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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
夏休みのできごと
65/114

一ノ瀬弥生:姉の好きなヒト 後編

 それから一行はまず、予定通り奈良公園を散策した。とはいえ飛鳥や弥生もそれほど詳しくはないので、適当にぐるっと見て回る形になったが。


「なんだか、独特な匂いがするね」

「鹿、いっぱいいるからねー」

「あ、その匂いなんだ……」

 園内は緑が多いものの、鹿などの動物も多いせいで空気がいいとは言えない。はるかはやんわりとした言い方に止め、顔をしかめるのも我慢しているようだが、まあぶっちゃけ臭い。ついでに鹿達は人の顔を見ると寄ってくるので、多少服が汚れる可能性もある。

 そんな中、はるかはよりによって例の写真で見たのと同じ、白いワンピースを着ていた。


「今更ですけど、そのワンピ―スはあんまり観光向きじゃないかもですね」

「それはもうちょっと早く言ってほしかったな……」

 はるかが困ったような顔をしていると、飛鳥はその横でサムズアップをしていた。その様子だと知ってて黙っていたのか。姉らしいといえば姉らしい。確かに、その格好のはるかが鹿と戯れる姿は一見の価値がある気もする。ちなみに、飛鳥自身は弥生と大差ない格好だ。

 来てしまったものは仕方ないとはるかに諦めて貰ったところで、一行は売店で鹿せんべいを購入した。ただし買うのは一袋だけだ。


「はい、はるか」

「え? 私があげていいの?」

「私達は前にやった事ありますし」

 姉と目配せをしあって、購入した鹿せんべいははるかに渡す。

 すると、どうなるかというと。

「な、なんか皆寄ってくるんだけど……」

 当然、餌を持ったはるかは鹿に群がられる。もちろん弥生達の方へ向かってくる鹿もいるが数が違う。冷静に傍目から見守る余裕は十分にあった。

 動物はそんなに苦手ではないのか、はるかは多数の鹿に囲まれつつも怖がるというより困った様子だった。それでも何とか鹿せんべいを差し出すと、そのたび即座に食べられていた。

 そのうち取り出すのに失敗して袋を取り落とし、全て鹿に奪われていた。


「私、姉さんの気持ちがちょっとだけわかった気がする」

「でしょー」

 戻ってきたはるかに抗議の視線を向けられると、姉妹二人して笑顔で謝った。

 その後、ついでに大仏殿などを参拝して、奈良公園を後にした。

「この後はどうするの?」

「んー、買い物にでも行こっか。久しぶりに色んな服見たいし」

「あ、それ楽しそう」

 奔放な姉を反面教師にした結果、弥生はあまり色恋やお洒落に積極ではない性格に育ったが、それでも女の子だ。服やら小物類を眺めるのは嫌いじゃない。

「うん、私もそれでいいよ」

 はるかからも反対は無く、決定となった。


 電車に乗って、地元に近い大きめの駅で下車する。すると、ちょうどお昼時になっていたので、手近なファミレスで先に昼食を済ませることに。

「久しぶりだなあ、ここ入るの」

「あたしも」

「なんだか二人とも、留学から帰ってきたみたいな反応ですよね」

 二人が通う学校は離島で施設も限られていたため、様々なものが懐かしいらしい。何かにつけて目を輝かせる様が見ていて微笑ましかった。

 弥生と飛鳥はハンバーグ、はるかはカニクリームコロッケのセットをそれぞれ注文した。主食はご飯かパンかを選べるので、ご飯を選択。飛鳥も当然ご飯だが、はるかはパンを選んでいた。


「小鳥遊先輩はパン派なんですね」

「うん、どっちかというと」

 何気なく尋ねると、はるかは少し恥ずかしそうに答えた。となるとご飯派の弥生とは敵対勢力だが、確かにその方が本人のイメージには合っている気がする。

「でもさ、はるかってパンが好きってより洋食が好きでしょ」

「……な、何でわかったの?」

「もう結構、はるかと一緒にご飯食べてるしね。その位はわかるよ」

「あう……」

 すると、より顔を赤くして俯いてしまった。そのあと小さな声で教えてくれたところによると、その方が格好いいから洋食を好んでいるのだとか。役作りの一環、のようなものらしい。


「なんか可愛いですね」

 思わずくすっと笑ってしまった。案外、はるかもぽんこつな所があるらしい。

 そうしているうちに料理が届く。飛鳥達は仲のいいことに、お互いの料理を味見させあっていた。

「男の人って、そういうの苦手な人結構いますよね」

 弥生や飛鳥の父もそういうタイプだ。食べたいなら自分で頼むべき、他の人が食べているものまで欲しがるのは欲張り、という持論を何度も聞かされた覚えがある。

「そういえば……男子がやってるのはあんまり見ないかも」

 言いつつ、はるかは弥生にも一口、コロッケをおすそ分けしてくれた。カニ風味の混じるクリームが口の中に広がって贅沢な気分になる。


「ちょっと面白いですね、そういうの」

「……かもね」

 食事の後は満を持しての買い物タイムだ。駅前のショッピングモール内の店舗をはしごして、服や雑貨、化粧品などを見て回った。

 ここまで来るともう、弥生ははるかの性別を殆ど意識しなくなっていた。姉の想い人だというのも忘れてはいないので、なんだか不思議な感じではあったが。

 お互いの服を選び合ったり、奇妙な服を見つけて笑ったり、姉とはるかにお揃いの服を勧めてみたり。姉と買い物に行くことは時々あるが、そこにはるかという特殊な人物が加わることで新しい楽しさが生まれていた。


 調子に乗って飛鳥とはしゃぎ合った結果、家に帰り着いたのは夕方にさしかかりそうな時間だった。はるかは最初こそノっていたものの、買い物の終盤にはさすがにぐったりしていた。

「あー、疲れた……」

「そうだねー」

 それぞれの部屋に荷物を置き、リビングで麦茶を手に一息つくと自然にそんな感想が漏れる。今更ながら疲労を感じ始めた弥生達にはるかは微笑んで、

「でも、二人のおかげで楽しかったよ。どうもありがとう」

「……どういたしまして」

 彼の素直な言葉に、自分達の顔にも自然と笑顔が浮かんでいた。


―――


 その夜、夕食や入浴などを全て終え、両親は既に寝入った頃。

 今日、昼間できなかった分の勉強を進めていた弥生は、一息つこうと台所に飲み物を取りに行き――途中の階段ではるかと出会った。

「小鳥遊先輩」

 電気もつけず階段に座り込んでいたはるかは、弥生の声に気づくと顔を上げる。

「あ、ごめんね。邪魔なところにいて」

「いえ、それはいいですけど。どうかしたんですか?」

 何か考え事だろうか。あるいは悩み事か。

 そう思ったが、特に深い意味はなかったようだった。


「なんとなく寝付けなくて。ぼうっとしてたんだ」

 返事と共に、ちらりと飛鳥の部屋に目をやる。その様子を見るに、姉は既に夢の中にいるようだ。ここにいたのは姉を起こさないようにという配慮だろう。

「そうですか……あ、そうだ。小鳥遊先輩」

 そんなはるかの気遣いに微笑んだ弥生は、ふと思い付き彼に声をかけた。

「良かったら、私の部屋でお話しませんか?」

「え、いいの?」

 するとはるかは少し驚いたようにこちらを見上げてくる。


「もちろんです。ついでにちょっと、お聞きしたいこともあって」

 そう答えると安心してくれたようで、彼は弥生の誘いを了承してくれた。

「ありがとうございます」

 思わぬ形でいいきっかけが掴めた。

 二人はいったん台所へ行き、グラスに飲み物を注いで二階へ戻った。

「どうぞー」

 そうして自室へはるかを招き入れると、彼はまず少々遠慮がちに室内を見回した。仲良くなったとはいえ、家族以外に部屋を見られると思うとちょっとだけ恥ずかしい。


「姉さんの部屋とは比べてどうですか?」

「すごく片付いてる、かな」

「ですよね。姉さんの部屋は物、多いですし」

 漫画にぬいぐるみ、その他アクセサリーや小物などで溢れ、内装も可愛らしいのが飛鳥の部屋だ。弥生としては落ち着かない印象だが、飛鳥に言わせれば弥生の部屋は殺風景、ということになる。

「本、好きなの?」

「はい。小鳥遊先輩もですか?」

「私は……嫌いじゃないけど、普段はあんまり読まないかな」

 そう言いつつも、はるかの目は本棚へ向いている。割と興味があると見えた。姉は漫画ばかりで小説等は読まないので、そんな反応が新鮮に感じる。


「良ければ何か貸しましょうか?」

「いいの? でも、読んでる暇があるかなあ……」

「持って帰っちゃってもいいですよ。終わったら、適当に姉さんへ押し付けて貰えれば」

 そこで、少しお節介かと思いつつも提案してみた。本棚にある本はすべて既読だし、何か月か帰ってこなくても支障はない。むしろこの機に布教する方が重要だ。

「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

 はるかは迷う様子を見せたものの、結局は微笑んで頷いてくれた。

 弥生はうきうきしながら何冊かお勧めの本を選び、はるかに渡した。するとはるかは不意にくすりと声を漏らした。飛鳥から漫画を紹介された時のことを思いだしたらしい。


(姉さんも似たようなことしてたんだ)

 姉妹ゆえの相似だろうか。変なところでシンクロするものだ。

「それで、話って?」

 本の話題が一段落したところであらためて向かい合う。お客様にベッドを勧めるのはどうかと思ったので、はるかには椅子へ座ってもらった。

「はい。学校の話を聞かせて貰えればな、って思って」

「学校の?」

 用件を伝えると、はるかは少し意外そうな顔をした。学校での思い出話なら昨日今日も話題に上っていたので、もっと別の話だと思ったのかもしれない。

 けれど、弥生にとってこれは結構重要な話だ。


「はい。やっぱり、苦労している事とかあるんじゃないかなって。その……特待生として」

 はるかもそれで意図を察してくれたらしい。

 表情を引き締めた上で、弥生にそっと尋ねてきた。

「どうして、そんなことを?」

「先輩達の通っている学校に興味があって。それで、本音を聞けたらなって」

 つまりは弥生の悩みの一方、進学先に関連した興味。姉の進学先である私立清華学園分校は弥生にも身近な学校だし、またその独特な特待生制度には興味を惹かれる。

 けれど、特待生制度自体はともかく、特待生の心情や生活風景については碌な資料がない。性質上仕方ないことではあるが、それがわからなければ、分校がどんな場所なのか正確には掴めない。

 だから、弥生ははるかに尋ねた。


 わざわざ二人きりになったのは本音を聞くため。何だかんだ言っても飛鳥がいては言いにくい事もあるかもしれないし。

(もちろん、姉さんだって特待生なんだけど)

 飛鳥の場合は「女の子が好き」なんていう馬鹿っぽい設定なうえ、若干ズルをして負担を回避しているわけで参考にしづらい。それから、姉が特待生なのは現状はるかに内緒らしいし。

「そっか」

 頷いたはるかは、軽くため息をついて天井を見上げた。

 何かを考えるような表情。僅かに彷徨う視線は何を見ているのだろう。


「私は結構特殊な例だと思うけど――楽しいよ。とても良い所だと思う」

 やがて視線を戻した彼はとても穏やかな表情をしていた。

「大変な事とか無いですか? それでトラブルになったりとか」

「もちろん、それはあったよ。私の場合はむしろ日常生活全部が大変なくらいだし」

 それはそうだろう。男子が女子の振りをする。それは服も、言葉遣いも、仕草も。全てを装わなくてはならないということだ。それも学校内、どころか島内にいる間中。

「それに、もし、私の秘密がみんなにバレたら大変な事になると思う。もしバレなくても、それはみんなを騙してるってことだしね」

 はるかは目を細め、少し哀しそうな顔をする。

 でも――と、彼の唇が続けて言葉を紡いだ。


「だからこそ、私は他では絶対にできない経験をしていると思う。普通に進学して普通の高校生になっていたら、知ることのなかったことをたくさん知った。飛鳥ちゃんや昴、みんなに会えた」

 だから楽しい。そう言って微笑んだ。

 その笑顔をとても綺麗だと、弥生は思った。


―――


 翌日、はるかは午後になるとすぐ東京へ帰ったらしい。

 らしい、というのは塾の夏期講習のせいで弥生は見送りができなかったからだ。姉の話によれば二人は午前中遊びに行かず、揃って夏休みの宿題を進めたらしい。この日のために宿題をやらずに取っておいたのだと飛鳥は言っていたが、それは怪しい気もする。

 ともあれ。はるか達はその後二人で昼食を摂り、地元の駅で別れたそうだ。


「あ、そうだこれ。はるかが弥生にって」

「これ、ストラップ?」

 夕方、家に帰った弥生は飛鳥からそれを受け取った。

 はるかが用意していたプレゼント、桜の花を模したチャーム付きのストラップを受け取り、しばし眺めて呟く。

「いつ買ったんだろ」

「昨日買い物してる時にこっそり買ってたらしいよ。お礼だって」

「いいのに、そんなの」

 この数日は自分も楽しかったのだからお相子のつもりだったのに。

 しかも、お返しのしようが無くなってから渡すなんて卑怯じゃないだろうか。

 そんなひねくれた考えを抱きつつも、弥生は心の中ではるかに感謝した。


(ありがとうございます、小鳥遊先輩)

 さっそく封を開け、自分のスマートフォンに取り付けてみる。

「うん、いいかも」

 ストラップの類はなるべく付けない派なのだが、これはこれでいいかもしれない。ひとつくらいなら、そこまで邪魔にもならないだろうし。

「良かったね、弥生」

 飛鳥は弥生の傍に立ち、にこにこと微笑んでいた。

 そんな姉を見て、弥生はふと彼女に告げる。


「そうだ姉さん。昨日撮った写真、私にも頂戴ね」

「へ? ああ、うん、もちろん」

 昨日、奈良公園で三人並んで写真を撮っていたのだ。あれもきっといい思い出になる。

(後で小鳥遊先輩にお礼も言っておかないと)

 はるかと連絡先は交換しておいたので、メールや電話をすることはできる。

 ストラップのお礼と、あとは「これからも姉さんをお願いします」とでも送っておこうか。それを見たはるかはいったいどんな顔をするだろうか。


 くすりと笑みをこぼしつつ、弥生はそっと窓際に移動し青空を見上げた。

 清華学園分校――姉と、はるかのいる学校を志望校に加えてみよう。少し前から考えていたその思いが、少しずつ明確な形を持ち始めていた。

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