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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
憧れの場所と、やってきた少女
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憧れの場所と、やってきた少女 12

 日曜日の朝は真穂と一緒に朝食を摂った。

 深い皿にご飯を敷いて残り物のシチューをかけ、チーズを載せてオーブントースターで加熱すると即席のドリアになる。家で母が作ってくれたのを思いだして試してみたのだが、幸い真穂にも好評だった。

「美味しい。私、シチューでご飯は食べられない派なんだけどな」

「ありがとうございます。簡単ですけど、これだけで結構別物ですよね」

 ちなみにはるかの家では、シチューは普通にご飯のおかずだ。はるかがパン食に憧れる理由の一旦は家庭環境の反動にあるのだ。

 食事の後は洗い物を済ませてから、真穂の家を後にする。そこまでしなくていいと言われたが、もともとはるかが勝手に作った料理だし、それくらいはさせてもらった。


「さて……」

 帰りの船まではまだ時間がある。

 はるかはスマートフォンを取り出すと、飛鳥にメールを送る。

『今から会えないかな』

 話すなら会って話したいので電話はしない。また、もしメールに気づかれないならそれでも良かった。一晩ぼんやりと考えてみたけれど、まだ何を話すべきかまとまったわけではないのだ。

 などと弱気に考えていると、飛鳥から返信があった。

『すぐ行くからノワールで待ってて』

『わかった』

 短く返信して歩き出す。指定された場所は少し意外だったが、落ち着いて話すにはちょうどいいかもしれない。鍵ならはるかが持っているし。


 『ノワール』に着いたのは、はるかが先だった。店の隅に荷物を置いた後、換気のために窓を開けていると飛鳥達がやってくる。

 ――達?

「昴に、妹尾さん達も?」

 やってきたのは飛鳥だけでなく昴に司、それから敷島も含めた四人だった。

「うん。せっかくだから皆も呼んでみたんだ」

 答えた飛鳥は苦笑めいた表情だった。その顔を見たはるかは、飛鳥が用件をだいたい察してくれていたのだと理解する。

 圭一と由貴がいないが、この面々は昨日、あの場に居合わせたメンバー。つまり飛鳥は昨日の出来事に関する話をするつもりなのだ。

「わかった。じゃあ、適当に座ろうか」


 はるかは頷いて、一同にそう促した。椅子を持ってきて一つのテーブルを囲むと、皆の視線が自然に飛鳥へ集まった。

 そんな中、飛鳥がゆっくりと口を開く。

「ここへ皆に集まってもらったのは他でもないんだ」

 いつにない神妙な口調に、昴が表情を強張らせる。はるかもまた、飛鳥がこれから語る内容が重要だと感じて静かに息を飲んだ。

 司達も同じなのか、全員が沈黙したまま続く言葉を待っていると。

「や。緊張に負けてボケたんだけど、誰か突っ込んでくれないかな」

 表情を崩した飛鳥が呟いて頬を掻いた。それを合図に場の空気は一気に弛緩する。昴が息を吐き、司が「何それ」と笑った。敷島は「突っ込んでよかったのか」と呟いていた。

 しかし、はるかは彼らに同調せず飛鳥を見つめた。茶化さないといられないくらい緊張していると考えると、彼女のプレッシャーは相当のはずだ。

 と、はるかの視線に気づいた飛鳥が小さく頷いてみせる。大丈夫だ、とでもいうように。


「もう想像ついてると思うんだけど、あのとき佐伯さんが最後に言ってたことについて話したくてさ」

「あの、根拠のない妄言ですね」

 即座に応じた昴の端的かつ辛辣な言葉に司が苦笑する。

「間宮さんは容赦ないなあ。……まあ実際、結構酷い言われようだったよね」

 ――ガチのレズか、それとも演技して人を騙してるのか。そんな人と一緒とかどう思います、小鳥遊さん? もし迫られたりしたら怖いですよね。

 昨日の騒動の最後、奈々子がはるかに告げたのはそんな台詞だった。簡単に言えば「飛鳥が同性愛者、あるいは特待生なのではないか」ということ。昴や司の言う通りそこに確かな根拠はなく、逆に明らかな悪意があった。状況から考えれば単なる暴言だと判断できる。

 しかし、はるかを含めた一同の表情は明るくない。それは皆が感じているからだろう。信じられない内容なのに「もしかしたら」という疑念が晴らしづらいと。

 性癖にしろ「特待生ではない」という事実にしろ、証明する手段はないのだ。


(……すごく、嫌だけど)

 はるかもまた、あの時、未だに奈々子に言われた事が引っ掛かったままだった。

 例えば、もし飛鳥が本当に特待生なのだとしたら。

 初めて会った日、はるかの事情を簡単に受け入れてくれたのも理解できる。自分も同じような境遇なのだから無碍には扱わないだろう。

 あるいは、飛鳥の恋愛対象が女の子に向いているのだとしたら。

 彼女が好意を寄せてくれているのはあくまで友情、あるいは、はるかが女の子として振る舞っているせいなのではないか。

 更に言うなら、特待生としての「演技」がはるかとの関係に関わっている可能性だって。

 なら。あの日、無防備な姿で交わした言葉と、感じた気持ちは本当に――。


 しようと思えば悪い想像はいくらでもできてしまう。そして否定しようとしたところで材料となるものは何もない。だから本人から否定して欲しかった。飛鳥が違うと言ってくれれば、それを信じることができるから。

「だね。まあ、あれデマだからさ。信じなくていいよ」

 果たして、飛鳥はあっけらかんとした口調で、聞きたかった言葉を口にしてくれた。

 はるかは他の皆と共にほっと胸を撫で下ろす。


「ただし、半分だけはね」

「……え?」

 意味がわからず、はるかは笑みを作ろうとして失敗する。

 半分だけ?

「飛鳥ちゃん、それってどういう……?」

「言った通りだよ。デマなのは半分だけ。もう半分は本当ってこと」

 飛鳥の瞳が真っ直ぐにはるかを見つめる。真剣な目だった。

 この後に決定的な言葉が待っている。そう感じたはるかは怖くなった。


(聞きたくない)

 聞いてしまったら、きっと何かが変わってしまう。

 自分と飛鳥、そして皆の関係が壊れてしまうかもしれない。

 でも、止めて欲しいとは言えない。

 目を逸らしたくなるのを必死に堪えながら、はるかは飛鳥の言葉を待つ。

 そして聞いた。


「あたしは、はるかが好き。だから佐伯さんが言ったのも半分は本当だよ」

 本当に思いもよらなかった言葉を。

 重くて、苦しい告白を覚悟していた胸に、全く違ったものが入り込んでくる。

 混乱して何も言えずにいると、飛鳥の頬がだんだん赤くなっていくのに気づいた。

(あ、え)


「つまり百合ってことか!」

「あんた、このタイミングでは自重しなさいよ」

 敷島と司が奇妙なコントを繰り広げていたが、それもあまり頭に入ってこない。

 好き。告白。赤くなった顔。

 それってつまり。

 思考が追いつくと同時に、胸の中に甘く切ない気持ちが広がる。頬も熱くなり、全身に際限なく熱が伝わっていく。

 くらり、と視界が揺れた。


「ごめんね、突然。でも、冗談とかじゃないよ。あたしの本当の気持ち」

 恥ずかしそうに目を伏せながら飛鳥が微笑む。

「妹尾さん達の時に告白、聞かせて貰っちゃったから。恥ずかしいけど、皆の前で言った方がいいかなって」

「そっか……」

 六月。昴が敷島に告白された件で、はるか達は敷島と司の告白を聞いている。その時の借りを返すため、あるいは敢えて同じプレッシャーを自分にかけるために皆を呼んだのか。「気にしなくて良かったけど」と司が笑った。

 司に微笑みを返した飛鳥が、再度はるかの方を向く。

 ぎゅっと胸が締め付けられる。

 ――いつか、きちんと飛鳥に告白されたら。

 かつて思った「いつか」が今、来たのだと実感する。


「飛鳥ちゃん、私……」

 半分は本当、と飛鳥は言った。しかしあの言葉は嘘だ。本当は飛鳥とはるかは異性なのだから、女の子同士の恋愛にはならない。

 ただそれは皆に言えないから、嘘をついた。そうまでして告白してくれた。

 彼女の気持ちに、自分はどう答えればいいだろう。

(私は、飛鳥ちゃんの気持ちを受け止められるだろうか)


「待ってください」

 巡る思考を声が遮った。振り返れば、昴がはるか達を見つめていた。

(昴……?)

 はるかが疑問を頭に浮かべていると、飛鳥はふっと軽く息を吐いて微笑む。彼女には昴の意図がわかっているのだろうか。

「飛鳥さん、ごめんなさい。私にも言わせてください」

「ううん。いいよ、もちろん」

 そんな言葉を交わした後、昴の瞳がはるかに向けられる。

「はるかさん。私は……私も、はるかさんのことが好きです。もし許して下さるなら、はるかさんとお付き合いしたいと思っています」

 潤んだ瞳からは冗談の色は読み取れない。

 当然だ。こんな場面で、昴が嘘や冗談を言うはずがない。

「昴が……私のことを?」

 以前、昴から「好きな人がいる」と聞いたことがあった。それが誰なのか、昴から教わってはいなかったけれど。


「あの時言ってた好きな人って」

「はるかさんのことですよ」

 恥ずかしそうに、昴がそっと答えてくれる。

(……え、と)

 はるかの頭は今度こそ真っ白になった。

 飛鳥と昴、可愛い二人の女の子から同時に告白された。こんな状況、碌な恋愛経験もないはるかにどうしろというのか。

 もちろん、二人が告白してくれたのは嬉しい。もうこれ以上ないくらいに。

 しかし、告白された以上は答えなければならない。それは裏返せば最低でも二人のどちらかの告白を断るということだ。

 受けるか受けないか。それだけの判断では済まされない。


「……っ」

 頭が上手く回らない。

 すぐに答えられないのが申し訳なくて、はるかは俯く。

 そんなはるかに、飛鳥は優しく微笑んでくれる。昴も同じような表情で頷いた。

「返事はすぐじゃなくていいよ。あたし達も心の準備がしたいし」

「帰ってきてからお返事を聞かせてください」

 二人の気遣いが嬉しかった。

 はるかは顔を上げて、飛鳥達に微笑んで見せる。

「ありがとう、二人とも。すぐに返事ができなくてごめんない。でも……すごく嬉しいよ」

 言い終った途端、はるかの目から涙が溢れてきた。全然悲しくはないのに。

 緊張が解けたことで感情が変な風に動いてしまったらしい。

(最近、涙腺が緩くなりすぎだよね)

 男らしくない……のは、仕方ないような気もするが。

「もう、泣かないでよ、はるか」

「私まで涙が出てきてしまいます」

 こぼれる涙に再び俯いたはるかを、立ち上がった飛鳥達がそっと抱きしめてくれた。


―――


 結局、涙はなかなか止まってくれなかった。

 顔に跡がついていないか気にしつつ港へ向かうと、見知った顔が荷物と共に立っているのを見かけた。

「佐伯さん」

 振り返った奈々子は、はるかを見ると顔を歪めた。

「……どうも」

 返事をする声も固い。無理はない。彼女から見ればはるか達こそが邪魔者、ペースを乱してくれた相手だろうから。

 しかしはるかは敵意を見せず、穏やかに奈々子へ尋ねる。

「佐伯さんも午前の船で帰るの?」

「ええ、まあ」

 真穂は数日中と言っていたが、案外早く戻ることになったらしい。単に自宅で休養を取るためかもしれないが。


「何かご用ですか?」

「あ、うん」

 つっけんどんな問いにも慌てない。奈々子としては用が無いなら話しかけるな、という意図で言ったのだろうが、実際用事はあったりする。

「佐伯さんに聞きたいことがあって」

 奈々子の行動については色々想像できるものの、真相はよくわからない。あれだけ引っ掻き回された割に、今はそこまで敵愾心が湧かないのはそれも理由かもしれない。

 もちろん、胸が安堵と幸福でいっぱいなせいもあるが。

 先程のやりとりを思いだしてついにやけると、不審なものを見る目をされた。

 それから奈々子はため息をついて、


「わかりました。どうせ時間もありますし、海の上じゃ逃げられませんから」

 憎まれ口たっぷりにそう口にした。

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