐は顎に手をやり考え込んだ。それから、何か思い当たったのか、通信機を取るとどこかへ連絡を取った。
しばらく後に、アマディの執務室にノックと共に大慌てで入ってきたのは、ヨシュア・ピノッティ大佐だった。




