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お祭りとお別れ 6

 今日のライブを終えて控え室に戻った途端、全身に疲れがやってくる。

 公演中や関係者との会話中は平気なのに、一度「終わった」と意識するとすぐこれだ。何年もこの仕事をしているが未だに慣れないし、きっと今後もそうだろう。

「みーちゃん、今日はお家に帰るの?」

 衣装から私服に着替え、舞台用の化粧を落とし終えた頃。同じく帰り支度をしていた相方――藤枝詩香がのほほんと言ってきた。同じだけの仕事をこなしているはずなのに、あまり疲れが見えないのは基礎体力の違いか気の持ちようか。

(どっちにしても羨ましいなぁ)

 などと思いつつ、深空は答えた。


「んー……そんな気力ないから泊まってく」

「りょうかいー」

 泊まらせてという依頼の形すら成していない深空の言葉を、相方は二つ返事で了承してくれる。

 深空の実家はやや郊外にあるため、仕事場からだと詩香が一人暮らしをしているマンションの方が大抵近い。そのため疲れている時は彼女の家に泊まることが多かった。

 あまりに頻度が多いため、関係者の中には二人がルームシェアしていると思っている人もいるらしいが、実際は違うのだ。まあ、似たようなものなのは事実だけど。

「じゃあご飯食べて帰ろっか。どこがいい?」

「牛丼かファミレスの気分かなー」

「おっけー。安上がりでいいね」

 出る前にお手洗いに行ってくるという詩香を見送り、椅子に腰かけて待つ。と、マナーモードにしていたスマホがバッグの中で震えた。


(誰だろ。ここから仕事とか打ち合わせは勘弁して欲しいんだけど)

 思いつつディスプレイ表示を確認すると、発信者ははるかだった。ひょっとして告白の件の報告だろうか。今更連絡が来るってことは駄目だったのか。

「もしもし、はるか?」

『あ、お姉ちゃん。……今、電話大丈夫?』

「ちょうど終わったところだから平気。どうしたの?」

『うん。ちょっと相談があって』

 そう言うとはるかは口ごもる。この様子だと悩み事か。そしてタイミング的に内容は十中八九、恋愛関連な気がする。

「告白、うまくいかなかったとか?」

『え。ううん、違うよ。昴とは……その、お付き合いして貰えることになったから』

 昴というのはあの髪の長いお嬢様だったか。

 へえ、と向こうに聞こえない程度の声で感嘆する。深空はもう一人の子の方がはるかとはお似合いだと思っていたので、ちょっと意外だったのだ。

(いや、でもあの子も可愛かったよね)

 高嶺の花的な意味で男子から憧れられそうなタイプ。はるかが相手だと二人とも大人しすぎる気がするのが心配だけど、見ていて微笑ましいカップルになりそうだ。

 結論、やっぱりどっちの子も捨てがたい。


「じゃあ、どうしたの? 何か悩んでることがあるんでしょ?」

『……うん。えっとね』

 そうしてはるかが話してくれたのは、深空の予想を超えた内容だった。

 二人の交際を聞きつけた向こうの父親が学校まで乗り込んできて、「娘を養えるだけの力がないなら別れろ。でなければ転校させる」と強権を発動させた。

 ……なにそれ。いつの時代の話?

「うわぁ……かなり厄介ね、それ」

 本人に説得される気は全くなく、提示された条件は果てしなく厳しい。たぶん半分くらいは諦めさせる口実なんじゃないだろうか。

 いっそ駆け落ちしちゃえば、と言いたくなるが実際はそれも難しい。生活にかかる費用は深空があげるなり貸してもいいが、問題は二人がまだ未成年だということ。相手の親に捜索願を出されるだけでお手上げになる。

 なら、本格的に逃げ隠れれば?

(学校も辞めて二人だけで? そんなこと、はるかにさせるくらいなら私が別れさせる)

 力になってあげたいが、これは深空には荷が重すぎる。


「……あ、待った。要するに稼げるあて、というか保証があればいいんでしょ? なら、なくもないけど」

「本当!?」

「うん」

 思いついたのは、深空だからこそ提案できる方法。

 前から頭の片隅にはあったが、こんな機会でもなければ口にしないプラン。

「はるか、アイドルやってみない?」

「……へ?」

 最愛の弟――この場合は妹? から返ってきたのは何とも間の抜けた声だった。


―――


「はーちゃんから電話だったの?」

「あ、うん。ちょっと相談に乗ってあげてて」

 話を終えて通話を切ると、いつの間に戻ってきていたのか、詩香が興味深そうに深空を見つめていた。図らずも長話になったため、逆に待たせてしまったらしい。

 とりあえず移動した方がいいか、と席を立とうとすると、後ろからぎゅっと抱き着かれた。

「ちょっと、って感じじゃなかったよ。みーちゃんがはーちゃんをアイドルに勧誘するなんて驚いちゃった」

「……結構ちゃんと聞かれてたんだ」

 まあ、詩香になら聞かれてまずい話ではない。というかきちんと話しておいた方があとあとスムーズに行くだろう。詳しい話は食べながら、ということでいったん離れてもらい、場所を移動した。

 ……さすがに牛丼屋でする話でもないので、夕食は詩香のマンションに帰ってからになったが。代わりに近くのピザ屋で持ち帰り用を買ってきたのでよしとする。


「っていうか、もともとは詩香が言いだしたんだよね」

 詩香は深空のことを「みーちゃん」で統一しているが、深空から詩香の呼び方は「しーちゃん」だったり「詩香」だったり安定しない。一応、前者が仕事向けで後者がプライベート向けだが、時々混ざることもある。

「そうだねー。お店で一緒に歌ったりして思ったんだよ。はーちゃんにもアイドルの才能があるんじゃないか、って」

 深空達の現在の肩書きは歌手だが、ちょっと前まではアイドルだった。詩香はアイドル時代からのユニット仲間であり、アイドルとしての引退を機に二人だけのグループを結成してからは大事な、かけがえのないパートナーになった。

 苦楽を共にしてきた相方の言葉だから、深空もよく覚えていたのだ。

 ただ、自分からはるかに提案するつもりはなかった。はるか自身にその気が無いようだったし、何より自分達が結構な苦労をしてきたから、同じ道を勧めるのは気が引けた。


「それが、どうして急に?」

「お金が必要なんだって」

「わ、生々しい話だねー……」

 現金があればいい、という話でない辺りもたちが悪い。

 そこで思い出したのだ。割と身近なところに転がっている「若者が大金をつかむ方法」を。

 もちろん売れれば・・・・という条件つきではあるし、売れるための努力も計り知れないものがあるが。しかし逆に一度ヒットしてしまえば、ある程度の「成功の保証」が生まれる。

 それに、はるかには「小鳥遊深空の妹」という切り札もある。売り込み方にもよるだろうが、欲しがる事務所はあるはずだ。


「あ、やっぱりってことになるんだね」

「あれ、しーちゃんは反対?」

「ううん。私もその方がいいと思う」

 もちろん本当は弟なのだが、売るならその方がいいだろう。男性のアイドルも存在するといっても門戸の広さでは女性アイドルに分があるし、何より女装したはるかは身内贔屓を抜きにしても可愛い。

 ……「弟」と公表したうえで女性アイドルとしてデビューするのもいっそアリかも?


「なんにしてもはるかの決心次第かな」

「まだ本決定じゃないんだ」

「そりゃね。本当にやるとなったら色々問題もあるし」

 例えば通学だ。本気でアイドルを目指すならレッスン等の都合で、今の学校に通うわけにはいかなくなる。

 それに、女性アイドルとしてデビューすれば恋愛も自由にはできなくなる。好きな子と付き合うために普通に恋する権利を失うのは本末転倒にも思える。

 それでもやるというのなら、全力で応援してやるつもりだが。


「みーちゃんって相変わらずシスコンだよねえ」

「正確にはブラコンね」

 一応訂正してやれば、詩香は「そーだっけ」と呟いた。どこまで本気なのかは知らないが。

「本当にやる時は教えてね。一緒に社長のところに言ってあげる」

「うちでデビューさせるの? ……まあ、その方が安心っちゃ安心だけど」

「でしょ?」

 と、ドヤ顔をする詩香。

(まったくもう。過保護なのはしーちゃんも変わらないんじゃないの)

 深空の家族だというのもあるだろうが、彼女もはるかの事を相当気に入っている。そうなったのは割と最近、具体的には夏休みにはるかと会ってからだと思うが。

 案外、本当にアイドルに向いてるのかも。

 だいぶ冷めてしまったピザをかじりつつ、深空は思った。


 *  *  *


「おおロミオ、あにゃたはどうしてロミ……」

 呂律が回らず大事な台詞を噛んでしまうと、誰かが小さく吹き出した。

 決して馬鹿にするような笑い方ではなかったが、それで読み合わせが一時中断してしまったことに、はるかはしゅんとする。

「ごめんなさい……」

「いいよ、気にしないで。このシーンの最初からやろうか」

 進行役を務める実行委員の子が言って、読み合わせが再開される。

 今度は同じ場面で詰まることは無かったが、違う台詞で噛んでしまい、またやり直し。

 結局、月曜日の初読みあわせで、はるかは十回以上ミスをした。


「小鳥遊さん、もしかして今日調子悪かった?」

「あ、うん……。体調は悪くないんだけど、うまくいかなくて。ごめんね」

 練習終了後、脇役の生徒から話しかけられ、目を伏せて謝る。するとその生徒は笑って首を振った。

「気にしないで。むしろ初日なのに、台本あんまり見なくても平気だったじゃない。これから練習すれば大丈夫だよ」

 それだけ言うと彼女は去っていく。それを見送ってから、はるかはそっと溜息をついた。

 練習で失敗を重ねたてしまったのは、集中力が欠けていたせいだ。どうしても頭の片隅で別の事を考えてしまって、そのせいでうまく喋れなかった。

 昨晩、電話で深空と話したことが尾を引いているのだ。


(このままじゃ駄目だよね)

 とにかく、気がかりなことは減らしていかないと。

「はるか」

 鞄を持った飛鳥達に声をかけられ、はるかは彼女達ににっこりと微笑んだ。

「それじゃ、帰ろう」

「ん」

「そうですね」

 二人は短く頷き、連れ立って教室、校舎を出る。既に結構遅くなっていたので『ノワール』には寄らず直帰する。


 寮へ戻ると三人一緒に部屋へ入った。

「これ以上待ちきれませんから」

 昴がそう言って、着替えに戻る時間を惜しんだからだ。

「さあ、はるか。話してください。昨日お姉様から何を聞いたのか」

 姉との電話は夜だったため、飛鳥と昴には詳しい話はまだだった。かといって朝も纏まった時間を取るのは難しいので、放課後まで待ってもらった。

 そのせいではるかは一日、集中できないまま過ごすことになったが。

 結果的に、姉の話を十分、一人で考えることもできた。

「うん。それじゃあ話すね」

 はるかは昴と飛鳥を見渡して、姉の話、そして自分の気持ちを説明した。


 結果は、あまり良くなかった。

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