純情少年と恋の手紙 11
「どうしよっか」
「どうしようね」
その夜。はるか達は自室のベッドに並んで腰かけ、難題に頭を悩ませていた。
既にシャワーは済ませ、二人ともパジャマに着替えている。はるかの腕の中には飛鳥のクッション(ピンクのハート型)があり、飛鳥ははるかのクッション(新調したての白い丸型)を抱いていた。
あの後、司の疑問についてはいったん保留にした。主観だけで話し合っても真実はわからないからだ。とりあえず、司と連絡先を交換し「何かわかったら連絡する」と約束した。
夕食は由貴と三人で作った。慣れない面々との食事に司はやや戸惑っていたが、出された料理はしっかりと完食してくれた。
その後、食後のお茶を楽しむという圭一達を残して解散し、今に至る。
二人が悩んでいるのは、保留にした司が示した疑問についてだ。
昴が男子と簡単に付き合うなんて納得できない。そんな司の主張に全面同意はできないが、ただ否定する事もできなかった。はるかや飛鳥の主観以外に否定する材料がみつからなかったからだ。そして、逆に司の主張を肯定しようとすればできてしまう。
例えば、敷島が昴相手に頬を染めている姿は見たが逆は見覚えがない。昴が明確に敷島を褒める所を見た覚えもない。というか、昴がはるかや飛鳥、圭一達以外の人間について話す所を殆ど見ていない。
もちろん、それだけで判断できることでもないけれど。
「昴に確かめてみようか」
そう思ってしまう程度には不安になった。
もしも司の言っている事が的を射ていたとしたら、昴は嫌々、敷島と付き合っているという事になりはしないだろうか。
「まあ、それしかないか。でも、確かめるってどうやって?」
「えっと、直接聞いてみる、とか」
「や。それはそうなんだけど。シチュエーションとかさ」
そう言われても、パッと良いアイデアは思い付かなかった。
例えばこれが大人同士なら、お酒でも飲んで聞き出したりとかするのだろうか。
「うーん……」
頭の中がもやもやと渦巻いて、思わずクッションを抱いた手に力が入る。横を見れば、似たようなことをやっている飛鳥と目が合った。
目が合ったまま、飛鳥がにやっと笑う。
あ、変な事考える。と思った直後、彼女の手が伸びてきて、ベッドに押し倒された。
「わ……」
肩の上に両手を置かれる。そのままそっと身体を落としてきて、二つのクッションだけを隔てて上に乗られた。正面を見ればそこに飛鳥の顔がある。
「急に、どうしたの?」
「や、なんかやってみたくなって。嫌だった?」
「嫌じゃないけど。恥ずかしいよ」
今更この位の事で驚いたりはしないが、羞恥心はどうしたってある。
頬が赤くなるのを感じながら抗議の視線を送っていると、
「あ、そうだ」
右手の指ではるかの髪を梳くようにしながら、飛鳥が不意に声を上げた。
「何か思いついたの?」
「うん。こうやって一緒に寝ながら話せば、少しはそれっぽいんじゃない?」
「なるほど……」
それはいいかもしれない。互いの身体でクッションをサンドした状態を「一緒に寝る」と表現していいかは微妙な気がするが。いわゆるパジャマパーティ的なものだろうか。
「よし、そうと決まれば昴を呼ぼっか」
「え、今?」
「そう。今、すぐ」
むしろ、飛鳥が酔っぱらってるんじゃ。
ふとそう思ったが、ここで混ぜっ返すのはやめておいた。
「突然一緒に寝ようだなんて、どうしたんですか?」
飛鳥がスマホを使って連絡すると、昴はすぐにやってきてくれた。高級っぽい生地のパジャマを身に纏って、少し恥ずかしそうにしている。あのパジャマはひょっとして、シルクだったりするのだろうか。
「あはは。それが、飛鳥ちゃんが突然言いだして」
「……なるほど」
適当な言い訳(ほぼ真実だが)をすると、幸い昴はそれで納得|(?)してくれた。
「同室の子は大丈夫だった?」
「ええ、まあ。……だいぶ驚かれましたが」
それはそうだろう。特に昴は真面目な印象で通っているはずだし。
昴は部屋の入り口あたりに立ったまま辺りを見回し。
「ところで……私も何か寝具を持って来た方が良かったでしょうか」
「あ……そうだよね、三人で寝るにはさすがに狭いし」
少し大き目のベッドなので、寝られないことはないだろうが。
飛鳥に何か考えがあるのかも、と思って彼女を見てみると、
「え? 三人で一緒に寝ればいいじゃん」
そのまんまだった。
(もう、この際それでいいか)
昴の警戒心を解いて本心を聞きだす事を考えると、三人一緒の方がいいのは確かだし。ということで、下段のはるかのベッドへ三人で横になる。
目的を考えると昴が真ん中かな、と思ったら、飛鳥達が許してくれなかった。
「はるかのベッドなんだから、はるかが真ん中でしょ」
「ええ。そこまでして頂くわけには」
というわけで。はるかは左に飛鳥、右に昴と、二人から挟まれる格好になった。
(でもこれ、近すぎないかな……)
ベッドから落ちないよう意識すると、どうしても密着せざるを得ない。二人は気にした様子もなく身を寄せてくるが、はるかは二人の体温や匂いに動揺してしまう。電気を消すと視覚が遮られるので、余計に大変だった。
それでも同じ体勢でいれば段々と慣れてくる。しばらくすると話をする余裕も出て来た。
「初めてだね。三人でこういう事をするの?」
「そうですね」
右耳の傍で囁くような返事があった。飛鳥と昴の顔は、どちらもはるかの耳のすぐ傍にある。大きな声を出さなくて相手に伝わる距離だ。
ちなみに、はるかはそのせいで首を動かせない。両腕もそれぞれの胸に抱かれて、身動きさえままならなかった。腕――特に右腕から伝わってくる感触についてはなるべく考えない。
「お二人は、敷島君との事をお聞きになりたいんですよね」
静かな声に、はるかは思わずどきりとした。左耳に飛鳥が息を飲む音も聞こえてくる。
「やっぱり、わかる?」
「……ええ、まあ。きっとそうなんじゃないかと思いました」
はるか達の思惑を昴はお見通しだったらしい。頭のいい昴なので、そう不思議な事でもない。それに分かった上で付き合ってくれているのなら、今この場も決して無意味ではないだろう。
「昴は敷島君のこと、好き?」
そっと尋ねると、返事はすぐには返ってこなかった。
やがて穏やかな声が室内に響く。
「はい、好きですよ」
「それってさ、どんなふうに?」
答えた昴は続けて問われ、困惑したようだった。再度、答えた声に少しだけ不満の色が混じる。
「誠実に、一生懸命にお話してくださっていて好感が持てます。私の事を思ってくださっているのも伝わってくるので、出来ればお返ししてあげたいと思っています」
だから、その言葉はきっとあまり飾らない、昴の本音だっただろうと思う。
敷島の真摯な気持ちに報いようとする誠実な気持ち。それ自体に問題は感じられなかったが。
飛鳥は昴の返事を聞いて、ふっと小さく息を漏らした。
「昴ってさ。誰かに恋したこと、ある?」
どこか挑発めいた台詞に昴は本格的にむっとしたようだった。
「そう言う飛鳥さんは、あるんですか?」
「あるよ」
子供のような反論をして、飛鳥にあっさりと返されて沈黙した。
飛鳥は、そんな昴の反応を無視して続ける。
「その人の仕草がいちいち気になって、何気ない顔にどきどきしたり、素っ気ない態度に落ち込んだり。その人を独り占めしたくなって、他の子と話すのを見て嫉妬したり。あたしの恋はそういうのだよ」
言葉と共に左腕の締め付けが強くなる。それが判ったわけでもないだろうが、対抗するように右腕もまた、ぎゅっと昴の胸に抱かれた。
「……私だって、そういう経験くらいあります」
「じゃあ聞くけど、敷島君に今、恋してる?」
返事は、無かった。
はるかには昴の表情が見えない。なので、彼女が何を思っているかわからない。
けれど、今この場で返事をしないという事実は一つの意味を形作る。
(飛鳥ちゃんの言い方、ちょっとずるいけど)
具体的な例を示すことで挑発をして。
こういう気持ちじゃないならそれは恋じゃないと、暗に切り捨てる。
可能性や多様性を否定して一方的に決めつける、卑怯なやり方。
それでも、昴にも言い返す余地はあるはずだ。彼女なら飛鳥の意図も理解できているはず。悪趣味なやり方自体を批判するなり、何でもいいから否定すればいいのに。
「昴。今、無理してない?」
何も言わない昴に、はるかは尋ねた。
痛いほどに強く抱かれた腕を意識しながら。
「もし、無理してるなら……」
「やめてください」
刹那。重苦しい声がはるかの発言を遮った。
決して大きな声ではなかったが、はるかはその声を聞いて何も言えなくなってしまった。昴が本気で言っているのが、何となくわかってしまったからだ。
「はるかさんが、はるかさん達が、言ったんじゃないですか」
「それって――」
どういう意味、と聞く間もなく。
昴は、はるかの腕から身体を離すとベッドサイドへと降り立った。
慌てて起き上がろうとしたが、驚いた飛鳥が硬直しているせいで動けなかった。
その間に、昴は部屋の入り口に立ち、こちらに背を向けて。
「もう、このお話はしないでください」
一方的に言い放って、部屋を出て行った。
残されたはるか達は彼女の後を追うこともできず、ただその場で呆然としていた。




