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お祭りとお別れ 3

 火曜から金曜まで四日間の中間テストは恙なく終わった。本校行きなどで忙しく勉強時間は少なめだったが、手ごたえはあったので悪い点数は取らないだろう。

「昴と飛鳥ちゃんはどうだった?」

「結果はわかりませんが、全力は尽くしました」

「あたしも調子は良かったかな」

 つまり、ばっちりだったらしい。


 また、文化祭の方も進展があった。試験が終わりのホームルームで、文化祭実行委員から『ロミオとジュリエット』の台本が配られたのだ。担当の子が試験勉強の合間を縫って執筆や製本をしてくれたらしい。

「月曜日から練習を始めるので、休み中に読んでおいてください。間宮さんと小鳥遊さんは特にお願いします」

 更にはそんな指示もあって、名指しされたはるかとしては結構なプレッシャーだった。

「本当、私にヒロインなんてできるかなあ……」

 『ノワール』への道を昴達と歩きながら、思わずぼやく。


 ――はるかと昴が名指しされたのは別にいじめとかではなく、単に役の重要度の問題だ。

 文化祭の出し物については本校にいる間に話し合われたため、はるかは配役にも全く関与せず皆に任せっきりになっていたのだが、そうして後になって聞かされた配役はヒロイン役のジュリエットだった。

 何でもジュリエットは運命や家の決定に翻弄されるお嬢様だから、可憐で自己主張の控えめな体型をしたはるかがぴったりだ、とかなんとか。

(とりあえず、体型のことは放っておいて欲しい)

 あと、はるかが緊張に弱いのは皆も知っているだろうに。

「せめて飛鳥ちゃん達が反対してくれればなあ」

 決まってしまったものは仕方ない、と思いつつも少しだけ文句を言ってみると、

「ごめん、あたし達もちょっと見てみたくてさ。はるかのジュリエット」

 だから敢えて何も言わなかったらしい。

 そう言われると、あまり文句も言いづらい。はるかはふっと息を吐いて気持ちを切り替えることにした。


「ごめん、せっかく選ばれたんだから頑張らないとね」

 それに昴も一緒だし、と視線を横に向ければ、昴も深々と頷いてみせた。

「実を言えば、私も不安ですけれど。一緒に頑張りましょう」

 昴の役は主人公のロミオだ。ちなみに設定上の性別はそのままで、宝塚的なノリらしい。「両方女の子がやったら面白いんじゃない?」という意見からまず司が候補に挙がり、陸上部の手伝いを理由に彼女が辞退したため昴が選ばれたそうだ。

「でもさ、逆に良かったんじゃない? はるかが普通に男子と演じるよりはさ」

「そっか。それはそうかもね」

 順当に行けばそうなっていたところを、昴と演じられる。そう考えればこの配役で良かったと思える。

 他にも昴がジュリエットで相手が他の男子、とかもありえたわけだし。


「……まあ、私が相手じゃロミオ役の男の子も嬉しくなかっただろうしね」

 それこそ昴とか、もっと綺麗な子の方がいいだろう。何せはるかは女の子ですらないわけだし。

 と、飛鳥と昴が顔を見合わせて何やら微笑みあう。

「それがね、はるかは結構、男子からも人気あったんだよ」

「ジュリエット役に決まった時も、男性票は結構ありました」

「そうなの?」

 そう言われてもいまいちピンと来なかった。あまり積極的に関わらないようにしているから、男子がどういう気持ちで票を投じたのかも良くわからない。

「だってはるか、話しかけられたら丁寧に相手してくれるし」

「特定の男性と仲良くしている様子もありませんしね」

 それって、別に変わったことじゃないんじゃ?

 首を傾げてみたが、飛鳥達はそれ以上詳しい説明はしてくれなかった。

「はるかはそれでいいよ。はるかが男子に取られるのは嫌だし」

 ……男子と恋仲になる予定なんて全くないのだけれど、もしかして結構、本気で心配されていたりするのだろうか。


「こんにちはー」

 そんな話をしているうちに『ノワール』に到着した。由貴達に迎えられ衣装に着替えた後、来客を待つ間の話題はやはり文化祭のことになった。

「『ノワール』は通常営業なんですよね?」

「はい。特別な作業は簡単な飾りつけと、メニューの作成くらいだと思います」

 あとの違いは一般客も訪れることか。その分、来客数が増えるとなると、当日はかなり忙しくなるかもしれない。テーブルの数が限られているので、回らないことはないだろうが。

「私達、クラスの演劇に参加しなくちゃいけないんですけど、大丈夫でしょうか」

 公演は一日二回、計四回の予定だ。脇役や裏方は交代制だが、主役の二人は固定なので結構な時間を拘束されてしまう。その分、由貴と飛鳥の負担が大きくなってしまう。

「当日は僕も働くし、問題ないよ」

 鷹揚に答えたのは意外にも圭一だった。

「香坂先輩も?」

「さすがに文化祭となると、テーブルを占領しつづけるわけにもいかないだろう? 僕だって部員だからね、こういう時くらいは手伝うよ」

 由貴は、それでいいのだろうか。

 ちらりと様子を窺うと、彼女も微笑んで頷いた。

「お祭り事で仲間外れにする方が残酷だと思いますし。圭一様の意思を尊重します」

「ありがとうございます。香坂先輩、由貴先輩」

 そういうことなら『ノワール』の営業も問題なさそうだ。人手の問題で由貴達に演劇を見て貰えないのは残念だが仕方ない。


「……あの。私にもお手伝いさせて貰えませんか」

「昴?」

 そこで昴が口を開いた。由貴が少し驚いた顔で反応する。

「手伝うって、ここの営業を、ですか?」

「ええ。文化祭の間だけ臨時ということで」

(どうしたんだろう、昴)

 今までは部員になるのを嫌がっていたのに。人手が少ないのを見かねたのか、それとも他の理由だろうか。

 由貴がくすりと笑みをこぼした。

「はるかちゃんと一緒に働いてみたくなりましたか?」

 突然、名前を出されて身体がぴくりと震える。

 昴がどうするのかと思ったが、彼女は半ば肯定するような返事をした。

「いけませんか?」

(私の、ため?)

 嬉しさと気恥ずかしさで顔が赤くなる。見れば昴の頬にも朱がさしていた。

「いいえ。もちろん大歓迎ですよ。――良かったですね、はるかちゃん」

 更にはそう話を振られて、もうどうしたらいいのやら。

 じゃあ、昴用のネームプレートも用意しないとですね、と今後の算段を始める由貴を横目に、はるかは昴に話しかける。

「昴、本当にいいの?」

「ええ、文化祭の間だけですし。……ご迷惑でしたか?」

 後半を上目遣いで尋ねられ、慌てて首を振る。

「そんなことないよ。とっても嬉しい」

「良かった」

 ほっと息を吐いて微笑む昴の顔はとても可愛らしかった。


 それから皆で文化祭用のメニューについて話し合った。リストを作るにあたって候補を出し、その中から実際に提供する品を決めなくてはならない。

 これまでの経験ではるか達もレパートリーはだいぶ増えた。ある程度幅広く作れるようになっているが。

「なるべく調理に時間がかからないメニューがいいですよね」

「そうですね。紅茶やコーヒーはある程度ちゃんとしたものをお出ししたいので、その分料理は手間を省きたいです」

 客足が多くなることが前提なので出せる料理はある程度絞られた。パスタ系は麺を都度茹でると手間だし、ホットケーキも一度に多くを焼けないのがネック、珍しい食材を使うものはなし……といった具合だ。

 最終的に採用されたのは主にご飯系のメニューだ。カレーに肉じゃが、牛丼など、作り置きが可能な料理と、あとは一応パン系としてトーストを用意。お菓子系はクッキーとアイスクリームに決まる。

「せっかくなので値段もちょっと高めにしましょうか」

「普段が普段ですからね。いいと思います」

 むしろ紅茶一杯百円、おかわり無料という普段の料金だと逆に安すぎる。他の飲食系店舗のお客さんを軒並み奪ってしまいかねない。

(こっちは、本校あっちのメイド喫茶とはちょっと違う感じ)

 あちらは自分達がメイドさんを楽しむのも大きな目的、こちらはお客さんによろこんでもらうのがメイン。もちろんはるかはどちらも好きだ。


 合間にちらほらお客さんも来たので、メニューが大まかに決まる頃には店仕舞いの時間になっていた。なお、実際のメニュー作成は由貴が請け負ってくれるということだ。

「はるかちゃん達は放課後、お稽古があるんですよね?」

「はい。だからあまり来られなくなっちゃうと思うんですけど……」

「大丈夫ですよ。他の生徒も準備で忙しいでしょうし、こちらは久しぶりにのんびりできると思います」

 文化祭準備期間にのんびりする部活、っていうのもすごい話だ。

 片付けもあらかた終わった頃、不意に昴のスマートフォンが鳴った。彼女は画面を確認すると表情を強張らせた。

 それから顔を上げ、はるか達に告げる。


「すみません、皆さんは先に帰っていていただけますか?」

「……うん。わかった」

 おそらく何か大事な電話なのだろう。そう理解したはるかは、特に何も問わず頷いた。

 昴はぺこりと頭を下げ、荷物を持って『ノワール』を出て行く。

 入り口のドアが閉まった後、飛鳥が呟いた。

「なんだろ。はるかは知ってる?」

「ううん。きっと大事な用事なんだろうけど」

 詳しいことはわからない。昴は自分のことはあまり話したがらないので、家庭の事情や交友関係などは詳しく知らない。実家がお金持ちの古い家で、お父さんが厳しい人という程度の知識しかないのだ。

「お家の人からの電話、かな?」

 はるかの言葉に由貴がふっと微笑んだ。

「何かあれば後で話してくれると思いますよ。もし気になるようなら夕食にでも聞いてみるとか」

「そうですね」

 別に悪い話とも限らないし、とはるかは頷き、飛鳥と一緒に『ノワール』を出た。


 その日、昴は夕食の席に現れなかった。メールで様子を聞いてみると、電話が長引いたせいで間に合わなかった、と後で返信があった。


―――


 翌日の土曜日はテスト休みのため授業はなかった。はるかは飛鳥と一緒に午前中をまるまる使って劇の台本に目を通した。

 朝食にも昴は顔を出さず、ようやく会えたのは昼食の席だった。

「昨日はすみませんでした」

「ううん。昴こそ大丈夫だった?」

「はい。もう大丈夫です」

 昴は特に気落ちした様子もなく、そう言ってはるかに微笑んだ。念のためじっと顔色を窺ってみたが何も読み取れず、むしろ昴に赤面されてしまう始末だった。

「はるか、何やってんの?」

 飛鳥にもジト目で見られ、なんでもないと返すしかできなかった。

「ところで、お二人とも午後はお暇ですか?」

「?」

 昼食後は昴の提案で台本の読みあわせをした。午前中に内容を把握していたおかげで声に出しての読みあわせも捗り、自主練習としてはかなり充実した内容になった。

 夕方前に解散して、また夕食を一緒に摂った。

「昴、何事もなくて良かったね」

「そだね。良いニュースだったのかな、従姉妹に赤ちゃんが生まれたとか」


 しかし。

 翌日、はるかは自分達の認識が間違っていたと知ることになる。

 いつの間にかすぐ傍まで迫っていた新たな問題。

 それははるかと昴、そして飛鳥にとって非常に大きな転機となる出来事だった。

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