純情少年と恋の手紙 12
お互い何も言う気になれないまま、いつの間にか眠りに落ちて。
ふと目が覚めたのは、いつもよりずっと早い時間だった。言うまでもなく寝覚めは悪い。というか、まともに寝られたのかどうかすら怪しかった。
頭の中では、昴に言われた台詞がまだぐるぐると回り続けている。
『はるかさんが、はるかさん達が、言ったんじゃないですか』
昴が言ったその言葉を胸に抱きながら、はるかは今回の件について思い返す。
月曜日の朝、下駄箱に入ったメモを発見し、放課後に敷島と出会った。そして彼のラブレターを預かり昴に渡した。
『敷島君は、たぶん昴のことが本当に好きなんだと思う。だから、ちゃんと手紙を読んであげて欲しいな』
昴が言っているのは、あの時、はるかが言った台詞の事なのだろうか。
はるかが余計な事を言ったせいで、昴にプレッシャーを――。
「うあああぁっ! もうっ!!」
突然、隣から聞こえてきた声にびくっとした。
叫んだのは飛鳥だった。彼女は、はるかの隣で(結局、同じベッドで寝たのだ)がばっと身を起こすと首をぶんぶんと振る。
「あ、飛鳥ちゃん……」
呆気に取られながら自分も起きあがる。と、飛鳥がこちらを振り返った。
がしっと肩を掴まれ、そのままがくがく揺さぶられる。
「あたし達のせいとか言われても知らないよそんなの!」
「わ、私に言われても……」
「あ、うん。ごめんはるか」
声と共に揺れが止まった。別の意味で回っていた頭が正常に戻る。
おかげで気分が少しだけ晴れた気がした。
「昴のこと、何とかしなくちゃね」
「何とかって?」
「わからないけど、昴が悩んでるなら何かしてあげたい」
『もう、このお話はしないでください』
昨夜、出て行く直前の昴は普通じゃなかった。
そう。あれは初めて会った頃、彼女に拒絶された時の反応に近かった。
もし、あの時と似たような状況と考えていいのなら。
昴は拒絶しながら、本当は何かを望んでいるんじゃないか。
「……なんて。今思っただけだけど。駄目かな」
そう聞くと飛鳥には苦笑された。けれど、彼女は同時に首を振ってくれた。
「や、いいんじゃない」
そうして今度は微笑んで。
「はるかがやるなら、あたしも手伝うよ。……正直、あたしはまだイラっとしてるけど」
(イラっと、か)
はるかの胸に苛立ちは殆ど無い。むしろ喪失感や罪悪感の方が強かった。
それが、今は奇妙な義務感に変わりつつあった。
―――
その後、はるか達は朝食の時間まで、今後について話し合った。
昴があれだけ頑なな態度を取っている以上、何か別のアプローチが必要だ。その具体的な方針については、全面的に飛鳥が意見を出してくれた。
「はるか、こういうの得意じゃないでしょ。あたしに協力させてよ」
そう言って彼女が示したのは、司に敷島へ告白してもらうことだった。
昴への遠慮とか、そういうのはもうこの際無視する。昨日司と話をした時とは状況が全然違ってしまっているのだ。
「もちろん、妹尾さんがいいって言ってくれないとだけど。どうかな?」
「うん。私もそれでいい思う」
それなら昴に直接、口を出す訳ではないし、自分たちの意見を無理矢理押し付けることにもならないはずだ。もし司が協力してくれても告白が上手くいくとは限らないけれど、それでも何かが変わる可能性はある。
「じゃ、決まりだね」
二人で頷き合い、頑張ろうと決意を固める。まずは着替えて、朝ごはんだ。
「……あれ?」
そこで、起床後初めてスマートフォンを手に取ったはるかは、いつの間にか新着のメールが届いていることに気づいた。開くと、敷島からのメールだった。
昨日は二人で島内を散歩した。手とか繋いだりはしなかったけど、並んで歩いていると凄くドキドキして楽しかった。良ければ今度は皆で遊びに行こう、あと、また一緒に昼食を食べよう。
そんな内容のメールを一通り読んで、その微笑ましさについ微笑みつつ、返信に迷う。
結局、はるかは彼に短く素っ気なく返信した。
惚気話は送ってこなくてもいい。ご飯やデートは出来るだけ二人で行った方がいいと思う。そんな内容をある程度オブラートに包みつつ入力して、送信。敷島からの返事の着信は待たない。ついでに司へ一通メールを送ってから、スマホを制服のポケットにしまいこんだ。
「よしっ」
その他の身支度を終えて、気合を入れる。
「行こうか、飛鳥ちゃん」
「ん、そだね」
飛鳥と二人で、一緒に食堂へ向かう。すると、食堂の入り口で昴に出会った。
「……おはよう、昴」
「おはよ、昴」
驚きはしたものの、何となくこうなる予感はあった。すぐに立ち直って昴に微笑む。
昨日はごめんなさい、とは敢えて言わなかった。この話はするなと言われた以上、はるか達の方から口に出すと機嫌を損ねる可能性もあると思ったからだ。
「おはようございます、お二人とも」
昴の方もまた、特に何事も無かったように挨拶してくれた。さすがに笑顔までは浮かべてくれなかったが、口調や表情は穏やかだ。だから逆に彼女が何を考えているのかわからないのだが。
そのままいつもの通り三人でテーブルを囲んでも、朝食中の会話はどこかぎこちなかった。もともと昴は口数が少ない。なのに、話題を振る側のはるか達がどこか遠慮してしまっているのだから、それも無理はない。
「昴。今日は私達、ちょっとお昼休みに用事があるから」
「……そうですか。わかりました。私の事はお気になさらず」
途中、昴に大事な用事を伝えた時も会話はそれだけだった。
互いのぎこちなさは時間が解決してくれるだろうが、話題の根幹にあるのが昴達の交際である以上、このままだと根本的な解決ができるかはわからない。
(そういう意味でも、何とかしたいな)
司からの返信は、朝の登校中に届いた。昼休みに話したいことがあるという呼び出しメールへの、了承の返事だった。飛鳥にもアイコンタクトでそれを伝える。
そして、午前中の授業はあっという間に過ぎていった。
木曜日の三、四限。二度目の水泳の授業を終えて、プール棟の入り口で真穂と合流する。学食で食べると敷島達に鉢合わせしそうな気がするので、購買で軽食を買い、別の場所で食べることにした。
「それで、話って?」
そうして辿り着いたのは三階の奥にある空き教室。はるかが敷島から告白を受けたあの場所だった。外のベンチや屋上でも良かったのだが、なるべく人気がなさそうな場所を選んだらここになった。
がらんとした教室内の奥で、適当にテーブルや椅子を持ち寄って話を始める。この位置なら外から話を聞かれることもないだろうし、誰か入ってくればすぐにわかる。
「うん、それがね……」
はるか達は自分たちの計画について、司へ簡単に話して聞かせた。昨日司と別れてから昴の気持ちを確かめた事、その結果として昴の想いに疑問を感じた事、なので司に協力したいと思っている事、ついては可能なら敷島に告白して欲しい事を。
話を終えると、司は何とも言えない顔で黙り込んだ。
「やっぱり、駄目かな」
「……駄目、ってことはないけどさ。そんなこと急に言われても」
「そうだよね……」
頷く。告白しよう! と他人に言われた位で思い立てるほど簡単な話じゃない。
なら、意地は悪いけれど、彼女を焚き付けるしかない。
「でも、このままだったら昴と敷島君が付き合ったままだよ」
司の瞳をじっと見つめて、はるかは言った。
「このままでも、二人はそのうち別れるかもしれない。けど、それでいいの?」
「それは……」
すると、司はぐっと言葉を詰まらせた。瞳の中で感情が揺らめく。
握った手の中で焼きそばパンが潰れた。
「嫌」
小さな、けれどはっきりとした言葉が司の口から漏れた。
はるかはそっと手を伸ばし、司の手に触れる。
「じゃあ、やってみようよ」
そう言って、彼女へにっこりと微笑みかけた。
司が黙ったまま俯く。と思ったら、
「うん」
と、再び小さな声が聞こえた。
15/6/7 誤字を修正しました。 ちゃんとと手紙を→ちゃんと手紙を




