純情少年と恋の手紙 7
注意書き)敷島の部活動設定に悪意はありません。
一限目の授業を終えた休み時間。
はるかは昴からの「お願い」を果たすため、一人で教室を出た。向かうのはC組の教室だ。何故かというと、頼まれたのが敷島への伝言だったからだ。
「私は彼の顔も連絡先も知らないので……お願いできませんか?」
そんな頼みを、はるかは二つ返事で引き受けた。
伝言ならば早い方がいいだろうと、早速こうしてやってきたわけなのだけれど。
C組に着き、入り口から敷島を探すも上手く見つからなかった。席を外しているのか、あるいは顔を伏せていて気づかないのか。大きな声を出して呼ぶのも恥ずかしいし、どうしたものか。
考えていると、ちょうど教室に入っていこうとする男子生徒がいた。呼び止めて、敷島を呼んで貰えるように頼むと快諾してくれる。彼は教室へ一歩入ったところから、教室内に大きな声を響かせる。
「おーい、敷島。お客さんだぞ」
それはまさに、先程はるかが躊躇した力技だった。
周囲が少しざわつき、教室の奥の方で反応がある。人の影になってよく見えなかったが、敷島はそこにいたらしい。彼は顔を上げ、はるかの姿を見てこちらに歩いてきた。
「小鳥遊さん」
その声もまた、先の生徒ほどではないものの教室内に響いた。何人かの生徒が反応し、はるかを見て驚いた顔をする。「敷島に女子から呼び出しだと?」「マジかよ……」などなど、わかりやすい台詞が聞こえてきて、思わず苦笑した。ああいうノリは少し懐かしい気がする。
「どうしたの? 何か用事?」
「うん、昴から伝言があって、それを伝えに」
周りを気にしつつそう伝えると、敷島は表情を曇らせた。何か悪い想像をしたらしい。
早めに誤解を解いてあげた方がいいか。
「今日の昼休み、学食のテラス席で会いたいって」
「っ、本当!?」
すると今度は満面の笑顔だ。表情がころころ変わって面白い。ただ、声が大きいのは勘弁して欲しいが。おかげで更に周りから注目されている気がする。
若干居心地も悪いし、はるかと敷島が噂になっても困るので、さっさと退散することにした。
「それじゃ、私はこれで」
「うん、ありがとう!」
幸い、敷島もそれ以上、はるかを引き留めてくる事はなかった。
喜色冷めやらぬまま立ち尽くす敷島が、その後どうしたのかは、はるかは知らない。
―――
「敷島君だっけ。顔はそんなに悪くないよね」
「あれ? 飛鳥ちゃん、どこかで会ったの?」
「見ただけだよ。今日、廊下でちらっと」
というわけで、その日の昼休みは飛鳥と二人きりだった。
はるかはサンドイッチ、飛鳥はきつねうどんといなり寿司(二個)を注文し、手近な席に座る。
昴と敷島がいるはずのテラス席は、ここからだとよく見えない。ただ、昼休みに混み合うのは校舎からアクセスしやすい屋内席がメインで、校舎外から回り込む必要があるテラス席は空いているのが常だった。多分、昴達も落ち着いた話をしやすいはずだ。
「はるかの話を聞いてると、ちょっとアホっぽい感じもするよね」
「ストレートだね」
歯に衣着せぬ飛鳥の発言にくすっとする。まあ、否定はしない。
もう少しオブラートに包むと、感情表現がストレートな子、という感じだろうか。
「裏表がなさそうで、いい人だと思うよ」
「あー、まあ。昴にはそういう子の方がいいかもね」
はるかの呟きに、飛鳥が同意する。
しかし台詞とは裏腹に、彼女の表情はあまり優れない様子だった。
どこを見るでもなく、宙にぼんやりと視線を向けて、
「あたし、昴もすぐ断ると思ってた」
「そうだね。私も」
頷いて、なんとなくテラス席の方へ視線を送る。今頃、昴はどんな話をしているのだろう。
「でも、良い事じゃないかな」
「そうだね。……でもさ、ちょっと気になるっていうか」
「気になる?」
「うん。なんか急すぎる気がして」
飛鳥の言いたいことは良くわかった。昨日の朝、あのメモを見つけてから話がどんどん進みすぎている。昴が男子に告白されるなんて、ついこの前まで想像もしていなかったのに。
テーブルに視線を戻せば、向かい側には飛鳥の姿がある。三人の時は飛鳥が隣にいるので、二人でテーブルを使うとやけにスペースが広く感じた。別に毎日必ず、いつもの三人で昼食を摂っていたわけでもないのだけれど。
「もし、昴が敷島君と仲良くなったら、こういう時間が増えるのかな」
呟くように言うと、かすかなため息と共に返事があった。
「そりゃあね。彼氏が出来たら、普通そっちが優先だよ」
「やっぱり、そういうもの?」
「うん。だからって別に友達じゃなくなるわけじゃないけど。……あたし達と一緒にいる時間が減って、敷島君との時間が増えてくんじゃないかな」
人に与えられた時間は平等だ。したいこと、やるべきことが増えても、使える時間の総量は変わらない。どこかを増やせば、その分だけ別のどこかを減らさなくてはいけない。考えてみれば当たり前のことだ。
そして、もし恋人が出来たなら。彼のために充てられるのは。
朝の登校の時間。
お昼ご飯の時間。
放課後の自由時間。
はるか達と一緒に過ごしていた何気ない時間が、真っ先に候補になるだろう。
「それって、寂しいね」
「うん、寂しいよね」
答えた飛鳥の言葉にはどこか、実感がこもっているように思えた。以前、そういう経験をした事があるのかもしれない。飛鳥はにこりと笑って、
「でも、もし昴が敷島君と付き合うつもりなら応援してあげようよ。友達なんだから」
箸を持っていない左手をはるかの方へ伸ばしてきた。
その指が、はるかの右手の指と絡まりあう。
「そうだね。うん、そうだよね」
飛鳥の手をぎゅっと握って。はるかは頷いた。
―――
敷島とどんな話をしたのか、昴から聞き出す暇がないまま放課後になった。
幸い、放課後は昴も暇だというので、はるか達は三人で『ノワール』に顔を出す。すると、やはり由貴達も気になっていたのだろう。すぐに暖かい紅茶がテーブルに置かれ、はるかたちは着席を促された。着替える間すらない。
昴も、この展開は予想していたようで、特に動じた様子はなかった。一同の期待の視線を受けつつ、紅茶を一口含んでから話し出す。
「彼……敷島君と、昼休みにお話をしてきました」
圭一と由貴のために補足も交えつつ、昴は淡々と語った。
手紙だけでは見えない、彼の人となりを判断するため直接顔を合わせたこと。お互いに緊張してはいたが、会話によって敷島についてのあれこれを知ったこと。
敷島修也、十五歳。一年C組に所属し、現在はアニメ研究会に所属。今は完全にインドア系だが、中学時代は少しだけ陸上をやっていた。趣味は読書とアニメ鑑賞、音楽鑑賞。クラスに男友達は結構多いらしい。
聞かされた内容は、はるかが知っている事もあったものの、多くは初耳だった。
特に彼の所属する部活動には驚く。
(アニメ研究会って……どういう部?)
ひとくちにアニメと言っても色々あるだろうが、割と女の子からは偏見を持たれがちな趣味だと思う。それを堂々と話したのは度胸か、無謀か。陸上から転向? したというのも何があったのか。
「私の事は体育祭で知って、興味を持ってくださったそうです。一生懸命に走っている姿が印象的だった、と。後は、世間話のようなものですね」
話している間、昴の顔はほんのりと赤らんでいた。
間接的に自分が関係する話だからだろうと思うが、あるいは。
「まるで初々しいカップルですね」
由貴がからかうような口調で言うと、昴は鋭い視線で彼女を睨んだ。
「まだ、彼とはお付き合いしていません」
まだ。と、昴は確かにそう表現した。
(それって、つまり)
「では、前向きに検討するつもりはあるんですね?」
はるかが思うのと同時に、由貴が昴へそう尋ねていた。形としてはまるで追い打ちだ。昴も思う所はあったようだが、言い返しづらいのか口ごもる。
「……そうですね。今のところ、お断りする理由もありませんから」
そう言って、はるか達の方へ目を向けて。
「明日、正式にお返事をしようと思っています」
その言葉に、はるかはぽかんと口を開けて飛鳥を見た。
すると、同じような表情の彼女と目があった。
お返事って、どっちの? などと、今更聞くまでもないだろう。
「そうか。おめでとう、昴」
いつもの調子で静かに祝福の言葉を投げる圭一と、
「お赤飯でも炊きましょうか」
どこまで本気で言っているのか図りにくい、由貴の反応を見てもそれは明らかだった。
急すぎる、なんて話していたのも束の間。急転直下の出来事だった。
あらかじめ、心の準備をしていなければパニックになっていたかもしれない。
そう思いながら、はるかは笑顔を作って昴へ目を向けた。
すると昴もまたはるかに向けて微笑んだ。そして、
「それで、できたら、お二人にも同席していただきたいのですが」
彼女は予想を超える、特大の爆弾を投下してきたのだった。
* * *
今日は、昴と二人きりで食事をした。
思ってもみなかった機会に緊張したけれど、上手く話せたと思う。
敷島としては、今日は大満足の一日だった。
昴がしきりに質問してくれたお陰で話題に困ることもなかったし、こっちからも普段の生活について話を振ると、嫌な顔をせず答えてくれた。特に、はるかや一ノ瀬飛鳥の話題にだと普段より饒舌になる。
それを察して話を合わせると、とても嬉しそうだった。
おかげで、また明日も約束を取り付けることができた。
明日は二人も一緒でもいいかとも聞かれたけれど、それにはすぐオーケーを出した。
きっと、はるか達と一緒なら彼女もリラックスしてくれるだろう。
ああ、明日が楽しみだ。
敷島は、翌日への期待に胸を膨らませながら眠りについた。




