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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
純情少年と恋の手紙
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純情少年と恋の手紙 8

 翌日の目覚めはあまり良くなかった。理由はもちろん、昴からの頼みごとのせいだ。

 一応、依頼自体はその場で了承したのだが、はるかは正直、気が進まないというか複雑な気分だった。同席すること自体は構わないけれど、そこで一体何すればいいのか。それに、部外者が二人もいたら敷島も落ち着かないのではないか。

 一応、敷島にも了承はもらっているらしいので、まだ気分的にはマシだけれど。


 などと考えつつ、いつものように洗顔を済ませ、髪を整えて制服に着替える。

 それから、起きてきた飛鳥と挨拶を交わした。

「……おはよー、はるか」

「おはよう、飛鳥ちゃん」

 この日も朝食時や登校中に昴と出会うことはなかった。今、顔を合わせるとぎこちなくなってしまいそうなので、今日に限っては助かったと思う。

「さて。どうなるかな。ちょっと楽しみになってきた」

「逞しいね、飛鳥ちゃん」

 通学路を歩きがてら、飛鳥とそんな会話を交わした。

 昴から話を聞いた直後は彼女も釈然としない様子だったのだが、何やら吹っ切れたらしい。

「いやまあ、考えてみるとあたし達が緊張しても仕方ないしさ」

 確かにその通りなのだが、だからといって、そう簡単に切り替えられそうにないはるかだった。


―――


 そんなこんなで、あっという間に昼休みになってしまう。

 敷島とは現地で待ち合わせているらしいので、三人で学食へ向かう。まずは教室を出て廊下を歩き、階段で一階へ降りた。普段はここから廊下を通って学食へ行くが、今日はいったん昇降口から外へ出る。昴と敷島が昼食を摂っているのが外のテラス席だからだ。

 学食へ着くと、敷島はまだ来ていないようだった。とりあえず注文を済ませてテーブルへ着く。奥まった席が空いていたので、そこに陣取ることにした。

 手前の席に昴と飛鳥が座り、対面の廊下側にはるかが腰かけた。最も奥まった、昴から見て正面の席を敷島のために空けておく。昴と敷島に向かい合ってもらうための席割だが、結果的に敷島を退路を断つ形になる。

(ちょっと可哀そうだけど……)

 それ位は我慢してもらうしかないか。


 席に着いた後は、一応食事を始めず敷島を待つことになった。

 その合間、はるかのトレイを見た飛鳥が尋ねてくる。

「はるか、ご飯それだけ?」

「うん。今日はあんまりお腹空いてないから」

 微笑んでそう答えた。緊張でそれどころではなく、あまり食欲が無いので、今日のメニューはおにぎり一個(鮭)と野菜サラダという、奇妙な組み合わせだった。

「はるからしいね」

 朝の会話で事情を把握している飛鳥は、それを聞いてもただ苦笑いを浮かべただけだった。そう言う彼女はカツ丼を頼んでいて、二人のトレイはひどく対照的な絵面だった。

 昴はどうかというと、彼女のチョイスはポテトグラタンだった。いつも通りだ。


「お待たせ」

 そうしているうちに敷島がやってくる。手にはカレーライスの乗ったトレイがあった。

「こんにちは、敷島くん」

「やあ、間宮さん。それと小鳥遊さんと、一ノ瀬さんも」

「えっと、どうも」

 曖昧な挨拶をして、はるかは敷島を通すために席を立つ。彼が奥の席に座るのを待って、唯一、敷島と直接面識のない飛鳥が口を開いた。

「初めまして、でいいのかな? よろしくね」

 言いつつ、彼女はカツ丼からカツを一切れ取り、敷島のカレー皿に乗せた。プレゼントらしい。敷島は嬉しそうに顔を綻ばせる。

「ありがとう。よろしく、一ノ瀬さん」

 これが飛鳥一流のコミュニケーション術か、とはるかは妙なところで感心してしまった。


 と、皆の挨拶が済んだのを察した昴が穏やかに言う。

「それじゃあ、食事にしましょうか」

 そう言って、彼女は先割れスプーンを手に取りグラタンを食べ始める。それ以上、特に何かを言う様子はない。敷島も気にした様子はなく、手を合わせてスプーンを手に取っていた。

「んじゃ、あたしも。いただきます」

 飛鳥もそれに倣う事にしたようで、早速カツを頬張り始めた。

(すぐ、話を始めるわけじゃないのかな)

 はるかもそう理解して、食事を始めることにした。

 といっても量もそんなにないので、ゆっくりと少しずつ口に運ぶ。


「ところで、一ノ瀬さんは僕と間宮さんの事は……?」

「あ、聞いてるよ。安心して」

「そうか。良かった」

 まず話し始めたのは敷島だった。おずおずと飛鳥に話しかけ、返事をもらうとほっと息を吐く。何も知らない子がいる場では話しづらいだろうから、気持ちは良くわかった。

 それから、彼は明るい声で更に話し始める。

「小鳥遊さんって小食なんだ?」

「あ、ううん。今日はたまたま。いつもはもうちょっと食べるよ」

「そっか。でも女の子って、よくそんな量で足りるよね。……あ、いや」

「敷島君、そこであたしを見て黙るのは酷くない?」

 むっとした顔で飛鳥が言うと、それを聞いた昴がくすっと笑った。

「飛鳥さんはいつも良く食べますよね」

 飛鳥は定食や丼ものなど、ボリュームのある食べ物を好んでいる。そのため、三人の中では一番、食事の量が多い。はるかも八分目でセーブしなければ、同じくらいは食べられるだろうけれど。


「はるかと昴が食べないだけだよ。特にはるか」

「だから、私はたまたまだってば」

「はは、なるほどね。間宮さん達はいつもこんな感じなんだ」

 ついいつもの調子で喋っていると、今度は敷島が笑った。すると、昴は微笑んで頷く。

「ええ。お二人は大切なお友達ですから」

 何気ない言葉に、はるかは少し嬉しくなった。

 その後も敷島はしきりに口を動かしていた。昴はそんな彼に相槌を打ったり、時折笑顔を見せたりしている。敷島は昴に笑いかけられると都度、顔を赤らめ声を上ずらせる。

 そんな彼の反応が気に入ったのか、飛鳥は楽しげに敷島をいじり倒していた。


「敷島君って女の子に免疫無さそうだよねー」

「い、いや。そんな事ないと思う、けど」

「そう? じゃあ、女の子三人に囲まれても特に何にも思わない?」

「そ、それは……」

(うわ、なんて答えてもからかわれそう)

 対象となった敷島には思わず同情してしまう。飛鳥の言う「女の子三人」にははるかも含まれているので、間接的にプレッシャーを与えてしまっているだろうし。


「ところで、敷島君はどんなアニメ見るの?」

「へ? 普通だよ? そうだな、今期・・だと……」

「はいアウトー。そこはまずメジャーなアニメ映画とか挙げとこうよ」

「……飛鳥ちゃんが外道だ」

 などとやりつつ、やがて全員、あらかたの食事を終えた。

 コップに注いだ水を飲み干しつつ、敷島がほっと息をつく。

「いや、ありがとう。二人のお陰で楽しかったよ」

「どういたしまして。あたしも楽しかったよ」

「そっか、良かった。あ、折角だから二人のメアド教えてよ」

「へ? あ、うん」

 と、非常に打ち解けた(主に飛鳥が)せいか、彼はそんな事を言ってきた。勢いでスマートフォンを取り出し、彼とアドレスを交換しつつ、はるかは首を傾げた。


(これって……どうなんだろう?)

 告白した相手の前で、他の女の子のメールアドレスを交換する。これも割とアウトな行動のような気がする。そう思って昴を見ると、あまり気にしてはいない様子だった。なら、特に問題ないのか。

 アドレスの交換を終えて(何気に高校で初めて手に入れた同性の連絡先だった)、スマホをポケットにしまう。その際、ふと時刻表示を見ると、結構な時間が経っていた。昼休み終了まであまり時間が残っていない。

 ちらりと昴を見ると、彼女もわかっているようだった。こちらを見て頷いてみせる。飛鳥もすぐに察してくれたようで、スマホをしまうと口を閉じた。間を持たせるように、湯飲みに入ったほうじ茶を啜る。


 そこで敷島も空気の変化に気づいたらしい。困惑気味に昴のほうへ目をやって、息を飲む。

 昴が真っ直ぐに彼を見つめていたからだ。

「敷島君」

「は、はい」

 答えた声は震えていた。見れば、手も小刻みに揺れている。

「この間、いただいたお手紙のお返事なんですが」

「う、うん」

 敷島が期待と不安が混じった表情を浮かべた。それでも何とか顔を引き締めようと四苦八苦しているのがわかる。そんな彼を見て、はるかは妙な息苦しさを感じた。下手に動けず、緊張で全身が強張る。

 そして。ついに昴の口からその言葉がこぼれた。

「私で良ければ、よろしくお願いします」

 その場で深く息を吐きたくなるのを堪えながら、はるかは再度敷島の顔を見た。

 彼はまず、驚きに目を丸くし、それから全てを理解したのか、顔の全面に喜色を押し出した。

 きっと、OKが貰えるなんて思ってもいなかったのだろう。


 更には突然、がたん、と立ち上がった彼は勢い良く口を開いた。

「ありがとうございます!」

 その声はテラス席、いや、学食全体に響き渡り。

 はあ、と。

 ジト目になった飛鳥が、深い深いため息を吐いていた。

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