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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
憧れの場所と、やってきた少女
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憧れの場所と、やってきた少女 2

 翌日の放課後、はるかは本校行きを決めたことを真穂に報告した。

「……そう、わかった。じゃあそういうことで話を進めるわ」

 真穂も半ば予想はしていたのか、特に何も言わず了解してくれた。


 また、しばらく『ノワール』を空けることについても、圭一達からあっさりと許可が出た。

「普段の営業は私や飛鳥さんで十分に対応できますし」

「文化祭も基本的に通常営業のつもりだから、そう話し合う事も無いだろう」

 もし、何か相談事があればメールや電話で連絡を取り合うということで落ち着いた。


 ……と、話は概ねスムーズに進んでいったが、唯一、はるかの本校行きに不安を見せたのが昴だった。

 彼女には昼食の際に決心を伝えたのだが、頷いてはくれたものの昴は表情を曇らせてしまった。

「ごめんね、昴。ちょっとだけ寂しくなると思うけど……」

「いえ……私こそすみません。長い間、お会いできないわけでもないのに」

 そう言って微笑んでくれるも、やはりどこか表情が硬い。


(昴を悲しませたいわけじゃないんだけど……)

 どうしたものかと考えていると、隣に座った飛鳥に脇腹をつんつん突つかれた。

「はるかってさ。昴にはこの学校を選んだ理由、ちゃんと話してたっけ?」

「……あ。そういえば」

 飛鳥と真穂には特待生絡みで一緒に説明していたけれど、昴達には詳しく話したことはなかったかもしれない。志望動機の話なんて友達同士ではあまりしないので、すっかり忘れていた。

 いい機会なので話しておいた方がいいかもしれない。


「理由、ですか?」

「うん。私が清華学園に入学したのは、お姉ちゃんに憧れたからなんだ」

 姉の深空に憧れて清華学園を受験したことを昴に話して聞かせた。

 ただし、特待生のことや本当の性別に関わる部分はぼかす。本校も受験したが合格しなかった、という風に伝えると昴も納得してくれた。

「本校と分校は別途、入学試験を実施していますものね」

 それから彼女はふっと息を吐いて、柔らかく微笑んだ。それを見て、はるかはほっと胸を撫で下ろした。


「はるかさんにそんな事情があったなんて、今まで知りませんでした。たくさんお話をしたつもりでしたが、まだまだ知らないことがあるんですね」

「まだ会ってから半年経ってないもん。あたしだって同じだよ」

 昴の呟きに飛鳥が頷き、二人は何やら視線を絡ませると頷きあった。

 それがどういう意図なのか、はるかにわからなかったが。


(知らないこと、か。そうだよね)

 はるかだって同じだ。夏休みに飛鳥の家へ行ったし、二泊三日の海水浴では昴とゆっくり話す機会もあった。けれどお互いに知らないことはまだまだ沢山ある。


「本校へ行く前に、またお泊り会でもしよっか」

 少しでも多く飛鳥達と触れ合うために。そう思って口にすると、昴達が驚いたような顔をする。

「あれ……? 何か変なこと言った?」

「あ、ううん。はるかが自分からそういうこと言うの珍しいから」

「はい。少しびっくりしました」

 そういえば、たいてい何かを言い出すのは飛鳥なので、あまりはるかが提案する機会は多くなかったかもしれない。

 特に意識していたわけではなかったのだけれど。

(もっと、私からも努力しないと駄目かな)



 そして。

 はるかの提案したお泊り会は、次の土曜日の夜に開かれた。

 内容としては以前開かれたパジャマパーティと同じ、ちょっとしたお菓子と飲み物、あとはそれぞれの言葉だけがメインのささやかな催しだった。こういうイベントの常で、意気込んで開催した割に、蓋を開けるとただの雑談会と化してしまったが、だからこそ、三人が出会う前のことなども気軽に話すことができた。

 ――小さい頃の話をひとつするにも、はるかはエピソードを選んだり細部を誤魔化さなければならず苦労したが。

 会は和やかなうちに終わり、最後はまた三人で一緒のベッドに眠った。

 次の月曜日からは、生徒交流のための事前注意や打ち合わせが始まった。おかげで放課後に『ノワール』へ行ける時間も減り、はるかは慌ただしい生活を送ることになった。

 そうして、十月があっという間にやって来た。


 *  *  *


 生徒交流の代表生徒は、結局各校一名ずつで確定したらしい。

 栄えある(?)一回目の代表に選ばれたはるかは、本校に行く日程が来る前から打ち合わせなどで忙しくしていた。全校集会にて壇上で紹介された際は物凄く恥ずかしそうで、飛鳥はそんなはるかを微笑ましく見守った。


 そんなある日。何故かはるかと一緒に飛鳥が打ち合わせに呼ばれた。

 何かと思ったら、本校から来る生徒の受け入れ態勢について相談があるのだという。

「小鳥遊さんは実家から通うけど、向こうの子はそうもいかないでしょ? だから寮の部屋をあてがうことになるんだけど」


 その方法として幾つか案があり、場合によっては飛鳥の協力が必要になるらしい。

 方法は大まかに二種類で、一つは空き部屋を一人で使ってもらうこと、そしてもう一つは誰かと相部屋にすることだ。

「学校生活の体験、ということを考えると相部屋がいいんだけど、その場合」

「ああ、あたし達の部屋を使ってもらうのが一番楽ですよね」


 一年生は偶数人数だったはずなので、他にあぶれている子もいない。一時的に部屋割を組み替えるとかを考えなければ、空いたところに入ってもらうことになる。

 むー、と飛鳥は少し考えてから答えた。


「本校の子とはるかが良いなら、あたしは構いませんけど」

 人見知りはしない方なので、初対面の子と寝泊まりするのにはあまり抵抗がない。むしろ本人達の希望の方が大事だろう。

 特にはるかは、ある程度私物を残して寮を離れないといけないだろうし。

 そう思ってはるかを見ると、笑顔で返事があった。

「うん、私も大丈夫」

 そっか、と飛鳥は軽く頷く。服や下着はもちろん小物類まで、はるかは男物を一切持ち込んでいない。所持品から正体を怪しまれることもそうそう無いだろう。


「ありがとう。向こうの子もそれでいいって言ってるみたいだから、決まりね」

「わかりました」

 話が一段落した後、飛鳥は真穂に尋ねてみる。


「そういえば、相手の子はどんな子なんですか?」

「向こうの子も一年生よ。名前は……佐伯奈々子さえきななこさん」

 真穂はついでに資料の写真をちらりと見せてくれた。黒髪を肩の先まで伸ばした、やや気の強そうな目をした少女だった。

「成績は良好、生活態度も良し。資料だと大人しい子、ってことになってるみたい」

 大人しい子。

 そのフレーズが先程見た写真のイメージと結びつかず、飛鳥は眉を顰めた。

 真穂も似たような感想なのか、付け加えるように言ってくる。


「あくまで教師から見た印象だから、本当のところは違うかもね」

 やっぱり、詳しいところは会ってみないとわからないようだ。

 相談の後ははるかと二人で『ノワール』に向かう。


「ところでさ、はるか。向こうで彼女とか作っちゃ駄目だからね」

 ふと道中の思い付きでそんなことを言ってみた。

「え? しないよ、そんなこと」

 はるかは顔を赤くして戸惑ったように答えるが、そこに敢えて含み笑いで畳みかける。


「どうかなー。はるかって結構、女の子に人気あるじゃん」

「うう、喜んでいいのかわかんないけど……一応、気をつけてみる」

「よろしい」

 もっともらしく頷いてみせると、はるかはほっと息を吐いて微笑んだ。そんな何気ない仕草が可愛らしい。


 今の話は半分以上冗談のつもりだが、逆に言うとちょっとだけは本気だ。

 実際、はるかのことを気に入っている女の子は結構いる。飛鳥自身を含め、昴に由貴、それから司。あとは妹の弥生も割とはるかのことを気に入っていた。二週間で本校の誰かから告白されたりする可能性もゼロではないと思う。

 もちろん、そこまで本気で心配しているわけではないけれど。


(でも、割と他人事でもない気はするんだよね)

 例えば二人の親友なんかは割と気にしているのではないだろうか。

「ね、昴。本当はまだちょっと引きずってない?」

 九月三十日、土曜日。次の月曜日から本校に通うため、はるかが定期便で帰った後、飛鳥は自室に昴を招いた。

 本校の生徒が来るのは明日の便なので、今日は部屋に一人になる。それを利用して、ちょっとした内緒話だ。


「引きずる、というと?」

 はるかのクッションを抱いて座る昴は、飛鳥の言葉にぴくりと反応しつつも、平静を装ってそう聞いてくる。けれど少し観察すればクッションに込めた力が先程より強くなっているのが簡単にわかった。

「やっぱりまだ寂しいんでしょ? はるかと離れるの」

「……それは、もちろん寂しいです。でも、仕方ないじゃないですか」

 昴はかなりの意地っ張りだが、飛鳥と二人の時は素直になってくれることもある。

 今日もやや渋々といった様子ながら心境を吐露してくれた。


「飛鳥さんこそ、寂しくないんですか?」

 と思ったら今度は飛鳥自身に矛先が向けられた。睨むように見つめられるが、瞳がほんのり潤んでいるせいか、怖いというより可愛らしく見える。

 ついくすりと笑ってしまうと今度は強く睨まれたので、質問の方へ意識を切り替える。


「そりゃ、まあ。寂しいけどさ。ずっとお別れでもないし、メールとか電話はできるから、あたしは大丈夫かな」

 昴の反応を見ていると、自分は冷たいのかな、と思わなくもないが。

 あるいは、はるかの正体を知っているか知らないかの差だろうか。

(……ん? それだと逆かな? まあいいか)


「そう、ですか」

 昴が視線と肩を落とすので、ぽんぽんと肩を軽く叩いてやる。

「はるかが傍にいないのが怖い?」

 優しく尋ねると、昴はゆっくりと首を振った。

「いえ、その。なんだか、はるかさんを取られてしまうような気がして」


 本校行きをはるかが喜んでいたこと。

 生徒交流中、はるかの部屋を本校の生徒が使うこと。

 分校の文化祭準備にはるかが関われず、逆に本校の準備に参加すること。

 それらが、はるかが奪われる予兆のように思えたのだという。


(なるほど。本校にはるかが取られちゃうってことか)

 言われてみれば理解できる。この学校内の、はるかの居場所が少しずつ狭まっていると言えば、確かに現状、そうなっている部分がある。

 けれど。


「大丈夫だよ、昴」

 顔を上げた昴に飛鳥は微笑んで見せる。

「はるかはあたし達を放って帰ってこないような子じゃないでしょ」

 それに、

「万が一、はるかが帰ってこないとか言い出したら、絶対に連れ戻せばいいよ」

 多分、その時は飛鳥だって平静ではいられない。むしろ率先してはるかの所へ乗り込んでしまうかもしれない。

 そう言うと、昴は驚いた顔をした後、くすっと笑った。


「そうですね。……ありがとうございます、飛鳥さん」

「うん」

 どうやら話した成果も少しはあったようだ。

 昴に頷きを返しながら、飛鳥はふと思う。

(でも、なんか昴、はるかのこと好きすぎじゃない?)

 いっそ告白しちゃえばいいのに。そうしたら少しはすっきりするかもしれないし。

 ……まあ、でも。そこまでいくとさすがにただのお節介じゃ済まないか。


 飛鳥は軽く天井を見上げると、昴に気取られないように小さなため息を吐いた。

2015/8/20 佐伯奈々子のルビを修正しました。

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