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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
憧れの場所と、やってきた少女

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憧れの場所と、やってきた少女 5

「佐伯さんがどんな人か?」

「うん。良かったら教えてくれないかな?」

 火曜日の昼休み。クラスメート数人とお弁当を食べながら、はるかは佐伯奈々子について話を聞いてみた。突然の質問に少々不思議そうな顔をされたものの、クラスメート達は割合すんなりと答えてくれた。


「そうだなあ……でも、特に変わった子じゃないよ。ね?」

「うん、大人しいっていうか、あんまり自分からは喋らない感じ」

「そうなんだ」

 相槌を打って、はるかは隣に座った真琴を見る。昨日校内を案内してもらった縁もあって食事に誘っていたのだが、せっかくなので彼女からも話を聞きたい。

 そんなはるかの視線に気づくと、真琴は箸を止めて答えてくれる。


「佐伯さんは、時々すごくつまらなそうな顔をしてる、かな。理由はよくわからないけど」

 その答えにはるかは息を吐いた。

(飛鳥ちゃんが話してくれたのと、随分違うな)

「……そっか。教えてくれてありがとう」

「これだけでいいの?」

「うん。私は会えないから、ちょっと気になっただけなんだ」

 皆に微笑んでお礼を言うと、軽く話を打ち切る。すると食卓の話題は一か月後の学園祭へと移っていった。


―――


 昨日、飛鳥からメールを受け取った後、はるかはすぐ電話で折り返した。幸い飛鳥はすぐに出てくれ、詳しい話を聞くことができたのだが。

『……って感じでさ』

 その時に飛鳥から聞いた奈々子の印象は「大人しい子」からは程遠いものだった。物腰が丁寧なのはともかく「自分からは喋らない」「つまらなそうな態度を見せる」という評価は当てはまらない。


『あの子、なんか猫被ってるんじゃないかって思うんだよね……』

「演技してるってこと?」

『うん。まあ、単なる高校デビュー的なことかもしれないけど』

 なんとなく気になる、と飛鳥の口調が言外に告げていた。


「わかった。私もクラスの子に、その佐伯さんのこと聞いてみるよ」

『ありがとう、はるか』

 返ってきた声はどこかほっとした様子だった。それに若干の疲れが見えるようにも思う。もしかして心労が溜まっているいるのだろうか。


『ところで、はるかの方はどう? 楽しくやれてる?』

「え? えっと……」

『あ。今、あたしに遠慮しようとしたでしょ。いいから正直に答える』

(あはは……)

 思ったことは筒抜けだったようで、むしろむっとした声を出されてしまった。

 くすりと笑って、はるかは素直に答えた。


「こっちは順調だよ。新鮮だし、楽しい」

『そっか、良かった』

 その後、飛鳥からしっかり楽しむように命じられ、お互いまた何かあれば連絡しあうよう約束して通話を終えた。


(このこと、早めに飛鳥ちゃんに伝えておこう)

 昼食後、はるかは空になったお弁当箱を手早く片づけると皆に断って席を立った。校内でのスマートフォンの使用は禁止されているので、人気の無い廊下でこっそりメールを送る。

 簡潔に用件のみを送信するとすぐ了解の旨とお礼の返信があった。

 少しは役に立ってくれるといいのだけれど。


 クラスに戻ると、クラスメート達が含み笑いではるかを出迎えてくれた。

「小鳥遊さん、もしかして彼氏にメール?」

 しかも、スマホを操作してきたのが何故かバレていた。メールした相手は全然違うが。

「そんな。私、彼氏なんていないよ」

「そうなんだ。共学の子って大体彼氏いるんじゃないの?」

 さすがにそこまでカップル率は高くないです。一般的な高校だとまた違うのかもしれないけど。


「うーん、私も恋愛したいなあ。女子校じゃそもそも出会いがないよね」

「私はここの雰囲気、好きだけどな」

「あれ、小鳥遊さんってまさかそっちの趣味の人?」

「ち、違うよ!」

 変な疑いをかけられ思わず上ずった声を出すと、それを見た真琴が吹き出した。

 ツボに入ったのか、くすくすと笑い続ける彼女を見たクラスメート達が目を丸くする。


「そんなに楽しそうな宇佐美さん初めて見たかも」

「そういえば、あんまり話したこと無かったよね」

「え? あ、えっと」

 話題を向けられた真琴が困ったようにこちらを見るが、悪い展開でもなさそうなので、はるかは口を出さずに成り行きを見守った。


―――


 六限目の授業はLHRだった。議題は文化祭の出し物についてで、司会進行は文化祭実行委員が務めるようだ。

「決まらなければ延長も可能ですので、焦らず考えてくださいね」

 担任の五十鈴が初めにそう告げると、教室内に疎らな不満の声が上がる。しかし彼女は無視して教室の隅に移動した。何やらノートを広げ、進行については静観の構えだ。

 と思ったら顔を上げて一言、付け加えてくる。

「ああ、小鳥遊さんも遠慮せずに発言してくださいね」

「わかりました」

 はるかは五十鈴の気遣いに感謝し、そっと微笑んだ。


 それから一拍の間を置き、実行委員が話し合いを進行し始めた。といっても基本的には生徒から自由に意見を募り、それを黒板に書きだしていくだけの作業だ。

 生徒達からは次々に案が挙がっていく。お化け屋敷、クレープ屋、フリーマーケット等、内容はごく普通で、女子校でもそう変化はないらしい。強いていうなら屋台ものが甘味に偏っていたり、力仕事が多そうな出し物を避ける傾向があるか。

 合間、それぞれの案に問題点や改善案が出たりしつつ、次第に発言が減っていく。


「んー……宇佐美さん、何か意見ない?」

 煮詰まったのを感じたらしい実行委員が、まだ発言していなかった真琴に声をかける。

 突然指名された真琴は目を丸くした後、おずおずと答えた。

「え、と……メイド喫茶、とか」

 意外な発言にクラスメート達がざわめく。真琴がびくりと身を震わせて俯いた。


 すると、そこに。

「あー、いいかもね」

「うん。ああいう衣装、一回着てみたい」

 教室内からいくつもの好意的な声が飛んできた。それを聞いた真琴が顔を上げるのを見て、はるかはほっと息を吐く。

(良かったね、宇佐美さん)

 発言が理解されるまでに間があったが、概ね好評なようだ。

 はるかは男子の目が無い分、女子校だと流行らないのではと思ったのだが、杞憂だったらしい。可愛い服が着られるのと、後は一般客として来場する男子を見込んだ感じに見える。


「でも、衣装作るの大変じゃない?」

「接客も結構大変そう」

 一方で実行面での不安も出たため決定ムードには至らなかったが。

「小鳥遊さんも、良かったら何かない?」

 にこにこしながら聞いていると、実行委員ははるかにも話を振ってきた。

 えっと、どうしよう。

 悩んでみるが、既に挙がっている案とは別の意見は思いつかない。姉の文化祭を訪れた記憶は細部まで残っていないし、得意分野を生かした意見となると先程の真琴の発言と被ってしまう。


 いや、得意分野ということなら。

「新しい案じゃなくて、メイド喫茶のことで意見があるんだけど、いいかな」

 一応前置きをした上で、先程挙がっていた不安を小さくすべく提案してみる。

「衣装はデザインを凝らなければ十分作れると思います。まだ一か月もあるし、もし全員分が大変ならある程度交代で使うとか。

 あと、接客は屋台みたいに調理と会計で慌ただしいよりは案外楽かもしれません。食べ物は出さないか出来あいのものを使って、飲み物メインにすれば人数もそんなにいらないかと」

 『ノワール』と『café Blanche』で働いた経験を参考にした意見はクラス内に感嘆をもって迎えられた。


「小鳥遊さんって、喫茶店で働いた経験とかあるの?」

「あ、うん。アルバイトでちょっとだけ、メイド喫茶で働いたことがあるんだ」

 部活で日常的にメイド服を着てます、という情報は伏せたが、それでも教室内がかなりざわついたのは気のせいだろうか。

 ふと隣の真琴を見ると、彼女はぽかんと口を開けてはるかを見ていた。

(なんか、変に目立っちゃったかな……?)

 ただ、今更発言を後悔してみても当然もう遅いわけで。


 実行委員の指示で話し合いは投票に移行し、二位のフリーマーケットに大差をつけてメイド喫茶が一位に輝いた。

 五十鈴から駄目出しが出たりしないだろうかと思ったが、彼女は「スカート丈や肌の露出に気を付けるのであれば問題ない」とあっさり許可を出し、かくして本校1-Aの出し物はメイド喫茶で仮決定となる。

 仮決定、というのは他クラス等と被れば第二希望以降になる可能性があるからだが、実行委員の子が「経験者がいることを盾にもぎ取ってくる」と意気込んでいたので、多分これで本決定と見ていいだろう。


 なお、衣装のデザイン案は言いだしっぺの真琴に任された。そんな大役を任せるのはどうかとも思ったが、真琴は案外あっさりとその依頼を了承していた。

 そうしてロングホームルームが終わったのは、六限目の規定時間を十分ほどオーバーした頃だった。


「でも、良かったの? 衣装のデザインなんて大変じゃない?」

「うん。そういうの、ちょっと憧れてたから」

 放課後になると、はるかと真琴は「色々と話もあるだろうから」とまとめて教室を追い出された。どうやら分校に入るまでの二週間、経験者はるかを便利に使い倒す気は満々のようだ。

(まあ、それは全然構わないけど)

 準備が本格化する前にいなくなってしまうので少し申し訳ない。帰る前に出来ることは済ませ、他の子に引き継いでいくしかないか。


「そっか。……なんとかなりそう?」

「やってみないとわからないけど、多分大丈夫」

 二人きりの簡単な相談は、昨日も訪れた中庭で行うことになった。帰り道が一緒なら道中で話せばいいのだが、こればっかりは仕方ない。

「できれば実物を見てみたいけど、難しいよね」

 真琴は衣装のデザインに自信を覗かせたものの、一方でそう不安もこぼして見せる。メイド服の実物を見たいなら自分で買うか、メイド喫茶に行くかになるだろうか。前者は値段的に厳しいし、後者にしても真琴が一人で行くのは勇気がいるかもしれない。


(あ、でも)

「私ので良ければ、見てみる? それか前にアルバイトしてたお店も案内できるよ」

 結局あのあと『Blanche』で使っていたメイド服は一度自宅に持って帰ってきている。姉に着て見せてあげたら喜ぶかもという程度の気まぐれだったが、持ってきて良かったかもしれない。

「小鳥遊さんって、見かけによらないんだね」

 はるかの発言に真琴は驚いた様子だったが、その後ゆったりと微笑んだ。


「じゃあ、お願いしてもいい?」

「うん、喜んで」

 どちらがいいか聞くと、せっかくだから両方、という答えが返ってくる。

 衣装はかさばるため何か運ぶ方法を考えるとして、とりあえず真琴とメールアドレスを交換のうえ、メイド喫茶へ行く予定を相談する。早い方がいいだろうと思うので、急だが予定は明日になった。

 これからちょっと忙しくなるかもしれない。


「それじゃあ、また明日」

「またね」

 校門で真琴と別れ、家へ帰る。駅まで歩いて電車を乗り継ぐ動作にはまだまだ慣れない。

 一時間ちょっとをかけて自宅に着き、玄関の扉を開くと姉の靴を見つけた。


(お姉ちゃん、帰ってるんだ)

 こっちに戻ってきてから会うのは初めてだ。となると、また過剰なスキンシップが待っているだろうか。

「ただいまー」

 警戒しながら靴を脱ぎ、居間へ向かって歩く。しかし予想に反して姉、深空が前方から飛び出してくる気配はなかった。


「お帰りなさい」

 母が振り返るのを見た後、はるかは周囲を見回そうとして。

 横手、洗面所の入り口から出て来た深空に抱きしめられた。

「う、そっちだったか」

「ふふふー、隙あり。お帰り、はるか」

「うん。ただいま、お姉ちゃん」

 深空と笑顔で挨拶を交わしたら、手洗いなどを済ませて自分の部屋へ。何故か姉も一緒についてくるが、これはいつものことなので気にしない。


「制服のはるかを出迎えるのってこれが初めてだよね」

「中学の頃は何回もあったでしょ」

 ベッドに腰掛けながら言われて、思わず赤面しながら答える。清華学園の制服、という意味だとわかってはいたのだが、なんとなく恥ずかしかったのだ。


「っていうか、着替えるからせめて向こう向いててくれない?」

「へ? 今更恥ずかしがることでもないでしょ」

「うう……」

(いや、やっぱり恥ずかしいよ、さすがに)

 とはいえこれ以上は言っても無駄だろうから、諦めて着替える。

 丁寧に制服を脱いでハンガーに掛け、代わりに部屋着を身に着ける。考えてみると飛鳥の前では普段からやっている動作ではあった。

 深空はそれを楽しそうに見守った後、不意に話しかけてくる。


「でも、はるかが本校に通うことになるなんてね。ちょっとびっくりしたよ」

「あはは。正直私もびっくりしたよ」

 男の子は通えない、と聞いて駄々をこねていたあの頃は、こんなことになるなんて考えもしなかった。

 そう思うと随分遠くに来てしまったような気もする。


「そうだ。しーちゃんも会いたがってたよ。もし暇があれば『Blanche』にも顔を出して欲しいって」

 詩香は相変わらず忙しい日々を送っているらしい。身体を壊したりしないといいけれど。

「あ、うん。実はちょうど、明日の帰りに『Blanche』へ行く予定なんだよね」

「そうなの? また急だね」

「ちょっと事情があってね」

 かいつまんで経緯を説明すると、それを聞いた深空が吹き出した。


「面白いことになってるね。でも、あの店のクオリティは再現できないんじゃない?」

「もちろん。雰囲気と衣装のデザインを参考にしてもらうだけのつもりだから」

 そう答えると、そっか、と頷かれる。

「じゃあ、せっかくだから明日、メイド服も持っていったら?」

「え、でも重いしかさばるよ?」

「その位で音を上げてたら吹奏楽部の子とか死ぬよ」

 確かに、それはそうかも。なんなら帰りまで駅のロッカーに預けておいてもいいだろうし、やろうと思えばなんとかなるか。


「それに、しーちゃんなら絶対着てほしいと言うだろうし」

「藤枝先輩、明日は休みなの?」

「少なくとも仕事は休みだよ。今から連絡すればほぼ確実に出てくるでしょ」

 パートナーが言うんだから間違いないんだろうな、とはるかは頷く。

「だから、明日は必ず持っていくこと。……あ、私には今ここで見せてくれていいんだよ?」

「う、うん。わかった」

 なんだか余計ややこしいことになったような。

 そう思いつつも、はるかは再び着替えを行うため、着たばかりの服を脱ぎ落としたのだった。

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