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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
憧れの場所と、やってきた少女
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憧れの場所と、やってきた少女 8

 あれから二日が経っても飛鳥から返信はなかった。


(何かあったのかな)

 こんなに長時間、飛鳥からメールの返事が来ないのは初めてだった。気づかなかったとかで少し遅れることはあっても必ず何かしら返事をしてくれていたのだ。

 なのに、今回は何も返ってこない。

 念のため、今朝もう一度メールを送ってみたけれど、その返信もまだだ。

 忙しいのか。もしくはスマートフォンが壊れて返信ができないとか。そういうことならいいのだけれど、佐伯奈々子の話を聞いていたせいで心配になる。


「小鳥遊さん、元気ないけど大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だよ」

 今は昼休みで、既に昼食は食べ終わっている。余った休み時間を利用して、真琴のスケッチしたメイド服のデザインを見せてもらっていたところだ。

 きちんと集中しないと失礼だと、あらためてスケッチに目を落とす。

 真琴は数点のデザインを用意していた。自分達でも作れるようなるべくシンプルに、でも個性を出そうと頑張ったことが見てわかる。たった数日でこれを描くのは大変だっただろう。


「あ、それ衣装のデザイン?」

「私達にも見せてー」

 二人が同じ机に顔を寄せていると、他のクラスメート達も集まってくる。最後尾にある真琴の席の周辺には、あっという間に人だかりができてしまった。

 はるかと真琴は苦笑しながら顔を見合わせる。


「小鳥遊さんはどれがいいと思う?」

「うん、私はこれがいいな」

 はるかが気に入ったのは膝下までスカートがあるシンプルな衣装だ。黒の長袖ワンピースに白いエプロンという王道の組み合わせはやっぱり素敵だと思う。

 しかし皆の好みは割とバラバラなようで、はるかの意見には賛同と反対の両方の声が上がる。

「あ、それ私も好き」

「えー。ちょっと地味じゃない? スカート長いから生地たくさん使うし」

 反対の子の意見にも一理ある。実際、秋葉原を歩いていても、意外と短いスカートのメイド服を見かける。はるかは膝下どころか、もっとスカートが長いものが好みだが。

「小鳥遊さんらしいね」

 真琴がそう呟いてくすりと笑った。


 ああだこうだ、という議論はなかなか終わらず、見かねた実行委員の子が「しばらく掲示しておいて決を採ろう」と鶴の一声を出した。

「宇佐美さん、いいかな?」

「うん、もちろんいいよ」

 真琴が穏やかに頷くと、周囲のクラスメート達も微笑む。

「ありがとね、宇佐美さん」

「凄く綺麗な絵でびっくりしちゃった」

「そんな、大したことないよ」

 皆から口々に褒められ照れ笑いをする真琴の姿はなんだか微笑ましくて、はるかはそれを少し離れた場所からそっと見守った。


―――


 あっという間に放課後がやってくる。

「小鳥遊さん。良かったら一緒にどこか寄らない?」

 今日は文化祭関連の予定がないのを見計らってだろう。一人の生徒が帰りがけに声をかけてくれたが、はるかは彼女に断りを入れる。

「ごめんなさい。今日はちょっと用事があって」

「そっか、わかった。じゃあ、また今度行こうね」

 どうしても今日やりたい用事だと言うと彼女は納得してくれて、暖かい言葉をかけてくれる。それに笑顔で答えてから、はるかはゆっくりと席を立った。


 真琴に「また明日」と挨拶をして、鞄を持って教室を出る。

 向かう先は一階、ただし昇降口ではなく中庭だ。

 少し重い扉を開いて中庭に入ると、目についた木陰に入りスマートフォンを取り出した。本当は家に帰ってからの方がいいのだが、いい加減気になって仕方ないのだ。

(飛鳥ちゃんに連絡しても、同じことになるかも)

 そう思い、電話帳から昴の名前を呼び出し、コールする。

 向こうも授業が終わっているはずだが、出てくれるだろうか。

『もしもし、はるかさんですか?』

 程なくスピーカーから昴の声が聞こえてきて、はるかはほっと息を吐いた。


「久しぶり、昴。ごめんね、今は大丈夫?」

『ええ、大丈夫です。むしろ、はるかさんの声が聞けてほっとしました』

 どうやら昴の様子は変わりないようだ。飾らない彼女の言葉に笑みがこぼれる。

『それで、どうしましたか?』

「あ、うん。えっとね……飛鳥ちゃん、どうしてるかなと思って」

 二日前と今朝にメールを送ったが返信がないのだと説明すると、昴が息を飲む。

『……そう、だったんですね。はるかさんからの連絡まで返してなかったなんて』

「やっぱり、何かあったの?」

 重苦しい響きを含んだ昴の声に、胸の奥にずしりと重みがかかる。

 怪我とか、病気とか? それなら確かにメールどころじゃない。


『飛鳥さん、水曜日頃から様子が変なんです。落ち込んだ様子で、かと思うと声を荒げたりしていて。どうやら佐伯さんと喧嘩したみたいなんですが』

 昴は飛鳥から聞いたという、断片的な事の顛末を話して聞かせてくれる。

 数日前、飛鳥は奈々子を問い詰めた。彼女の突飛な言動から「特待生なのではないか」と推測を得て突きつけると、奈々子は動揺を見せたものの「特待生なんて知らない」という態度を取ったらしい。

 その際に言い争いに発展し、それから飛鳥は奈々子を避けているのだという。

『佐伯さんの方は落ち着いていて、飛鳥さんを気遣う様子すら見せています。けれど飛鳥さんにはそれが癪に障るようで』

 飛鳥が怒った理由がはっきりとわからないため、殆ど想像になってしまうが、奈々子は敢えて飛鳥を煽っているのではないかと昴は言う。


『クラスの方達には飛鳥さんが突然不機嫌になったように見えるらしく、あまり雲行きが良くありません。飛鳥さんは『ノワール』でもあまり元気がありませんし……』

 昴も飛鳥のことが心配なのだろう。声には時折ため息が混じる。

(そんなことになってたなんて……)

 全く知らなかった。自分がもっと飛鳥のことを気にかけていたらこんなことにはならなかっただろうか。あるいは、奈々子の件に協力するのではなく、あまり関わらないよう飛鳥を止めていれば。

 今更どうしようもない後悔の念が頭をよぎる。


「飛鳥ちゃんは乃木坂先生に相談したのかな。その佐伯さんが、特待生かもしれないっていう話」

『おそらくですが、していないと思います。特待生制度の秘匿性や、教師としての立場を考えると、相談したとしても力になってくれるかは微妙でしょうし』

 特待生制度については他者に明かさず、詮索もしないのが原則だ。それに則れば他の生徒が特待生かどうかなんて教師の立場からは答えられない。それは体育祭の時、昴が真穂を問い詰めた件を見ても明らかだ。

 校内で明確なトラブルが起こっているなら別かもしれないが、現状では飛鳥と奈々子の個人的な喧嘩にすぎない。これでは介入も難しいだろう。

 その状況で、飛鳥は当の奈々子と同じ部屋。

 部屋を変えて貰えればまだマシかもしれないが、おそらくそれも難しい。飛鳥が部屋を動くのは手続き上煩雑になりすぎるだろうし、本校から来ている奈々子にこのタイミングで部屋を移動してもらうのは学校側が嫌がる。

 事情を話せば真穂個人は協力してくれるかもしれないが、それで済む話ではない。


『せめて、はるかさんが会いに来て下されば』

「昴……」

 昴の声がはるかの胸を再び打った。

『いえ……すみません。できないのはわかっています。船での移動を考えたら現実的ではなさすぎますから』

 島への船は一日二便だけ。明日、土曜日の午前授業を終えてからでも午後便に間に合う可能性はあるがギリギリで、それでも島へ着くのは日暮れ頃になる。帰りも午後便で帰れば帰宅は深夜になりかねない。

 不可能ではないが、学業に支障を出さないよう考えると、とても現実的ではない。

 いや、でも。

(逆に言うと、最初から授業を諦めれば)


「大丈夫。土曜日の授業を休めばお昼過ぎに着けるから、飛鳥ちゃん達と話す時間も取れるよ」

『駄目です、はるかさん。授業まで休んでいただくのは』

「ごめんね、昴。もう決めたから」

 昴が心配してくれるのは嬉しいが、一日くらいなら休んでも支障はないはずだ。五十鈴になんて説明しようか考えると気が重くなるのは、まあ我慢する。


『……はるかさん、ありがとうございます』

「ううん。……私が行って、何かできるわけでもないだろうし」

 でも行きたい。行って直接飛鳥の顔を見たい。そうしないといけないのだと思う。

 スピーカーの向こうから鼻をすするような音と、くすりと笑う声が聞こえた。

『では、明日。お待ちしていますね』

「うん、また明日」

 通話を切って、スマートフォンを鞄にしまう。

 さあ、五十鈴に会ってこなければ。

 はるかは深呼吸をすると、中庭の入り口へと踵を返した。


―――


 幸い五十鈴は職員室に居たため、すぐに話をすることができた。

 一応、会話の流れ次第では生徒交換や特待生制度が関わってくる可能性があるので、無理を言って生徒指導室を使わせてもらう。内装はやや違うが広さや雰囲気は分校の生徒指導室と大差なかった。

「それで、どういうお話でしょう?」

「はい。実は……」

 特にうまい言い訳も思いつかなかったので、事実を多少大袈裟にしつつ割とそのまま伝える。分校の友達のお見舞いに行きたいので、明日の授業を休ませて欲しい、と。


「なるほど」

 はるかの説明に五十鈴は深く頷いてくれる。その上で彼女ははるかに尋ねてきた。

「授業を休んでまで行く必要はないのでは? 離島にもお医者様はいるでしょうし、お友達も小鳥遊さん一人ではないでしょう」

「そうですね。でも、行きたいんです」

 じっと前を向いて告げる。理屈の問題ではないのでわかってもらうより他に方法がない。

 しばらく見つめ合うような状態が続いた後、やがて五十鈴が息を吐いた。


「……わかりました。体調不良ということで処理しておきます」

「ありがとうございます、綿貫先生」

 お礼を言って深く頭を下げると、五十鈴は苦笑して小さく呟く。

「私を体調不良だと言って誤魔化せばいいのに、貴方は正直ですね」

「あ、あはは……」

 半眼で見つめられ、乾いた笑いで答えた。何ともコメントしづらい。


「それで、話はこれで全部ですか?」

「あ、ええと……」

 少し躊躇する。せっかくだから聞いてしまってもいいだろうか。本校側の教師に話を聞く機会なんてそうあるものでもないだろうし。

「全然別の話になってしまうんですが、もう一つ。……こちらの本校にも特待生はいるんでしょうか?」

「特待生ですか? いえ、いませんよ」

 突然の質問だったはずだが、五十鈴は目を瞬かせただけですぐにそう答えた。

 また、彼女は答えた後で少し考えるようにして付け加えてくる。


「佐伯さんのことでしたら、少なくとも特待生ではありません。そういった話は聞いていませんから」

「……そうですか」

 割とあっさり五十鈴が答えをくれたことに驚きつつ、はるかは頷いた。本校に特待生がいないという認識は間違っていないようだ。

 なら、奈々子が特待生だと指摘した飛鳥が、何か勘違いをしていたのか。

「佐伯さんに何か問題でも?」

「問題、なのかどうかはよくわからないんですけど」

 はるかは言葉を選びつつ、五十鈴に事情を説明した。奈々子の言動が突飛だったために、一部の生徒が彼女のことを「特待生ではないか」と疑ったらしいと。


「でも、本人に直接尋ねたら特待生のことは知らないと言ったそうです。なので、本当に知らなかったのだと思います」

 後は飛鳥に会って話を聞いてみるしかないだろう。

 そう思い、話を打ち切ろうとしたはるかはふと、五十鈴の方へ意識を戻す。

 五十鈴が怪訝そうな顔をして僅かに首を傾げていた。


「佐伯さんが特待生制度を知らないはずはありませんよ。分校へ行ってもらう前の事前指導で、特待生についてはしっかりと説明していますから」

「……え?」

 手がかりを諦めかけた矢先。

 舞い込んできた思わぬ情報に、はるかはぽかんと口を開けてしまった。


―――


 そして。

 帰宅後、はるかは両親にも事情を説明し、明日一度分校へ戻ることを許可してもらった。危ないことはしない、必ず日曜日に帰ってくること、などとのお小言も貰ってしまったが。

 でも、これで準備は整った。

 翌朝。はるかは制服を纏い、体操着袋に私服と着替えを入れ、通学鞄を持って出発した。

「行ってきます」

 およそ一週間ぶりに分校へと戻る。

 本当なら懐かしさと嬉しさを覚えるはずなのに、今はぎゅっと胸を締め付けられる感じがした。

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