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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
夏休みのできごと
71/114

香坂圭一:夏の海と少女達 後編

 幸い、翌日は予報通りの晴れ模様だった。

 圭一達は朝食を昨晩の残り物で済ませ、お弁当を用意すると早速海へ出かけた。昨日我慢した分、午前中から目いっぱい遊ぶ算段だ。

 ビーチへは別荘から車で移動した。パラソルや折り畳み式のビーチチェア等、重量物が多いため、積み込みと運び出しは圭一も協力させてもらう。そうして辿り着いたビーチは当然ながら無人で、周囲の騒音も少なく、波の音がしっかりと聞こえる。


「やはり、貸し切りというのはとても贅沢ですね」

 昴の小さな呟きには、圭一も大いに賛成だった。

「さて。パラソルとかの準備は僕等でやるから、小鳥遊さん達は遊んできなよ」

 砂浜の中央あたりに荷物を下ろした圭一は、はるか達に向けて告げる。

 すると三人は、一瞬、戸惑った表情を浮かべたもののすぐに頷いた。

「ありがとうございます、香坂先輩」

 それからお互いに顔を見合わせ、それぞれ身に着けていた衣服を脱ぐ。するとその下から水着が現れる。ビーチには更衣室が無いため、別荘で着替えを済ませていたのだ。


(うん、ほぼ予想通りだ)

 華やかな姿となった三人を眺めた圭一は、いつぞやの予想が的中したことを喜ぶ。

 まず、昴は以前に購入した白と紺のビキニ姿だ。色白でスタイルの良い昴に良く似合っている。対してはるかは薄い水色ベースのセパレートタイプ。布面積は広めで、由貴の予想通り腰にはパレオを巻いている。また、飛鳥は橙色をメインとした活動的な水着だった。


「昴の思惑も上手くはまってくれたかな」

「そうですね。それに、皆さん楽しそうです」

 ほっと息を吐くと、隣に立った由貴がそう言って頷いた。

 はるか達は互いの水着に視線をやると、やや恥ずかしげに頬を染めて微笑み合っている。着替えは別々にしていたようなので、彼女達も今この場で初めて目にしたのだろう。


「皆さん、きちんと準備運動だけはしてくださいね」

 適当なタイミングで由貴が声をかけると、揃って顔を上げた三人は明るく返事をした。

 小走りに海へ向かい、波打ち際で準備運動を始める彼女達を眺めつつ、圭一は由貴や亜衣と協力して荷物を広げる。ビニールシートを砂の上に敷き、チェアを置いてパラソルを立てる。


「じゃあ、僕は適当に寛いでるから由貴も遊んで来るといい」

 わざわざチェアを用意したのはそのためだ。

 早速、チェアに身体を預けつつそう言うと、由貴にくすりと笑われた。

「かしこまりました。では、お言葉に甘えさせて頂きますね」

 それから由貴はシャツを脱ぎ、水着姿になると亜衣に一礼する。


「先輩。圭一様のこと、よろしくお願いいたします」

「うん、任せて」

 由貴がはるか達の元へ駆けて行くと、後には脱ぎ捨てられたシャツと荷物だけが残った。

 傍らで由貴を見送っていた亜衣はふっとため息をつくと、シート上に屈みこみ、四人分の着衣を畳み始めた。

「いや、先輩、なんて言われるとさすがに緊張しますね……」

「……だろうね」

 ふっと笑って、圭一は荷物の中から自分用の水筒を取り出した。中身は由貴が用意してくれたアイスティーだ。コップに注ぐだけなので、さすがに給仕は必要ない。


 視界の先では、由貴を加えたはるか達が水遊びを始めていた。まずは足まで海に浸かり、水のかけあいに興じているようだ。さっさと泳げばいいような気もするが、あれはあれで楽しいのだろうか。

「ところで、ご主人様」

「ん?」

「ここだけの話、純粋な好みで言うとどの子が一番ですか?」

 いきなりの話題過ぎて、思わず口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになった。



 海の傍で読書をするのも微妙なので、時間潰しの方法は必然的に雑談となった。

 一応仕事だからと、海に入る気のない亜衣と他愛もない会話を交わしつつ、圭一は紅茶を片手にぼんやりと過ごす。

 はるか達はしばしの水遊びの後、本格的に海水浴を始めたようだった。競争をしたり、逆に個人で好きなように泳いだり、やや沖合でただ海に浮かんだりと、様々な形で海を満喫していた。

 お昼時になると四人が揃って戻ってきて昼食になった。なるべく手軽に食べられるようメニューはサンドイッチだけだが、種類が豊富なため飽きる心配はなかった。

 チキンカツと千切りキャベツのサンドに、トマト・レタス・チーズのサンドイッチ、ゆで卵を潰してマヨネーズとマスタードで和えたタマゴサンド、更にはスライスした玉葱とツナを混ぜ胡椒を利かせた変り種まで。味的にも満足のいく出来に仕上がっている。


(体育祭の時のサンドイッチよりも美味しいな)

 キッチンの質が違うのと、はるか達の上達のおかげだろう。

「サンドイッチなら『ノワール』のメニューに加えてみてもいいかもしれないね」

「そうですね。注文を受けてから調理してもそう時間はかかりませんし」

 食後の一休みを終えると、少女達はまたそれぞれに散っていく。飛鳥と由貴は泳ぎ足りないのか海へと向かい、昴は近くで砂遊びを始める。

 そんな中、はるかはビニールシートの上に留まって荷物を探っていた。どうやら日焼け止めを塗り直すらしい。そういう所を欠かさない辺りはマメだと思う。


 手伝おうか。

 しばらくして日焼け止めのチューブを取り出したはるかに、そう声を掛けようとして、圭一は思いとどまる。実際には同性だからと軽い気持ちで言いかけたが、見た目的にセクハラになりそうだ。

「昴」

 代わりに昴を呼んで、はるかを手伝うよう勧めてみた。

「はるかさん、私がやらせて頂いても構いませんか?」

「あ……うん、もちろん。ありがとう、昴」

 わざわざ悪いと思ったのか、はるかは一瞬考えるような顔をしたものの、すぐに笑顔で頷いた。二人がビニールシートの上で作業を始める。


「ナイスです、ご主人様」

 亜衣が耳元で囁き、にやりと笑った。確かに、昴が嬉しそうに微笑んでいるのを見ると声をかけて正解だったと思う。

「こんな感じで大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。すごく気持ちいい」

 シートに寝そべったはるかの肌に、昴が日焼け止めを滑らせていく。軽いマッサージを兼ねているのか、はるかは目を細めて心地よさそうにしている。


(しかし、小鳥遊さんの肌は綺麗だな)

 男性としてはかなり白く、きめ細かい肌にあらためて感心する。本物の女子に混ざって違和感がないのだから、おそらくは生来の肌質に加え、入念な手入れの成果でもあるのだろう。

「……?」

 と、思わずまじまじと見つめてしまっていたらしく、視線に気づいたはるかと目があった。慌てて「何でもない」という顔を作って目を逸らす。

 横で亜衣が、あの子がお気に入りなのか、という顔をしていたが、断じてそういうわけではない。

 何となく海の方へ視線をやると、由貴と飛鳥がじゃれ合うように肌を絡めていた。



 結局、はるか達は午後も思いっきり遊び続けた。

 砂遊びや二対二のビーチバレーなどといった水に入らない遊びも含め、思いつくまま身体を動かす彼女達の姿に、圭一は驚きと呆れを覚えた。

「あれだけ遊んでたら疲れ果てそうなものだけど」

「お友達と一緒ですしね。楽しくて疲れなんて気にならないんでしょう。……ご主人様こそ、ちょっと枯れ過ぎじゃないですか?」

「そう言われてもな……。別に泳ぐのはそこまで好きでもないし」


 などと言いつつ、午前同様、チェアの上で寛いで過ごしていると、ビーチバレーを終えた飛鳥が駆け寄ってきて、無理矢理に海まで連れ出された。

「香坂先輩も泳ぎましょうよ」

「はは……。じゃあ、少しくらいは泳ごうかな」

 泳ぎはあまり好きではないが、泳げないわけではない。軽く何本か泳ぎ、四人から水かけの集中砲火を受けた後で解放してもらう。

 その間、僅か三十分程だったが、チェアに戻ると結構な疲労感があった。

「お疲れ様です」

「ありがとう。……やっぱり、僕はこっちにいる方が性に合ってるかな」



 別荘に戻ることになったのは、日が暮れ始めた頃だった。

 車で別荘に戻り、交代でシャワーを浴びると、亜衣を除く女性陣はさすがにぐったりしていた。

「これ、明日すごい筋肉痛かも……」

「ふふ。じゃあ、交代でマッサージでもしませんか?」

「あ、いいですね、それ」

「なるほど……。そうすれば少しは楽になるかもしれませんね」

 じゃんけんの結果、はるかと由貴、昴と飛鳥がペアになる。やや気恥ずかしそうなはるかと昴が、由貴や飛鳥に乗せられるままマッサージを受け、相手に返している。


「……ところで、夕食は大丈夫かい?」

 少女達の甘い声や艶姿を意識しないようにしつつ亜衣に問いかけると、一人元気な彼女は笑って頷いた。

「大丈夫ですよ。もともとバーベキューの予定でしたから」

 具材を切って串に刺すのと、あとはご飯を炊く程度で準備は完了らしい。確かにそれくらいなら亜衣一人でもなんとかなる。

「じゃあ、機材の準備くらいはさせて貰おうかな」

「お願いします」

 オープンテラスというか広めのベランダ的な空間にバーベキューセットを設置し、普段は屋内にしまってある椅子やテーブルを並べる。

 何度か内外を往復していると、マッサージを終えた四人も手伝いたがったが、由貴以外の三人には遠慮してもらう。


「こういうのは男手に任せておけばいいんだよ」

 そう言うとはるかがぴくりと反応したが、それは無視した。

 程なくして準備は完了し、炊飯が終わったところで夕食となった。時間的には少し早いが、運動したおかげで空腹だったのだろう。肉や野菜が刺さった串が、焼ける傍から減っていく。もちろん、炊飯器の中のご飯も。

 ふと空を見上げればもうだいぶ暗くなり、星の光も見え始めていた。

「そろそろ、旅行も終盤か」

「いやいや、まだまだですよー」

 独り言のつもりだった台詞に返事があって、振り返ると飛鳥が立っていた。

 驚いた圭一が目を瞬いていると、彼女はにっこり笑う。


「まだこれから映画見たり、布団の中で話したり、帰りの車だってありますよ」

 あれだけ遊んだというのに、すぐ就寝するつもりはないらしい。

「明日、起きられなくても知らないよ」

「それは……いざとなったら由貴先輩が起こしてくれますし」

 自分で起きる自信はないのか。

 僅かに目を逸らして呟いた飛鳥を見ていると、ふっと笑みがこぼれた。


「起こす役は小鳥遊さんか昴に頼んだ方がいいかもしれないよ」

「あら。じゃあ、折角ですし今日は皆で寝ましょうか」

 いつの間にか他の面々も近づいてきていたようだ。

「賛成です。皆で寝るのってお泊りっぽくていいですよね!」

 歓声を上げる飛鳥に苦笑しつつ、圭一は昴達に目を向ける。

 微笑んで佇む彼女達は、何やら計画を練り始めた由貴と飛鳥を眺めていた。


「二人とも、ストッパー役は任せるよ」

「あはは、わかりました」

「ええ、任されます」

 それぞれに頷いた後、昴がふと声を上げる。

「あるいは、いっそ圭一も一緒でも構いませんが」

 馬鹿なことを言わないで欲しい。

「いや、それは遠慮しておくよ。巻き込むなら亜衣にしてくれ」

 万が一、何か問題が起きたら言い訳できない。


(いや、やましい気持ちは決してないけど)

 むしろ男女比的に身の危険すら感じるので丁重にお断りし、圭一は一人、自室のベッドで休んだ。

 女性陣は何やら遅くまで騒いでいたようではあったが、圭一の夜は静かに過ぎて行った。



 翌朝はほとんど遊ぶ間もなく別荘を後にすることとなった。

 ありあわせの軽い朝食を摂り、手分けして片づけや掃除を行ってから別荘を出る。亜衣の運転する車に乗り、昼過ぎには東京駅へ辿り着いた。

 ここからひと遊びする位の時間はありそうだが、そうもいかない。昴や飛鳥の地元が遠方にあることを考えると、なるべく早めに解散する必要がある。そのため、近場の店での昼食後(和食がいいという飛鳥の希望で蕎麦屋に入った)、駅前で解散した。


「香坂先輩、由貴先輩、亜衣さん。本当にありがとうございました」

「凄く楽しかったです。また行きたいくらい」

「お世話になりました。またお会いしましょう」


 ここで別れるのは、はるかと飛鳥、それから昴だ。荷物を手に笑顔で頭を下げる二人に、由貴達と共に声をかける。


「ああ。三人とも、また二学期に」

「帰り道も気を付けてくださいね」

「皆さん良い方だったので、私も楽しかったですよ」

 手を振って去っていく三人を見送り、亜衣が車を発進させる。

 東京駅が見えなくなってしばらくした頃、後部座席から深い吐息が聞こえた。


「お疲れ様でした、由貴様」

 バックミラー越しに確認すれば、由貴がシートへ深く身体を沈ませて目を閉じる姿が見えた。その顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。先程まではしゃいでいた反動が出たのだろう。

 『ノワール』ではメイド服を着て、甲斐甲斐しく立ち仕事をこなしている彼女だが、本来は単なる年頃の少女だ。決して並外れた体力があるわけではない。常時演技を続けたまま周囲に気を配り、そのうえ全力で旅行を楽しもうとすれば負担がかかって当然だ。

 口元に浮かんだ満足げな笑みを見る限り、後悔は全く無いようだが。


「屋敷に着いたら肩でも揉みましょう」

「ありがとう。でも、肩だけじゃなくて全身お願い。結構怠くて」

 これは重症だな、と思いつつ圭一はすぐさま返答する。

「かしこまりました」

 はるかの身体に触れることを躊躇った時と違い、迷いはない。といっても勿論、異性の柔肌に対して思う所がないわけではないのだが。

 主人の、由貴の疲れを癒すことは圭一にとっては何よりの喜びだ。


「ああ、誰が好みか、なんて考えるまでもありませんでしたね」

 亜衣がくすりと笑って小さく呟くが、圭一はそれには答えない。

 由貴は既に自分の席で寝息を立てており、亜衣の呟きは聞いていないようだ。

 圭一はほっと息を吐くと、もう一度、先程の言葉を繰り返した。


「お疲れ様でした、由貴様」


 軽く開いた窓から吹き込んでくる風が、なんだか心地よかった。

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