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お祭りとお別れ 9

 飛鳥となら付き合っていい、なんて。

 昴はそれでいいの、と尋ねると彼女はこう答えた。

「良くありません」

 本音を言えば複雑だ。はるかを自分だけのものにできないのは悔しい。

「でも、そう決めたんです。……飛鳥さんといてくだされば、はるかが他の方に惹かれることもないでしょうし。だから、飛鳥さんと二人で待っていてください」

「昴……」


 飛鳥と二人で未来を待つ。もう一度、三人で遠慮なく笑いあえる日を。

 それはきっと、とても素敵なことだろうと思う。

 けれどそんなにうまくいくだろうか。

「はるかはそれじゃ嫌?」

「ううん、そんなことない。でも私、きっと……飛鳥ちゃんを一番に考えてあげられない」

 付き合っている相手が他の誰かを想っている、なんて嫌なはずだ。

 なのに昴のいない間、飛鳥の好意を受け止めるなんて、そんな都合のいいことをしていいのだろうか。

 すると飛鳥は少し考えて、はるかに尋ねてきた。


「はるかはあたしのこと好き?」

「好きだよ」

「じゃあ、それって『どんな好き』?」

(ああ。これ、あの時・・・の)

 以前、「わからない」としか答えられなかった問いの再現だと、すぐにわかった。

 遠い昔のような、たった半年前の出来事。

 今のはるかの気持ちは、もうあの時とは違う。


「友達としても、女の子としても。飛鳥ちゃんのこと、大好きだよ」

 口に出すのはやっぱり恥ずかしいけれど。

 飛鳥への想いはしっかりとはるかの胸の内にある。

 昴を選んだことに嘘も後悔もないけれど、飛鳥のことが嫌いだったわけじゃない。大切で、大好きな相手だから悩んで、苦しんで決めたのだ。

 簡単に割り切って、心から追い出せるようなものじゃない。


「なら、それでいいよ。今はあたしが一番じゃなくても、そのうちはるかを振り向かせてみせるから」

「……わかった。覚悟しておくね」

 昴の決意と飛鳥の覚悟、その重さを感じて、はるかはしっかりと頷いた。そこへ、昴がむっとした顔で口を挟む。

「飛鳥さんに、はるかの心までは渡しませんから。傍にいないからこそ、できることだってあるんですよ」

 会えない間にもっと綺麗で、素敵な女性になってみせますから。楽しみにしていてくださいね。

 と耳元で囁かれて、はるかはくらりと視界が揺らぐのを感じた。

(なんだろう、これ。どうしよう)

 どうやら、これからも恋の悩みは尽きそうにない。

 しかし、それを嫌だという気持ちは不思議と湧いてこなかった。


―――


 日曜日の午後。1-Aの教室では有志による劇の練習が続く中、はるかと昴はそれを中座し、話し合いの場へ向かった。

「では、答えを聞かせてもらおうか」

 応接室に集まったのは前回と同じメンバーだった。テーブルを挟んで向かい合った昴の父も、様子は一週間前と変わらない。

しかし、迷いが無くなった今となってはあまりプレッシャーは感じなかった。

 はるかは昴と軽く目配せしあうと、はっきり告げる。

「昴とは別れます」

 すると成り行きを見守っていた校長と、そして真穂が反応を見せた。意外そうにはるか達の方へ視線を送ってくる。


 一方、昴の父は対照的に何の感慨も覗かせなかった。

「そうか」

 淡々とそう言って頷いた、ただそれだけだった。予想していた通りだから特に感想も、要求もないということか。嫌な感じだ。

 ただ、はるか達も単にこれで話を終わらせるつもりはなかったが。

「ただし、私ははるかのことを諦めません。交際は解消しますが、この想いまで捨てるつもりはありません」

「……どういうことだ?」

 続けて昴が静かに告げると、今度はさすがに反応があった。眉を顰めて問い返してくる。


「言葉通りです。はるかへの気持ちまでは変えられませんから、この学校にいたら間違い・・・が起こる可能性は否定できません。それがお気に障るのでしたら私を転校させるのをお勧めします」

 関係を解消しても同じ学校にいる限り、二人が触れ合う機会はいくらでもある。その気になればキスや、その先の行為だって可能だ。

 もちろん、そんな事をすればすぐ察知され、強制的な措置を取られるだろうが。

 ――いくら事後に対処しようと「起こってしまった出来事」は消せない。

 そうなるのが嫌なら今のうちに転校させろ、という一種の脅しだった。


「でも、それじゃあ意味が……」

 真穂が異議を唱えようと口を開いたが、視線で「大丈夫だ」と伝えると彼女は渋々ながら言葉を止めてくれた。

 そこで昴の父がため息をつく。

「お前から言い出すとは思わなかったが……ならば、そうするとしよう」

「どうぞお好きに。ただし、手続きは早めに行うことをお勧めします」

 でないとその間に何が起こるかわからないぞ、と。そんな意味を込めて。

 仏頂面の父に対し昴は微笑を浮かべて答える。そんな彼女を真穂や校長は唖然とした顔で見つめていた。


「……ならば、お前を清華学園の本校へ転校させる。分校に通うのは文化祭までだ。それが終わったら一度、家に戻って準備をし、あらためて本校の寮に入りなさい」

でしょうね・・・・・。わかりました、それで構いません」

 昴が頷くと、校長が「では、そのように手続きを進めます」と締めくくった。

(たぶん、転校の手続きはある程度進んでたんだと思う)

 分校から本校への転校であれば、同じグループである分、手続きにも融通が利く。例えば他の学校へ転校するより早く済むだろうし、「必要になった時のために」分校側の準備が既に行われていても不自然ではない。

 はるか達の交渉、というか脅しはそれを利用したものだった。転校先が本校なら会いに行きやすいし電波も届く。はるか達にとっても都合がいいのだ。だから手続きを急がせるように話を誘導した。

 まあ、スマートフォン自体を取り上げられたり、寮でも監視付きで休日も外出不可、なんて事になったらお手上げなのだが。


『そこまで娘が信用できないのか、とでも言って譲歩させます。形としては、私達はかなり素直に言う事を聞いているんですから』

 事前に相談した際、昴は力強く約束してくれた。その交渉は親子間、昴と父の二人だけで行われるだろうから、はるかは同席できないが。

(きっとうまくいく、って信じてるから)

 もし昴と連絡がつかない状況になったら、こちらから訪ねていってもいい。あるいは、真琴や奈々子に頼んで伝言してもらうことだってできる。


「正直、私はあんまり納得いかないけど……二人はそれで満足してるみたいだし、あれこれ言わないでおくね」

 話し合いの後、詳しい話を詰めるという大人達を残して、はるかは昴と一緒に応接室を出る。真穂が応接室の入り口まで見送りに出て、中の様子を気にしつつもそっと囁いてくれた。

 本校あそこは良い学校だしね、と微笑む彼女に、はるかは一つの疑問を投げかけた。

「乃木坂先生は、私達のこと反対しないんですか……?」

「まあ……本当はそうするべきなのかもしれないけど。小鳥遊さんに不純な交遊をする度胸があるとは思わないし。なら、反対する理由もないかなって」

「あはは……ありがとうございます」

 ある意味、信用(?)されていたらしい。


 事の顛末について、由貴と圭一には月曜日の放課後に報告した。本当はもっと早く話したかったが、文化祭の準備などで忙しくて暇がなかったのだ。由貴だけなら女子寮で顔を合わせる機会もあったのだが。

「二人に併せて報告した方がいいと思います。それに……彼女達は少しくらい待たせるくらいで丁度いいです」

 昴がそう主張したのもあって、話し合いが終わった翌日、それも『ノワール』が閉店する間際という時間まで伸び伸びになってしまった。

 久しぶりの店内で昴の転校について話すと、さすがの二人も沈痛な表情を浮かべた。

「そう、か……。寂しくなるな」

「しかも、ずいぶん急な話ですね。昴、心残りはありませんか?」

「ええ、大丈夫です。あと数日で心残りは全て無くしていきますから」

 文化祭は今週の土日に開催される。つまり昴が分校にいられるのは本当にあと数日でしかない。劇の練習に時間を取られることを考えると、時間は僅かだ。


「昴。やり残したことで、私にも手伝えることはないかな?」

 そう思ったはるかは、寮への帰り道で昴に尋ねてみた。すると彼女は微笑んで答えてくれる。

「ありがとうございます。――では、手伝っていただけますか?」

「うん。何でも言って」

 できる限り昴の力になってあげたいし、そうすれば自然に昴と一緒にいられる。

「あと数日、私と一緒にいてください。はるかと、この学校で過ごした思い出をもっと沢山、私にください」

「あ……」

 残された時間で昴が望んだのは、はるかと共に過ごすことだった。


「一緒に食事をして、登校して、劇の練習をして。そうやって、できるだけ私の傍にいてください」

 今までやってきたのと大差ない、けれどほんの少しだけ特別な日常。

 大切な人と過ごす大切な時間が欲しい、と。

(そんなの、言われるまでもないよ)

 もちろん、はるかだって同じ気持ちだ。

「そうだね。それくらいは許してもらわないと」

 昨日、はるか達は昴の父に「別れる」と告げた。具体的にどの時点で、とまでは約束しなかったが、素直に考えればもう不用意な行動は慎んだ方がいいだろう。しかし気持ちはそう簡単に割り切れない。お別れまで少しでも多く、楽しい思い出が欲しいと思うのは当然だ。

 それに、昴とは「友達」だった頃から一緒のベッドで眠ったりしていたのだ。今更ちょっと仲良くしたくらいで、咎められる謂われもない。

(咎められたら、胸を張って「友達と仲良くしてるだけ」って言えばいいよね)

 そんな風に、自分達に言い訳をして。はるかは、昴と寮まで手を繋いで帰った。


―――


 文化祭を週末に控えた校内は、年に一度のお祭りに向けて日に日に活気づいていた。

 校門付近では来場者を迎えるアーチの設営が進み、休み時間や放課後には校舎のあちこちで準備に励む生徒を見かけた。下校時刻を過ぎた後、寮に戻って作業する者もいる。

 体育祭等、学校を挙げてのイベントは他にもあるが、やはり文化祭は生徒達の感情移入の度合いが違うようだ。決められたプログラムをなぞるのではなく、自分達で作り上げる「お祭り」だからだろうか。

 はるか達1-Aもその例に漏れず、急ピッチで準備を進めていた。

 メインキャストが練習に励む中、端役や裏方を務める生徒達が舞台装置や衣装を作る。


「ジュリエットのドレスは結構気合い入れてみたよー」

 仮縫いでの衣装合わせの際、見せてもらったドレスは、クラスメートの言葉通りとても良い出来だった。白を基調に薄いブルーをあしらったデザインで、担当者いわく清楚さを強調してみたとのこと。

「うん、すごい。素敵なドレスだね」

(私、これ裏方じゃなくて良かったかも……)

 と、裁縫が苦手なはるかが思ってしまうくらい、立派なドレスだった。生地はそんなに多く使ってないし、フリルの類も控えめだけれど、色味も手伝ってウェディングドレスっぽさもある。

「あ、わかる? ちょっと狙ってみたんだ」

「小鳥遊さんが着たら絶対似合うと思うんだよね」

「あ、ありがとう、みんな」

 皆の期待が大きくて少しばかり気後れするが、実際に衣装を見ると劇への意気込みも湧いてくる。


(ウェディングドレスかあ……)

 間違いなく、女の子にとって夢の衣装の一つだと思う。はるかが本物を着る機会は訪れないだろうから、たとえ偽物でも着られるのは嬉しく感じる。

「ロミオの方はタキシード風だよ」

 その声にふと昴の方を振り返ると、彼女もまた衣装合わせの最中だった。白いシャツに黒のジャケットと、確かにタキシードっぽく見える。動きやすいようタイトさが抑え目になっているらしく、昴の膨らみが良く見えてしまう事に担当の子が頭を抱えていた。

 その様子を苦笑いで見守っていた昴が、顔を上げてはるかの方を見た。


(私、昴とこのドレスを着て向かいあうんだ)

 目が合ったことで、あらためて思った。

 そもそもロミオとジュリエット自体が恋の物語だ。対立しあう家の子息と令嬢が互いに一目惚れし、周囲の反発を押し切って結婚しようとする。しかし、誓いは果たされないままロミオは死に、ジュリエットもまた後を追ってこの世を去る。

 ――想い人の亡骸に口づけをした後、彼の短剣で胸を貫いて。

結婚しあうはずだった男女の、悲しいキス。それを考えると、ドレスの色に白が選ばれたことにも意味がある気がする。


(昴と、キス)

 フリだけで、実際に唇を合わせなくても良い事になっているけれど。

 当日それ・・を演じることを考えると、胸を奥きゅっと締まる。切なさと幸福感で息苦しくなってくる。

「よし。じゃあもう少し調整したり、手を加えてみるね。もっと良い仕上がりになるように」

「……うん。皆、本当にありがとう」

 思わずそのままお礼を言ったのが良くなかったか。衣装合わせに付き合ってくれていたクラスメート達は皆一様に顔を逸らしてしまった。顔を赤くして「私もロミオに立候補すればよかったかも」などと呟いている子もいたが。

 その時のはるかは胸がいっぱいで、周りのことまで気にしている余裕はなかった。

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