表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
純情少年と恋の手紙
60/114

純情少年と恋の手紙 15

「本当にごめんなさい。私の我儘で振り回しちゃって」

「いいよ。っていうか、私は気にしてないから」

 寮への帰り道を、はるかは司と並んで歩いていた。会話する間を作ろうと、はるかは殊更ゆっくり歩を進める。司もはるかの意図を汲み、同じペースで歩いてくれていた。

 前を見れば、少し先に飛鳥と昴の姿がある。彼女達が何を話しているのかは、ここからだと聞こえない。敷島は一人で先に帰ってしまったため、彼の姿は見えない。


「むしろ小鳥遊さん達が居なかったら、きっと一人で悩んでたと思うし」

 失恋したばかりだというのに、司の表情は明るい。しかし、彼女が気を遣ってくれているのか、それとも本心から笑っているのか、はるかにはわからなかった。


「だから、ありがとう。小鳥遊さん」

「ううん。告白できたのは妹尾さんが頑張ったからだよ」

 実際、はるかは司と一緒に敷島の部活に行き、多少司を焚き付けた程度でしかない。失恋の不安を押し除けて敷島に告白したのは、司自身の勇気だ。


(それに比べて、私は)

 ハンバーガーショップでの騒動の原因ははるかにある。はるかが司を焚き付けなければあの騒ぎは起きなかったはずだ。なのに、昴の真意を知りたい。昴に何かしてあげたい。そんな我儘を押し通した結果、皆を振り回した。結局は自己満足だったのだと、後になって痛感した。

 特に、敷島には申し訳ないことをした。彼にとってみれば寝耳に水の出来事だったはずだ。せめて明日、しっかりと彼と、皆に謝らなければならない。


「ん、じゃあ、おあいこって事にしようか」

「……ありがとう、妹尾さん」

 司から穏やかに笑いかけられ、はるかは彼女に微笑みを返した。

(妹尾さんは凄いな」

 胸の痛みは、彼女の方がずっと重いはずなのに。そんな風に笑えるのだから。

 かすかな羨望を込めて司の横顔を眺めていると、彼女がぽつりと呟いた。


「あいつは今頃、何考えてるのかな」

 その言葉に、はるかは少しだけ迷ってから彼女に尋ねる。

「……敷島君のこと、追いかけなくて良かったの?」

 ハンバーガーショップを出るとすぐ歩き去っていった彼だが、走れば追いかけることは出来たはずだ。話したいこともあったのではないか。


「いいよ。あいつは一度、頭を冷やさないといけないだろうし。それに……」

「それに?」

「何でもない」

 そう言って、司は笑った。完全にはぐらかされた形だ。

 けれど、司の表情からして悪い事ではないのだろうと思えた。

「そっか」

 だから、はるかはそれ以上、司に追及しなかった。

 真っ直ぐ前を向いて歩きながら、明日の放課後に思いを馳せた。


 *  *  *


 同じ頃、昴と飛鳥は淡々と言葉を交わし合っていた。

「昴ってさ、結構馬鹿だよね」

「ええ、そうですね。私もそう思いました」

 辛辣な飛鳥の言葉に、平然と答えて頷く。

「飛鳥さんも。案外意地悪ですよね」

「だね」

 代わりにそう指摘すれば、飛鳥もまたあっさりと答えた。


 険悪なムードではないが、かといって好意的でもない。ただ思った事を言い合うだけのやり取り。それができるのは、互いの想いが大体理解できていたからだ。

 二人とも、本当ははるかが気になる。なのに、言葉と気持ちを我慢してここにいる。

(明日まで、はるかさんとは話さない方がいいでしょうし)


 はるか達が、自分と敷島の後を尾行する形であの場にいたこと。

 司の告白に、はるか達が協力していたであろうこと。

 それらの事情を、昴は先程の一件から推測している。

 その上で、彼女達の想いを嬉しく、また申し訳なく思っていた。


(私のために、私のせいで、そんな事まで)

 今回の件は全て、昴自身の優柔不断が招いたことだ。

 昴の敷島への想いは、あの夜、はるか達から指摘された通り、恋ではなかった。

 手紙を読み、直接話をして。その中で感じた、敷島の純粋な想いへの感謝と責任感、義務感などが入り混じった気持ちだったのだ。

 なのに彼の告白を断らなかったのは、いつだか昴自身が言った通りだ。


『……そうですね。今のところ、お断りする理由もありませんから』

 理由が無ければ断ってはいけない。勝手にそんな風に思って、一人で抱え込んでいた。

『敷島君は、たぶん昴のことが本当に好きなんだと思う。だから、ちゃんと手紙を読んであげて欲しいな』

 いつだか、はるかに言われた言葉。そして、はるか達が多くを語らず見守ってくれていたこと。それらを勝手に解釈し、余計なプレッシャーを感じていた。

 告白されたからには真剣に考えなくてはいけない。身勝手な理由で断ってはいけない。

 そんな風に思って、勝手に一人で突き進んでしまっていた。


 あの夜。はるか達に言ってしまった言葉でその事にようやく気付き始めた。

 完全に理解したのは、ついさっき。司の告白を聞いた時だ。


 ――彼女のような気持ちを、自分は持っているだろうか。

 既に恋人のいる相手に思いを伝えるような必死さは、自分には無い。

 そう感じて、司を羨ましく思うと同時に申し訳なくなった。

 その直後、敷島が彼女を蔑にするような行動を取ったので、思わず苛立ってしまった。

 彼の、誠意が足りないと思える態度に。

 昴自身の、敷島への態度を重ねて。感情のままに言葉を紡いでしまった。


 敷島との交際解消を宣言した事は後悔していない。けれど、一方的に彼を糾弾してしまった事は申し訳なく思う。それも含め、敷島や司、はるかにはあらためて謝罪するつもりだ。

 そんな昴の想いを、飛鳥は既に見透かしているようだった。その上で何も言ってこない。


(ある意味、似たもの同士なのでしょうね)

 あらためてそう思う。

 親近感――友情を感じる相手という意味では、彼女が一番なのかもしれない。

 昴の、はるかへの想いはそれとは少し違うものだから。


 いつからだったのだろうか。この想いが胸の内に生まれていたのは。

 この間の、あの夜か。

 体育祭の日、二人でベンチに座った時か。

 彼女と友達になった瞬間か。

 あるいは、初めて会ったあの時か。


「飛鳥さん」

「何?」

「私、もう少し、遠慮するのを止めますね」

 昔、遠い昔に感じたのと同じ想いが胸にあるのを、昴ははっきりと自覚してしまった。

 自覚してしまった以上は、今まで通りではいられない。


「ん、そっか。……頑張ろうね、お互い」

「はい」

 飛鳥とそうして短く言葉を交わしながら。

 昴は一度だけ、そっと背後を振り返った。


 *  *  *


 スマートフォンが着信を知らせてきたのは、午後十時を回ろうとした頃だった。

 端末を手に取り、ディスプレイに表示された名前を確認してくすりと笑う。

 寝入ったばかりのパートナーを起こさないよう素早く通話ボタンを押し、ベッドから降りながら端末を耳に押し当てた。


「もしもし? 気持ちの整理はついたの?」

 からかい気味に尋ねると、スピーカーの向こうから憮然とした声が返ってきた。

『うるさい。お見通しみたいな言い方するなよ』

「そりゃ、このくらいお見通しだってば。付き合い長いんだから」

 話しながら、部屋から洗面所へと移動する。ドアを閉め、ついでに軽くシャワーでも流しておけば、会話の音が洗面所の外に漏れることもないだろう。

 たぶん、それなりに長話になるだろうし。


『……はあ。これだから幼馴染は』

「困るよね。ホント。なかなか縁が切れないんだから」

 あんな後だというのに、妙に落ち着いている自分に驚きつつ、同時にそれはそうかとも思う。思い悩んでいた事柄が片付いたのだから、すっきりするのは当たり前だ。

 それに、まだ負けたと決まったわけでもないのだし。


(これに関しては、完全にあの子達のお陰だよね)

 半ば諦めかけていた道はまだ、間一髪で繋がった状態だ。もちろん、別れるの別れないのっていう話がどうなるかと、今この電話の用件にもよるのだろうけれど。


「で、何の用?」

『……いや、その。一応謝っとこうかと思って』

「別に明日でいいのに」

『恥ずかしいだろ。他の皆が居る所で謝るのは』

 いずれにしても、皆には別に謝るべきだと思うが。まあ、それは相手もわかっているのだろう。人前で「個人に対して」謝るのが気恥ずかしい、ということか。


「ん、いーよ。許す」

『……簡単だなあ、おい』

「だって、もともと気にしてないし」

 本当だ。最初から予想はしていたのだから、気になんかしていない。

 ……ちょっとだけ。一人になった時に軽く泣いた程度にしか。


「明日、あんたはどうするの?」

『謝る。謝って、もう一回付き合ってもらえるようにお願いする』

 ノーカウントにはしないのか。ちょっと男らしい。


「じゃあ、あたしはその後かな」

『……何の話だよ』

「わかってて聞かないでよ」

 笑って答えると、沈黙が返ってきた。ヘタレだ。まあ、そこがいいのだが。


「そういえば、本当は何であの子に惚れたの? やっぱ好きなキャラに似てたから?」

『……違うよ。それもあるけどさ』

 体育祭で一生懸命走っている姿を見て、一目惚れしたのだと、彼は話してくれた。なるほど。アニメキャラに似てたから、よりはよっぽどマシな理由だ。


「他のクラスの女子なんて、よく注目してたよね」

 せめて自分のクラスを見ていればいいのに。

『……だよ』

「え? 何って?」

『お前を応援するために見てたんだよ』

 不意打ちだった。

 ひどく恥ずかしそうに、囁かれたその言葉に、不覚にもときめいてしまった。

 こんなタイミングで、そんな事を言うのは反則じゃないだろうか。

 そんな事をされたら、否応なく期待してしまう。


『それに、陸上が嫌いになったわけじゃないし』

「……初耳なんだけど」

『嫌いになったって言った事もないだろ』

 まあ、それはそうなのだけど。

 才能無いから、なんて言うからてっきり。


『俺には才能無いから、お前に任せようと思ったんだよ』

 まただ。

 今日は一体、何のつもりなのか。

「あんた、私を殺しに来てる?」

『……は?』

 あーあ、とため息をつく。壁に寄りかかって、天井を見上げて。


「やっぱ、あんたの事好きだ」

『もう切るからな』

「あ、待った。もう少し話そうよ。昔の話とか、さ」

『……まあ、いいけど』

 慌てて引き止めたら、思いとどまってくれた。良かった。今はもう少し、話をしていたい気分だったのだ。

 時間はまだ、たっぷりあるのだし。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ