小鳥遊はるか:久しぶりと初めて 後編
幹也、和葉との再会から約一週間が経ったある日。
はるかは午前八時半という早い時間から、東京、秋葉原の駅へと降り立った。
改札を抜けて駅舎を出ると、目に入ってきた街並みは思っていたより綺麗な感じだった。ただし一部ショップの看板など所々に独特な雰囲気が滲み出ている。駅の構内も印象はだいたい似たようなものだった。
(初めて来たなあ、ここ)
行ったことがないと飛鳥に話したら「近いのに勿体ない」と言われたが、これまでは特に訪れる用事がなかったのだ。本やCDなら近所でも手に入るし、アニメやゲームの類などには殆ど触れてこなかったから。
にもかかわらず、今回初めてここを訪れることになったのは、
「小鳥遊くん、緊張してる?」
「うん、ちょっとだけ。バイトなんて初めてだし」
というわけで「メイド喫茶でバイトしないか」という和葉の頼みを引き受けることにしたからだ。直近の日付は都合が悪かったため日程を調整してもらい、ようやく今日が初日となる。
初日ということで和葉も同じ時間にシフトに入ってくれ、地元の駅からここまで一緒にやってきた。店の営業開始は十時からだが、今日は挨拶なども兼ねて早めに来ている。
なお、今日のはるかは和葉の指示で女装をしている。はるかの性別については責任者に話が通っているが、最初から女の子状態の方が何かと好都合らしい。
(初めてのバイトがこっちの格好っていうので余計緊張するんだけど……)
「大丈夫だよ。たぶん、すぐ慣れると思う」
だんだんとドキドキしてきた胸を抑えるはるかに、和葉は笑って言う。
「だって、メイド服、着たことあるんでしょ?」
「あ、バレてたんだ」
「そりゃあねー。だからあの時ピンときたわけだし」
カラオケ店の前で和葉が受けた電話は、はるかの想像通りバイト先からだったらしい。
会話の内容を要約すると――まず、この忙しい時期にバイトが一人辞めた。更に他の子も旅行やら里帰りやらで忙しい。そこで他メンバーのシフトを増やしつつ新人を募集するが、それでも穴埋めの戦力が足りない。もし誰か良さげな人材がいたら短期でいいから紹介してほしい、といった感じだったらしい。
でもって、和葉は「ちょうど目の前にいいのがいる」と思いはるかに声をかけた。
「ありがとう。緊張はするけど、引き受けたからには頑張るから」
「うん、期待してるね」
はるかも正直、引き受けるかどうかは迷った。ただ、メイド服を着ての接客なら多少自信があったのと、単に和葉が気の毒だと思ったこと。それから外出の多い今年の夏休みを乗り切るためにお小遣いが欲しいという理由が少し。
(水着も買わないとだし、海での費用も、香坂先輩に全部出してもらうのは悪いよね)
そんなわけで、はるかは今ここにこうしているのだった。
「あ、そうだ小鳥遊くん。お店では『はるか』って呼んでいい? 仕事中にくん付けして呼ぶのって変でしょ」
「そうだよね。うん、大丈夫だよ」
「ありがと。じゃあ、あらためてよろしくね、はるか」
二人はそんな風に言葉を交わしあって、やがて目的地へと辿り着いた。
秋葉原の街をしばらく歩き、途中で路地を一本入ったところにその店はあった。『café Blanche』やや崩した英字で書かれた看板を掲げる、落ち着いた雰囲気のカフェ。ここが和葉の仕事場であるらしい。
メイド喫茶とは名乗っていないし、外観もそのまま西洋のお洒落なカフェといった感じ。この辺りは責任者のこだわりなのだろうか。
なんとなく、その雰囲気にどこか『ノワール』と似たものを感じ、はるかは気持ちが少し落ち着いた。
「さ、行こっか」
「うん」
入り口のドアに和葉がそっと手を掛け、引く。
からんからん、と軽快なベルの音が店内に響いた。
「おはようございまーす」
「し、失礼します」
明るく挨拶する和葉に続いて中に入ると、外からだとカーテンがかかって見えなかった店内の風景を見渡せる。
内部も外観と同じく落ち着いた雰囲気。大小合わせたテーブル席が合計八つあり、それらは全てアンティーク調の木製品だ。照明は橙がかった温かみのある色で、長居しても疲れないよう配慮されているのがわかる。
奥には簡単に間仕切りがされ、見渡せない入り口。これはおそらく厨房などに繋がっているのだろう。また店の一角には小さなステージのようなものがあった。
また、店内には既に二人の女性がいた。おそらくスタッフなのだろうが、時間が早いせいか制服は着ていない。何やら立ち話をしていた二人は、はるか達の来店に気づくと揃って顔をこちらに向けた。
「おはよう、和葉ちゃん。それと……そっちの子が?」
「はい、話してた子です」
二人のうちの一方――ストレートのロングヘアをした、やや背の高い女性が尋ねると、和葉が頷いてはるかに目配せする。
その合図に従って、はるかはぺこりとお辞儀をして。
「初めまして、小鳥遊はるかです。どうぞよろしくお願いします」
店に入る前に多少落ち付けたのが良かったか、挨拶は噛むことも詰まることもなく言い終えることができた。
そっと頭を上げると、もう一人の女性――やや小柄で、セミロングの髪を軽くカールさせ眼鏡をかけている――が表情を綻ばせてこちらを見ているのが目に入った。
「わぁ、可愛い。久しぶり、私のこと覚えてるかな?」
「え……あ」
和葉からは何も聞いていなかったが。
はるかは彼女の顔に見覚えがあった。昔、何度か会ったこともある。藤枝詩香。はるかの姉、深空の親友にして仕事仲間でもある女性だ。
「あれ、はるか、詩香さんのこと知って……あ、そっか。お姉さんがアレなんだから知らないわけないよね」
「うん。でも、どうして藤枝先輩が?」
彼女の本職は別にあるはずなので、従業員というわけではないだろうに。
そう思って尋ねたはるかに、詩香はふわりと笑い、思わぬ回答を返してきた。
「私、昔からずっとここでバイトしてるんだ。お仕事初めてからは殆ど来れないけど、たまにプライベートで働いてるの」
(……あれ、働いちゃったらプライベートじゃないんじゃ?)
と、その答えにはるかは疑問を感じたものの、一方で納得して頷いた。
「そうだったんですね」
以前会った時から、彼女はこういうふわっとした人物だったからだ。本職を別に持ちながら別にアルバイトをする。そんなワーカホリックっぽい行為も、彼女にかかると本当にプライベート、息抜きであるように聞こえてしまう。
「その様子なら、スタッフとの顔合わせは楽そうね」
そこで再び、もう一方の女性が口を開いた。素の状態だとやや気難しく映る顔に柔らかな微笑が浮かび、その印象がぐっと和らいだ。
「私はここで店長をしている名取理恵子です。よろしくね、小鳥遊さん」
「はい、よろしくお願いします」
思わぬ出来事に中途半端になってしまったので、はるかもまた挨拶し直す。
すると、理恵子は軽く笑った。
「そこまで畏まらなくても大丈夫よ。私と詩香さん、それから和葉ちゃんだけは貴方の事情も把握してるから、何かあったら頼って」
「ありがとうございます」
その後、はるかは奥の更衣室に通された。詳しい話は制服に着替えてから、ということだ。
「サイズはM……で、大丈夫よね?」
「はい、大丈夫です」
縦長のロッカーがいくつも並ぶ室内を理恵子と一緒に歩いていき、一つのロッカーの前で立ち止まる。そのロッカーには既に「小鳥遊」と札が入れられているのがわかる。
「良かった。和葉ちゃんから聞いた通りね」
言いながら、ロッカーを開けるよう促されたので言う通りにする。するとロッカーの中にはワンピースにエプロン、ヘッドドレス等、衣装の一式が丁寧に収められていた。
「新品じゃないけど、十回も着てない物をクリーニングしてあるから綺麗だと思う」
理恵子の言葉通り、衣装は素人目には新品にしか見えなかった。
ハンガーにかかったワンピースを手に取ってみると、デザインも仕立ても、この間のコスプレ衣装とはまるで出来が違うのがわかる。きっと買えばかなりの値段がするだろう。
「……って、あれ?」
はるかはそこで「あること」に気づき首を傾げる。
「何か問題があった?」
「あ、いえ。似た衣装を着たことがあったので」
「ああ、なるほど。まあ、デザイン自体は割とシンプルだしね」
目ざとく声をかけてきた理恵子にそう答えると、彼女は納得したように頷いた。
「じゃあ、着替え終わったら店に来てくれる? 慌てなくても大丈夫だから」
「わかりました」
更衣室を出ていく理恵子を一礼して見送る。それから、はるかは再び衣装に向き直った。
服を脱いで下着姿になり、パニエや長手袋を着ける。その上でワンピースを……と、慣れた手順で着替えていくと、特に問題もなく着替えはスムーズに完了した。
ロッカー扉裏の鏡で確認すると、見慣れた自分の姿が映る。
「うん、やっぱり一緒だ」
あらためて眺めてみてわかった。これは似ているのではなく同じだ。
――『ノワール』で、由貴とはるかが制服としているあのメイド服と。
デザインだけなく着心地まで慣れた感じそのままなので、ほぼ間違いない。
「偶然、なのかな」
由貴達と『Blanche』が同じメーカー(それとも個人?)、同デザインの衣装を利用しているのは確定として、そこに何か意味はあるのか。
(素敵な衣装だし、偶然でもおかしくないけど)
あるいは案外、由貴がこのお店の常連だとか。
まあ、考えても答えは出なさそうだし、理恵子に尋ねるのも不躾な気がするので疑問は置いておくことにする。
私服をロッカーに収めて店内に戻ると、三人がはるかを待っていた。
「お待たせしました」
「お帰りー。早かったねぇ。手間取りそうならお手伝いしようと思ったんだけど」
そう言いつつ、詩香がゆっくりと歩み寄ってきてはるかを眺める。
「……うん、全然おっけーだね」
それから彼女はにっこり微笑んで、軽く襟元を直してくれた。理恵子も頷き
「では、和葉ちゃんと詩香さんも着替えを。その後掃除にしましょう」
その指示に和葉達が返事をして、更衣室の方へ移動していく。
今度は店内で二人きりになった後、理恵子が言ってくる。
「明日……というか帰りの着替えからは他の子達と一緒の着替えになると思いますが、それは大丈夫ですか?」
はるかを一人で着替えさせたのは、気を遣ってくれていたからだったらしい。そのことを嬉しく思いつつ微笑んで答える。
「はい。慣れてるので、私は大丈夫です」
「慣れて……?」
大丈夫と言うだけだと弱いと思って伝えたのが裏目に出たのか、その返答に理恵子はやや戸惑った様子だった。
(そういえば、和葉がどこまで話したのか詳しく聞いてなかったっけ)
体育のおかげで着替えは本当に慣れているのだが、そこまで説明していいものか。
「あ、えっと。もちろん疾しい気持ちとかも全然ないですし」
悩んだ挙句、言い訳めいた台詞を付け加えると理恵子が吹き出した。
「わかりました。では、そういうことで」
それから理恵子は幾つか質問を投げかけてきた。
料理の経験はあるか、同じく接客の経験は……等の質問へ、はるかは素直に答えた。更にフロアを歩く仕草や、お辞儀をする仕草などを言われるまま実演する。
最近の『ノワール』での経験を元に実演していくと、理恵子はだんだん驚いたような顔になっていった。
「戻りましたー……あれ、店長、どうしました?」
「和葉ちゃん、グッジョブ。基礎の教育ほぼ吹っ飛ばせるわ、この子」
「わ。さすがみーちゃんの妹さんだね。すごいすごい」
どうやら必要とされるだけの実力は示せたようで、はるかはほっと胸を撫で下ろした。
更にその後、店内の掃除を手伝ったり、やってきた厨房スタッフと顔合わせをしたり、簡単な研修を済ませた後、いよいよ開店時間を迎えた。
「新人 はるか」と書かれたプレートを胸に付け、和葉や詩香と共に開店程なく訪れた男性客を迎えるのが、はるかの初仕事となった。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
三人の声が唱和し、迎えられた男性客に笑顔が浮かぶのを、顔を上げたはるかは見た。
男性ならご主人様、女性ならお嬢様――この掛け声は『ノワール』には無いので、はるかも初めての経験だった。開店前にも何度か練習したものの、これはやはり恥ずかしくてつい顔が赤くなった。
以降も順調に来客があり、昼食時を迎えてからはスタッフ一同、てんてこ舞いの忙しさとなった。
そんな中、はるかはレジ打ちとデザート系の調理以外――現状可能なほぼすべての業務を体験することになった。当初は「先輩達の仕事を見ながら少しずつ」というスタンスだったが、そのうち余裕がなくなってきて、気づけば普通に働いていた。
基本裏方らしい理恵子も途中から接客に加わり、また途中で退勤した詩香を見送ったり、午後のスタッフを迎えたりしつつ、夢中で働いているうちに午後六時、仕事終了の時間を迎えた。
合間に食事休憩や五分休憩は挟んだものの、それ以外はほぼノンストップ。
華やかな見た目とは裏腹、非常にハードな時間だった。
「ここって、いつもこんな感じなの?」
閉店までの接客を他のスタッフに引き継ぎ更衣室に引っこんだはるかは、一緒に上がった和葉に思わず尋ねてしまう。
一方、尋ねられた和葉は疲れた様子ではあるものの、あっけらかんと。
「いや、さすがに夏休みにしても多かったよ。今はメイド少なめだしね」
大変な日に初日を迎えてしまったらしい。
「はるかも良く頑張ってたよー。初日とは思えないくらい」
「あはは、ありがと。でも、何度もミスしちゃったし」
慌ただしさに気を取られて料理の皿やグラスを落としたり、台詞を噛んでしまったことが幾度もあった。幸い食器も割れるような品ではなかったし、お客さんも笑って許してくれたが、やはり反省が残る。
「それくらい普通だよ。むしろ初日からノーミスだったらあたしが嫉妬する」
「そうですね。小鳥遊さん、それに和葉ちゃんも今日はお疲れ様でした」
いつの間にやってきたのか――二人の傍で立ち止まった理恵子が、そう言ってはるか達に微笑んだ。
「これ、大したものじゃないけれど」
彼女が差し出したペットボトルのお茶を、和葉と共に受け取ったはるかは、
「小鳥遊さんには初日から大変な思いをさせちゃったけど、お陰で助かったわ。……二人とも、また明日からもよろしくね」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
理恵子に精一杯の微笑みを返した。
『ノワール』で過ごす日常が性に合っているのと同じように、『Blanche』でのアルバイトもまた、はるかにとっては楽しい時間だった。
和葉や詩香以外のメイドともだんだんと打ち解けたし、仕事に慣れてくるとお客さんと会話する余裕もできた。次第にミスも減り、暇な時間を利用してレジ打ちやデザートの盛り付けも覚えた。
約束したアルバイトの最終日が訪れたのは、ちょうどそんな頃だった。
「お疲れ様でしたー」
その日、これまで通り午後六時に仕事を終えたはるかは着替えの後、和葉と詩香、理恵子の三人に囲まれた。店の営業はまだ続くので他のスタッフは顔を出さないし、理恵子はすぐ仕事に戻らないといけないが、ごくささやかな送別会だった。
「はるか、お疲れ様。一緒に働けて楽しかったよ」
「うん、私も楽しかった」
和葉とは一緒にアルバイトをしたお陰でより仲良くなれた気がする。その勢いで彼女にとってのはるかが「同性の友人」カテゴリになっていないか若干不安だが。
また会える二人が軽く言葉を交わし合っていると、そこに詩香が割って入った。ぎゅーっと、はるかを抱きしめて声を上げる。
「私は寂しいよー。せっかくここのステージでも相棒が出来たのに」
初日から気になっていた例のステージのことだ。あれは不定期開催のイベントでメイドが歌や踊りを披露するためのものだった。現在使用しているのはほぼ詩香だけなのだが、はるかは何故かそこで彼女と一緒にデュエットさせられた。
幸い歌ったのは好きな曲だったが、何人もの客に歌声を披露するのは物凄く緊張した。特に、何曲か歌ったうちの一曲は振り付けもありだったので余計だった。
ただ、おかげでお客さんは喜んでくれて、継続の要望まであった。
「本当にありがとう。できればこのまま働いてほしいくらいだけど……」
「あはは。そうできたらいいんですけど、うちの学校は遠いので」
残念そうに言う理恵子に苦笑で答える。はるかとしても名残惜しいが、出勤に船で半日以上とか絶対に無理だ。
「そうね。……じゃあ、もし機会があったらお客さんとしてでも遊びに来てね。歓迎するから」
「はい、きっと」
いつか来る機会もあるだろう。次の帰郷は冬休みあたりになってしまうだろうけれど。
「それじゃあ、これ。今日までのアルバイト代よ」
「ありがとうございます」
差し出された封筒をそっと受け取る。指に伝わる感触が思ったより厚くてびっくりしたが、自給があれだけで労働時間が……と脳内で計算したら納得した。今度は計算結果が結構な額になって、何だか申し訳ない気もした。
これだけあれば、お小遣いに頼らなくても欲しい物が色々買える。
(あ……そうだ)
欲しい物、でひとつ思い付き、はるかは理恵子に尋ねてみる。
「あの。お借りしたメイド服なんですけど、もしできたら頂けませんか? もちろん、お金は払いますので」
お店の制服なわけだから出来ないかもしれないが、可能なら記念に欲しいと思った。『ノワール』で使っている制服も一応はるかの私物だが、今度は自分のお金で手に入れたいと。
そんな突然の申し出に理恵子はきょとんとした顔をしたが、その後にっこりと笑った。
「ええ。長く働いている子は買い取りの場合も多いし、大丈夫よ」
「あ……良かった」
嬉しさからほっと息をつく。と、詩香から今度は頭を撫でられた。
「ふふ、はーちゃんはいい子だねー。そんなにこのお店を気に入ってくれたんだ」
はーちゃん、というのはあだ名だろうか。
詩香の手は姉や飛鳥とはまた違った気持ち良さがあった。
メイド服の代金は「一応、中古品だから」ということで割り引いてもらえた。もちろん喜んで支払い、品物は後日家に送ってもらえることになった。
それから『Blanche』を出て、秋葉原の駅で詩香と、地元の駅前で和葉と別れた。
そうして家に帰り着いたはるかは、深空に出迎えられた。
「お帰り、はるか」
「ただいま、お姉ちゃん」
仕事に出たきり数日帰らなかったり、昼間に突然帰ってきたりと不規則な生活を繰り返す彼女だが、今日はオフらしい。仕事仲間の詩香が『Blanche』にいたのだからそれはそうなのだけれど。
「お仕事お疲れ様。しーちゃんからも頑張ってるって聞いたよ」
「あはは、ありがと」
当然のようにくっついてくる姉の腕にそっと手をやりながら、穏やかに答える。『姉弟』の時より『姉妹』の時の方が姉のスキンシップは過激になる傾向があった。
「夏もそろそろ終わりだね。いい思い出、作れた?」
「うん」
思えば、あっという間の夏だった。
飛鳥の家に行って。
幹也や和葉と遊んで。
『ノワール』の面々で海に行って。
初めてのアルバイトで貴重な経験をさせてもらった。
もちろん、その他にも色々。
「今までで一番、充実した夏休みだったかも」
そんな夏休みもあと数日で終わる。
何だか、あの学び舎に戻るのが少し待ち遠しいような気がした。
夏は終わりと言いつつ、次は遡って海水浴編の予定です。




