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ロールプレイング・ハイスクール  作者: 緑茶わいん
純情少年と恋の手紙
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純情少年と恋の手紙 3

 翌週の木曜日。一回目の水泳の授業が行われた。

 プール授業の実施期間中は、週二日ある体育のうち片方がプール授業になるらしい。はるか達のクラスの場合、木曜日の三、四限だ。

 室内プールは専用の建物で、校舎からやや離れた場所にある。そのため授業の前には荷物を持って移動しなければならなかった。それはちょっと面倒だが、更衣室が建物内に用意されているおかげで、屋外を水着で歩く必要はない。

(もしそんなシステムだったら、きっと非難殺到だろうなぁ……)

 やがて建物に着いたら、更衣室で水着に着替える。

 なお、はるかは例のごとく、前もって制服の下に水着を着こんでいた。なので、着替えは制服を脱ぐだけなのだが、その現場はやはりクラスメートにあっさり発見された。


「あ、小鳥遊さん制服の下に水着着てる」

「またかー。徹底してるね」

「あはは……」

 指摘されて苦笑い。このやりとりもだんだんと恒例になりつつある。そのせいで、はるかは周囲から極度の恥ずかしがり屋と認識されているらしいが、まあ、ある意味当たっているので否定はしない。

 どのみち水着への着替えは下着も脱ぐので、人前では絶対無理だし。

「一ノ瀬さん的にはその辺どうなの?」

「へ? えっと、スカートの下に水着とか逆にエロいかなって」

「あ、飛鳥ちゃん!?」

 と、思っていたら、飛鳥が話題を変な方に広げていた。飛鳥の回答と、はるかの反応にクラスメート達が歓声を上げ、はるかは皆から注目される羽目になった。

「うぅ……」

 その後も胸の大きさを同情されるなど(小さくて当たり前だ)、クラスメートから玩具にされた。できれば目立たず生活したいのだが、中々うまくいかない。

(怪しまれてはいないみたいだから、いいけど)

 学校指定の水着にはスカートのように小さなフリルが付いている。おかげで下腹部より下があまり目立たないので、着ていてもそんなに不安感はない。


「お疲れ様です、はるかさん」

 着替えの後、プールサイドに移動中に昴が傍に寄ってきた。他の生徒に聞かれたくないのか、囁くようにして労いの言葉をかけてくる。

「うん、ありがとう。って……」

 お礼を言いつつ、彼女の方を振り向いたところで、はるかは思わず息を飲んだ。

 水着姿の昴が想像通りか、それ以上に綺麗だったからだ。

 紺色のスクール水着は露出が少なくデザインも地味だが、身体に密着してラインを強調する。スタイルの良い昴が着ることで、身体の起伏や柔らかな質感が適度に浮き出て、健康的な美しさを演出していた。

(こういうの、男子が見たら大変なんだろうな)

 羨望と嫉妬が混じった、不思議な気持ちがはるかの胸に浮かんだ。


 そこで、はるかの視線に気づいた昴がこちらを見返してくる。どうしたのか、と問う視線に、

「あ。えっと。昴、水着似合ってるね」

「ありがとうございます。はるかさんもよくお似合いですよ」

 答えた昴はそっと腕を抱いた。恥ずかしいのか、頬が赤く染まっている。

 それを見て、はるかは自分の顔までが赤くなるのを感じた。

「そ、そうかな」

 この間、セクハラがどうとか考えていた割に軽率な行動だったと反省した。

 そうしてプールサイドまで辿り着くと、クラスメートの背中で隠れていたプールの全容を見渡すことができた。


「あ、広い……」

 ドーム型の天井を持つ、広い空間だ。プールは六レーン×五十メートルのものが二つ、並んで設置されている。大きめの窓から日光が、また天井からは照明の光がそれぞれ、水面に反射してきらきら輝いている。

「豪華だねぇ」

 いつの間に隣にいたのか、耳元で飛鳥がそう呟いた。確かに豪華だ。これだけの設備なら、校舎から離れた場所に施設を作ったのも納得できる。

 感心しつつあちこちを見回していると、クラスメートの誰かの声が聞こえた。

「これで男子と一緒でなければ最高なんだけど」

 その意味は、プール二面を隔てた向こう側を見てわかった。着替えを終えて出て来たのだろう、男子達の姿がそこにある。彼らも女子達と同じく、プールの広さに見入っているようだ。

 何故男子がいるかと言えば、もちろん彼らもプールを使うからだ。合同授業ではないが、男子と女子でプールは共有なのだ。二面あるプールを分けるので、同じ水に浸かることはないのだが。

(確かに。見られてるのはちょっと恥ずかしいかな)

 はるかですらそう思うのだから、他の女子生徒は余計にそうだろう。

 そっと男子の方を窺うと、やはり彼らも女子が気になるのか、何人かがこちらを見ているのがわかった。普段の体育は場所から男女別の場合も多いので、物珍しさもあるのかもしれない。


 そこへ、プール内に響くように大きな女性の声が上がった。

「それじゃあ、授業を始めます」

 はるか達が集合している場所へ、黒の競泳水着を着た真穂がやってきていた。男子の方も同じように、男性教師が号令をかけていた。

真穂の指示のもと点呼と準備体操が行われ、授業が始まる。

 高校生活最初のプール授業。どんなことをするのか期待と不安があったが、真穂が言い渡したのは意外にも自由行動だった。

「最初だし、水に慣れる意味も含めてね。ただし、泳がないのは禁止」

 少し拍子抜けした感はあったが、そう言われれば納得できる。

 クラスメート達と一緒に素直に返事をし、真穂の号令に応じて散会した。すると早速、何人かの生徒がコースの前に立ち、水の中に飛び込んでいく。女子十数名に対して六レーンもあるので、回転率は非常に良さそうだ。


「それじゃ、あたしたちも泳ごっか」

「そうだね」

「ええ」

 はるか達も頷きあい、順番待ちの列に加わった。

 程なくして順番が回ってきたので、水に飛び込む。すると適度な冷たさが肌を包んだ。

(あ、気持ちいい)

 久しぶりの感触だった。温水プールということだが、水温は適度に冷たさに調整されているようだ。そんな配慮がなんだか嬉しい。初回はクロールを選んだが、スピードは出さず、ゆっくりと水を堪能する。

 幸い、先月頃のようなスランプが再来することもなかった。

 ただ、上半身まで水着に包まれているのには少しばかり違和感があった。泳ぐのに支障がある程ではないので、おいおい慣れていくだろうけれど。

(そういえば、そうだよね)

 下着にせよ水着にせよ、男子は下半身だけ身に着ける場合が多い。ブラを着け始めた時も、思えば同じような違和感を覚えたものだ。


 それから泳ぎ方を変えつつ何度か泳いだところで、はるかは一息つこうとプールサイドで立ち止まった。

 休憩の合間に飛鳥達の様子を見ると、確かに二人ともスムーズな泳ぎだった。昴のフォームは相変わらず綺麗で、飛鳥は何だか楽しそうな表情で泳いでいる。意外にも、スピードは飛鳥の方が少し速かった。

 他の生徒達は、自由行動ということで、多くの子がリラックスした様子だ。そんな中、水泳部の生徒を中心とした数人は真面目な顔で、何度もコースの前に立っている。

「あ……」

 そんな生徒達の中に、一人、気になる生徒がいた。


 妹尾司せのお つかさ。身長百六十センチちょっとで、ショートヘアの少女だ。筋肉質ではないものの引き締まった身体を、今は水着で包んでいる。

 体育祭の女子400メートルリレーで第三走者を務めていたのが彼女だ。確か、所属している部活は陸上部だったはず。リレーの選手に選ばれるだけあって俊足の持ち主だが、水泳も得意なようで、そのスピードは水泳部の生徒とも遜色がない。

 泳ぎを終え、水から上がった彼女は気持ちよさそうな笑顔を浮かべる。きっと、身体を動かす事自体が好きなんだろう。

 と、列に並び直すため歩き出した司と、不意に目が合った。

「……?」

 司が怪訝そうに眉を顰める。と思ったら、彼女はこちらに歩いてきた。そうして、はるかの前で立ち止まる。


「小鳥遊さんだっけ。何か用?」

 運動部の子らしい(というと偏見だろうか)素っ気ない様子で訊かれた。

 どうやら、声色からして視線が気に障ったわけではなさそうだった。

「あ、ううん。ただ楽しそうに泳いでたから」

 小さく首を振って答えても、司はただ「そっか」と声を漏らしただけだった。

 それから彼女はプールの方へ視線を向ける。目で追うと、昴が泳いでいるのが見えた。

「あの子、泳ぎはそんなに速くないんだね」

 淡々とした口調で、独り言のように呟く。

 彼女の意図は分からなかったが、はるかは彼女と昴の因縁の出来事を連想した。

「……体育祭のリレーのこと、気にしてるの?」


 それは、以前から気になっていたことだった。

 体育祭で司が出場したリレーには、昴も出ていた。そこで二人は、リレーの第三走者とアンカーとしてバトンパスを行い、失敗。結果、タイムを大きくロスしてしまった。結果的にリレー自体には勝ったが、それでも競技の後、司は悔しそうにしていた。

 バトンでミスが無ければ、もっと楽に勝てていた。昴を責めるかのような彼女の台詞は、はるかの印象にも残っている。

 はるかと司とは殆ど接点が無い。この機会に司の真意を聞ければ、と思った。

「別に。あれは両方のミスだし」

 果たして、司の答えは案外穏やかだった。表情にも怒りの色は見られない。

 はるかの質問に答えると、今度は司がはるかを見てきた。


「小鳥遊さんは、あの子とどうやって仲良くなったの?」

 あの子。話の流れからして、昴のことだろう。

 思ってもみない質問に、はるかは何度か瞬きをして、それから答えた。

「えっと……特に変わったことはないよ。入学式の日に話しかけたのが、きっかけかな」

 細かく言うと色々な事があったが、元を辿ればそこからだ。決して特別な事ではなかったと思う。

 ただ、そんな答えで司が納得してくれるかは不安だったが。

「……そっか。ありがと、参考になったよ」

 しばらく、じっとはるかを見つめた後、司はそう言って微笑んだ。

「それじゃ」

 軽く告げてその場を離れていく彼女を、はるかはただ見送った。

 彼女が何を聞きたかったのか、はるかには良くわからなかった。


 *  *  *


 A組は今日、プールの授業だったらしい。

 つまり、A組の男子は彼女の水着姿を見放題だったということだ。羨ましい。

 何故、自分は彼女と同じクラスになれなかったのだろう。悔しい。

 せめて、写真でも手に入らないだろうか。

 といっても授業中に抜け出して撮影するわけにもいかないし、同じクラスの男子だって、プールにスマホを持ち込むのは難しいだろう。

 すると、彼女の水着姿を拝めない。それは辛い。


 毎日、彼女の姿は目に焼き付けているものの、それだけでは足りなくなってきていた。

 もっと彼女の姿を見たい。出来るなら直に触れ合いたい。

 最近は少しずつ、そう考えるようになった。

(今日、あいつ・・・に『あの子はやめとけ』とか言われたし)

 何の権利があって、そんな事を言うのだろう。

 そりゃあ、自分と彼女では釣り合わないのはわかっているけれど。


 でも、チャンスは今だと思うのだ。

 いつ、他の奴が彼女の魅力に気づくか分からない。

 自分があの時の彼女を見て好きになったように、水着の彼女を見て、同じような感情を抱く者がいないとも限らない。

 もし、そうなってしまったら。考えるだけで嫌だった

 他の奴に彼女を取られたくない。なら、取れる手段は一つしかない。


(やろう)

 そうと決まれば、準備をしなくては。

 まずは、もっと彼女を観察しよう。そして、タイミングを図るのだ。

 就寝前のベッドの中で、彼はひっそりと心に誓うのだった。

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