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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
憧れの場所と、やってきた少女
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憧れの場所と、やってきた少女 7

 圭一や由貴といった上級生達によれば、清華学園分校の文化祭は他校とはやや勝手が異なるらしい。

 というのも立地上、近隣住民などの一般来場者数がどうしても限られるからだ。そのため飲食系や屋台系は販売数を稼ぎにくいし、中学生以下の子供や年配の方にも受ける出し物を考えるのが望ましいとされる。


(むう。でも、それって結構難しいよね)

 火曜日の四時限目、LHR。飛鳥は胸中で呟くと壇上を見やる。

 そこでは飛鳥の情報と似たようなことを説明した文化祭実行委員が、クラス内に意見を募り始めていた。

「まあ、だからって変に考えすぎる必要はないんで、自由に意見を出してください」

 するとあちこちで手が挙がり、案が次々と出されていく。しかし「これだ」という意見はなかなか挙がらなかった。

 例えば老若男女に人気がありそうなじゃがバターは、やはり初期費用が回収できるか不安の声があった。校内スタンプラリーは分校の敷地が広く、お客さんが疲れそうなのが難点。研究発表なら限りなく無難だが「何を研究するのか」「下手なテーマだとお客さんは飽きてそう」と駄目出しをくらう。

 飛鳥個人としてはやっぱり焼きそばなど定番の食べ物系がいいのだが、この分だと難しそうだ。それに、食べるのと作るのは別モノだろうし。


 そんな風にして場が停滞し始めた頃、おもむろに奈々子が手を挙げる。皆の視線が集中する中、彼女は実行委員から指名を受けると立ち上がった。

「演劇はどうですか? お客さんがそんなに大勢じゃないなら、体育館とか借りずに教室でいいですし。暇つぶしに来てくれる人が結構いるんじゃないかと」

 練習が大変そうだとか、人数が必要そうだと反対意見が挙がるが、それにも彼女は慌てない。

「準備は大変ですけど、逆に言うと当日は割と楽だと思いますよ。公演中以外はほとんどスタッフいらないので」

 なるほど、と部活所属の生徒から納得の声が上がった。


「それに、分校の人は演技とか好きなのかなって」

「どういう意味?」

 奈々子の続けた言葉にクラスメートの一人が首を傾げる。飛鳥も顔を上げると奈々子の席を振り返った。

「あ、いえ。ここの空気にはそういうのが合ってるのかなって」

 更なる追及をする生徒はいなかった。

 奈々子はまるでそれを確認するように首を巡らせ、飛鳥はそんな彼女と視線を合わせた。にこりと微笑まれて妙な違和感を覚える。


(あの子、何がしたかったんだろ)

 演劇という案自体は良いと思うのだが、果たしてそれだけなのか。

 考えても答えは出ないまま、文化祭の出し物は挙手による投票で演劇に決まった。

「残り時間が微妙だな。とりあえず、演目だけアンケート取っとこうか」

 配られた紙片にそれぞれが書き入れ、実行委員がそれを回収する。集計結果は帰りのホームルームで発表、役割分担などは木曜の体育を潰して決めることになった。


―――


 その日の昼食は昴と二人きりだった。

 奈々子にも声をかけたが「今日は他の人と約束をしているので」と断られたのだ。まだ二日目だというのに、もうお昼を一緒に食べるような友達ができたらしい。そのバイタリティには素直に感心する。

 昴の機嫌も昨日よりはだいぶ良さそうだ。二人は穏やかに会話しながら食事を進める。


「そういえば、佐伯さんはお部屋ではどんな様子ですか?」

「教室とあんまり変わんないよ。あ、でも日曜より話しかけられる回数は減ったかな。話してない時はだいたいスマホいじってる」

 ゲームかメールか、あるいはネットでも見ているのかは知らない。下手に尋ねて延々話しかけられても疲れてしまいそうだし。

 昴は飛鳥の答えを聞くと、そうですか、と軽く頷く。


「他の方に標的を移したんでしょうか」

「標的って」

 物騒な言い方に苦笑してしまうが、昴の台詞にも一理ある。

「あの子って、なんか質問ばっかりなんだよね」

 会話の頻度が落ち着いたのは飛鳥に尋ねる事柄がなくなったから、と考えると納得できてしまう。

 悪意があるとか、そういうわけではないと思うのだけれど。

「……まるで、情報収集でもしているみたいですね」

 眉をひそめた昴の言葉がなんだか印象に残った。


 はるかから奈々子についてメールが届いたのは、昼食を終えて教室へ帰る途中だった。

 本校では大人しい子だったという文面を見て、やっぱりそうか、と思う。

 奈々子は何か猫を被っている。どうやらそれは確実なようだった。


―――


 劇の演目は予告通り、帰りのホームルームで発表があった。かなり意見がばらけたものの、一番票数の多かった『ロミオとジュリエット』に決まったそうだ。

「恋愛ものの定番ですよね。一ノ瀬さんはジュリエット役、やってみたいですか?」

 夜の自室で、奈々子が楽しげに声を上げる。

 飛鳥が振り返ると、彼女はベッドに座り白いクッションを抱いていた。それを見て少しむっとしつつ、顔には出さず答えた。


「あたしはやらないよ。ジュリエット役なんて似合わないし」

 良家の令嬢なんて柄じゃない、と首を振って見せると、しかし奈々子は納得いかない様子だった。可愛らしく頬を膨らませて言ってくる。

「そんなことないと思いますけど。一ノ瀬さん、可愛いですし」

「ありがと。でも、あたしより可愛い子なんて一杯いるでしょ。佐伯さんだってそうだし」

 はるかや、昴とか。司はどっちかというとロミオの方が似合うだろうか。

(あ、妹尾さんのロミオはちょっと見てみたい)

 想像してみて、思わずくすりと笑みがこぼれた。


 一方、奈々子は首を傾げて飛鳥に視線を向けてくる。

「私、可愛いですか?」

「? うん、可愛いと思うよ。あたしが男子だったら放っとかなかったかも」

 丁寧な物腰にあの笑顔、更に女子校出身とくれば男子からは人気のはずだ。実際、男子からも結構話しかけられているみたいだし。


 と、奈々子の顔がぱっと輝いた。

「それって、一ノ瀬さんから見ても私は好みのタイプってことですか?」

「へ?」

 あれ、なんか思ったのと違う伝わり方をしているような。

「どうしたの、突然?」

「知りたいんです、教えてください」

 奈々子の頬が薄い赤色に染まっている。まるで恋する少女のように。


「や、あたしじゃなくて男子の話で……」

 っていうかこの子、彼氏が欲しいわけじゃなかったの?

 圭一に色目(?)を使っていたし、服装も割と男子受けする感じなのでそういうことだと思っていたのだが。

「私、男子より一ノ瀬さんに好かれたいです」

 やばい、ガチっぽい。


 瞳を潤ませた奈々子が四つん這いで向き直り、飛鳥の方へ近づいてくる。咄嗟に逃げたくなるが勉強机に向かった状態からだと遠ざかりにくい。

 いっそ立ち上がって部屋を出るか。

 迷っている間に奈々子はベッドを降りて立ち上がってしまう。逃げ道を塞がれた感じだ。

 何これ、どうしよう。


「それとも、一ノ瀬さんは恋人とかいたりするんですか?」

 彼氏じゃなくて恋人って言い方なのは意図的なんだろうか。

「いないよ。いないけど……好きな人は、いる」

 はっきりと聞かれたのなら答えてもいいだろう。

 椅子に座った飛鳥を見上げるように跪く奈々子を見て、飛鳥は告げた。


「だから、佐伯さんの気持ちには……」

「はるかって子ですか?」

 断りの文句を遮られた。

「それとも間宮さん? どっちかだと思うんですけど、違いますか?」

 見透かされている。そう感じて背筋に寒気が走った。

 奈々子が身を乗り出し、右手で頬に触れてくる。


「私、その子に負けたくないです。駄目ですか?」

 意志の強そうな瞳が飛鳥を見つめている。まるで回答を拒否することは許さないと言っているようだった。

「……っ」

 飛鳥は息を吐き、ゆっくりと唇を開いた。

 もちろん駄目に決まっている。けれど、それをどうやって伝えたものか。


「あたしたち、まだ会って三日目だよ」

「関係ないです。私は一目惚れでしたし、それにまだ付き合ってないんですよね」

 そう言った奈々子はいつもの笑顔。

 彼女の笑った顔は結構好きなのだが、だからってそれとこれとは話が別だ。

「佐伯さんとは付き合えない」

 はっきり言い切ると奈々子が目を見開く。

 僅か一秒ほどの沈黙の後、彼女は視線を逸らさないまま呟いた。


「嫌です」

「嫌、って」

「諦められません。どうしたら私と付き合って貰えますか?」

 あまりにも身勝手でストレートな物言いに絶句する。


(何で)

 彼女はこんなことを言いだしたんだろう。本当に一目惚れだというのだろうか。

 飛鳥には奈々子の行動が理解できない。

 確かに奈々子は出会った時から親しげな様子だった。幾つも質問をしてきたり、はるか達との思い出の場所に連れていかされたり。最初から好意を寄せていたと言われれば理解できる部分はある。

 しかしあまりにも急すぎる。それに彼女は他の生徒にだってフレンドリーに接していたではないか。今日のお昼だって二人は別々だった。

 本当に好きで、相手に振り向いて欲しいなら少しでも傍にいるのが普通ではないか。

 そう考えると、やっぱり違和感がある。


 猫かぶり。演技。演技といえば。

『それに、分校の人は演技とか好きなのかなって』

 分校と演技。本来の性格とは違う言動。

「……あれ」

 行き着いた回答はあまりにも突拍子もないものだった。けれど想像の通りならある程度辻褄は合ってしまうような気がする。


「どうしました?」

 すぐ近くから奈々子に囁かれて我に返った。そっとこちらを見上げてくる彼女を見つめながら考える。

 さっき、どうすればいいのかって言われたっけ。

 なら、お望み通り課題を出してみようか。とびきり難しいやつを。


(あたしも恥ずかしいけど)

 飛鳥はそっと息を吸って心の準備をすると、奈々子を見つめて。

「じゃあさ。あたしにキスできる?」

「キス、ですか?」

 ついでに極力、挑戦的な表情を作って言うと、奈々子が息を飲んだ。

 問い返した声が僅かに震えている。動揺しているのだ、自分から迫ってきたくせに。

 くすりと笑って飛鳥は追い打ちをかける。


「そう、キス」

 数秒の沈黙があった。見下ろした奈々子の瞳には複雑な色が揺らめき、何かを必死に考えているようだった。

(やっぱり、できないか)

 つまり奈々子の言動は演技だということ。飛鳥のことが好きだとか、恋人同士になりたいというのも嘘だ。

 彼女がわざわざそんなことをする理由は。


「もしかして佐伯さん、特待生なの?」

 奈々子の肩がぴくりと反応した。

(あり得ないと思ったんだけど)

 飛鳥はため息を吐いた。特待生は本校の受験者からも選出されるが、その場合も全て分校への入学になると聞いている。だから本来は本校の生徒に特待生はいないはずだが、例外があってもおかしくはない。

 あるいは、本校での彼女が大人しかったらしいことを考えると、この生徒交換に際して学園側から依頼されたのか。

 なんにせよ、奈々子が本気で同性愛者でなくて良かった――。


「特待生って何ですか?」

 ほっとしかけたところにそんな声がして、飛鳥は硬直した。

 見れば奈々子は微笑んでいる。してやったり、そんな台詞が聞こえてきそうな調子で。

 特待生じゃ、ない? じゃあ、いったいどうして。

 混乱する思考を必死に整理しようとしていると、その間に奈々子が身を起こす。

 反応する間もなく後頭部に腕が回され、彼女の唇が近づいてきた。

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