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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
憧れの場所と、やってきた少女
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憧れの場所と、やってきた少女 10

 圭一に由貴、昴、それからついでに司と敷島。飛鳥が皆の前でもう一度、事の顛末を説明する。そこへ、はるかや昴が情報をいくつか付け加えた。


 ――佐伯奈々子は分校に来て以来、別人のように明るく振る舞っている。また、色んな相手に質問を繰り返しており、何か情報を集めているようにも見える。

 ――奈々子は飛鳥に告白めいた言葉をかけ、飛鳥に挑発されると動揺した。特待生なのかと飛鳥に問いかけられた際も同じく反応を見せた。しかしその後、特待生について知らないかのような発言をし、飛鳥にキスしようとしてみせた。

 ――本校の教師である五十鈴によれば本校に特待生はいない。ただし奈々子は分校行きの前に特待生に関するレクチャーを受けており、知識は十分に備わっている。


「……こんなところかな」

「そうですね」

 圭一の確認に、飛鳥が頷く。

 と、はるか達のテーブルに椅子を近づけ、遠巻きに聞いていた敷島がぼやいた。


「で、佐伯さんって子は何が目的なんだ? それが良くわからん」

 その声に答える者はいなかった。というか、わかっていたら苦労はしていない。

 そこへ司がはあ、とため息をついて口を挟む。

「っていうか、ちゃんとした目的があるとも限らないんでしょ? ……いや、私も佐伯さんは変だと思うけど」

 身も蓋もないが、司の発言は正しい。しかし、それならそれで何かしたい。何の目的もなく騒ぎを起こされたらたまらないし、少なくとも虚言を吐いているのは事実なのだ。

 それにはるか個人としても、飛鳥に迫った件は見過ごせない。


(目的、かあ)

 何か推測や判断のための取っ掛かりがあればいいのだが。

 はるかが思考を巡らせていると、敷島がそういえば、と呟く。

「特待生で思いだしたけど、その子が他の一年と特待生の話をしてるのを見たな」

 ……え?


「修也、その時の様子ってどんな感じだった?」

「んー……普通だな。ちゃんと聞いてたわけじゃないけど、別に変なところはなかったと思う。あ、相手の子はちょっと困った雰囲気だった気もするけど」

「内緒話って感じじゃなかったんだ? 見たのは一回だけ?」

「ああ、一回だけ。特に内緒話って感じじゃyなかった」


 敷島の答えに、由貴が眉を顰めてため息をついた。

「それは……良くないですね」

「へ? 何かまずいんですか?」

 一方、敷島は今一良くわかっていない様子だった。首を傾げる彼に圭一が言う。

「特待生の話題は一種のタブーだからね。不特定多数に聞かれる場所で話題に上げるべきじゃない。入学した時にも説明されただろう?」

 特待生について詮索や公言をしないという原則は入学時に説明される他、生徒手帳にも記載されている。タブーとはいっても暗黙の了解ではなくルールだ。


「修也だって、普段、特待生のこと話さないでしょ?」

「ああ、そういやそうか」

 敷島もその辺りを完全に理解していないわけではないようだが、一般生徒の中にはいまいちピンときていない生徒もいるようだ。できる限り存在が秘匿されている弊害かもしれない。


「あれ。じゃあ、さっきの話で一ノ瀬さんが口に出してたのは?」

「あ、あの時はあたしも必死だったからつい。もちろん反省してるよ」

「なるほど」

 ぐっと言葉に詰まった飛鳥だが、何とか弁解できたようで敷島は頷いてくれた。

 もちろん、飛鳥の言動も褒められたものではない。彼女の場合は身近にはるかがいるせいで、タブー意識が若干薄く、今回のトラブルはそこにも原因があったといえる。


 ともあれ、もし奈々子が特待生の話を生徒内に広げているのなら問題だ。

「私、後で乃木坂先生にも話してみます」

「へ? はるか、先生と会う用事でもあるの?」

「うん。この後ね……」

 はるかが言い終らないうちに、店内に変化があった。入り口の扉が開き、私服姿の女生徒が入ってきたのだ。


「こんにちはー」

 振り返ったはるかは入ってきた少女の顔を見て息を飲んだ。そこにいたのは話題に上がっていた当の本人だった。

 奈々子は店内を見回すと、はるかを見て怪訝そうな顔をする。けれどそれは一瞬のことで、すぐに表情を戻すとゆっくり歩いてきた。


「初めまして。もしかして小鳥遊はるかさんですか?」

 柔らかな笑顔。普通なら気を緩めるところだろうが、はるかは逆に警戒を強めた。

 もし悪い子ではないとしても、飛鳥を傷つけた相手と無条件で仲良くできるわけがない。ただし気持ちとは裏腹に、顔では精一杯穏やかに微笑んでみせる。

「はい、そうです。あなたは佐伯奈々子さん、ですよね」

「あ、ご存じなんですね」

 嬉しそうに手を合わせる彼女からはふわりと良い香りがした。寮のソープ類とは違う香りだ。


 奈々子は飛鳥に軽く視線をやると口を開く。

「私、飛鳥ちゃんから話を聞いて、一度会ってみたいと思ってたんです。でも入れ違いだから多分会えないんだろうなって。会えて嬉しいです」

「ありがとうございます」

 短くお礼を返しながら、はるかは胸の奥から衝動的な感情が湧き上がってくるのを感じた。

(駄目だ。私、多分この子のことは好きになれない)

 飛鳥のことを名前で呼び、親しげな素振りを見せられたのが許せない。恋人同士でもないのに、嫉妬する権利もないだろうが。

 と、二人が見つめ合う中、飛鳥が口を開いた。


「佐伯さん。急に名前で呼ばれても困るんだけど」

 不機嫌を隠さない声色に、はるかは少し驚く。あの声が自分に向けられたらきっと辛いだろう。

 飛鳥に睨まれると、奈々子はしゅんと肩を落とした。

「あ……ごめんなさい。一ノ瀬さんとはあんなことがあったから、もう仲良しだと思っていいのかな、って」

 あんなこと、とはキスの一件だろう。それには飛鳥も表情を曇らせた。奈々子にキスを持ちかけたのは確かに彼女の落ち度だ。理由があったにせよ、軽々しく取るべき言動ではない。

 だから、飛鳥は深く頭を下げて奈々子に詫びる。


「あれは……ほんとにごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。無理なこと言って断るつもりで、まさか佐伯さんが本当にしようとするなんて思わなくて」

「そんな……。じゃあ、どうしたらいいですか? 私、なんでもします」

 すると奈々子は、飛鳥へ縋るような視線を送る。

 飛鳥は顔を上げて奈々子を見ると、一瞬すまなそうな表情を浮かべた後、はっきりと言った。

「ごめん。悪いけど、何をされても佐伯さんとは付き合えない」

「そんな……」


 数歩、よろめくように奈々子が後退する。彼女は首を振りながら涙に濡れた瞳で一同を見渡した。

 震える声が店内に響く。

「なら私、皆に言います。一ノ瀬さんから気を持たせてきたのに、一方的に振られたって」

 それはもはや脅迫だった。付き合えないなら復讐してやると言っているに等しい。

 もしそんな噂が広がれば、真偽はともかく飛鳥のイメージは傷つけられる。しかし奈々子自身はあと一週間で分校を去る身だ。おそらく、事態がどうなろうと大した問題はないだろう。陰湿で、不快なやり方だ。

 成り行きを窺っているのも、もう限界かもしれない。


「佐伯さん、酷いよ。どうしてそこまでするの?」

「小鳥遊さんには関係ないですよね」

 はるかが割って入ると、返ってきたのは冷たい声だった。

 振り向きもしないまま、横目で視線だけが送られてくる。気の強そうな瞳がはるかを鋭く睨みつける。

 敵意の込められた視線に怯みそうになるも、はるかは堪えた。


「関係あるよ。私は飛鳥ちゃんの友達だから。友達が傷つけられるのは見たくない」

 そう言って見つめ返すと、奈々子は目を丸くした後で薄く笑った。

「『飛鳥ちゃん』……ですか」

 なるほど、と頷くと飛鳥を見て笑みを深める。何を考えているのかはわからないが、嫌な予感がした。


「ねえ、小鳥遊さん。一ノ瀬さんって私に『キスして』って言ったんですよ。女の子同士なのに。気持ち悪いと思いません?」

「それは本気じゃなかったんでしょ?」

「あのタイミングでそんな冗談言うのも普通じゃないですよ。勘違いされたら大変じゃないですか。……もし本当にレズだったりするんなら別ですけど」

 今度は徹底的に飛鳥を貶めようとでも言うのだろうか。唇の端を吊り上げながら、憶測と私的意見を並べ立てていく。そこには聞いた者の印象を恣意的に操作する意図が見受けられた。


「佐伯さん……それ以上は」

 やめて、と言おうとしたが、奈々子ははるかの言葉を遮るように声量を上げる。

「あ、そういえばあの時、一ノ瀬さんは私に『特待生なのか』って聞いてきたんですよ。どこからそんなこと思い付いたんでしょうね? 身近にそういう特待生がいるとか? でも特待生の秘密って他人にばらしちゃいけないんですよね」

 何が言いたいのか。

 わからないが、悪意だけは伝わってくる。ほんの少し前の柔らかな笑顔が嘘のようだ。

(もう、いいから。黙って)

 ぎゅっと拳を握りしめる。もう、これを振り上げてしまおうか。

 けれど、はるかが心を決める前に。


「あれ、そうすると怖いですね。ガチのレズか、それとも演技して人を騙してるのか。そんな人と一緒とかどう思います、小鳥遊さん? もし迫られたりしたら怖いですよね」

 言葉が耳から流れ込んできて、はるかは動けなくなった。

 握った拳をゆっくり開く。聞いてしまった以上はもう、拳を上げても意味がない。

 今、自分はどんな顔をしているだろう。それと、飛鳥は? 飛鳥の方を向きたかったが、自分の顔を見られるのが嫌で止めた。

 代わりに俯く。すると奈々子の顔も見えなくなり、声だけが聞こえてくる。

「あれ、どうしました? 小鳥遊さ――」

「そこまでだ」


 声を共に、ぱんぱん、と手が打ち鳴らされた。どうやら、それまで黙っていた圭一が口を挟んだようだ。

 更には由貴の声も聞こえてくる。いつも通り――いや、いつもより少し冷たいか。

「はるかちゃん、乃木坂先生に連絡していただけますか? 多分、連絡先はわかりますよね?」

「……え。あ、はい」

 由貴の指示にぽかんと顔を上げてから、はるかはようやく意味を理解した。慌ててスマートフォンを取り出し、操作する。程なく真穂に電話が繋がり、奈々子に関するトラブルが発生したこと、すぐに来てほしいことなどを伝える。その間、聞こえてきたのはこんなやりとりだった。


「先生を呼んでどうするんですか?」

 奈々子が不思議そうに首を傾げる。

「話を聞いていただくんですよ。今のやり取りは十分に大人の判断を仰ぐに値します」

「今のはただの口喧嘩ですよ? 高校生にもなって先生に言い付けるような内容じゃないと思いますけど」

 由貴の物腰が丁寧なのをどう解釈したか、奈々子の挑発的な口調は覆らない。しかし由貴は声を荒げることもなく平然と続けた。


「特待生制度に関する原則を理解した上で、その話題を出したこと。また、他の生徒に対して根拠のない侮蔑を行ったこと。十分、監督役に報告するべき内容です。幸いやりとりはこの場の全員が聞いていましたので、証言にも困りません」

 ――特待生の秘密って他人にばらしちゃいけないんですよね。

 ――ガチのレズか、それとも演技して人を騙してるのか。そんな人と一緒とかどう思います、小鳥遊さん? もし迫られたりしたら怖いですよね。


 学校はただ知識を学ぶためだけの場所ではない。行きすぎた生徒間トラブルに学校側が介入するのは当然で、先程の奈々子の発言は重篤と判断して差支えのない内容だった。

 そこで奈々子はようやく表情を硬くした。

「……帰ります」

「逃げるんですか?」

 彼女が身を翻すと、そこへ追い打ちをかけるように口撃が飛んだ。すると奈々子は足を止め、ぐっと唇を噛んで押し黙る。

 真穂との通話が終わったのはこのタイミングだった。


「はるかちゃん、どうでした?」

「乃木坂先生はすぐに来てくれるそうです」

「ありがとうございます。じゃあ、後は待つだけですね」

 お茶の用意でもしましょうか、という由貴の明るい声を聞いて、はるかは気持ちが落ち着いていくのを感じた。ほっと胸を撫で下ろすと、司がそっと近づいてくる。


「小鳥遊さん、よく我慢したね。正直私も手が出そうになったんだよね」

「俺がやっても良かったけど」

「男が殴ったらさすがにまずいっての」

「あはは……ありがとう」

 息のあった会話で慰めてくれる司達に微笑んでお礼を言った。本当は我慢したんじゃなくて決心がつかなかっただけなのだが。


 そこで近くに別の気配を感じ、振り返ると飛鳥が立っていた。昴に肩を抱かれている。

「はるか……ごめん」

 部室棟の屋上で話す前より暗いのではないか、という表情で謝られ、胸がずきりと痛んだ。

(飛鳥ちゃんにこんな顔させちゃ駄目だ)

 はるかは努めて笑顔を作り、首を振ってみせる。

「ううん。飛鳥ちゃんが謝ることなんてないよ。それに先生が来てくれるから一安心だし」

「……うん」


 飛鳥は浮かない顔ながらも頷いてくれる。

 昴もまたはるか達のやりとりに微笑み、それからはるかに視線を送ってくる。

 ――大丈夫なのか。

 その問いかけをはるかは理解し、その上で目を逸らした。

 奈々子に言われた言葉の内容。それがどこに行きつくのか、必死にわからない振りをしているのを見透かされたようだったから。けれど、

 飛鳥が特待生。

 今まで考えもしなかったその可能性が、はるかの脳裏にしっかりと焼きついてしまっていた。

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