純情少年と恋の手紙 エピローグ
翌日の話し合いは無事に終わった。
『ノワール』の店内を借りて行われた五人だけの会談は、まず盛大な謝罪合戦から始まった。各々が自分の思っていたことや行ったことを告白し、謝罪しあったのだ。
皆、そうしないと収まりがつかなかったのだろう。それぞれが本音をぶつけ合う大騒ぎになったが、これでは埒が明かないと気づいた一同は、みんなお相子だったということで折り合いをつけた。
そうして、もつれた糸を修復した後。敷島が昴に再び告白した。
ラブレターを直接渡すのすら恥ずかしがっていた彼――にもかかわらず、その告白は堂々とした立派なものだった。
けれど、昴はそれを今度こそはっきり断った。
「申し訳ありません。お断りします」
敷島も、その返答は半ば予想していたのだろう。彼は気落ちしつつも驚いた様子を見せなかった。
彼は代わりに理由を尋ねたが、昴はそれにはっきりとした口調でこう答えた。
「他に好きな人が出来てしまったので」
その発言は一同を大いにどよめかせたが、直後に司が発言したことにより、その衝撃は有耶無耶のうちに消えて行った。
「じゃあ、今度は私の番ね。あたしは、やっぱり修也のことが好き。あらためて私と付き合ってほしい」
真っ直ぐな司の告白に、はるかは当事者でもないのに思わず赤面してしまった。
もちろん当事者である敷島は余計にそうで、先程の落ち着きようはどこへやら。彼は百面相を披露した挙げ句、保留とも了承とも取れる返事を返していた。
「ま、まずは友達からって事でいいか?」
「うん、いいよ。それで十分」
これに司は満面の笑顔で頷き――下駄箱に入っていた一通のメモから始まる騒動は、こうして決着を見せた。
その後、五人はそのままテーブルを囲んで昼食をとり、部活へ行くという敷島と司を見送る形で解散した。
―――
三人だけになった後。はるか達あらためてテーブルを囲んだ。
先程の話し合いで既に互いの想いは伝えた。それでも、あらためて三人だけで話がしたかったからだ。
「ごめんなさい。私達、昴に辛い思いをさせちゃった」
「いいえ、頭を上げてください。私が勝手に勘違いしていたのがいけないんです」
だから、はるかはその場でもう一度、昴に自分の気持ちを伝えた。
「はるかさん達は、私の事を応援と、心配してくださっていたのに」
「あ……ううん、それは違うよ、昴」
「え?」
「最初はそうだったと思う。けど……妹尾さんにお願いしたりとか、昴達の後をつけたりしたのは、単なる私の我儘だよ」
自分の胸の内を吐露する――それはとても苦しい行為だったが、やらなければならない事だと思った。
不思議なことに、胸の苦しさ五人で話した時より、昴と直接向かい合った時の方がずっと大きかった。
「昴が敷島君に取られちゃうのが単に、嫌だったんだと思う」
それでも苦しさに耐えつつ伝えると、昴は驚いたような顔をした。
先程はここまで深い話はしなかったからかもしれない。
「ありがとうございます」
そんなはるかに、昴は柔らかな――思わず見惚れてしまうような笑顔を返した。その美しさにはるかは思わず息を飲む。
すると、はるかが動きを止めた隙をつき、昴がそっと、はるかの両耳に手を被せた。
「……え?」
「すみません、少しだけ、目を閉じていただけますか?」
言われるままに目を閉じると、抱えるように頭を抱かれる。
その時、一瞬だけ――額に柔らかな感触があった。
(今の、って)
身を離した昴を呆然と見つめたが、昴は何も言ってくれなかった。
微笑んでいる昴の顔を見ているうちに、はるかは聞かなければならないことを思いだす。
「そういえば、昴の好きな人って……」
「さあ、誰だと思いますか?」
浮かんだ疑問を口に出すと、最後まで言い終える前にはぐらかされた。
結局、それ以上は聞いても答えてくれず、はるかは胸の内に疑問を飲みこんだ。
その夜。はるかと飛鳥の部屋で、あらためてパジャマパーティが催された。
お菓子や飲み物も用意して、パジャマ姿で他愛無い話を繰り広げる。この間の突発パーティのやり直し――思い出の上書きをするように、そのひとときを楽しみ。
やがて就寝する時間になると、三人は揃ってベッドに入った。この前と同じくはるかが真ん中だったが、また緊張してしまうかと思いきや、、今回は案外穏やかな気持ちでいられた。
心配事が片付いて、ほっとする気持ちが影響しているのだろうか。
そんな事を思いながら目を閉じていると、意識はだんだんと闇に落ちていく。
そうして微睡みが深く、殆ど夢心地の状態になった頃。
「はるかさん、大好きです」
耳元でそっと囁く声が聞こえた。
「……昴?」
けれど目を開き、声をかけてみても返事はなかった。
室内にはただ、二人分の規則正しい寝息だけが響いている。
(寝言、だったのかな)
そう思いながら目を閉じ、はるかは再度眠りに落ちる。
その直前、今度は逆側から甘い声を聞いた気がした。
「はるか。大好きだよ」
けれど、眠りについたはるかにその真偽を確かめる術はなかった。
―――
パジャマパーティの夜以降、はるかの日常は少しだけ変わった。
「はるか。たまには朝ごはん和食にしてみない?」
「うーん……でも、朝からご飯ってちょっと重いかなって」
「そうですよね。無理に和食にする必要はないと思います」
何かといえば、飛鳥の無軌道な言動に昴が張り合う場面が増えたのだ。喧嘩ではなく、仲良く言いあっているだけなので全く構わないのだが、何故か大抵はるかが間に挟まれるので困ってしまう。
「えー。美味しいのに。ほら、ちょっとだけ味見。あーん」
「あ、あーん」
「どう? 美味しい?」
「う、うん。美味しいよ」
例えば、そうして飛鳥の差し出した焼き魚を口にすれば、対抗した昴がハムエッグを一口差し出してきて、
「……でしたら、はるかさん。私のも食べてみませんか?」
「いや、でも。私達二人とも洋食だし」
「そうですよね……」
断るとしゅんとしてしまうので、弁解するのに苦労したり。
そんな楽しくも複雑な出来事に、はるかは頭を悩ませることになった。
―――
また、カフェ『ノワール』の風景にも変化があった。
真穂をはじめ、司や敷島、更にはアニメ研究会の面々などが顔を出すようになったのだ。そのおかげで、怠惰で気楽だった放課後の時間は少しずつ減り、代わりに接客に追われる充実した時間へと移り変わろうとしていた。
圭一、由貴もこれを機に一大決心をした。『ノワール』から「会員制」の看板を外し、学内の人間であれば誰でも歓迎するオープンなカフェとして再スタートを切らせたのだ。
といっても、これまでも飛び入りのお客さんを受け入れていいたので、何が変わるわけでもないのだが。
圭一達が友人相手に宣伝を始めたことで、「一年生の可愛い店員」を目当てに訪れる上級生や、店員を指名しようとする勘違いした生徒等、顔見知り以外の客の姿も見るようになった。
そんなこんなで、気づけば六月も終わりに近づいていて。
あと一か月もすれば夏休みがやってくる。
ゴールデンウィークは日数的に帰郷を諦めていたので、夏休みは入学から初めて実家に帰る機会となる。
といっても、入学式の前日、島へ降り立った時のようなホームシックはもう無いけれど。
代わりに、持ち帰りたいたくさんの思い出が増えた。
――学校、楽しい?
姉に、家族に、中学時代の友人に聞かれれば、今は胸を張って答えられる。
うん、楽しいよ。と。
もちろん、まだ一学期には期末テストも残っている。
今後もきっと前途は多難だろう。
けれど、飛鳥や昴、由貴や圭一――その他皆のおかげで自信もついた。
身に纏う女子制服も、少しは「自分」に馴染んできたと思う。
だから、演技にまみれた学園生活はまだ終わらない。
終わらせたくないと、はるかはそう思っていた。
以上で「純情少年と恋の手紙」は終了です。
(15話めが実質エピローグの前段なので、今回エピローグの裏はありません)
また、同時にこれにて「第一部完」ということで、いったん作品自体も「完結」とさせていただきます。
まだ書きたい内容もあるので、纏まった内容を用意できれば再開したいと思っていますが。
ひとまず、ここまでお読みくださいました方にこの場を借りてお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
2015.6.8 緑茶わいん




