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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
憧れの場所と、やってきた少女
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憧れの場所と、やってきた少女 9

 特に何のイベントもない土曜の定期便は乗客の姿も少なかった。

 まばらな下船者と共に港へ降り立つと、はるかは軽く伸びをする。船での移動もここ数か月で少しずつ慣れてきた気がする。スマートフォンで時刻を確認すれば、昼過ぎ、というには少し遅いくらいの時間だ。この時間ならとっくに授業は終わっている。


(どうしようかな)

 昴には船内にいる間にメールを送ってある。返信によると彼女は飛鳥と共に『ノワール』へ行ったらしいが。

 その前に、職員室へ寄っておこうか。

 街を歩き、分校の校門をくぐってメインストリートを歩く。そのまま人気の少なくなっている校舎の中へ。

 職員室の前に辿り着くと、ちょうど入り口から生徒が一人出てくるところだった。


「失礼しました」

 落ち着いた声と共に顔を出した少女は、丁寧な手つきで扉を閉めるとこちらを振り向く。そこで目が合ったのでお互いに会釈をした。

 すれ違いざま、彼女の胸元に目が行く。制服に付いている校章は分校ではなく本校のものだ。そういえば、とはるかは真穂から見せて貰った写真を思い出した。


(あの子が佐伯奈々子さん)

 見た感じは礼儀正しい普通の子にしか見えなかった。とはいえ、人は見た目だけでは判断できない。

 もしかしたら彼女とも話す機会があるかもしれないがそれは後。

「失礼します」

 入り口で声をかけてから職員室に入った。中をそっと見回して真穂がいるのを確認する。

「乃木坂先生」

「え……小鳥遊さん? どうしてここにいるの?」

 近づいて名前を呼ぶと、真穂は顔を上げると目を丸くする。


「飛鳥ちゃん……一ノ瀬さんに会いに来たんです。最近、元気がないって聞いたので」

 そう答えると、苦笑交じりの笑みが返ってきた。

「なるほどね。……立場的には叱った方がいいんだろうけど、ありがとう。一ノ瀬さんの様子は私も少し気になってたから」

 もうしばらく様子を見て、続くようなら相談に乗るつもりだった、と真穂はこぼす。彼女も飛鳥のことを気にしてくれていたらしい。


「さっきまで佐伯さん……本校の子と話しててね。一ノ瀬さんのことも聞いたんだけど、彼女が気を落としてる理由まではわからないって」

「え……? 私は二人が喧嘩をしたって聞いたんですけど」

「それは本人から聞いたの?」

 真穂が眉を寄せて聞いてくる。はるかは首を振った。

「いいえ」

「なら、それだけじゃ判断できないかな」

「……そうですよね」


 一面的な情報だけでは認識にどうしても偏りが生じる。それが当事者以外からの伝聞なら猶更だ。例えば二人が喧嘩をしたのは事実だが、奈々子はそれを飛鳥が不機嫌な理由だとは考えていないとか、そんな可能性もある。

 ……本当に欠片も疑っていないとしたら結構な天然さんだが。


「とにかく、一ノ瀬さんに会って話してみます」

「うん。悪いけど、お願いね」

「はい」

 はるかはしっかりと頷くと微笑んだ。


「そういえば小鳥遊さん。今日は泊まるの? 宿泊場所の宛ては?」

「あ、はい。実は、それを相談したくて来たんです」

 船の問題があるので今日の宿泊は確定なのだが、泊まる場所については今一、どうするべきかわからなかったのだ。なので着いてから考えるつもりだった。

「たぶん、寮に泊まるのは難しいですよね? この島に旅館やホテルみたいな場所はあるんでしょうか?」

「つまりノープランなのね……」

 はあ、とため息をつかれた。


「最悪、野宿でもいいかなって思ってたんですけど」

「やめなさい。若い女子生徒がそんなことしたら大問題でしょ」

 挙げ句ジト目で見られ、なんだか申し訳ない気持ちになった。

 そういえばそうか。野宿とかそういう、自分が我慢すれば何とかなりそうな部分はまだ男子気分が抜けていないのかもしれない。何となく男の子ならスルーされそうな気もするし。

 となると、どうしよう。


 はるかが考えを巡らせていると、その間に真穂が口を開いた。

「寮の部屋を今から準備するのは難しいと思う。一晩くらいならどこかの部屋に泊めて貰えなくもないだろうけど、窮屈でしょう? ……だから、小鳥遊さんさえ良ければだけど」

 続けて真穂が提案してきたのは、はるかとしてはかなり意外な内容だった。


―――


 真穂との相談を終えたはるかは『ノワール』へ向かった。いつものように扉を開けて中に入ると、まず出迎えてくれたのは由貴だ。

「いらっしゃいませ。……あら、はるかちゃん。お帰りなさい」

「ただいまです、由貴先輩」

 一瞬驚いた後、普通に挨拶をしてくれる由貴に、はるかも微笑みを返す。案外驚かれなかったが、もしかして昴から既に聞いていたのだろうか。


 と思ったら、他の面々は割とびっくりしているようだった。

「……驚いたな。やあ、小鳥遊さん。一週間ぶりくらいかな?」

 圭一は口調こそ普段通りだが、表情には驚きが表れている。別テーブルに司と敷島が座っていたが、彼女達も目を丸くしている。当然、昴は当然ながら平然とした顔だったが。

「うわ、びっくりした」

「あれ、生徒交換は二週間だったよな?」

「明日は日曜日だから、ちょっとだけ帰ってきちゃいました」

 彼らに笑顔を向けた後、はるかは店内にいる最後の一人を振り返る。


「はるか……」

 飛鳥は信じられないといった顔ではるかを見ていた。表情はいつもより暗く、消沈した様子が伝わってくる。

「飛鳥ちゃん」

 名前を呼び、ゆっくりと店内を歩いていくと飛鳥はぴくりと身を震わせる。気にせず、はるかはすぐ傍まで歩くと立ち止まり、荷物を置いて屈みこんだ。椅子に座っている飛鳥と目線を合わせる。


「飛鳥ちゃん、何があったの?」

「っ」

 すると飛鳥は答えずに目を逸らした。拒絶の反応に胸がちくりと痛む。

(本当に何があったの、飛鳥ちゃん)

 彼女がこんな風になるなんてよっぽどのことだ。しかも昴やはるか、他に誰にも話したくないというのだから。

 何が何でも聞き出さないといけない。

 はるかはあまりこういう場面には慣れていないのだが、どうするべきか。

 こんな時、例えば姉ならどうするだろうか。そう考えると一つの情景が浮かぶ。男が女の子にしていい行為かちょっと不安だけれど。


「飛鳥ちゃん」

 再び名前を呼ぶと彼女の手を引いて振り向かせる。

 そのうえで、はるかは飛鳥の身体をそっと抱きしめた。

 柔らかさと細さが胸や腕の感触から伝わってくる。


「……はるか?」

 顔を上げた飛鳥に、はるかは至近距離からそっと囁いた。

「何があったか教えてくれるまで、私は帰らないからね」

 そう言って見つめると、飛鳥の瞳に涙が浮かんだ。


「……わかった」

 俯くようにして頷いた飛鳥の手を引いて二人で立ち上がる。

 それから、呆気に取られたような顔と、やけに楽しそうな顔――それぞれに見守ってくれていた皆に声をかけた。

「すみません。ちょっと飛鳥ちゃんを借りていきますね」

「はい。どうぞごゆっくり」

 全員を代表して由貴が頷いてくれる。


「ありがとうございます」

 由貴にお礼を言ってから昴を見ると、彼女は微笑んで首を振った。

 ――昴も一緒に行く?

 ――いえ、ここはお二人だけで。

 無言のまま会話を交わし、昴の気づかいに感謝の視線を送りつつ『ノワール』を出る。


「部室棟の屋上って使えるのかな」

 試しに行ってみれば案の定、扉は開いた。利用者も居ない。雰囲気は学校や寮の屋上と大差はない。床はアスファルトが剥き出しで、四方は金属製の柵で覆われている。どこかに座れれば一番いいのだが、ここではスカートが汚れてしまいそうだ。

 屋上の端まで歩くと、そこから周囲の景色を一望できた。あらためて見ても分校の敷地はやはり広い。本校を見た後だから余計にそう思う。


「まさか、ここまで来るなんて思わなかったよ」

 それまで黙っていた飛鳥がぽつりと呟いた。

「ごめんね。思いついたらそうしないと居られなくなって」

「ううん。……嬉しかった」

 隣を振り返ると、飛鳥の耳が赤く染まっているのが見えた。なんだか恥ずかしくなって、はるかはすぐに視線を戻す。


「あたしも、ごめん。先に謝らせて。……軽い気持ちで動きすぎちゃった」

「いいよ。……私も、先に返事をしておくね」

 そう答えると飛鳥がくすりと笑みをこぼした。


「それじゃあ、話すね。あたしと佐伯さんの間にあったこと」

 奈々子と会って、最初は礼儀正しい可愛い子だと思った。しかし飛鳥や昴、クラスメートから『ノワール』の面々まで多くの人に質問を投げ、時に相手の気持ちを無視するような態度に違和感があった。

 そんな中、はるかが送ったメールから奈々子の本校での生活を知る。本校と分校での様子の違いから不審を強めると、そこへ奈々子から告白まがいの誘惑を受けた。


 あまりに唐突な行動、その真意を確かめようとキスを迫ると、奈々子は確かに動揺した。飛鳥は奈々子の行動を演技だと判断し、彼女の言動を特待生と重ねあわせた。

 しかし「特待生なのか」と問い詰められた奈々子は「特待生って何ですか?」と白を切り、更にはそのタイミングで突然、自分から唇を近づけてきて、驚いた飛鳥は奈々子の接近を許してしまった。


「……最初にキスしようって言った時に嫌がられなかったら『冗談だ』って誤魔化すつもりだったのに。あそこでいきなり迫られるなんて思わなくて」

 深くて重いため息が聞こえてくる。

 ――飛鳥は奈々子が唇を近づけるまで反応できなかった。それはつまり。


「佐伯さんとキス、したの?」

 飛鳥と奈々子が唇を合わせている姿が脳裏に浮かぶ。すると何故だか胸が強く痛んだ。

(私、嫉妬してるんだ。佐伯さんに)

 昴と敷島が交際していた時にも感じたのと似た、あの時よりも強い感情が胸の中でざわめく。


「……してない、と思う。ギリギリであの子の頭を押さえたから。でも、本当にギリギリだったから、もしかしたら一瞬触れてたかも。触れたって言われたら反論できない」

 慌てて奈々子を引き剥がして「二度とするな」と強く言ったが、そもそもキスしろと言ったのは飛鳥自身だ。だから実力行使や教師に訴えるような行動は取れなかった。

 以降、飛鳥は奈々子に対して半ば無視を続けているが、奈々子の方はそれを気にしているのかいないのか、心配そうに何度も話しかけてくるのだという。


「なんだか佐伯さんに勝ち誇られてるみたいで。……はるかや昴にも申し訳なくて」

 飛鳥の声がだんだんとかすれ始めていた。

 今度こそはっきり振り返ると、飛鳥は殆ど俯くような状態で外の景色を見下ろしていた。


「飛鳥ちゃん」

 はるかの胸がきゅっと締め付けられる。先程とは少し違った痛みだ。

「いいよ。飛鳥ちゃんはキスなんてしたくなかったし、実際抵抗したんでしょ? ならキスもしてないし、佐伯さんに負けてもいない。それでいいよ」

 例え未遂でも、飛鳥が好きでもない相手とそういう風になりかけたのは嫌だ。その場面を想像するだけで平静ではいられなくなる。

 でも、気落ちしている飛鳥を責める気にはなれなかった。

 顔を上げた飛鳥を抱くと、やがてすすり泣くような声が聞こえてくる。

 はるかは飛鳥が泣き止むまで、彼女を抱きしめたまま屋上に佇んでいた。


―――


 次に顔を上げた時には、飛鳥はいつもの表情に戻っていた。

「落ち着いた?」

「うん、もう大丈夫。ごめんね、心配かけて」

「気にしないで。私こそいつもお世話になってるんだから」

 『ノワール』を出てからそれなりに時間も経っていたので、二人はいったん店に戻ることにした。屋上を後にし、部室棟の階段を下っていく。


「でもさ。これからどうするか、とかは全然決まってないよね」

「うん。それは戻ってからでもいいんじゃない? 皆になら聞かれても問題ないでしょ?」

「まあ、大丈夫、かな」

 やっぱり恥ずかしいのか若干曖昧な答えが返ってくる。

「……なんか、はるかがいつもより頼もしい気がするんだけど」

 ついでにそんな呟きが聞こえたが、反応するのもこそばゆいので聞こえなかったことにする。


 部室棟の一階に降りたら正規の出入り口からいったん出て、裏手に回れば『ノワール』まではすぐに着く。扉を開けて二人で中へ入ると、出て行く前と同じ面々が笑顔で出迎えてくれた。

 心配をかけたお詫びを飛鳥が口にし、皆から許しを得た後、不意に生まれた静寂の中、圭一の声が響いた。

「さて。じゃあ話を聞かせて貰おうか。何か問題が起きたのなら、静観するにせよ対処するにせよ、相談は必要だからね」

 その声にはるかと飛鳥は顔を見合わせ、頷きあった。

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