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出会いの季節 5

 特に断る理由もなかったので、はるか達は昴の誘いを二つ返事で了承した。

 昴の先導で歩きつつ行き先を尋ねると、目的地は意外にも学校の敷地内だという。

「外に出るわけじゃないんだ。学食と購買以外にご飯食べられるところがあるの?」

「ええ。ここからだと少々、遠回りですが」

 人の多い昇降口前を迂回しつつ、学食とは反対側の方向、メインストリート横切った向こう側へ移動する。そちらは主に部室棟のある一角だった。

 しばらく歩き、いくつかの建物に分かれた部室棟の一つにさしかかる。すると昴は建物の入り口を無視して側面に回り込んだ。脳内に「?」マークが浮かんだが、そのまま付いていくと建物の側面の壁にぽつんとひとつドアがあった。


「こんなところにドア?」

「昨年、後から付け加えたのだそうです。私も来るのは初めてなので半信半疑でしたが」

 昴も来たことのある場所ではないらしい。にしては落ち着いた様子ではあるが。

 ドアには小さなプレートが掛けられており、プレートには英字で何かが書かれていた。それを見た飛鳥が文字を読み上げる。

「カフェ、ノワール? カフェってことは、喫茶店? こんなところに?」

 首を傾げた彼女の表情は大分怪訝そうで、それにははるかも同感だった。一方、昴は既に知っていたようで、特に驚いた様子も見せなかった。

「ええ。会員制らしいので、ほとんどの生徒が知らないはずですが」

 言われてみれば、プレートの文字は飛鳥が読み上げた分で終わりではない。続けて『会員限定(member only)』と書かれている。


「会員制って、入っても大丈夫なんですか?」

「一応、私が会員ということになっていますので」

 はるかが尋ねると、そんな答えが返ってくる。そういうことなら問題はないのだろうが、会員とはどういう基準で選ばれているのだろうか。

 ただ、昴がドアに手を掛けるのが見えたので、それ以上の疑問は後回しにした。

「わ……」

 開かれたドアの向こう側に広がった景色を見て、つい小さく声を上げた。

 そこは確かにカフェだった。

 広さは教室を半分にしたよりはやや広いくらい。床面は教室と同じフローリングだが、壁にはペールトーンの壁紙が貼られている。部屋には白いテーブルクロスのかかった丸テーブルが四つ並べられ、各テーブルに木製の椅子が四脚ずつ備わっている。椅子とテーブルはどちらも木製で、凹凸を極力排した丸いデザインが印象的だ。

 室内には入り口とは別に隣室に続くドアが一つあり、また入り口とは反対側の壁には大きめの窓が二つある。

 そこまでざっと室内の風景を認識した後、はるかはカフェ内に一人、既に人の姿があることに気づいた。入り口から一番奥の席に制服姿の少年が座っている。何やら優雅にティーカップを傾けていた彼は、はるか達の入室に気づいて顔を上げた。


「……おや。いらっしゃい」

 身長は男子としては平均程度だろうか。はるか達とそう変わらない年齢のはずだが、それにしては大分落ち着いた雰囲気がある。同性であるはるかが客観的に見ても中々の美形だ。

 昴が一歩進み出て、彼に向けて挨拶をする。

「こんにちは、圭一」

「久しぶり。後ろの子達はクラスメートかな?」

 二人は顔見知りらしく、相手の少年も微笑みを浮かべてそれに答える。

「ええ、そうです。一緒にお邪魔しても構いませんか?」

「もちろん。どうぞ、入ってくれ」

 そう促されたので、はるか達も昴に続いて部屋に踏み入れた。はるかが最後に入ってドアをそっと閉じる。


「お、お邪魔します」

「あ、あたしも」

 多少気後れしつつ声をかけると、少年は気にした様子もなく鷹揚に手を上げて答えた。その間に昴は歩を進め、少年と同じテーブルにつく。飛鳥と顔を見合わせ、それに倣って同じテーブルについた。何故か、昴は少年の正面の席に座らなかったので、仕方なくはるかがその位置につく。飛鳥は残った昴の正面の席だ。

 全員が席に着くと、昴が再び口を開いた。

「思ったよりもいいところですね」

「ありがとう。案外早く来てくれて嬉しいよ」

「ええ、本当はあまり来るつもりもなかったのですが」

 相変わらず二人とも穏やかな口調で言葉を交わしていたが、二人の間の空気はどこか仲良しというわけでは無いように感じた。といって険悪というほどでもない。印象としては、昴が一方的に苦手意識を持っているという感じだろうか……?

 そんな風に二人の会話を窺っているうちに、自己紹介のタイミングを逃してしまった感があった。飛鳥と目配せしあい、もうしばらく様子を見ることにする。


「そういえば、あの子はどちらに?」

「今は隣の部屋にいるよ。もうじき来るんじゃないかな」

 あの子? という疑問の答えはすぐに訪れた。

 少年が答えてすぐ、言葉通りに隣の部屋への扉が開いたからだ。

 入ってきたのは一人の少女だった。制服ではなく何故かロングスカートのメイド服を着用しており、クッキーの盛られたトレイを手にしている。彼女はすぐはるか達に気づき、ドアの前で会釈をした。

「いらっしゃいませ、昴。それから……ご友人の方、でよろしいでしょうか」

「こんにちは、由貴。お久しぶりです」

 やはり彼女もまた昴の知り合いらしい。

 ちょうどいいタイミングのようなので、ここで自己紹介をする。

「初めまして、小鳥遊はるかです」

「あたしは一ノ瀬飛鳥っていいます。間宮さんとは同じクラスです」

 二人でぺこりと頭を下げると、由貴と呼ばれた少女はにっこりと微笑んだ。


「小鳥遊様と一ノ瀬様ですね。私は二年の姫宮由貴と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「同じく、二年の香坂圭一だ。よろしく、二人とも」

 少女に続けて少年が名乗り、更に昴が補足する。

「二人とは以前からの知り合いなんですよ」

「学年は違うけどね。まあ、友人みたいなものかな」

「なるほど……」

 ということは、由貴もこの学校の生徒のようだ。圭一も含め二人とも、はるか達から見ると一学年先輩になる。

「あの、ちなみに姫宮先輩はどうしてメイド服なんですか?」

 そこで飛鳥が由貴に尋ねる。確かに、それはまず解消しておきたい疑問だった。

「それは、私は圭一様にお仕えしているメイドだから、ですね」

「メイド……って、お金持ちが雇うあれ?」

「ええ、そうですよ。ですからこれは仕事着のようなものですね」

「うわ……すごい、あたし本物のメイドさんって初めて見た」

 もちろん、はるかもまた実物を見るのは初めてだった。そう言われて見てみれば、由貴の身に着けているメイド服はメイド喫茶などによくあるミニ丈のものではなく、ロングの本格的な品だ。色も黒で、生地や仕立ても上等そうだ。

「でもメイドさんって、本当にそういう衣装を着るものなんですね」

「ちなみに誤解の無いように言っておくと、衣装の選択は由貴の趣味だよ。僕が無理矢理着せているわけではないから、そこだけは分かってほしい」

 はるかが感嘆すると、すかさず圭一が付け加えた。譲れないポイントだったのか、割と目が真剣だった。

 が、それが気に入らなかったのか由貴が抗議していた。

「酷いです圭一様。今それを言ったら台無しです。本当のことですけど」

「本当なんだ……」

 つまり、由貴は確かに圭一のメイドだしメイド服も実際に仕事着だが、その衣装を選んだのは由貴個人の自由意思、ということか。ちょっと変な感じだが、主従とは言っても割とフランクな関係なのだろうか。


「それじゃ、姫宮先輩は普段からメイド服を着てるんですか?」

「いえ、さすがに普段は制服ですよ。残念ながら寮のお部屋も別々ですので、こうして圭一様にメイドとしてお仕えできるのはこのカフェの中くらいですね」

 その辺りはさすがにきちんとしているらしい。まあ、メイド姿で登校なんてしようものなら目立って仕方ないだろうし、校則の問題もあるのだから当然だが。

「さて。それでは私は皆さんの分のお飲み物を用意して参りますね。よろしければこちらのクッキーもお召し上がり下さい」

 そう言って由貴は手にしていたクッキーの皿をテーブルに置いた。手作りなのか、まだほんのり暖かそうに見える。このうえ飲み物まで用意してくれるというのか。

「あ、そんな。おかまいなく」

 それは悪いと思って声を上げたが、昴にそれを制された。

「小鳥遊さん。そもそもここはカフェですので、遠慮することはないかと」

「あ、そういえばそうですね……」

 彼女の言う通りだった。加えて言えば、そもそもここに来た目的は食事をするためだった。少し恥ずかしくなったが、圭一と由貴の話にインパクトがありすぎたせいだ。


「由貴、できたら何か軽い食事もお願いできますか? 私達、昼食をとっていないもので」

「かしこまりました。少々お待ちくださいね」

 昴は言葉通り遠慮せず更に注文をつけたが、由貴はそれに嫌な顔もせず頷いていた。それから恭しく頭を下げて、隣の部屋に戻っていく。

(食べ物も注文できるんだ)

 注文というと、そういえばメニューはどこだろうか。気になったので圭一に尋ねると、彼は笑って答えてくれた。

「ああ、今のところメニューは用意していないんだ。見ての通り二人なもので、人手が足りていないからね。会員制ってことで、友人にその時出来るもてなしをしている程度なんだ」

「あ、なるほど」

 カフェといってもそう本格的なものではなく、身内要素の強い場所ということらしい。確かに、圭一と由貴だけでやっているのなら凝ったメニューは大変だろう。

「そんな訳だから、今日のところはお代の心配はしなくていいよ。もし次回以降も来てくれたら請求するかもしれないけど」

 つまり、今日のところは無料でいいらしい。あまり遠慮するのも悪い気がしたので、それは素直に甘えることにした。

「ありがとうございます。何だか申し訳ないくらいです」

「気にしないで。そう思うならまた来て還元してくれればいいよ」

「はい、きっとまた来ます」

 すぐにはるかは頷いた。その隣で飛鳥も同じようにしている。こういう場所ならきっと、また顔を出す機会もあるだろう。

「ありがとう。君達なら歓迎するから、いつでも来てくれ」

 そこで圭一は一度言葉を切り、続けた。


「実を言うと、一応ここは学校側には部活動として認可されていてね。ある程度活動実績もないと格好がつかないっていうのもあるんだ」

「ああ、だから生徒だけでやってるんですね」

「そういうこと。だから実際の店舗というわけじゃないし、あんまり儲けるつもりもない。実質趣味みたいなものだから気楽にやってるけど、部活の体裁だけは保たないとね」

 そこまで説明されればだいぶ納得がいった。入り口のドア自体去年付けられたということからして、おそらくカフェを始めたのも去年だろう。圭一と由貴、二人だけのささやかな部活動、ということか。それにしては内装が豪華なのはお金の力だろうか。


「あれ、でも部活動なら、新入部員とか募集しなくていいんですか?」

 たぶん、まだメインストリートでは勧誘活動が続いているはずだ。メンバーが二人ともここにいるということは、勧誘をする気はないのか。

「校内の掲示板に募集の張り紙くらいはするつもりだけどね。もともと、大々的にやるような部活でもないし、積極的に勧誘する気はないよ」

「気楽な話ですね」

 そっと昴が感想を漏らすと、それに圭一が苦笑を返す。

「まあね。……昴が由貴とお揃いの衣装を着て接客してくれれば、もう少しまともに活動する気にもなるかもしれないけど」

「まさか、それは本気で言ってはいませんよね?」

「そりゃあね。駄目もとくらいの気持ちはあるけど」

 動じない圭一に昴がため息をついた。昔からの友人というだけあって、昴のも圭一達への対応もどこか親しげというか、気遣いが抜けた感じがする。


「ところで、間宮さんはどこかに入部されるんですか?」

「特にそのつもりはありませんが……どうしてですか?」

「あ、お知り合いなら、ここに入部したりするのかな、って思って」

「ああ。いえ、生憎ですがあのような衣装を着るつもりはありませんので」

 あのような衣装、とは由貴の纏うメイド服のことだろう。そこまではっきり言うのは、何か苦手意識でもあるのだろうか。

「小鳥遊さんは、抵抗なくあれを着られるのですか?」

「え。えっと……そう言われると、ちょっと恥ずかしいのでかもです」

 逆に聞かれて少し戸惑った。可愛らしい衣装だし露出度も低いが、とはいえ自分が着るのは極力御免こうむりたい。

「えー。はるかなら似合いそうだし、あたしは見てみたいけどな」

「ああ、それは僕も少し興味があるな」

「え」

 などと思っていたら飛鳥が思わぬ方向に話を発展させ始めた。

 更に、何故か昴までそれに同意する。

「確かに、小鳥遊さんならきっと可愛らしいと思いますが」

「や、私なんかより間宮さんの方が絶対似合うと思いますけど」

 長い髪に、ぴんと伸びた背筋。落ち着いた物腰もあって、メイド服を着て立っていたらそれだけで「仕事のできるメイドさん」という感じになるだろう。

 が、冗談と受け取られのか、昴には真顔で返されてしまった。

「そんな、からかわないでください」


 そこへ由貴が隣の部屋から戻ってきたので、話はいったん中断する。さすがに手では運びきれないからか、由貴はホテルやレストランなどで見るようなワゴンを引いていた。

「お待たせいたしました。簡単なもので申し訳ありませんが……」

 そう言って丁寧かつ速やかに、テーブルへ食事や飲み物が並べられる。ミートソースのパスタとサラダ、それから紅茶というメニューだった。紅茶は目の前でポットからカップに注いでくれ、湯気の立った状態で提供された。思ったよりもずっと本格的だ。

「そんな、ありがとうございます。いただきます」

 由貴にお礼を言ってさっそくパスタを口に運ぶと、すぐ口内にソースの旨味が広がった。ちょっと濃い目だが、サラダも付いていることを考えるとこれくらいで丁度いい。シンプルだが、どこか上品な味付けだった。

「美味しいです。これって姫宮先輩の手作りなんですか?」

「ありがとうございます。ええ、隣に簡単なキッチンもあるので、そちらで」

「うん、ほんとに美味しい。香坂先輩は幸せですね」

「幸せか。そうだね、ありがとう」

 飛鳥と二人、あっという間に皿を空にしてしまった。せっかくなので、のんびり紅茶を飲みながら、クッキーをいただくことにする。

 昴はというと、二人を尻目に自分のペースで料理を口に運んでいた。圭一は既に食事を済ませているのか、静かに紅茶を飲んでいる。由貴は彼ら傍に立って給仕に専念している。四人席だから座れないのかとも思ったが、昴や圭一が何も言わないところを見ると、これが普通なのかもしれない。


「ところで、先程は何のお話をされていたのですか?」

 しばらくして、由貴がそう一同に尋ねた。

「ああ。メイド服を……」

圭一が答えようと口を開いたが、食事の手を止めた昴がそれを遮る。

「小鳥遊さんに着せたら似合うのではないか、という話です」

 機先を制された圭一はちらりと昴を見て、どこか残念そうな表情を浮かべる。この機に再び昴に水を向けようとしていたらしい。昴も、それを見越したようなタイミングで口を挟んだところを見ると余程嫌だったのか。

 そんな彼らのやりとりを理解したのかどうか。由貴はくすりと笑うと、昴の台詞に乗ってきた。

「あら、それは素敵ですね。……でしたら、予備の衣装もありますので、着てみますか?」

「……え?」

 そこで思わぬ提案が飛び出る。由貴が笑顔で視線を向けたのは、当然はるかの方だ。

「予備があるんですか?」

「はい。ですのでよろしければ。……私も、ちょっと見てみたいですし」

「え。ええと、でも……」

 流れ的に強く断るのも何となく気が引けて、視線で飛鳥に助けを求める。するとどういう解釈をされたのか、飛鳥は力強くウインクを返してきた。

「せっかくだしお願いしようよ、はるか。あたしも見てみたい」

(ですよねー)

 頼りにする相手を間違えたかもしれない。

 ふと昴にも視線を向けて見ると、気づいた彼女はにっこりと微笑みを返してくる。

 これは逃げられなさそうだ。そう思ったはるかは観念して由貴に向き直った。

「それじゃあ、お願いします」

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