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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
憧れの場所と、やってきた少女
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憧れの場所と、やってきた少女 3

 はるかが清華学園の本校を訪れるのは、初めてではない。

 本校は普段、男子の立ち入りが禁止されているが、文化祭の開催時は別だった。姉の深空が在学中は毎年、彼女がくれたチケットを持って文化祭に参加したものだ。

 だから、校門や校舎、その他の施設についても一応、見知ってはいるのだが。


「わぁ……」

 あらためて「生徒」として立って眺める景色は全く違って見えた。

 校舎まで続く桜並木が時折立てる、小さな葉擦れの音が心地良い。

 校門から進んでいくと車道からの騒音も遠ざかり、生徒達の明るい声が大きくなる。

 やがて辿り着いた校舎を見上げれば、分校のような真新しさが無い代わりに歴史と落ち着きを感じた。堅苦しいと取る者もいるだろうが、はるかはこういうのも良いと思う。


(えっと、初日は事務室で名乗ってくれって言われてたっけ)

 昇降口へと消えていく少女達を横目に、はるかは裏手に回り事務室へ向かった。校内の間取りに関しては昔の記憶と、姉から聞き出した情報が頼りだが、幸い迷うことなく到着する。

 事務室で用件を伝えると、すぐに教師が来てくれた。


「初めまして。私が貴方の担任を務めることになる綿貫五十鈴わたぬきいすずです。よろしく」

 五十鈴は眼鏡をかけた女性教師だった。髪はショートで、生真面目そうな印象を受ける。年齢的には真穂よりやや上だろうか。担当科目は国語で、はるかが二週間お世話になる1-Aの担任でもあるということだ。

「小鳥遊はるかです。よろしくお願いします、綿貫先生」

 はるかがぺこりと頭を下げて挨拶すると、彼女は眉を顰める。

 やや鋭い視線がはるかを射抜いたかと思うと、小さな呟きが聞こえてきた。


「うちの女生徒と同じように扱って良い、というのは本当のようですね」

 その声に含まれていたのは困惑と安堵、それから少しの警戒といった感じだった。

 はるかの素性について、担任教師には隠さず伝達済みだと聞いている。ということは、五十鈴の抱いている感情は「女装した男子生徒」に向けられたものだろう。

 だとすると五十鈴の困惑や警戒も無理はない。女子校の教師にとってみれば、はるかは全く得体の知れないものだろう。


「なるべくご迷惑をおかけしないよう、頑張ります」

 何と言うべきか考えて、はるかは短くそう伝えるに留めた。

 五十鈴に先導されて職員室へ移動し、あらためて簡単な注意と説明を受ける。はるかはこれから朝のホームルームでクラスメート達に紹介され、そのまま授業を受ける。また四時間目に全校集会が行われるので、そのタイミングで全生徒に紹介されるらしい。


(紹介かあ……)

 四月にクラスで自己紹介した時や、この間体育館で壇上に上がった時のことを思いだして気が重くなる。相変わらず大勢の前に立つのは大の苦手なのだが、こればかりは避けて通れないので気を引き締めた。

 しばらくすると予鈴が鳴った。五分後の本鈴に合わせて教師たちが何人も職員室から出て行く。はるかと五十鈴はその最後尾に付いた。

 はるかを気にしてくる教師には軽く会釈を返しつつ、教室へ向かう。本校でも一年生の教室は最上階にあるようだ。


 既に静まり返った廊下を歩き、A組の教室前で立ち止まった。

「私が合図したら入ってきてください」

「わかりました」

 一人で廊下に残されると、なんとなく転校生になった気分だった。

 やがて五十鈴から合図があったので、前の扉から教室へ入る。


(う、見られてる)

 一歩踏み入れた瞬間から、生徒達の視線がはるかに集中した。

 落ち着けと自分に言い聞かせつつ、早足にならないように教壇の前に立つ。

「今日から二週間、皆さんと一緒に過ごしてもらう、小鳥遊はるかさんです」

 ちらりと目配せされたので、小さく息を吸って口を開く。

「清華学園の分校から来ました、小鳥遊はるかです。二週間と短い間ですが、どうかよろしくお願いします」

 高校生活二度目の自己紹介は上手くいった。ほっとした気持ちで拍手の音を聞く。

 気持ちに余裕ができたため教室内に意識を向けると、三十名ほどの少女達がはるかを見ているのがわかった。


「小鳥遊さんは、あそこの席を使ってください」

 五十鈴に示されたのは窓際、一番後ろの席だった。おそらくはるかと入れ替わりで分校に行った子が座っていた場所だろう。

 鞄を持ってそこまで移動すると、前の席に座る生徒から挨拶された。


「よろしくね、小鳥遊さん」

「うん。こちらこそ、よろしくお願いします」

 女子校だと敬語の方が良かっただろうか、と言ってから思ったが、幸い問題なかったようで、相手からは笑顔が返ってきた。

 隣の席の子にも微笑んで会釈すると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めて頷かれく。

「う、うん。よろしく」


「すぐに一時間目の授業になりますから、お喋りはほどほどにしてくださいね。それでは、日直は号令を」

 日直の声で起立し、礼をする。そうして五十鈴が出て行くと、教室がわっと騒がしくなった。

 こういうのはどこも変わらないのかな、と思っていると、次の瞬間、はるかの席へ一斉に少女達が詰めかけてきた。


「わ……え?」

「ね、小鳥遊さんって分校から来たんだよね?」

「分校って島の学校なんでしょ? 遊ぶ場所とかあるの?」

「共学だとやっぱ雰囲気違う?」

「寮生活ってどんな感じ?」

 矢継ぎ早に質問が飛んできて、はるかは目を白黒させた。

(転校生、って言えばこういうのもあったっけ)

 ふと隣の席の女の子と目が合うと、彼女も似たような顔ではるかを見ていた。


―――


「ふう……」

 昼休み。手洗いに立った帰り道で、はるかはそっと息を吐いた。

 結局、クラスメート達からの質問責めはなかなか終わらなかった。朝のホームルーム後だけでなく休み時間の度に人が押し寄せ、四限目の全校集会を挟んだ昼食時までそれが続いた。

 離島に設立された共学の姉妹校からやってきた、たった一人の生徒。そんなネームバリューの効果は抜群だったようで、昼休みには他のクラスの生徒まで1-Aにやってくる始末だった。


 彼女達の質問にお弁当(朝、早起きして手作りしてみた)を食べつつ答え続け、ようやく勢いが収まってきたのを見て抜け出してきたのがついさっき。

 分校に興味を持ってくれるのも、好意的に接してくれるのも嬉しいが、さすがに疲れた。

 女子ばかりで異性の目がないからだろうか。良くも悪くも遠慮がないように感じる。

(これが本校かあ……)

 まだやってきてそんなに経たないけれど、既に分校と変わらないところも異なるところも色々見た。

 こういう場所で姉、深空は生活していたのかと思うと感慨深かった。


 つい口元が緩みそうになるのを我慢しつつ、はるかは教室へと歩き、

「あ」

「……あ」

 その途中で、向こうからやって来たクラスメートの少女と顔を合わせた。なんとなく印象に残っていた、隣の席の女の子だ。確か名前は。

宇佐美、真琴うさみまことさん」

「あ……うん」

 二人はどちらからともなく立ち止まると視線を交わした。なんだか少しぎこちない。


 真琴とは隣同士だったが、まだまともに会話ができていない。はるかを囲むクラスメート達の輪に加わっていなかったからだ。

 なので彼女の人となりはよくわからないのだが、どうしたものか。

 と、はるかが悩んでいると、真琴の方から声をかけてきた。

「あの……大丈夫だった? すごく大変そうだったけど」

 恐る恐るといった様子ではあったが、その言葉のおかげで、嫌われているわけではなさそうだとわかった。


「ありがとう。うん、大丈夫。皆いい人そうだし」

 答えて微笑むと、彼女も小さく笑顔を返してくれる。

「よかった」

 派手ではないが、どこか安心するような暖かさのある笑顔だった。

 真琴はちょっと引っこみ思案な子なのかもしれない、とはるかは感じる。

「あの」

 と、そこで予鈴が鳴った。あと五分で昼休みが終了する合図だ。

「あ……えと、じゃあ、私はこれでっ」

 はっと顔を上げると、真琴が廊下を教室と反対方向に駆けていった。

 呼び止める間もなく、彼女の姿は他の生徒達の影に隠れて見えなくなった。


―――


 午後の授業はあっという間に終わった。

 心配していた授業内容も幸い分校とそれほど変わらなかった。というか全体的な進み具合は分校の方がやや早い。唯一、英語だけは本校の方が難しかったが。

(本校もレベルが高かったはずなんだけど……)

 はるか達は知らないうちに、結構高度な授業を受けさせられていたらしい。


 六限目の後、帰りのホームルームになる。五十鈴は生徒達にいくつかの連絡事項を伝えると、最後に言った。

「それと、誰か小鳥遊さんを案内してあげてくれないでしょうか」

 すると何人かが勢いよく手を挙げた。それを見た五十鈴は考えるような仕草をする。

「部活動に支障が出ないよう、部に所属していない子にお願いしたいのですが」

 手を挙げていた子達がああ、と頷いて姿勢を戻す。彼女達はみんな部活動に所属していたらしい。

 そんな中、五十鈴はぐるりと教室内を見回すと一点で視線を止めた。


「そうですね……宇佐美さん、お願いできますか?」

 つられて隣を見ると、真琴が驚いたような顔で硬直していた。

「あ、ええと」

 彼女は一度はるかの方を見て、数秒押し黙ってから五十鈴へ視線を戻した。

「わかりました」

「ありがとう。それじゃあお願いね」

 五十鈴が頷き、日直に号令を促した。

 ホームルームが終わると生徒達はそれぞれに動き始める。何人かから挨拶されたので、その子達にははるかからも挨拶を返した。

 そうして数分もすると少しずつ人数が減り始める。


「それじゃ、小鳥遊さん」

 真琴は周囲の様子を窺いながら席に座っていたが、やがてそう言ってはるかを見た。

「うん」

 はるかは鞄を持って席を立つと、真琴と一緒に教室を出た。廊下もまだ教室同様、多くの生徒で賑わっていた。

「どこか行ってみたい場所、ってある?」

「うーん……」

 問われて、はるかは少し考えてから答える。


「屋上、って見られるかな」

「あ……入り口に鍵がかかってるはずだから、多分無理だと思う」

 駄目でもともとのつもりだったけれど、やっぱり入れないらしい。むしろ寮や校舎の屋上が開放されている分校の方がたぶん特殊なのだ。

「屋上に行きたかったの?」

「うん、それもあるけど……人のいないところから回れば静かになるかなって」

 真琴は賑やかなのが苦手そうだし、人が多いうちは話もしにくい。

 はるかの答えに真琴も頷いてくれる。


「そういえばそうだね。……それじゃあ」

 何か方針が立ったのか、彼女ははるかを先導して歩き始めた。

 階段を下りて一階に出ると少しだけ歩き、一つの扉の前で立ち止まる。

「ここなら少しは静かかも」

 校舎の外側ではなく内側に位置する扉。

 それを開いて一歩踏み出すと、そこは中庭になっていた。


「そういえば、こんな場所もあったっけ」

 何本もの木が植えられ、いくつか小さな花壇も用意されている。扉からは真っ直ぐに舗装された道が伸び、中央の広場を挟んで反対側の出口に繋がっているが、道の外側はむき出しの地面になっている。

 このタイミングでわざわざ立ち寄る者もいないのか、中庭は無人だった。


「宇佐美さんは中庭には良く来るの?」

 中央の広場に向かってゆっくり歩きながら尋ねると、真琴は首を振った。

「あんまり来ないよ。昼休みなんかは人も多いし」

 確かに。広場にはベンチもあるので、お弁当を食べるのにも使えそうだ。日焼けとか虫には気をつけないといけないだろうけど。

(緑があるのは、いいな)

 深呼吸をして中庭の空気を取り込むと、かすかに自然の匂いがした。


「小鳥遊さんって、少し変わってるね」

 横手から真琴の呟く声が聞こえた。

「そうかな?」

「うん。なんていうか、のんびりしてる」

 首を傾げながら振り返ると、真琴がくすりと笑って頷いた。


「ん……普段、そういう場所で過ごしてるからかな」

 分校での生活はとても穏やかだ。電車やバスは使わないし、テレビも殆ど見ない。立地だけでなく生活スタイルの面でも現代社会とは隔絶されているのかも。

「いいところなんだね、小鳥遊さんの学校」

「うん。いいところだよ」

 クラスメートとの質疑応答は真琴も間近で聞いていたはずなので、詳しい説明は省く。真琴も特に突っ込んだ質問をしようとはしてこなかった。


「それじゃあ、他のところもぐるっと回ろっか」

 その後、はるかは真琴の案内で本校の校舎を一通り見て回った。

 各種特別教室や学食、グラウンドなど、今日の授業でまだ訪れていない場所を見せてもらい、校門の前まで辿り着く。

 真琴はバス通学らしいので、ここでお別れすることになった。


「案内してくれてありがとう、宇佐美さん」

「ううん、気にしないで。私も、その。楽しかったから」

 一緒に校内を見て回るうちに少しは打ち解けられたのか、真琴の表情はだいぶ柔らかくなっている。それを嬉しく思いながら、はるかは彼女に微笑んだ。


「それじゃあ、また明日ね。宇佐美さん」

「うん。また明日」

 小さく手を振って真琴と別れ、駅へ歩き出す。


(えっと、駅から電車に乗って、家の最寄駅で降りて歩いて帰るんだよね)

 慣れない帰宅手順を脳内で思い返していると「初日が終わった」という実感が湧いてきた。

 ふぅっと、口から良い意味のため息が漏れる。

「この分なら無事に過ごせそうかな」

 なるべく穏やかに、でも出来るだけ土産話を用意して帰ろう。

 そう思いながら足を進めていると、不意に鞄の中のスマートフォンが振動した。手に取って確認すると、飛鳥からのメールだった。


(どうしたんだろ)

 何気ない疑問と共にメールを開いたはるかは、その文面に思わず足を止めた。

『やばい。本校から来た子、結構変な子かも』


 一体何があったのか。

 ふと頭上を見上げると、遠くの空にたくさんの雲が浮かんでいた。

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