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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
純情少年と恋の手紙
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純情少年と恋の手紙 13

「……で、どうしてこうなるの?」

「あはは……」

 そして放課後。はるかと司は部室棟のうちの一棟、比較的マイナーな部の集まる建物の中にいた。二人の目の前には『アニメ研究会』のプレートが掛かったドアがある。


 どうして二人がこんな所にいるのかというと。

「敷島君の趣味を知っておくのも、大事なことでしょ?」

 というわけだった。ちなみに飛鳥はここにはいない。飛鳥個人の心情としては積極的に動きたくないので、実働は二人に任せるとの事だ。その心情とやらについて、詳しい事は教えてくれなかったが。

「ここに来る前にもこのやり取りしたんだから、覚悟を決めようよ」

「小鳥遊さんって、状況に流されるタイプだよね」

「……うん、まあ。自覚はあります」

 などと話をしていると、やがて司も決心がついたのか深呼吸を一つする。


 それを確認してから、はるかは部室のドアをノックした。しかし返事は待たず、ドアのノブに手を掛けて開いた。普段ならまずできない行為だが、今この場に関しては自分で頑張らないといけない。

「失礼します」

「し、失礼します……」

 気後れした様子の司を後ろに従えて、部屋に入る。


 アニメ研究会の部室は先月使った空き部屋と同じくらいの広さだった。ただし、入り口の両脇、および左右の壁は書籍やその他グッズが置かれた棚で覆われており、そのせいか妙な圧迫感がある。

 入り口の向かい側――窓のある壁だけは唯一、棚の類で埋まっていない。代わりに壁際には大きなテレビと録画機器が置かれている。

 また、部屋の中央には、会議室等で使われる長テーブルを九つ合わせた大きなテーブル。その周囲には何脚かのパイプ椅子が散乱し、うち三つの椅子には男子生徒が腰掛けていた。


(良かった。敷島君はいないみたい)

 彼ならたぶん、今日も昴をデートに誘うだろうと予想していたが、どうやら正解だったようだ。本人がいると司も緊張するだろうから、これは有難い。

 と、はるかが状況を把握しているうちに、部員達がこちらを振り返っていた。

「……誰?」

「じ、女子だと……?」

 はるか達の姿を認めた彼らは、口々に動揺を露わにする。

 反応からすると、部室を女子が訪れる事もあまり無いのかもしれない。


「あの。こちらの部を見学させていただいてもいいですか?」

 そんな風に思いつつ、用意していた台詞を口にする。幸い、部員達から否定的な反応は返ってこなかった。

 一瞬「え? この子達何言ってるの?」みたいな顔をされた後、歓迎の意と共に席を勧められた。素直に甘えてパイプ椅子へ腰かけると、はるか達の両脇と正面にそれぞれ部員達が座った。


 そこからは、はるかが特に何も言わなくても話が進んでいった。三人が交互に口を開いては部活動の概要を説明してくれるので、時折それに相槌を打ったり質問を投げる。

「やっぱ、見るのは最近のアニメが多いよね。映像綺麗だし」

「金もそんなに無いから、基本録画だけどな……」

「へえ。どんなの見るんですか? ジャンルというか」

「なんでも見るよ。バトルものとか、恋愛ものとか、萌えアニメとか」

 その間、主に喋っているのは部員達とはるかで、司はただはるかの隣で硬直していた。男子ばかりの空間も、話題の内容もやはり馴染みが薄いようだ。少し可哀そうだが、その方が連れてきた甲斐はある。


「アニメ研究会、って言ってもアニメを見てるだけ、って訳じゃないんですね」

「まあね。漫画とか、ラノベ読んだりもするし。そういうの、興味ある?」

「えっと……あ、中学までは結構マンガも読んでました」

 答えて少年マンガのタイトルを幾つか挙げると、部員達から感心の声が上がる。男子時代というとアレだがの経験が思わぬところで役に立つものだ。


 そんな時、不意に司が口を開いた。

「小鳥遊さんって、結構アレなの? オタク、っていうか」

「え? そんな事ない、と思うけど」

 先程挙げたマンガはどれも、男子としては基礎教養の範囲だし。女子よりも男子の方が話を合わせやすいだけだ。……などと、間違っても口には出さないが。

「そう? メイド服だっけ。ああいうの着てたから、てっきり」

「「「メイド服!?」」」

 司の口からその単語が漏れると、部員達が物凄い勢いで食いついてきた。コスプレに興味があるのか、衣装は自前なのかと矢継ぎ早に飛んでくる質問を、とりあえず笑って誤魔化す。

「あはは……え、えっとその! 皆さんに質問があるんですけどっ」


 はるかはそのまま、無理矢理に本題へと話を移した。

「ここの部員の敷島君、って普段どんな感じですか?」

「敷島?」

 突然の話題転換に部員達は不思議そうに首を傾げつつも、素直に答えてくれた。


 曰く、

 熱心で人当たりのいい一年生部員。

 日常ものやラブコメ系の作品を好んでおり、主にメインヒロイン派。

 結構純情で、三角関係とか重い話になると感情移入しがち。などなど。


 一部、部外者には分かりづらい表現もあったものの、基本的に高評価なのがわかった。

 ついでに敷島が好きな作品を幾つか見せて貰うと、確かに話通り、恋愛系を中心に、あまり血生臭くない作品が多いようだ。

「どう?」

 おススメ作品の神回メドレーとやらを見せられながら、そっと司に尋ねると、彼女は目を伏せて首を振る。

「……よくわからない。でも、何となく、あいつの好みがわかった気はする」

「……そっか」

 それなら、ここに来た甲斐もあった。今、現在の敷島は何かの理由でこういう趣味に夢中になっているようだし。受け入れられるかはともかく、それを知っておくのはきっと悪い事じゃない。


(あ、そういえば)

 敷島に関して、一つ気になっていた事があった。

「あの、敷島君なんですけど。中学二年生くらいの頃、陸上を突然辞めたらしいんです。それについて、何か知りませんか?」

 部員達にそう尋ねると、司から睨まれた。少し踏み込んで聞きすぎただろうか。この人達に聞いて何かわかる可能性はあまり無さそうだし。

「いや、さすがに中学の頃の事までは……」

「そうですよね……」

 案の定、色よい答えは返ってこない。と思ったら、


「あ、いや。中二の頃だろ? そういえば」

「何かあるんですか!?」

 初めて司が大きな声を出した。無意識だったようで、乗り出した身をすぐ戻し、恥ずかしそうに俯いてしまった。

「あ、ああ。関係ないかもしれないけど」

 そう前置きして、部員の一人が話してくれたのは。

「その頃、運命の作品に出会ってこの道にハマったって言ってた気がする」

「その作品ってわかりますか?」

「あ、うん」

 お願いして、問題の作品を見せて貰う。ついでに敷島一押しのキャラを示して貰うと。


 黒髪、黒目。文武両道で丁寧口調のお嬢様。

 物語の主役格ではない、いわばサブヒロインの一人で、物語の終盤になってようやく主人公に恋心を抱くも玉砕する、可哀そうな少女。

 彼女の容姿は――間宮昴に良く似ていた。


「……意外な話だったね」

 その後、適当なところで話を切り上げ、部員達にお礼を言って退室した後。はるか達は一階の自販機で飲み物を買って、外のベンチに二人で腰かけた。

「あいつ、そんな事で陸上辞めたんだ……」

 あれから、司はどこか放心したような状態だった。ベンチに腰かけてしばらく、ようやく口を開いたかと思えば、そんな事を呟く。やはり先程の出来事がショックだったらしい。

 無理もない。そう思いつつも敷島へ配慮し、司を嗜める。


「そんな事、なんて言っちゃ駄目だよ」

「……そうだけど」

 司もそれ以上は言わず、口を噤んだ。それから彼女は別の事を聞いてくる。

「小鳥遊さんはどう思った?」

 敷島お気に入りのキャラクターの容姿を見て。

 問われて、はるかは正直な想いを口にした。


「あんまりいい気分じゃなかった、かな」

 敷島が昴を好きになったのは、大好きなキャラクターに似ていたからなんじゃないか。そんな風に感じてしまったからだ。とはいえ、前に敷島と話した時はそんな話は無かった。だからもちろん、ただの思い違いかもしれないが。

 かといってただ割り切れる程、はるかは人間ができていない。


 若干曖昧な答えではあったが、司ははるかの返事に満足したようだった。

「わかった。じゃあ、次はどうするの?」

「次も、付き合ってくれるの?」

 今回で懲りてしまってもおかしくないかと思ったのだが、思いがけず司の返事はしっかりしていた。

「もちろん。このまま終わりにするわけないでしょ」

「……ありがとう」

「ん」

 だんだんと暗くなりかけた空の下で、二人はそっと微笑みあった。


 *  *  *


 時は少しだけ遡る。

 一ノ瀬飛鳥は、はるかと司がアニメ研究会に向かうのを見送った後、『ノワール』に向かった。はるかに言った通り、自分で直接動く気にはなれなかったからだ。

 正直、飛鳥は昴の言動がだいぶ頭に来ていた。


(何であたし達のせいになるの? 人のせいにしないでよ)

 普通、恋愛は自分の意思でするものだ。人にどうこう言われてするものじゃない。

 確かに、はるかや飛鳥も多少は口を出した。けれど、二人とも昴に「告白を受けろ」とか「敷島と付き合え」とか言った覚えはない。

 それにもし外野がそう言われたとしても、最終的に決めるのは本人のはずだ。

 だって、恋とはとても大切なものだから。


(そりゃ、あたしだって大した恋愛経験無いけどさ)

 好きになっては冷め、また別の人を好きになっての繰り返し――相手が飛鳥にとって「外れ」ばかりだったせいだが、そのせいで充実した経験とは言い難い。何せキスすらまだなのだ。

 それでも。昴の発言をおかしいと言う権利くらいはあると思っている。

 なのに「もうこの話はするな」などと言われれば、知るか勝手にしろ馬鹿、くらいは思う。昴の事を大切な友達だと思っているから、余計にそうだ。


 似たような立場であるはるかの方は、むしろ燃えているっぽいけれど。

(お人よしだからなあ、はるかは)

 そんなはるかを、間接的にとはいえ手伝っているのだから、飛鳥だって人の事は言えないが。飛鳥が人に協力するときは、もう少し相手と状況を選ぶ。

 今だって、あくまではるかのために協力しているだけだ。


 とはいえ。

(あたしだって、やっぱり気になるんだよね)

 個人的に知りたい一つの疑問を確かめること。

 それが、飛鳥が一人で『ノワール』にやってきたもう一つの理由だった。

「昴の初恋の相手、ですか?」

「はい。由貴先輩なら知ってるんじゃないかと思って」

 あの夜、飛鳥が意図的に昴を挑発した時。昴は飛鳥が口にした恋のたとえを「知っている」と言った。単なる対抗意識からの発言だったかもしれないが、もしそうでないなら、昴にも昔誰かに恋をした経験があったはずだ。

 飛鳥が知る限り、それを尋ねられる人物は由貴しか思いつかなかった。


「ええ、まあ。知っているといえば知ってますけど」

「どんな人だったのか、教えて貰えませんか?」

 勢い込んで尋ねると、横手から遠慮がちな声がかかった。

「一ノ瀬さん。人の過去を詮索するのは、あまり良い趣味とは言えないよ」

 言ったのは圭一だった。口調は優しいが、眉根を寄せて微妙な表情をしている。いつもの冗談ではなく本心から言っているらしい。

 彼がそういう態度だとすると、由貴も答えづらいか。

 そう思って視線を戻せば、やはり由貴は困ったような顔をしていた。


「別に聞いてどうこうしたいってわけじゃないんです。駄目ですか?」

 それでも一応、飛鳥はもうひと押しを試みた。すると由貴は微笑んで、頷いてくれる。

「……わかりました」

「由貴」

「いいじゃありませんか。飛鳥さんになら、話しても」

 彼女がそう言うと、圭一もそれ以上は何も言わなかった。飛鳥は二人に「ありがとうございます」と頭を下げた。

「いいえ。それで、昴の初恋の相手、でしたね」

「はい」

 頷く。と、由貴は飛鳥の顔をじっと見たまま一呼吸おく。


 そうして、極めて端的に告げた。

「昴の初恋の相手は――私です」


「…………へ?」

 思わず間抜けな声で問い返してしまう。本当か嘘か、まずそこから疑わしかったからだ。

 由貴の表情を見る限りでは冗談には見えないが。

「女の子同士ですよ?」

「ええ、そうなんですよ」

 恐る恐る言うと、頷かれた。ふう、と由貴が小さくため息をつく。


「あの子、昔から異性に免疫がありませんでしたからね」

「それで……女の子に?」

「結構昔の話ですけどね。あの頃はまだ、友情と恋愛の区別が付いていなかったのかもしれません。面と向かって告白された訳ではありませんでしたし」

 なるほど。小さい頃ならそういうのもあるかもしれない。仲の良い友達への感情を持てあましてしまう感じというか。

 昴が男の子に恋している姿も想像しづらいので、むしろしっくり来る気はする。


「まあ、由貴は告白されてもいないのに昴を振ったんだけどね」

「何やったんですか由貴先輩」

「大した事じゃないですよ。どこへ行くにもくっついてくるので、気持ち悪いって遠ざけただけです」

「……うわ」

 具体的に何歳の頃かはわからないが、それは相当きつかったのではないか。その後ずっとトラウマになってもおかしくないと思う。

 答えた由貴も苦笑いをしている。お互いにとって苦い思い出なのかもしれない。

(今は一応、仲良いみたいだし、昴も吹っ切れてはいるんだろうけど)


「ちなみに、昴って他には恋愛経験あるんですか?」

「無い、と思いますよ。さすがに全部把握しているわけではありませんが」

「そうですか。ありがとうございます、由貴先輩」

 由貴にぺこりと頭を下げて、飛鳥はこの話を終わりにした。

 それから、紅茶のカップをゆっくりと傾け、考える。


 どこに行くにもくっついて……か。まるでどこかの誰かみたいだ。

(昴は、その時から変わったのかな)

 三つ子の魂百まで、という諺もある。人間、根っこの部分は中々変わらない。

 もし、今も彼女がその頃とあまり変わっていないとしたら。


 自分はやっぱり、はるかを手伝わない方がいいんだろうか。

(まあ、ここまで来たらそういうわけにもいかないけどさ)

 思って、飛鳥は深いため息をついた。

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