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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
純情少年と恋の手紙
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純情少年と恋の手紙 14

 翌日、金曜日の放課後。はるかは飛鳥、司と三人で学校外に出た。水曜から連続三日目のデートに突入した昴達を、こっそりと尾行するためだ。


「まさか、誰かを尾行する日が来るなんて思わなかったよ……」

「や、まあ、あたしも思ってなかったけど。いいじゃん、面白いし」

 商店街の片隅に目立たないよう佇みながらぼやくと、隣に立つ飛鳥があっけらかんと言い放った。それを聞いた司が小さくため息をつく。

「……やっぱ早まったかな。一ノ瀬さん達に協力するの」


 もはや言うまでもないだろうが、今回の作戦も発案者は飛鳥だった。昨日の一件によって覚悟が決まったところで、二人のデートを直に観察してみよう、という算段だ。

 突飛な上に行き当たりばったりな作戦だが、はるかも特に反対はしなかった。

(私達が居ない場所で、二人はどんな顔をしているんだろう)

 それを確かめるには、こうでもしないと難しいと思ったからだ。


「ごめんね、妹尾さん。昨日から部活休ませちゃって」

「いいよ、少しくらいなら。後何日も続くと厳しいけど」

 答えた司は、おそらくそうはならないだろう、という顔をしていた。はるかも同感だ。これだけ大胆な事を始めたのだ。きっと今日のうちに何かが起こる。


「でも、あいつら三日もよく行くところあるよね」

 二人で歩く昴と敷島の姿をやや遠くに捉えながら、司が言った。軽口が出るところを見ると、昨日の部活見学で打ち解けてくれたのかもしれない。

「そうだね……一日目は島内を散歩したらしいよ」

「うわ、地味。健全で良いことだけど」

 飛鳥の呟き通り、昴達は至って健全な交際を続けているようだった。敷島が前を歩き、昴はそのやや後ろを付いて歩いている。二人とも制服姿で、互いに手を握る様子すらない。


「気づかれないね」

 位置関係上、敷島は会話の度にこちらを振り返っているが、今のところ気づかれる様子はない。マンガとかであるように、電柱の陰に隠れたりとかしているわけでもないのだが。

(一応、変装が役に立ってるのかな……?)

 マスクやカチューシャ、ヘアゴムでそれぞれワンポイントを加えた程度の簡単な変装だが、それでも第一印象くらいは誤魔化せているのかも。


「あ、お店に入るっぽいよ」

 しばらく尾行を続けると、やがて二人は一軒の店の前で立ち止まった。はるか達も利用した覚えのある、ハンバーガーのチェーン店だ。二、三、言葉を交わした後、店の中に入っていく。

 中に入ってくれれば接近しやすい。はるか達も入り口の傍まで移動し、店内の様子を窺うと、昴達は注文を終え二階席へと上がっていった。

「入る、しかないよね」

「うん。まあ、二階に上がる時に気づかれなければむしろ安全でしょ」

 むしろ外にいると窓から見下ろされる恐れもある。さっさと中に入り、注文を済ませた。食事に来たわけでもないので、今回はポテトと飲み物だけにしておく。


 恐る恐る二階に上がると、昴達は窓際にあるカウンター式の席に並んで座っていた。二人とも階段に背を向けているのを幸いに、はるか達は素早くテーブル席へ移動した。位置的は近いがパーティションで遮られたポジションに陣取る。

「空いてるんならテーブル使えばいいのに」

「あいつ、そこまで気遣えないから。それか、景色見える席の方がいいと思ったのかも」

 飛鳥達が小声で囁くのを聞きながら、はるかは二人の様子をそっと窺った。


 昴達は飲み物の他にバーガーも頼んだようだ。敷島の方はセットメニューでポテトも付いている。彼がそれをおずおずと差し出すと、昴が遠慮がちに一本取る。それを見た敷島が嬉しそうに笑い、昴も微笑みを返した。

「はるか、気づかれるよ」

 思わずじっと見つめていると、飛鳥から注意された。自分たちのテーブルに視線を戻すと、司と目が合う。

「妹尾さん、敷島君の様子はどう?」

 尋ねると、司はやや表情を曇らせた。


「……見ての通り、浮かれてる。大して周りも見えてないんじゃないかな」

 実際、二人はしきりに言葉を交わしているが、話しているのは殆ど敷島のようだ。漏れ聞こえる声からすると、会話の内容は雑多。最近のニュースやクラス内での出来事、天気の話題に最近見たアニメ等々、話が途切れないよう何かしら話題を繋げている様子だ。

 それでも、彼は本当に楽しいのだろう。終始笑顔を浮かべている。

「小鳥遊さんから見た間宮さんは?」

 今度は逆に問われて、はるかは返答に迷った。

 一見、昴の方も満更でもない様子ではある。初々しい高校生カップルという感じだ。けれど、


「普通、かな」

「普通?」

「うん。いつもの、クラスの子といる時の昴」

 愛想笑いを浮かべて、当たり障りなく場を流そうとしている時の態度。心情的に客観性のある視点か自信がないが、はるかの目にはそんな風に見えた。

 はるかの答えに司は異論を挟まなかった。

「そっか。……うん、私もそう思う」

 頷いて、ストローに口を付ける。飛鳥は何も言わず、照り焼きバーガーを齧っていた。二人に倣ってポテトを口に運んでいると、自然に三人とも黙り込む形になった。


「妹尾さんは、敷島君のどんな所が好きなの?」

 ふと尋ねると、司が驚いたように瞬きをする。

「どうしたの、突然」

「あ、うん。なんとなく、気になって」

 本当に何となくだった。彼を好きになったきっかけは聞いたが、彼のどこが好きなのかははっきりと聞いていないことを思いだしたから。

「まあ、いいけど。そうだなあ……」

 司は少し考えるようにして、

「あいつが傍にいると落ち着くからかな。小さい頃から知ってるから、気兼ねしなくていいし。最近はあんまり話せてないし、色々あるけど」

 ちらりと敷島の方へ目線をやる。


「顔とか、趣味とか、気遣いとか。そういうのはあんまり関係ないのかも」

 そう言った彼女の顔は気恥ずかしそうだったが、とても綺麗に見えた。

 はるかは飛鳥と顔を見合わせて、にっこり笑った。

 ちょうどバーガーを食べ終わった飛鳥が意地悪く囁く。

「それって、いわゆる『全部が好き』ってやつ?」

「ち、違っ!」

 顔を真っ赤にした司が大き目の声を上げて、


「……あ」

 そのやり取りがもたらした結果に、まずはるかが気づいた。

 近くで上がった声に敷島達が振り返る。彼らは同じテーブルに座る三人を見て、それぞれに呟いた。

「……はるかさん?」

「司? 何やってんの?」

 敷島の視線に司がぴくりと身を震わせる。その横で、飛鳥がしまったという顔をしていた。尾行自体は上手くいっていたのに、ひどく単純なところでボロが出てしまった。


(もう、大体目的は果たしてたけど)

 だからって見つからなくても良かったのに。

「二人とも。偶然だね」

 そう言って笑顔を作りつつ、たぶん誤魔化せないだろうな、と思った。

 すると案の定、昴からは疑わしげに見られた。一方、敷島は信じてくれたようだ。

「小鳥遊さん達って司と知り合いだったんだ」

「う、うん。ほら、クラス一緒だし」

「なるほどね。そうだ、せっかくだし一緒していい?」

 そうして、なし崩しに五人で同席する事になった。


 昴から追及されるかと思ったが、彼女は何も言ってこなかった。司という(昴からすれば)部外者の存在に困惑しているのか、静かにドリンクに口を付けている。

 敷島の方は、まず幼馴染を問いただす事にしたようだった。

「ってか司、お前部活は?」

「っ。修也こそ、部活休んでるんじゃないの?」

 幼馴染だからか、敷島は司の事を名前で呼んでいた。口調からも気安さが窺えるので、少なくとも司が嫌われているという事はなさそうに見える。

(あと、女の子と真顔で言いあってる敷島君って意外かも)

 はるかと話している時は緊張した様子だったし、昴の前だと笑ってばかりだったので、そんな彼の姿は新鮮に映った。


「まあ、休んでるけど。うちの部は別にユルい感じだし。でも、陸上部は違うだろ」

「……そりゃ、そうだけど。ちょっとやって辞めた奴に言われたくない」

「なんだよそれ」

 はるかがそんな風に観察しているうちに、二人の会話は妙な方向に流れ始めていた。


 止めた方がいいだろうか。

 考えて、今のところは思いとどまる。ここから本格的に険悪なムードになるようなら止めに入るべきだが、もしかするとこれはチャンスなのかもしれない。

 あまり話す機会の持てなかった司と敷島が、本音を話すための。


「いきなり昔の話するなよ」

「いきなりじゃない。ずっと思ってた。何で陸上辞めたの」

「……それは、合わなかったからだよ。前にも言わなかったっけ?」

 思った通りと言うべきか。二人とも完全な喧嘩腰になる様子はなかった。司の表情は単に敷島を責めるというより、溜まっていたものを吐き出している感じ。敷島の方は、そんな司の態度に困惑している様子だった。


「それで、アニメに運命感じて陸上辞めたの?」

「……え。だ、誰かから聞いたのか?」

「それで、黒髪ロングのお嬢様に入れ込んでるんでしょ?」

「やっぱ誰かから聞いたんだろ? 誰だよ!?」

 論点がズレてきている。だんだん二人の声も大きくなり、周囲の客からも注目され始めているが、司も敷島もそれに気づいた様子はなかった。


「ええと、その。これは一体……?」

「あ、うん。ちょっとその、色々あって」

 昴は突然の事態に付いていけていないのか、ぽかんとした様子だった。声を顰めて返事すると、困ったように微笑んだ。

「なんだか、私達はお邪魔になってしまった感じですね」

「……まあ、痴話喧嘩っぽいよね、これ」

 呆れ顔の飛鳥の台詞がちょうど的確な気がした。


「俺が何を好きだろうとお前に関係ないだろ?」

「関係あるよ!」

「え、何で?」

「それは……」

 会話の風向きがまた変わった。思うまま言葉を紡いでいた司が口ごもり、そっとこちらを見てくる。

(頑張って、妹尾さん)

 許可を求めるような視線に、はるかは黙ったまま頷いてみせる。すると、彼女は視線を戻して口を開く。真っ赤な顔で、声を震わせながら。それでも決然と、


「私が、あんたのことを好きだから」

 長年、守ってきたであろう思いを想い人へ届けた。

 それが限界だったのだろう。司は告白を終えると口を結んで俯いてしまった。けれど瞳だけは動かさず、相手の顔を見つめている。

 対する敷島は目を見開いたまま、何も言わずに立ち尽くしている。

 やがて硬直から逃れた彼は、小さく呟いた。


「……マジで?」

 本当に予想外だったのだろう。彼の声は情けない程に弱々しかった。

 そんな彼に、司は頬を染めたまま答える。

「嘘、言うわけないでしょ」

「俺、今、間宮さんと付き合ってるんだ」

「……知ってる。でも、我慢できなかったから言ったの」

 気まずそうな敷島に対し、司は目を逸らさない。

 昴を見れば、彼女は二人のやりとりをただじっと見つめていた。その顔に浮かんだ表情は、容易には推し量れないほど複雑だった。


「そっか。なら、俺が何ていうかもわかるだろ?」

「……うん」

 果たして。敷島が口にしたのはそんな返事だった。彼の言葉に、司は今度こそ完全に俯いてしまう。そんな司を、敷島はすまなそうに見つめてため息をついた。

 それから彼は、はるか達の方へ顔を向けて笑顔を浮かべる。


「ごめん、騒がせちゃって。もう大丈夫だから」

 主に昴へ向けての言葉だと、すぐにわかった。急に放置してしまった事を謝ると共に、話が済んだ事、自分の気持ちが変わらない事を伝えているのだ。

 だから、他の人間どうこう言うべきではないのだろう。

 けれど、彼の台詞を聞いたはるかは、胸の中に猛烈な憤りが生まれるのを感じた。

 いけないと思いつつ、生じた衝動のままに口を開きかけて、


「待ってください」

 先んじて響いた昴の声に、はるかは出かかっていた言葉を飲みこんだ。

 声を上げた昴は、敷島を睨むような鋭い視線で見つめていた。

「……間宮さん?」

 敷島は状況が掴めていないのか、困ったように首を傾げる。先程の笑みと相まって、苦笑めいた表情になっていた。そこへ、僅かに怒気を含んだ声が叩きつけられる。


「敷島君。妹尾さんにきちんとお返事をしてあげてください」

「……え?」

「曖昧に誤魔化さず、彼女の気持ちに応えてください」

 昴の言葉は、先程はるかが口にしようとした想いを代弁していた。

 告白に対して「わかるだろ?」と明言を避けて返答したこと。

「騒がせちゃって」「もう大丈夫だから」と、暗に迷惑だったというような態度をとったこと。

 それらに対する憤りを、昴は形にして敷島へ突きつけたのだ。


「いや、返事ならさっき……」

 蚊帳の外にいた昴が、突然感情を露わにしたのが意外だったのだろう。敷島は愛想笑いを浮かべて言った。その返答が昴の気持ちを更に逆撫でするとも知らずに。

「明言を避けたのは誤魔化しではない、ということですか?」

「え、と……」

 再度の問いかけでようやく昴の意図を察したのか、彼は言葉を詰まらせた。視線を逸らし、見かねた司が口を出すまで彼はそれ以上何も言わなかった。


「間宮さん、もういいよ。私はわかったから」

「妹尾さん」

 呼びかけられた昴が司の方を振り返る。視線の圧力から脱した敷島はほっと息を吐く。

 そこへ、また冷ややかな視線が浴びせかけられた。未だかつて、自分や飛鳥には向けられたことのない表情を覗いて、はるかはぞくりと身を震わせた。


「……わかりました。それなら、敷島君に一つお願いがあります」

「な、何?」

 敷島が問い返すと、昴は彼に向けて深々と頭を下げた。

「申し訳ありませんが、貴方との交際を解消させてください」

 その言葉を、昴以外の全員が呆然と聞いた。

 沈黙の間隙から最初に立ち直ったのは敷島だった。


「何で、何で急にそんな事を?」

 わからない、と言う表情で食って掛かる彼に、昴は冷静に答える。

「敷島君とこれ以上お付き合いしても苦痛になると思ったからです」

「……っ」

 敷島が俯き、唇を噛む。

「司をきちんと振れば、今まで通り付き合ってくれるの?」

 その声に司がぴくりと反応する。

 けれど昴はそちらを見ず、静かに首を振った。


「いいえ。それはもう関係ありません」

「なら、どうすればいいんだよ!」

 敷島の声が、ハンバーガーショップの二階席に大きく響いた。

 突然の大声に、五人のやり取りを遠巻きに見ていた他の客達がざわつき始める。その声を聞いて、はるかは今更ながらに自分たちのいる場所を思いだした。司や敷島も同じだったようで、罰の悪そうな表情を浮かべていた。

 見れば、窓の外もだんだんと暗くなりはじめている。


「明日」

 とにかくこの場を収めよう。そう考えながら、はるかはゆっくり口を開いた。

「明日、皆でもう一度、話をしようよ」

「……そうだね。皆、一回頭を冷やした方がいいかも」

 するとすぐ、飛鳥が同意してくれた。彼女はそれ以上は何も言わず、テーブルの上のトレイを片づけ始める。帰ろう、という意思表示だ。

 はるかも手伝い、テーブルの上はすぐに綺麗になった。

「……わかった」

 敷島が頷き、昴も異論を唱えてくることはなかった。

 五人はそっと、それぞれに店内を後にした。

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