ロールプレイング・ハイスクール

お祭りとお別れ

お祭りとお別れ 2

区切りの問題でちょっと短めです。

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「はるかはさ、卒業したらどうするの？」

　寮への道中、飛鳥が不意にそんなことを尋ねてきた。

「どうしたの、突然？」

　首を傾げて尋ね返すと、飛鳥は「や、なんとなく」と答えた。そう言いつつ、何か意図はあるのだろうとは思うが、卒業してからどうするか言われるまま少し考えてみる。

「まだ先の話だからわからないけど……大学かな」

　今のところ就きたい仕事はないし、卒業してすぐ仕事に就ける自信もない。ならば大学でじっくり考えることになるだろう。学費など、両親にも相談しないといけないから、はっきりとしたことは言えないけれど。

（お姉ちゃんの場合は……参考にならないし）

　姉の深空は在学中から仕事をしていた。やりたいことやしたいことが明確にあって、そのうえ幸運も重なったレアケースだから容易に真似できない。

「じゃあ、清華の大学部？」

「かなあ。分校からだと上がりやすいだろうし」

　大学部は共学なので、入試にさえ受かれば今度こそ普通に入学できる。本校ほどの憧れはないけれど、姉の通っていた大学にも興味はあるし。

「飛鳥ちゃんは？」

「んー、あたしも一緒かなあ」

「そっか。また一緒だったら嬉しいな」

　飛鳥と、昴。みんなで通えたら一番いい。そうすれば、もし学部や学科が違っても顔を合わせたり、一緒に遊ぶ機会はたくさんあるはずだ。

　……あれ？　ちょっと待った。それって。

（私、元の姿で清華の大学部に行っていいのかな）

　特待生として演技を求められているのは高校の三年間だけだ。しかしこの分校や、本校で知り合った生徒達が多く進学する大学に、男子として通って大丈夫なのか。

　名前もそのまま、飛鳥や昴と仲良くしていたら、そんなの確実にバレる。

「……そっか。卒業したらどうするって、そういう意味だったんだ」

　部屋まで戻った後で飛鳥に確かめれば、曖昧な笑みが返ってくる。

「ちゃんと言ってくれればいいのに」

「ごめんね。はっきり言うと嫌味かお説教っぽくなりそうだったから」

　ああしろ、こうしろ、と言いつけるような形にはしたくなかったのだという。

　気にしなくていいのに、と思いつつ、はるかはあらためて考える。

　卒業後、戻るか戻らないか。「今の小鳥遊はるか」を続けるか。答えはすぐに出た。

「元に戻ると思う。それで清華の大学部に行けなくなるなら他の大学に行くよ」

「はるか……」

　飛鳥は一瞬目を見開くと、逆に細めて呟いた。そんな彼女にはるかは微笑んでみせる。

「せっかく昴にもわかってもらったんだから、そうしたい」

―――

　昨日。港ではるかが想いを伝えた後、昴は感極まったのか泣き出してしまった。

つられて泣きしそうになりながら飛鳥へ顔を向けると、彼女はどこか遠くを見るように顔を背けていた。その瞳に溜まった涙と、引き締められた唇を見て胸が痛んだ。

（ごめん、飛鳥ちゃん）

　出かかった言葉を飲みこみ、目を逸らす。今、話しかけられるのはきっと飛鳥にとっても望ましくないはずだ。なら。

　はるかは深呼吸をして、昴達をそっと促した。

「もっと静かな場所に行かない？」

　他人に邪魔されない静かな場所、となるとやはり『ノワール』に行きついた。店の椅子に落ち着く頃には二人の涙も収まっていた。

「すみません、取り乱してしまって。もう大丈夫です」

「良かった」

　ほっと息を吐いたはるかは、昴達に向けて告げる。

「実はね。私、二人にもう一つ聞いて欲しいことがあるんだ」

　二人の気持ちにどう応えるか。それを考えていた際に併せて決めたことだ。

「できれば……話の続きをする前に聞いて欲しくて」

　すると場の空気が引き締まる。まるで、はるかの緊張が伝染するように。

「大事なお話なんですね？」

「うん」

　昴の質問に頷いて答えた。

「乃木坂先生にも相談して、二人に話すことに決めた――とっても大事なこと」

　真穂には昨晩、電話で相談した。夜、しかも電話越しの話になってしまってとても申し訳なかったが、彼女は真剣にはるかの話を聞いてくれた。そしてはるかの希望を了承してくれた。

（今度、あらためてお礼を言わなくちゃ）

　と、飛鳥が物言いたげにはるかをじっと見ていた。

（うん。たぶん、飛鳥ちゃんの思ってる通りだよ）

「今からする話は、他の人には絶対内緒にしてね。……香坂先輩や、由貴先輩にも」

　そこまで言うと昴も意味を察したようだった。

「もしかしたら二人とも、もう気づいてるのかもしれないけど」

「……はるかさん、まさか」

「うん」

　すっと息を吸い込む。胸が締め付けられるようなプレッシャーを堪えながら、再び口を開いた。

「私は特待生。今まで、二人にずっと黙っていたことがあるんだ」

　恐らく、二人の受けた衝撃はかなり大きかっただろう。それは彼女達の表情が物語っていた。もちろん、飛鳥はとっくの昔に知っていることだし、昴も既に確信していたはずだが。

　しかし飛鳥も昴も、はるかが自分から話すとは思っていなかったのだろう。

（でも、ここで言わなくちゃ）

　これ以上、昴を騙し続けることはできない。もしかしたら、はるかの設定が別のものだったらその道も選べたかもしれないが。

　きちんと話して、それで昴から拒絶されるなら受け入れないといけない。

『わかった。でも、二人だけよ。それ以上は駄目だからね』

　真穂もはるかの判断には何も口を挟まなかった。ただ「特待生の協力者」という形で昴と飛鳥に事情を話すことを許可してくれた。

　本当は話すのは昴だけでもいいのだが。真穂も昴も「実は飛鳥にはとっくにバレている」ことを知らない。はるかの立場で飛鳥に事情を話さなければ不自然に映るだろうから、敢えてこういう形をとった。

「私の秘密、聞いてくれる？」

「………」

　はるかの問いに昴は躊躇を見せた。事情を理解した飛鳥は戸惑った表情で成り行きを窺っている。そして、

「はい。教えてください、はるかさん」

「……うん。あたしも聞きたい」

「ありがとう、二人とも」

　昴達にそっと微笑んで、用意していた品物を取り出す。

（もしかしたら、これが昴と仲良しでいられる最後になるのかな）

　思いながらその品、中学時代に撮った写真を二人に見せた。

「これが、本当の私」

　女装をしていない素のままの姿。

　きっと言葉で説明するより、この方が嘘じゃないと理解してもらいやすいだろうと思った。まさか「あの日」のように素肌を晒すわけにもいかないし。

「……ぇ」

　写真に目を落とした昴は数秒の間、言葉を失っていた。それから目が丸く見開かれ、ゆっくりと顔が上がる。

「はるかさんが、男性？」

　どうやら設定の内容までは予想していなかったらしい。呆然とした呟きが昴の唇から漏れるのを見て更に胸が痛んだ。

　顔を逸らしたい。けれど、ここで逃げるわけにはいかない。

「……うん。黙っていて、騙していてごめんなさい」

　昴の肩がぴくりと動いた。揺らぐ瞳がじっとはるかを見つめる。

「騙す……嘘、だったんですか？　今までのことも、告白してくださったのも」

「ううん、違う！　黙ってたのは設定のことだけ！」

　背筋が寒くなって、はるかは思わず大きな声を出していた。立ち上がった拍子に椅子ががたん、と音を立てる。

　当然だ。こんな大事なことを隠していたんだから、そこまで疑われても仕方ない。

　でも信じて欲しい。

　堪えきれなくなって、はるかは俯いてしまう。途端に瞳から涙が溢れてくる。

　と、そこにくすりと笑う声が聞こえた。

「ごめんなさい、困らせてしまって」

　立ち上がった昴が傍に歩いてきて、はるかの頬に手を添える。柔らかな手が顔をそっと持ち上げ、潤んだ瞳に至近距離から射抜かれた。

「そんな特待生も……はるかさんみたいな男性もいるんですね。私の周りには貴方のような男性はいませんでしたから、びっくりしました」

「昴……」

「不束者ですが、末永くよろしくお願いします、はるかさん」

　暖かな微笑みと共に、昴は先程の告白に対する返事を口にしてくれた。

　とくん、と胸が高鳴る。

　手の感触、匂い、声――今まで以上に昴のことが気になってたまらない。

　はるかは、そのまま昴とじっと見つめ合って――。

　ジト目で二人を見る飛鳥の存在を思い出すまでには、しばらく間があった。

　それからも三人で、あるいは昴と二人だけで色々な話をして、今に至る。

―――

「でも、はるか達が普通にいちゃいちゃできるのはあと二年以上お預けかあ……」

「あはは。まあ、学校がある時は無理だけど、長いお休みならチャンスもあるし」

　一番近いのは冬休みになるだろうか。昴の家は年末年始が忙しいらしいのでまだ未定だが、クリスマスか年越しは一緒に過ごせたらいいと思っている。

「あんまり焦らなくても、ゆっくりでいいかなって」

「そうだね。その方がはるかと昴らしいかも」

　そう言って飛鳥は笑う。腰かけた椅子に彼女が背を預けると、軽くきしむ音がした。

　飛鳥は既にいつも通りだ。当初はショックを受けた様子だったが、今はもう動揺している様子はない。それどころかはるか達のことを応援までしてくれている。

　本当に、いくら感謝してもしきれない。

　そして同時に申し訳なくも思う。彼女の気持ちに応えられなかったことを。

　だからこそ、昴のことを大切にしたい。はるかにできるのはそれくらいだから。

「受験で楽するためにも、今晩はテスト勉強しないとね」

「うん。あー、でも、あたしは早めに寝るかも。今日はほんとに眠くて」

「体調を整えるのも重要だもんね」

　飛鳥の悲鳴にくすりと笑う。

（そう。頑張る方法だって色々あるよね）

　ただ真っ直ぐに突き進むのが近道にならないことだってある。

　ゆっくり、一歩ずつ。道を探しながら進むのだって一つの方法だ。

　幸い時間はたっぷりあるのだから、自分のペースで前に進んでいこう。

「夕飯食べて、お風呂に入るまでは寝ないでね、飛鳥ちゃん」

「ん……頑張る」