憧れの場所と、やってきた少女 0
都内を走る朝の通勤電車は、およそ満員と言っていい状態だった。
座席が完全に埋まっているのは当然として、吊り革の前にもずらりと人が並んでいる。降車口前の空間もまた同様で、通学鞄を抱き直すとかその程度の動作が精一杯、不用意に足を上げようものなら下ろす先が無くなりそうな有様だった。
(やっぱり夏服も用意しておくんだったかな……)
人口密度と気温のせいで少し息苦しい。夏が終わり月も昨日で十月に変わったものの、今日の日差しはだいぶ強い。出掛けに見たニュースによると今日は九月中旬並の気温となっていたか。
これが毎日続くとなると気が滅入りそうだ。
そう思いながら揺られていると、しばらくして電車がゆっくりと減速を始めた。どうやら今日のところはこれで解放されるらしい。
ホームへ着き、軽い排気音と共にドアが開くと人波に沿って電車を降りる。
駅の階段、改札を経て駅舎を出れば、周囲には同じ制服を着た生徒達の姿があった。衣替えの移行期間中なので夏冬どちらの制服も見かける。ただ、やっぱりどちらかというと夏服が多いか。
通学路に沿って歩いていくと制服姿がだんだんと多くなる。しかし歩いているのは女子生徒ばかりで、男子の姿は一つもない。
向かう先が女子校なのだから当然だが、目新しい光景にくすりと笑みがこぼれた。
脇を車の行き交う道を歩き、やがて横断歩道を渡った先に目的の場所が姿を現した。
私立清華学園高等部。
年季の入ったプレートを掲げる校門の前に立って見上げれば、視界の先に校舎が見えた。
分校に比べると古めかしい、煉瓦造り風の建物。
かつて三度だけ入ったことのある憧れの学び舎を眺め、ほうっと息を吐いて。
「よしっ」
小鳥遊はるかは強い意気込みを胸に校門をくぐった。
姉の母校にしてかつての目標――清華学園の本校に、生徒として通うために。
夏休み明け編のプロローグ。次話以降は隔日くらいで更新予定です。