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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
夏休みのできごと
64/114

一ノ瀬弥生:姉の好きなヒト 前編

 一ノ瀬弥生、十四歳。奈良県内のとある公立中学に通う三年生。

 つい十日ほど前、中学校生活三度目の夏休みを迎えた彼女には、現在二つの悩みがあった。


 一つは高校受験について。とりあえず塾の夏期講習に通い受験対策を行っているが、まだ志望校が決まっていない。より勉強に力を入れるためにも明確に目標を定めたいという、受験生として極めて真っ当な悩み。


 そしてもう一つは姉、飛鳥の想い人について。

 弥生の姉、飛鳥は現在高校一年生。今年の四月に寮生活を始めて以降は大分落ち着いた生活をしているらしいが、中学時代の彼女の素行には目に余るものがあった。

 端的に言えば、彼女は恋多き女だったのだ。

 色んな男子をとっかえひっかえ(あくまで弥生視点で)していたあの・・姉は、なんと高校ではまだ彼氏を作っていないらしいのだが。

 代わりに、寮でのパートナーに思いを寄せているのだという。

 更に言えば、そんな姉の想い人、小鳥遊はるかは驚くべきことに、


(男の人、らしいんだよね……)

 自室の机で勉強していた手を止めてそっと息を吐く。

 そうしてベッドへ目をやれば、寝転がって漫画を読む姉の姿が目に映った。

(いや、姉さんの好きな人が男なのは当たり前なんだけど)

 問題は、その人と姉が女子寮・・・で同室だということ。

 そう。姉の想い人――小鳥遊はるかは女装の似合う美人さんらしいのだ。

 らしい、というのは未だ半信半疑だから。写真も見せて貰ったし、その人との思い出話も色々聞かされたのだが、それでも信じ切れていない。

 そのせいか彼女、もとい彼への嫌悪感は今のところあまりないが、実際に会ってみたら果たしてどうなるか。


「姉さん」

「んー?」

「姉さんのお友達が来るの、今日の午後だっけ」

「そうだよー」

 答えて、飛鳥は読んでいた漫画をぱたんと閉じる。それからにへら、とだらしない笑みを浮かべた。はるかの事を考え始めたのだろう。油断するとすぐこれだ。

 これでまだ付き合ってもいない、というのがまた何というか。


「って、それがどうかした?」

「いや、なんていうか。どんな顔して会えばいいのかな、って」

 はるかは二泊三日で家に泊まっていくらしく、既に両親からも許可が出ている。平日のため両親が彼と顔を合わせる時間は僅かだろうが、弥生はそうもいかない。今日明日はちょうど夏期講習も休みなので、ばっちり話をする時間がある。

「大丈夫だってば。はるかには女の子モードで来るように言ってあるし」

「いや、むしろその方が困る」

 姉が男友達を連れてくるのは慣れっこなので、いっそ男装? してくれた方が気楽だ。まあ、さすがに異性と自宅でお泊りとなると両親も簡単に許可はくれないだろうから、はるかの性別を伏せたのは良い判断だが。


 まあ、直に会っても女の子にしか見えないのかも含め、飛鳥が自分から好きになった相手がどんな人物なのか見極めるにはいい機会、なのだろうか。

「覚悟、決めるしかないか……」

「そうそう」

 ため息混じりに呟くと、姉は何やらうんうんと頷いてみせた。

「それに、案ずるより産むが易しっていうし」

「それは……どうだろうなあ」


―――


 結論から言うと、易くはなかった。

「初めまして、小鳥遊はるかです。いつも飛鳥ちゃんにはお世話になっています」

 ありあわせで昼食を済ませた後、飛鳥は出迎えに行くと言って出かけていった。戻ってきた彼女は一人の少女を連れていた。

 いや、だから少女じゃないんだったか。


 けれど実際に会ってみても、はるかは殆ど女の子にしか見えなかった。男の子だと知ったうえで観察すればところどころ、違和感を感じる部分はあるが。

 薄手のブラウスにストレッチ生地のパンツという出で立ちで、にっこり笑いお辞儀をする彼はとても可愛らしかった。

「ど、どうも。妹の弥生です」

 今更また襲ってくる衝撃に耐えつつ、何とか平静を装って挨拶を交わした。

 飛鳥はといえば、弥生の動揺を知ってか知らずかにこにこと笑っている。どうやら助け船を出してくれる気はなさそうだ。


「乗り継ぎとか、大丈夫でしたか? 東京からだと結構面倒だと思うんですけど」

「はい。ちょっとだけ迷いましたけど」

 とりあえず、はるかを家の中に招き入れ、二階に上がりつつ尋ねると、そんな答えが返ってきた。

「あ、敬語とかいいですよ。年下ですし」

 それともこれが素だったりするのだろうか。ないか、さすがに。

「うん、ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えるね」

「はい、そうしてください」

 どうやら、割と素直な人のようだ。余計な気を遣わなくてよさそうなので、こちらとしても助かる。姉から聞いた印象とそう大きく違いはない感じか。

 しかし、これは一体どこまでが素なのか。それを考えると少し、いやかなり微妙な気分になる。

 などと思っているうちに姉の部屋の前まで着いた。後はいったん、姉にお任せでいいか。


「姉さん、後で飲み物でも持っていくね」

「ん、ありがと」

 飛鳥と短く言葉を交わして、はるか達の傍を離れた。

 適当に少し時間を置いてリビングに行き、飲み物と茶菓子を用意する。二つのグラスにそれぞれ氷を入れて麦茶を注ぎ、余った麦茶ごとお盆に乗せた。お茶請けは……大した物もないので、チョコとお煎餅でも軽く盛っておく。

「こんなもんかな」

 普段から一緒に過ごしているなら、そう積もる話もないだろうが。二人だけの方がはるかも過ごしやすいだろうし、さっさと用を済ませて退散しよう。

 そんな事を思いつつ姉の部屋までやってきて、ノブに手をかける。と、


「やっ……飛鳥ちゃん、変な所触らないで」

「はるか、そこで変な声だすと逆にエロいってば」

 開いたドアの向こうで甘い? 光景が繰り広げられていた。

 姉が、はるかに後ろから抱き着いて脇をくすぐっている。本人の言う通り、別にやましい事をしているわけではなさそうだが。

(見なかった事にしようかな……)

 ノックすればよかったと後悔していると、はるかと目が合う。

 彼は何やら微妙に涙目になっていた。


「………」

「……ま、待って!」

 そっとドアを閉じようとしたら、当のはるかに呼び止められてしまった。

 仕方なく、お盆を持って室内に入る。

「お取込み中だった?」

「や、別に。あ、ありがと」

 若干の嫌味を込めた言葉など、当然姉には効果がなく。むしろはるかの方が乱れた服を直しつつ、苦笑気味の表情を浮かべていた。もしかして、この人とは案外気が合うかもしれない。姉に振り回されてる的な意味で。

(本人も別に嫌じゃないみたいだし、ね)

 むしろ、どことなく楽しそうにも見える。三か月も同じ部屋で暮らしていてこれなら、確かに姉の相手としては見込みがあるのかも。

 男の子としてはまず、スタートの時点でアウトだが。


「それじゃ、私はこれで」

「あれ、折角だから話していけばいいのに」

 早速いちゃついてた人間がそれを言うか。

「いや、姉さん達の邪魔をする気はないから」

「別に邪魔じゃないけど。ね、はるか」

「うん。弥生ちゃんさえ良ければ」

「そう、ですか?」

 と思ったのだが、はるかまで穏やかにそう言うものだからつい心が揺らいだ。彼の容姿のせいで警戒心が働かないせいもあったかもしれない。

 結局、気づけば、お邪魔ながら姉とはるかの会話に加わることになっていた。

 会話の内容は、大したものじゃなかった。普段の学校生活とか、趣味とかそういう類の話だ。飛鳥から既に聞いた話も混じっていたが、不思議と退屈だとは思わなかった。


「じゃあ、小鳥遊先輩は部活でメイド服を着てるんですか?」

「うん。ちょっと恥ずかしいけど、慣れると愛着もわくんだよね」

「へえ、きっと似合うんだろうなあ……」

「はるかはああいうの良く似合うよねー」

 飛鳥がうまく間に入ってくれた事もあり、弥生はすぐにはるかと打ち解けてしまった。

(なるほど。基本女の人だと思ってればいいのか)

 そう考えると確かに、はるかが女装してくれているおかげで気楽だ。弥生には特に、はるかを男性として意識する必要もないわけだし。

 この分なら、明日も何とかなりそうかな。

 麦茶もお菓子もなくなり、会話が一段落する頃には弥生はそう考え始めていた。


―――


 翌日。弥生はいつも通り、朝七時少し前に目覚めた。

普段、学校へ通っている時と同じ時刻だ。自堕落な生活は好きではないし、夏休みも仕事に励む両親と朝食を摂るためにもこうしている。

 軽くベッドを整え、寝間着の裾を直してから洗面所へ向かうと、そこではるかに会った。


「おはよう、弥生ちゃん」

「おはようございます、小鳥遊先輩。早いんですね」

 両親とは昨晩会っていたし、お客様なのだから寝ててもいいだろうに。

「なんとなく、いつも通りの時間に目が覚めちゃって」

「あ、なるほど。じゃあ私と同じですね」

 微笑みと共に返ってきた答えを聞いて納得した。

「姉さんはまだ?」

「うん、寝てるよ。飛鳥ちゃん、いつも私よりは遅いんだ」

「しかも今は夏休みですしね。放っておいたら昼まで寝てるかも」

 まあ、今日はたぶん、外出時間の前には起きるだろうが。


 そこではるかの身支度が終わったので、鏡を使う権利を譲ってもらう。洗顔やらを進めつつふと鏡を見ると、少し離れて立つはるかの姿が目に入った。

 すっぴんにも関わらず肌は綺麗で、髭の跡も見えない。そこそこ長い髪も丁寧に梳かれていて、全体的に丁寧なケアが見て取れた。

 可愛らしいパジャマも似合っていて、その立居振る舞いがちょっと羨ましくなる。

(って。この人は一応、男の人だって)

 などと思っていると、弥生の視線に気づいたのだろう。はるかは軽く会釈をして、洗面所を離れていった。

 その後、弥生は身支度と着替えを済ませてリビングに行き、四人で食卓を囲んだ。なお、欠けている一人は言うまでもなく、未だ夢の中にいる姉だ。

 そんな飛鳥が起きだしてきたのは、はるかと二人で両親を送り出した後だった。


「おはよー」

「おはよう、飛鳥ちゃん」

 まだ少しぼんやりした様子でリビングに顔を見せた彼女に、はるかは穏やかな笑顔を見せていた。

「姉さん、顔洗って着替えてきなよ。朝ごはんの準備しておくから」

「んー、そうする」

 少々手のかかる姉に弥生はくすりと笑みを漏らすと、隣で同じようにしていたはるかと顔を見合わせ、もう一度笑いあった。


「ところで姉さん、小鳥遊先輩とはどこに出掛けるの?」

 それから、身支度を終えた姉の朝食を見守りつつ、弥生はふと尋ねてみる。

「ああ、うん。とりあえず鹿でも見に行こうかって」

 ね? と彼女が視線を向けると、はるかがそれに頷く。

「私がまだ行った事ないって話したら、じゃあ行こうって」

「あれ、修学旅行とかで行きませんでした?」

 鹿、と言うからには奈良公園のことだろう。修学旅行のみならず、普通の観光でも人気のスポットなのだが。


「家族では行かなかったし、うちの中学、修学旅行は鎌倉だったから」

「あ、なるほど」

 考えてみれば、距離も東京からだと若干遠い。中学の修学旅行ならそんなものかもしれない。一方、地元民である弥生は小学校の遠足で言った覚えがあった。

「ということで、はるかを連れて三人で行こうと」

「そっか。うん、行ってらっしゃい……?」

 言いかけて最後が疑問形になったのは、飛鳥の台詞が一部、気になったからだ。

 聞き間違いじゃないか一瞬考えた後、尋ねる。


「三人?」

「うん、三人」

「誰か他の人も一緒なの?」

 ちょっと意外だ。姉がはるかに好意を抱いているのはもう明白だし、だからてっきり二人きりで遊びに行くのだろうと思っていた。

 あるいは、用事で来られなかったというもう一人の友達が来るのだろうか。

(あの人も綺麗だったよね……って)

 どうやらそうじゃなさそうだと、弥生は思い直す。視線の先で飛鳥が笑顔を浮かべるのが見えたからだ。あれは何か変な事を考えている顔だ。


「うん、弥生が」

「聞いてないんだけど」

「そりゃ、今言ったし」

 あっけらかんと答えて、首を傾げる飛鳥。

「弥生は行きたくない?」

「そういう訳じゃないけど」

 一方、弥生の答えは曖昧になった。

 気持ちとしては興味がある。が、二人の間に割って入るのは気が引ける。


「小鳥遊先輩は、それでいいんですか?」

 そこで、はるかに尋ねてみる。すると微笑と共に返事があった。

「うん。私は大歓迎だよ」

 表情を窺ってみても無理をしている様子は見られない。

 そういうことなら、と、弥生は姉の申し出を受け入れることにした。

「わかった。なら、お言葉に甘えて」

「よっし。じゃあ、決まりだね」

 そうと決まれば、自分も外出の準備をしなくてはならない。弥生は一度部屋に戻るとクローゼットを開き、お出かけ用の服を見繕った。

(っても、そこまで気合い入れる必要ないよね)

 行く場所を考えると、動きやすく汚れてもいい服装の方がいい。少し悩んで、キャミソールの上から適当なシャツを羽織り、ボトムスにはショートパンツを選んだ。

 その他あれこれ準備を済ませてリビングに戻ると、早速出発することになった。


 ちょっと早いが、電車移動なども考えれば特に問題はないだろう。戸締りなどを確認のうえ、三人で揃って家を出た。

(おー、いい天気……)

 空を見上げれば、白い雲と青い空とのコントラスト。ピークの時間帯はこれからとはいえ、既に日差しは十分に強い。出かけるつもりが無かったため天気予報はちゃんと見なかったが、この分なら雨の心配はないか。

「ごめんね、突然誘っちゃって」

 駅への道を歩く途中、はるかがそっと隣に並んできた。

 囁くような声に笑顔を返し、答える。


「いえ、私は全然。ちょっとびっくりしましたけど」

 言いつつ姉の方へ意識を向けると、彼女は道案内のつもりか、二人の前を歩いていた。目線はしっかり進行方向を向いていて、こちらに注意を傾けている様子はない。

 このタイミングで声をかけてきたということは、内緒話だろうか。

「もとは二人で行く予定だったんだけど、やっぱり止めようって話になって」

「何か、あったんですか?」

「大した事じゃないんだけどね」

 答えたはるかの表情は穏やかだった。


「二人だけで遊ぶのは昴に悪いかなって話になって」

 昴、というのは写真で見たもう一人の友達の名前だったか。どうやら二人は彼女に遠慮し、二人きりを避けるために弥生を誘ったらしい。

 そう理解して、弥生は小さくため息をついた。

「……そうですか」

(まったく、姉さんも人がいいというか)

 その昴もきっと大切な友人なのだろう。けれど、だからって好きな人と二人きりになるチャンスをみすみす逃さなくてもいいのに。

 それとも。遠慮せざるをえない理由があるのだろうか。

 恋愛的な意味で抜け駆けになる、とか。


「うーん……」

 ちらりと、横を歩くはるかに目をやる。

 彼は弥生の視線に気づくと、軽く小首を傾げる。

 そんなはるかに笑顔で首を振りつつ、思った。

(だとしたら、姉さんも大変だな)

 世の中には妙な恋愛の形もあったものだ、と。

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