拝啓、培養タンクの中より!
窓の外は宇宙空間、不思議なメロディが流れて近未来の胸踊る内装が広がっている、僕がレーザーメスで切られていなければ最高だったのに。
桔梗色の男に解体されている、三枚下ろしの魚の骨のように脊椎と首のみで培養液の中で浮かんで作業を見ていた、当然身動きが取れない。
体の方は無数の電極の塊を繋げられて装置の命令に機械的反応を繰り返していた。
どんどん分解されては外した所からそれに替わる機能を持つ機械を継げ足していって最早僕の肉片の乗った燃えないゴミか無分別ゴミかという様相を呈していった。
メタリックな生ゴミ然としたものがやっぱり同じように隣の培養タンクの中に詰められてゴポゴポいいはじめる。
時間感覚などとうに失せているが頭蓋を外されて無防備になった脳に根を這わす電極から体感は得られている。
未だに五体満足だという実感はあるのにバラバラという視覚情報の違和感に正直狂いそうだったが、次第に慣れてきた電気信号を読み取る事で何をされているのか理解し始める。
どれだけ生き物を細かくしたら死が訪れるかの実験なんだそうだ、或いは魂の消失の瞬間に立ち会い永遠に留め置けるのか否か。
彼、管理者のテーマは相当後に成らないと僕には直接理解出来なかったけど。
桔梗色の人間達は随時人為的により良い存在になろうとしている、代わって僕はモルモット以下の扱いを受け生存していた。
角砂糖くらいの破片に生体維持装置が連結したものが床を埋め尽くしたが僕は生きているし欠けてもいない、メロディは桔梗人間の言語であり、プログラム言語も歌の旋律のようだった。
僕は細胞単位で粉々に管理されるようになってカプセル状に小型化した維持装置は場所を取らなくなったが相変わらず僕を生かし続けた。
記憶をデータ化したり複製してプログラムの中に紛れて見たりして桔梗人間の内部に入り込み背景を観察していく、やっぱり管理者は意図的に僕を機械化させたいようだ。
実験施設そのものの戦艦と兵器らしきモノを掌握した、僕の侵入経路を隠蔽しながら分身を残すように侵食していく。
桔梗人間達は弄りすぎた自らの種の遺伝子を持て甘し、綻びを多種族を取り込むことで解消しようとしていた。
いつでも戦闘状況にあるのは枝分かれし過ぎた異なる系統の同じ人種同士のいざこざだ、本当に自業自得だな。
当時僕はただの中学生だったはずだ、少しマイナーな趣味の音楽を聴いていた、たまたま彼らの言語に相似点を見つけてしまっただけの。
もったいないなと思った、子孫も自力で産み出せなくなって久しい生物、他者から何かを奪って組み込むだけの本能を刷り込まれて創られるヒューマノイド、それをおかしいと誰も思い付かない。
彼らは耳を持たない、目も鼻も口もなく養分接種の尻尾と切れ込みのような空洞から笛の音のように発音しヒダ状に走る皮膚機関ですべてを知る。
故に敏感な肉体を柔軟な強化外殻で覆い完全防御するに至った。
僕はずっとバイオタンクを叩いていた、まだまだ胃ろう程度の処置をされた段階で、ホルマリンの標本みたいにされた段階で、風邪薬程度の粒にされた段階で、目に見えない程に最適化された段階で。
いつしか管理者は鎧を外した素手で培養タンクを撫で、打撃音に合わせて正確な音階を奏でていた。
僕はメディカルナノマシンになった「原始に帰れ」を打ち鳴らし続けた果てに。
ほぼ茜色に変色した桔梗人間が次々に培養タンクに入れられた、暖色系に傾ききると死滅する分かりやすい性質を持っていた。
一人分壊死した細胞を生き返らせ漸く管理者と意志疎通が叶った、どこも改造がされていない人体は管理者の家族だという。
『随分長い時間をかけて人を改造したみたいだが、言わば僕一人に患者の生命与奪を握らせたようなものだぞ?』
「そう言うお前も被験者5719016432人に行き渡る程分解拡散したのに記憶も理性もしっかりしているじゃないか、怒りがあれば口を利く前に全国民を乗っ取ったんじゃないか?」
『お前が医療目的で僕を産み出しておいて何て事を言うんだ』
『………それより地球、日本はどうなってる、両親は既に生きていないだろうがまだ「生きていないよ、サンプルを採るときに潰した」』
飛ぶ鳥の飛行を観察して飛行機を思い付くように発達する文明の有り様を彼等は持っていなかった。
軍事産業廃棄物と橙色の躯にまみれた母星に見いだすことが叶わず、それでいてサンプルを採るとき根こそぎ生命体を殺して回るのを何も不思議に思わない。
「この培養液すら由来がわからず何故他者から何かを奪って組み込むだけの実験を続けているのかすら疑問に抱けないんだ」
「僕が壊れたら複製してプログラムを実行してまた壊れたら複製して、暴れて僕の肉体のスペアがなくなるほど乱暴な検体も数多く造り出したけどお前は何だ?」
「僕の兄の体を食いつくし、再び自らの遺伝子を凍結させて返して寄越したのは何故だ」
一度すべての遺体を取り込んで死の間際から生命の始まりまで掌握してから、僕が死ねばそこに彼等は残った、酷い自己犠牲もあったものだ。
管理者が<5719016431人目の僕>がすべて死に最後の一人になった僕に問いかける、そんなの決まっている。
『僕がおかしいと思う間違いを正すと決めたからかな』
僕は我が儘だったんだ、救いようのないモノを救う程向こう見ずの。
結局地球人だった僕は一億年をかけて宇宙に散った、僕の欠片で誰かを癒す時にほんの僅かな因子を残して君になる。
有機物無機物問わず他者を取り込み好き勝手に遺伝情報を弄れるがそれでは管理者の二の舞だ、なりたいものに変えるだけじゃない。
人の精神と人格を備えた自立した生命としてある程度設定しなければ命をバトンタッチしても暴走する存在が生まれるだろう。
僕は人として死んでいない、望まれれば発症することによっていつでもその生命体から地球人の僕に戻れる。
忘れた頃にあの桔梗色の人達の音色のような囁きを聴きたくてふらっと再生の星に生まれてみたりする。
つい最近、地球と思われる星を再生したんだ、もう何度目か解らない星の再生をしたんだ、郷愁の欠片があればそこがそうだと思うものだろう?。
今も僕は生きている、いくつもの生命の培養タンクの中で生まれ続ける何億年経とうといつまでも。