純情少年と恋の手紙 5
「C組の敷島修也です」
まず、少年がはるかにそう名乗った。彼も手紙を渡してすっきりしたのか、先程よりリラックスして見える。
あのあと、彼――敷島は、はるかの提案に同意してくれた。立ち話もなんなので、手近な椅子を引いて彼と向かい合う。学食に行ってもいいのだが、人の多い所で話すのも気が引けるので止めておく。
「えっと、私も自己紹介した方がいいですか?」
尋ねると、彼は首を振った。
「小鳥遊はるかさん、だよね。よく間宮さんと一緒にいる」
「良く知ってますね」
「間宮さんのこと、ずっと見てたからね」
どうやら自己紹介の必要は無いようだった。
「あ、じゃあ最近、こっちを見てたのって」
「あ、うん。小鳥遊さんに何度も見つかりそうになって、ヒヤヒヤしたよ」
ここ最近、はるかが感じていた視線は彼のものだったらしい。言われてみると、視線を感じたのはいつも昴と一緒の時だ。見られているように感じたのは、敷島に警戒されていたせいか。
「それで、私への用事は、これを昴に渡すことなんですね」
先程受け取った封筒を取り出して敷島に示す。彼は真剣な表情で頷いた。
「うん。間宮さんに渡して欲しい」
つまり、敷島がはるかを呼び出したのは、昴との橋渡しをしてもらうため。告白云々はただの早とちりで、彼の意中の人は昴、ということらしい。
(なんというか、人騒がせな……)
手紙を見た段階で想像はついていたものの、あらためてそう思った。
けれど、そういう事なら気は楽だ。彼に確認すべきこともそう多くない。なので、とりあえず核心を突いてみることした。
「これ、ラブレターですよね?」
「……うん」
単刀直入に尋ねると、敷島は戸惑いつつも素直に頷いてくれた。
(やっぱり、そうだよね)
これも想像通り。となると、当初の想像も全部が全部、間違いではなかったらしい。相手が違うが、敷島が告白を考えているのは正しかったのだ。
むしろ、その方が色々と納得もできる。はるかから見ても昴は魅力的な女の子だし、彼女の容姿や仕草にどきりとさせられることもよくある。彼女に告白しようという男子がいたとしても不思議はない。
「でも、それなら本人に直接渡した方がいいと思いますけど」
大事な物だし、何よりその方が気持ちが伝わるだろう。
「いや、それは恥ずかしくてさ」
すると敷島は軽く頬を掻き、照れ笑いを浮かべる。
「それと、直接渡すとその場で断られそうな気がして」
「ああ、なるほど……?」
納得できるような、できないような。確かに、面と向かってラブレターを渡した男子に昴が「ごめんなさい」をする場面は、なんとなく想像できる。
(でもそれ、私が渡しても結果は変わらないような)
良くわからないが、まあ、事情はわかった。はるかからラブレターを渡して欲しい、という彼の気持ちも変わりなさそうだ。
ふと、教室内の時計に目をやる。下校時刻にはまだまだ余裕があった。
はるかはふっと息をついて、あらためて敷島を見た。
「わかった。これは、昴に渡します」
そう告げると、敷島の顔がぱっと輝いた。
「ありがとう、小鳥遊さん!」
がばっと身を乗り出して、手を取って感謝の言葉を伝えてくる。顔と距離が妙に近い。
苦笑いを返しつつ、はるかはそんな彼に更に告げる。
「それでね。私からももう一つ、聞きたいんだけど」
「うん? 何?」
「昴のこと、どうして好きなったのか、教えてくれないかな」
それはきっと、彼に協力するにあたって重要なことだろうと思った。
* * *
敷島修也の頼みを、小鳥遊はるかは了承してくれた。
その代わりに、敷島が間宮昴を好きになった理由を話すことを条件として。
自分の気持ちを他人に話すのは、正直気が引けた。しかし、はるかが聞きたがるのも無理はないとも思った。敷島はこれから、彼女の友人に告白しようとしているのだから。
「わかった」
だから、敷島は彼女に話して聞かせた。自らの思いを。
昴の事を知ったのは、この間の体育祭だった。
昼休み前に行われた女子400メートルリレー。敷島は他の多くの生徒達と同じように、その競技の行方を、見守っていた。
訳あって、どちらかといえば自分のクラスよりA組に注目していた彼は、アンカーとして登場した昴に目を奪われた。
まず、彼女の容姿に。それから、しっかりと前を見据えた真剣な眼差しに。
三位で受け取ったバトンに落胆することなく、一生懸命に走る姿に。
夢中になって目で追い、そして彼女が一位でゴールした瞬間。
どうしようもなく、自分の胸が高鳴るのを感じた。
それからは、いつも彼女のことを気にするようになった。
残念ながらクラスが別なので、通学路や廊下などでしかその姿は見られなかったが。
彼女の姿を見ればそれだけで心が躍った。
特に、彼女の笑顔はとても魅力的だった。清楚で、可憐なお嬢様。そんなイメージにぴったりの穏やかな微笑。ときめかずにはいられなかった。
知り合いの女生徒から、彼女には恋人どころか、友人も殆どいないと聞かされた時は耳を疑ったものだ。
皆、彼女の魅力をわかっていない。
そんな風に憤慨した瞬間もあったが、すぐに思い直した。
むしろ、幸運なのだと。彼女の魅力にいち早く気づけた自分が。
そして彼は、より一層、彼女の事に夢中になった。
彼女を目で追い、出来る限りの情報を集めた。そうするうちに思いを抑えるのが難しくなり、ついにはこうして、ラブレターをしたためるに至った。
生まれて初めて買った、レターセットなるものを使い、丁寧に手紙を書いた。
はるかに渡したそれこそが、彼の書いた渾身の手紙だ。
勝算があるかと言えば、正直ほぼ無いと思っている。
だが、それでも告白せずにはいられなかった。
思いを伝えずにはいられなかったのだ。
と、話し始めると止まらず、一気に伝えて。
感想を聞くのが急に怖くなって、彼ははるかの顔色を窺った。
すると、はるかは微笑んでこう言った。
「ありがとう。敷島君は本当に昴のことが好きなんだね」
その後すぐ、はるかと別れた後、敷島はもう心配をしていなかった。
少なくとも、あの手紙は絶対に昴の元へ渡るだろうと。
はるかの見せてくれた笑顔を見て、それだけは確信できたから。